Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (677)
帰宅
夏の終わりの火の日。
今日はオレの成人式だった。エーレンフェストよりずっと人が多いアーレンスバッハの神殿へ、親ではなく旦那様やトゥーリ達に送り出されたのだ。
……成人式が終わってから移動してもいいって言われたけどさ。
春の終わりにグーテンベルク達が一斉に移動することになった時、「家族と成人式を過ごしてからルッツ一人だけ後で移動するか?」と旦那様に尋ねられた。家族へ思い入れの深い誰かさんらしい気遣いだが、そんなことができるわけがない。
母さんには「トゥーリやギュンターが一緒だからまだ安心だけどさ、トゥーリとの星結びまでは見たかったね」と溜息を吐かれたけれど、父さんは「一人前になろうって時に仕事から離れるつもりか?」とわかりにくい言葉で激励してくれた。
「くぅ~、ここの神殿は大きすぎじゃないか!? ちっとも中の様子が見えなかったじゃないか。ルッツ、どうだったんだ?」
ギュンターおじさんはオレが神殿から出ると同時にガシッと肩をつかんで揺さぶってきた。オレの成人を祝ってくれるはずのおじさんが真剣な目が見据えているのは、オレを完全に通り越して神殿だし、望んでいる答えが神殿長の情報だ。相変わらずすぎる。
「ちょっと、父さん。今日はルッツの成人式だったんだから、先に一言くらいはお祝いしなきゃ」
「トゥーリの言う通りよ、ギュンター。ディードやカルラの代わりにわたし達がルッツのお祝いするって約束したでしょ? 成人おめでとう、ルッツ」
トゥーリとおばさんに叱られてしょげるおじさんの肩を叩き、いつまでたってもマインのことが頭から離れないおじさんに神殿での様子を教える。
「噂通りすごい祝福だった。広い神殿全体に青い光がぶわっと広がってさ……」
「今日はルッツがいたから張り切ったんじゃない?」
トゥーリがクスクスと笑ってオレの隣に並ぶと、オレの左腕を取って「帰ろうよ」と歩き始めた。カミルが右側を歩きながら訳知り顔で得意そうに「グーテンベルクの神事では必ず祝福が大きくなるって話だからな」と言う。
「この間、鍛冶工房へお使いに行った時に聞いたけどさ、ザックの星結びもすごかったってさ」
プランタン商会の見習い服を着ているカミルは、マインと似た色の髪に薄い茶色の目をしているけれど、顔立ちがおじさんに似ているのであまりマインとは似ていない。カミルの後ろを歩き始めたのは旦那様とマルクさんだ。オレはダプラなので、わざわざ来てくれた。
「まぁ、街中で大暴れしていた余所の蛮族を蹴散らした上に、平民の意見を聞きながら新しい街の計画を立ててくれるローゼマイン様のおかげで、俺達は新しい街の割に仕事がしやすいんだ。お前もちゃんと感謝しておけよ、カミル」
「はい、旦那様」
ランツェナーヴェとの交易が消えたので、古くからの商人達は新しい産業に乗っかろうと必死だ。その新産業のためにアレキサンドリアに呼ばれたオレ達は、予想していた程の摩擦もなく街に迎えられた。季節一つと経たないうちにプランタン商会はお貴族様との交渉窓口になっている。今までのお貴族様と違いすぎて、この街の商人には勝手がわからないそうだ。
……商人だけじゃなくて、貴族の文官達も勝手がわかってなさそうだけど。
商人との話し合いの場にローゼマイン様は滅多に姿を現さない。さすがに領主様がほいほいと平民達の街までやって来ることはできないのだと思う。ただ、どの会合にもハルトムート様は必ず出席されるので、顔見知りのオレは非常にやりやすい。
