Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (676)
家族に繋がる道
「やりすぎだ、馬鹿者。ギーベ達の大半が置き去りにされていたぞ」
「早くお祈りに慣れてくれればいいですね。わたくしとしてはきちんとお祈りをできる貴族が予想外に多くて、ハルトムート達の教育の成果に驚きましたけれど……」
「お褒めに預かり光栄です」
婚約式を終え、わたしは新しくできた研究所と図書館の見学に来ていた。大きな温室に香辛料の木が並んでいて、植物園という感じがする。見たことがないたくさんの木の中で、文官からこれまで研究してきた成果についての報告を受けた。やはり砂糖の栽培はまだ厳しいそうだ。
「温室がなければ枯れるので、大規模な栽培は難しいかもしれません。ただ、魔力を受けることで世代交代の度に少しずつ変化が見受けられます」
「代替わりで目に見える変化があるというのは面白いですね。わたくしも魔力を注ぎましょうか?」
魔力を注ぐだけならば得意だ。わたしは文官達に協力を申し出たけれど、フェルディナンドに止められた。
「待ちなさい。女神を降臨させたことがある君の魔力は少々特殊だ。対照実験のためにも魔力を与える対象を限定してみたい。少し準備が必要になるので、後日にしよう」
フェルディナンドがどの品種にわたしの魔力を注ぐのか、どこで魔力を注げば他に影響が出ないかなど、文官達と話し合いを始めた。
わたしはその間にユストクスに案内されて研究所内のフェルディナンドの部屋に入った。まだ魔術具は少ないけれど、薬品が調合できるようになっているので隠し部屋の雰囲気とよく似ている。
……側仕えが入れるから書類が綺麗に片付いてるけどね。
「それにしても、わたくしは今日初めて図書館へ入るというのに、どうしてフェルディナンド様は研究所の自室がこれだけ充実しているのでしょうね?」
エグランティーヌの来訪、婚約式、領主会議の準備で間違いなくわたしよりも忙しい日々を過ごしているはずなのに、研究室の充実っぷりに驚く。「きちんと寝ているのですか?」とユストクスに尋ねると、ユストクスが苦笑した。
「毒を受けて倒れる前に比べれば、睡眠時間は増えていますし、薬の量も減ってきています。ローゼマイン様と共に摂るので、昼食と夕食は必ず食べるようになりました。良い傾向です」
領主会議が終わればもう少し落ち着くでしょう、とユストクスが言った。そうですか、とわたしが頷くとユストクスが「まだ呼び方に慣れませんか?」と小さく笑う。
「リヒャルダと同じように、姫様と呼んでいたのはユストクスだけでしたから……」
「正式な婚約を済ませた方を、姫様と呼んでいてはその母上に叱られます」
明らかに面白がっているユストクスを睨んでも全く効果なしだ。
「そういえば、エックハルト兄様はアンゲリカとのお話をどうなさるのですか? 領主会議までに結論を出すように、とお母様がおっしゃったでしょう?」
実は、エックハルト兄様とアンゲリカの婚約話が再度浮上したのだ。主が二人ともアレキサンドリアに落ち着くとこになり、婚約したのだから二人も復縁すればどうか、と。これにはおじい様が全力で賛成していた。
「エックハルト兄様とアンゲリカは仕事の姿勢など気が合う部分もありますからね。でも、アンゲリカの気持ちも一応確認してくださいませ」
わたしがそう言うと、エックハルト兄様は「そうだな」と頷き、アンゲリカに向き直る。
「どうする? まだ私はフェルディナンド様を陥れたアーレンスバッハの貴族を許していない。縁談を持ち込まれるのを防ぐにはちょうど良い」
「先日わたくしも弱い騎士から申し出を受けて、何と言って断れば角が立たないのか考えるのが面倒だったのでちょうどいいです」
……え? ちょっと待って。あっという間に話し合いが終わったよ!?