「それにしても、ローゼマイン様ってここに来たばっかりなのに、平民にめちゃくちゃ人気がありますよね、旦那様? 漁師達は誰が獲ってきたどの魚を領主様に献上するのか港でよくケンカしてるらしいけど、そんなのエーレンフェストじゃ聞いたことがないし……」
カミルの言葉にオレも街の様子を思い出して頷いた。どこに行ってもグーテンベルクが快く迎えられるのは平民達がすっげぇ魔術を行った新しい領主を心から歓迎しているせいだ。「港ではそんなことになってるんだ?」とトゥーリがクスクスと笑った。
「わたしは新しい領主様の魔術で、暗くなった夜空一面にたくさんの魔法陣が並んで、一気に光が降ってきた話を聞くことが多いよ。次の日には海の水が透き通って魚が跳ね、土が肥えて木々が芽吹き、葉っぱが青々としてたって聞いたよ。ローゼマイン様の専属なのに見られなかったのは残念だったね、だって」
「その話、何回聞いてもわけがわからないよな?」
笑いながら皆で歩けばすぐにプランタン商会とギルベルタ商会に着く。神殿のすぐ近くで、店は隣同士なのだ。中心部にほど近い職人区画にグーテンベルクの鍛冶工房、木工工房、印刷工房などが集まっている。中心部にグーテンベルク関係がまとめられていることからもローゼマイン様に優遇されていることは一目瞭然だ。
……街の噂によると、扉や窓も問題なく付いているか、お貴族様がわざわざ確認に来たらしいからな。
お貴族様がわざわざ来るなんてあり得ないと街の人達は言っていたが、孤児院や工房に出入りするお貴族様が何人も思い当たるオレにはあまり違和感がない。
「着替えたらウチへ来てくださいね。お祝いの昼食を準備していますから」
おばさんがそう言うと、旦那様とマルクさんがニコリと笑う。成人式の後は家族で祝うのが普通だ。オレの両親はエーレンフェストにいるので、婚約者であるトゥーリの家族や後見人の旦那様とマルクさんが祝ってくれることになっている。
「これから先も使うんだもん。カルラおばさんが作ってくれた晴れ着が汚れたら困るよ」
トゥーリがオレの腕から離れながら、晴れ着を少し撫でる。母さんが「最後にできること」と言って、トゥーリと一緒に刺繍して作ってくれた晴れ着だ。大事にしなきゃ、と思う。
オレは旦那様やマルクさんと一緒にプランタン商会の二階へ戻った。トゥーリはダプラなのでギルベルタ商会の二階に住んでいて、三階におじさんとおばさんとカミルが住んでいる。グーテンベルクとローゼマイン様の専属の家族はだいたいご近所さんである。
手早く着替えてギュンター宅へ向かい、ごちそうを食べてからゆっくりと食後のお茶を飲む。おばさんとトゥーリが一緒に食後の片付けをしていた。その姿を見ながら、オレは髪をくしゃっと崩す。
……本当だったら、アイツも成人式のはずなんだよな。
神殿長の衣装を着て壇上で祝福を贈っていた本人こそ、本当ならば成人式で一緒に祝福を受けているはずだった。洗礼式は一緒に受けたのだから。
でも、ローゼマイン様は一年後にもう一度洗礼式をして、領主の養女になった。確かお貴族様は冬の終わりに貴族院で揃って成人式だから、オレの一年半くらい後で成人することになる。
「次の神事はルッツとトゥーリの結婚の時だけど、そろそろ結婚準備しなくていいのか?」
「止めろ、カミル! 俺はそんな言葉を聞きたくないんだ!」
「トゥーリは来年にはちゃんと結婚した方が良いんだから、父さんは黙っててくれよ。ローゼマイン様はアレキサンドリアでも印刷業を広げる予定なんだろ? 前と同じように領地中に振り回されたら、来年だって結婚できるかどうか怪しいじゃないか。さっさと準備して、さっさと結婚しておいた方がいいって、絶対」
カミルの言い方に旦那様とマルクさんが笑った。
「カミルの言うことも正しいが、俺達は印刷業を広げるために呼ばれたんだ。ルッツはまたグーテンベルク達とあちこちへ行くことになる。でも、先に予定を言っておけば、ちゃんと考慮してくれるさ。ザック達にそういう話が出た時に、ローゼマイン様はきちんと考慮してくれたからな」
そんな話をしていると、ガチャと何かの音が響いてきた。まるで扉を開けるような音だ。オレ達は思わず顔を見合わせた。おじさんが立ち上がり、扉の前に足早に向かい、重心を低くしながら他の皆に下がるように手で指示する。
「玄関とは別方向から聞こえなかったか?」
「……全員ここに揃ってるよな?」
警戒して皆が物音を立てないようにシンとする中、カツカツと靴の音が聞こえ始めた。二人分の足音で、弾むような小さな音と、敢えて靴音を響かせているような音が近付いて来る。
「今日は成人式だから絶対にいるはずなんですよ。……あ、静かにしないとバレちゃいます。足音を抑えてください。そーっと移動しましょう」
お前が一番うるさいぞ! と思わず突っ込みたくなる呑気な声は聞き覚えがある。でも、ここにいるはずがない。わけがわからなくてオレは思わず周囲を見回した。
旦那様とマルクさんが遠い目になっていて「何の連絡も受けてないぞ」と呟いたのが聞こえた。おじさんもおばさんもトゥーリもわずかに口を開き、目を瞬かせている。そこにいるのが誰なのか確信を持っている顔だ。カミルだけは皆の反応がわからないというように困惑した顔になっている。
ドアノブが動き、バーンと勢いよく扉が開いた。
「ただいま、皆! マインだよ!」
神々の寵愛を受ける女神の化身と名高い美少女。夜空の色の髪を彩るのはトゥーリが作った髪飾りと不思議な色に光る石がいくつもついた髪飾り。ハルトムート様によると、神々によって作り上げられた完璧な美貌。その中にあるのは感情をよく映す月のような金の瞳。数多の賛美を受けるせっかくの容貌を全て台無しにする言動。どこからどう見てもマインだった。
「おかえりっていうか……お前、契約魔術は!? マインだよ、とか言っていいのかよ!?」
契約魔術がどう反応するのかわからなくて口を開いたり閉じたりしているマインの家族の代わりにオレが怒鳴ると、マインは得意そうに「うふふん」と笑った。
「あの契約魔術はね、エーレンフェスト限定だからアレキサンドリアにいる時は大丈夫。わたしが領主になったから、もうそんな契約を結ぶことなんて絶対にないもん」
「マジか……」
突然知らされた契約魔術の範囲の衝撃が大きくて声が出ない。でも、マインはそんなオレ達の反応にコテリと首を傾げた。
「それにしても、突然帰ってきたのに意外と驚いてないね。うわぁ! とか、お前は誰だ?! みたいなのを想像してたんだけど……」
「お前の声、丸聞こえだったからな」
「え? ホントに!?」
周囲を見回しながらそう言って、マインは不満そうに頬を膨らませて背後を振り返る。
「ほら、フェルディナンド様のせいで気付かれちゃったじゃないですか。せっかく驚かそうと思ったのに」
「皆が気付いたのは明らかに君の声であろう」
……へっ!?