事の顛末を聞いたらお母様がガッカリしそうなあっさり具合で二人は再び婚約することに決めてしまった。「お姉様らしいこと」とリーゼレータが微笑んでいるけれど、そんな理由で決めてしまっていいのだろうか。
「あら、ローゼマイン様と同じでしょう? どちらにも懸想はしていないけれど、弱い騎士の方はお断りしたくて、エックハルト様とのお話は断りしないのですから」
「……そう言われてみればそうですね」
何となくアンゲリカと一緒にされるのは釈然としない。わたしは一応フェルディナンドと家族になりたいと思ったし、ここまであっさりと結婚を決めたわけではないのだ。
むぅっと唇を尖らせながら、わたしはフェルディナンドの部屋を出る。
「フェルディナンド様、わたくし図書館へ向かいますね」
エントヴィッケルンが終わってまだ日が浅く、温室以外はほとんどが空室の研究所を見ても別に楽しくない。フェルディナンドの部屋の位置だけ覚えれば十分だ。
……図書館はもっと空っぽなんだけど。
研究所の渡り廊下を歩いているうちにフェルディナンドが追い付いてきた。ユストクスが鍵を開けて図書館へ入る。
「わぁ!」
本棚にはまだ一冊も本が入っていないけれど、写真で見たり、脳内に思い浮かべたりしていた大英博物館閲覧室のような図書館が目の前にあることに感動する。ぶわっと祝福が飛び出したけれど、今更図書館に興奮するわたしを気にする者はここにはいない。
「この図書館はすごいのですよ。天井が半球状になっていて、窓がずらりと並んでいるでしょう? 採光性をできる限り高めているのですけれど、同時に、本にはできるだけ日が当たらないように壁がぐるっと本棚になっているのです」
明かりをつける魔術具はあるけれど、図書館で日常的に使うには魔力の無駄だと却下されるのが今のアレキサンドリアの実情である。そのため、図書館の設計は日光の利用を最大限に活かす物にしたのである。
「天井の下、放射線状に閲覧机があることでどの机にも光がほぼ均等に当たるのです。貴族院の図書館のキャレルのように時間帯や位置によって採光性に大きく差が出るということがありません。そして、あの中心には貴族院の図書館と同じように魔術具があり、閉館時間を光で示すことになっているのです」
わたしはこの図書館の素晴らしさを語りながら、放射状にある閲覧机の中心部分を指差した。
「わたくし、あそこをオパックやケンサクの待機場所にする予定で……」
「待ちなさい。耳慣れない言葉が出てきたが、何の話だ?」
フェルディナンドに咎められて、わたしは首を傾げる。
「検索専用の図書館の魔術具の名前です。これだけの広さですし、壁と本棚が同化していて人の手では取れないところも多いので、複数の魔術具が必要でしょう?」
コルネリウス兄様が「まだその名前を諦めていなかったのか」と肩を落とした。とても機能がわかりやすい名前だと思うが、フェルディナンドにも「耳慣れず、響きが美しくない」と却下された。特にケンサクがダメらしい。
「アーレンスバッハの城にあった本はそれほど多くない。魔術具はしばらく一体あれば十分だと思うぞ」
「検索用と、本の無断持ち出しをしたり、図書館で暴れたりするような不心得者を追い出す警備用に別に作るつもりなのです」
わたしがどのくらい必要かな? と考えていると、クラリッサが恐る恐るという感じで、わたしに言った。
「エーレンフェストの防衛のために作った魔術具よりは攻撃力を控えめにしましょう、ローゼマイン様」
「……構いませんけれど、改良するのはクラリッサかハルトムートかライムントに頼みますよ」
「任せくださいませ」
クラリッサだけではなく、ライムントも請け負ってくれる。この図書館に合わせて改良してくれるそうだ。
「でも、ローゼマイン様。これだけ大きな図書館を作ったところで収納する本がありませんよ。もっと狭くてもよかったのでは?」
ライムントが広大な図書館を見回しながらそう言った。エントヴィッケルンには多大な魔力が必要なのに、無駄に思えて仕方がないそうだ。
「人間が作った構造で本より長持ちする物はない、とアイアンクィルも言っています。いくら余裕があるように見えても、いずれ本が入りきらなくなるのです。わたくしはその日が今から楽しみです」
この図書館から本が溢れるくらいになる頃には、平民の識字率も上がっているはずだ。今度は平民のための図書館を作ってもいいし、貴族街の端に新しく図書館を増設してもいい。貴族ならば騎獣で簡単に移動できるし、物を転移させる転移陣を設置しておけば、別館からの本の貸し出しはそれほど大変ではないはずだ。