フェルディナンド様の声が聞こえた方に驚いた。おじさんもおばさんもトゥーリも目を見開く。
「は? フェルディナンド様だと!? どうしてここに!?」
おじさんの声にマインが扉で隠れている部分に向かって手招きする。姿を現したのは無表情のフェルディナンド様だった。フェルディナンド様の袖をつかむと、マインが頬を赤らめて視線をさまよわせながら言葉を探し始める。
「あ、えーとね。その……わたしね、実は……」
何というか、その甘ったるい空気だけでマインが何を言いたいのかすぐにわかった。マインがもじもじしている様子におじさんが頭を抱えて溜息を吐き、おばさんとトゥーリはフェルディナンド様が来たという緊張から解放されてように顔を見合わせて肩を竦める。
「つまり、フェルディナンド様に決まったってことだろ? 知ってる」
旦那様とマルクさんは笑いながらそう言った。カミルは一人だけまだ目を白黒させて、「何だ、これ? どういうこと?」とオロオロしている。
「うぇっ!? なんでベンノさん達が知ってるの? 平民向けにはまだ公表してないよね?」
「オレがトゥーリに聞いて報告したから」
「なんでトゥーリが知ってるの!?」
オレはトゥーリに視線を向けた。マインが帰ってきたという驚きの顔から呆れの顔になってしまったトゥーリがハァと溜息を吐いて頭を振りながらマインを見つめる。
「ハンネローレ様の髪飾りの注文を受けた時にマインが言ったんじゃない。フェルディナンド様に懸想してるとか、フェルディナンド様なら政略結婚でもいいとか、家族同然は夫婦同然とか……」
その話を聞いた時にはめちゃくちゃ驚いたし、感慨深い気分になったもんだ。本しか見えてなさそうなマインにもそういう相手ができたのか、と。
「待って、待って、トゥーリ! 単語、単語は合ってるけど、ところどころが違うし、わたしが言ったことじゃないよ、それ!」
「だいたい合ってれば大丈夫だって。そんなちょっとの違いを気にするなんてマインらしくないよ」
「ちょっとの違いで大違いじゃない!」
マインがフェルディナンド様とトゥーリを見比べながら、「違う、違うんです! わたくし、そんなこと言ってませんから」と必死に首を振っている。フェルディナンド様の表情は全く変わらないので何を考えているのかわからないけれど、マインの反応が面白すぎた。何というか、マインにもこんな恋する女の子の顔ができるのかと思わず感心してしまうような表情になっている。
……やるな、フェルディナンド様。
「え~? 大違いって言うけど、フェルディナンド様との結婚が決まったんだよね?」
「それはそうなんだけど……あの時話していた内容は全然違うでしょ!?」
「そう? まぁ、結果として結婚するなら同じだし、特に問題ないじゃない」
トゥーリは何ということもない顔でそう言ったけれど、マインには大いに問題があったようだ。真っ赤になった頬を押さえながらトゥーリを睨む。
「も、問題あるよ。それじゃあ、まるでわたしがフェルディナンド様のこと好きみたいじゃない。懸想なんてしてないって言ってるのに、誰も信じてくれないし!」
……はぁ? 何言ってんだ、こいつ?
絶対に皆の心の声は共通していたと思う。どこからどう見てもフェルディナンド様のことが好きなようにしか見えない。旦那様とマルクさんも生温い目を向けているくらいだ。トゥーリにもわかっているのだろう。呆れが半分、からかい半分の顔でマインを見ているのがわかる。おばさんは口元を押さえて笑いを必死に堪えている。おじさんは……「俺は聞きたくないぞ」と耳を押さえて涙目になりながら逃げるようにおばさんのところへ移動している。
……うわぁ、後がすっげぇ面倒そうだな。
トゥーリとの婚約が調った後のおじさんの様子を思い出したオレは、トゥーリとマインのじゃれ合いを見ながらちょっとげんなりしてしまう。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、マインはフェルディナンド様のことが嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ、好きなんでしょ?」
「あ、その、好きだけど、そういう意味の好きじゃなくて……」
……じゃあ、どういう意味だよ?
ツッコミたいけど、下手にツッコんだら妙な屁理屈をこねて、変な着地点に降り立ちそうだ。トゥーリは明らかに面白がっている顔になっているので、マインをからかうのはトゥーリに任せておこう。
「はいはい、もういいよ。わかったから」
「トゥーリ、絶対にわかってないでしょ!?」
手をパタパタとさせるトゥーリをマインが睨んだ。金色の瞳が涙目になっているのを見ると、からかうのもそろそろ終わりにした方がよさそうだ。
「え~? わかってるよ。マインはフェルディナンド様のことが嫌いじゃなくて、結婚したいくらい好きってことでしょ?」
「ふぇっ!?」
マインが首まで真っ赤になった。何の反応もなく静かにマインを見降ろしているフェルディナンド様に「あ……あぅ。ちが……わないけど……違うんです」と弁解するように言いながらじりじりと離れ、背を向けるとダッと駆け出した。
鈍くさくて走るのが遅い上に、すぐに動けなくなるマインが標的にしたのは、扉に比較的近いところで固まって呆然と姉妹のやり取りを見ていたカミルだ。マインはカミルをぎゅっと抱きしめてぐりぐりと頭に頬ずりしながら泣きつく。
「……うぅ~、カミル~。トゥーリが意地悪を言うよぉ」
「は? え?……ちょ……まっ、待って。」
マインにぎゅっと抱きつかれたカミルが今度は赤面して涙目になって手をバタバタし始めた。カミルにとっては見知らぬお姉さんの胸に抱きしめられて撫で回されているのだ、完全混乱状態であることは明白だ。
「何だ、これ? 何だよ、これ!? 誰だよ? どういうことだよ!?うわーっ! ルッツ、助けて!」
「うんうん、誰だかわからないよね? マインおねえちゃんだよ、カミル。ハァ、ホントに大きくなったね。わたし、ずっとこうしてぎゅーってしたかったの。わたしが抱っこしたら泣くところは変わってなくて安心したよ」
……そこで安心していいのかよ?
からかわれた照れ隠しの面が大きいマインはカミルがいくら混乱していても動じないし、おばさんやトゥーリも微笑ましく見ている。だが、さすがに何の説明もなく「ローゼマイン様」に抱きつかれているのは可哀想だ。
「マイン、カミルがめっちゃ混乱してるからそろそろ放してやれよ」
「嫌。七年分はぎゅーを堪能したいもん」
うりうりとマインは頬ずりしているが、カミルはオレに向かって必死に手を伸ばしている。頭の中にお貴族様という意識があるから、力任せに振り払うこともできないのだろう。
「カミルは何の事情も聞かされてないんだ。七年分を堪能するなら、あっちに適任がいるからさ」
うずうずしているおじさんを指差せば、マインはむぅ、と唇を尖らせて「後で覚えてて」とカミルから離れた。おじさんに向かって駆けだしていく。ぐしゃぐしゃになるくらいに撫でられた髪を整えながらカミルが「ルッツ、これってどういうことさ?」と恨めしそうな目でオレを睨んだ。
「旦那様とマルクさんも事情を知っているみたいなのに、オレだけ知らないなんて……」
「契約魔術に反したら死ぬ危険があったから、カミルには教えない方がいいっておじさんが判断したんだ」
「マインは他領のお貴族様に狙われて、家族が連座で処刑されるのを防ぐために二度と家族としては関わらないという契約魔術を交わして領主の養女になった。契約魔術には範囲があったみたいでアレキサンドリアは範囲外だから家族としても接することができる。間違いなくお前の姉だ」
オレと旦那様の簡単な説明にカミルが涙目のままで「わけがわからない!」と叫んだ。旦那様とマルクさんが揃って頷き、同意を示した。
「まぁ、カミルの混乱はわかる。マインについては何に関してもだいたいそんな感想が出てくるからな」
「そうですね。本当に近くで見ていても、遠くで話を聞いていてもわけがわかりませんから」
店では最も頼りになり、わけがわからないという顔を見せたことがない二人の深い頷きにカミルが青ざめていく。
「……それより、カミルは心の準備をした方がいいぞ。すぐに次のぎゅー攻撃が来るからな。あいつの七年分、お前にとっては一生分の愛情がドーンとお前に向かうことになる。覚えとけって言われただろ?」
「一生分!? 何かすっげぇ怖い響きなんだけど!」
ビクッとしたカミルを見て、オレは笑う。マインの七年分の愛情に押しつぶされればいい。神殿でちらりと見る姿しか知らなかったカミルに対するマインの愛情はとんでもないことになっているはずだ。
「父さん、ただいま!」
「……マイン、おかえり。よく帰ってきた。……本当によく帰ってきてくれたな」
二度とこうして抱きしめることは叶わないと諦めていたマインの帰りに、おじさんの目から大粒の涙が零れていく。
「フェルディナンド様のおかげなんだよ。わたし、いっぱい助けてもらって……。ここに来るための転移陣も作ってくれてね……」
「そうか……。そうか……」
おばさんが二人の様子を見ながらエプロンの端で目尻を拭っていた。ふっと何かに気付いたように視線を動かしたのを見て、オレもつられて視線を向けた。フェルディナンド様がマインとおじさんを見ていた。無表情で静かにじっと。
一見しただけではフェルディナンド様が何を考えているのかわからない。でも、マインが言った「フェルディナンド様のおかげ」という言葉と、おじさんとマインの抱擁をただただ見守る様子から、これがこの人が望んだ光景なのだと何となく察した。
「マイン」
「うぅ~……。何、母さん?」
ぐすぐすと泣きながらマインがおばさんを見た。おばさんも涙目だけれど、わざと呆れたような声を出す。
「何じゃないわよ。いつまでも未来の旦那様を廊下に放っておいてどうするの? せめて、中に入っていただくとか、きちんと紹介するとかしなさい」
「あ、そうだね」
マインがパタパタと駆け出して、フェルディナンド様の腕を取る。その瞬間、フェルディナンド様の眉間に皺が刻まれた。
「いや、私はここで構わぬ」
「ダメです」
……なぁ、マイン。実はお前との結婚、フェルディナンド様にはめちゃくちゃ嫌がられてないか?