そんな話をしながら閲覧室を横切り、研究所への渡り廊下から図書館のエントランスへ移動する。そこから司書達の部屋のある棟へ向かった。階段を上がったところにある扉の前でハルトムートが足を止めた。
「こちらがローゼマイン様のお部屋になります」
まだ何も入っていない部屋に案内される。ここに家具を入れて、図書館で暮らせるようにするのだ。
「本を読むための机と椅子、寝そべるための長椅子は必須ですね」
「図書館で興奮しすぎたり、作業して疲れて倒れたりした時のために、本を読むための机と椅子より寝台の準備を優先すべきではないか」
フェルディナンドに指摘されて、側近達が揃って頷く。何だか相変わらずフェルディナンドも側近達も過保護である。
「長椅子さえあれば大丈夫だと思うのですけれどね……」
生活できるように色々な設備があることを確認し、どこからどこまで整備するのかリーゼレータに問われる。
「基本的な生活は城でするので、しばらくは本を読むための机と椅子があれば他は特に必要ないと思いますよ」
「いつでも使えるように、初めにきちんと整えなさい。君はそういうところを面倒がるから必要な時に準備ができていなくて慌てることになるのだ」
フェルディナンドにそう言われて、側仕え達がわたしの部屋を整えるための話し合いを始める。
「ローゼマイン、隠し部屋を作っておくぞ」
「……お部屋だけで十分だと思うのですけれど?」
「この図書館に君にとって大事な物を入れるためには必要なのだ」
フェルディナンドに急き立てられ、わたしは隠し部屋を作る。壁に赤い魔石を押し付けるフェルディナンドの手に自分の手を重ねて魔力を流し、二人分の魔力を登録した。
「隠し部屋へ二人で入るのはお待ちくださいっ!」
コルネリウス兄様が慌てたようにそう言った時にはフェルディナンドに手を引かれて、わたしは隠し部屋の中にいた。
「またコルネリウス兄様に叱られますよ、わたくし」
「今度脅して黙らせておくので安心しなさい」
「ちょっと待ってください。全く安心できません。脅さなくてもいいですから!」
わたしが必死に止めると、フェルディナンドはフンと鼻を鳴らし、メスティオノーラの書を出して転移陣を設置し始めた。隠し部屋に設置される、人が移動するための転移陣の使い道は一つしか思い浮かばない。
「フェルディナンド様。この転移陣……もしかして……」
「……平民の街にある君の部屋に繋がるようにしている。君の家族に繋がる扉のようなものだ」
完成した転移陣を見下ろす。跪いて触れれば魔力が通って魔法陣が光った。城と貴族院の寮のように行き先を限定している転移陣だ。
「この先に家族の家があるのですか?」
「あぁ。エーレンフェストから彼等に移動してもらわねばならぬし、予定の擦り合わせなどもあるので、いつでもというわけにはいかぬと思うが、君が帰るための道だ」
わたしがアウブでなくなり、城で生活することがなくなってもその道が消えないように、フェルディナンドは図書館の部屋に隠し部屋を作り、メスティオノーラの書でなければ使えない転移陣を設置してくれたらしい。
胸の奥が熱くなった。自分と一緒にいてくれるのがこの人で良かったと思う。わたしは立ち上がると、フェルディナンドに抱きついた。
「……一緒に行きましょうね。わたくしが家族に会いに行く時は、フェルディナンド様も一緒ですよ」
「いや、私は……家族の時間を過ごす上で邪魔になるので良い」
やや狼狽え気味に離れようとするフェルディナンドを睨み、わたしは抱きついた腕に力を籠める。家族関係には後ろ向きなことが多いフェルディナンドを離したくない。
「邪魔なんかじゃありません」
「ローゼマイン、離れなさい」
「嫌です。一緒に行ってくれると言うまで離しません」
「貴族である私が行けば、君の家族が困るではないか。気を遣わせるだけだ。それに、私がいれば君も家族に甘えにくいであろう?」
視線を逸らし、溜息混じりにそう言われ、わたしは言葉に詰まる。確かにそうかもしれない。けれど、わたしはフェルディナンドと婚約したのだ。
「貴族の家族は婚約式に出席してくれたけど、下町の家族は婚約式に出られないし、わたしが婚約したことを知らないじゃないですか。わたし、ちゃんと家族に紹介したいです。フェルディナンド様のことを、わたしが結婚する人だって。……わたしの家族に紹介されるのは嫌ですか?」
じっと見上げていると、少し視線を下げたフェルディナンドと目が合った。しばらくの逡巡の後、フェルディナンドが「……嫌ではない」と抵抗を諦めたように目を伏せる。口元がほんの少し綻んでいるように見えた。