それほど何度も顔を合わせているわけではないが、普段から小難しい顔をしているフェルディナンド様の眉間に皺がくっきりだ。大丈夫なのか、とオレは不安になった。
だが、マインはお構いなしでフェルディナンド様を引っ張ってきて、泣き腫らした目で家族をぐるりと見回した。
「わたしの婚約者のフェルディナンド様です。父さんみたいに、領地ごとわたしを守ってくれる人。……貴族間のお披露目はしたけど、こうして、ちゃんと皆に紹介したかったの」
「こら、落ち着きなさい。あまり感情的になるものではない」
泣き腫らした目からまた涙が零れているマインの様子を見ていたフェルディナンド様がさっと魔石を持たせ、ハンカチを出してマインの目元を拭い始めた。何というか、ものすごく手慣れた感じに見えるのは気のせいだろうか。お貴族様というか、フェルディナンド様がやることだとは思えなくて、呆然としてしまう。
……なんでだろうな? 仏頂面のくせに雰囲気がやたら甘いような気がするんだけどさ。
「だって、ホントに皆とこうしていられるなんて思ってなかったから、嬉しくて……」
「わかったから、少し感情を抑えなさい。……ルングシュメールの癒しを」
フェルディナンド様がマインの目元を覆って祝福をすると、泣いて赤くなっていた目元が治った。この後もまだまだ泣きそうだから、治すのは帰る前でいいんじゃねぇ? と思ってしまう。
「ねぇ、成人式しよう! せっかく成人式の日にマインが帰ってきたんだもん。髪を結って、皆でお祝いするだけでもいいじゃない。マインの成人式をしようよ。わたし、髪を結う道具、取って来るから」
トゥーリが飛び出していくと、おじさんが食器棚のカップを手にして、軽く振る。
「トゥーリがやる気になってるが、マイン、時間はあるのか?」
「えーと……フェルディナンド様?」
酒に誘うおじさんの仕草を見たマインがフェルディナンド様を振り返る。少し考え込んだフェルディナンド様が「六の鐘までには戻らねばならぬが、それまでならば問題なかろう」と言った。まだ五の鐘も鳴っていない。結構時間がありそうだ。
「よし、マルク。ウチから酒を取ってこい。エーレンフェストから持ってきた秘蔵のやつだ」
「かしこまりました、旦那様。せっかくですから、夜に開ける予定だったアレキサンドリアのお酒も持って来ましょう。カミル、手伝ってくれますか?」
「はい、マルクさん」
カミルがこの場から逃げるようにマルクさんの後ろに続く。
「ただいま! 座って、マイン。髪を結うから。あ、でも、この辺りの垂らされてる部分だけね。髪飾りの辺りは整髪料で固められてるから」
店から色々と道具を持ってきたらしいトゥーリがテーブルの上にドンと木箱を置くと、マインをスツールに座るように促す。マインは自分のスツールの隣の椅子をポンポンと叩いてニコリと笑った。
「フェルディナンド様はこちらに座ってくださいね」
少しの躊躇いを見せた後、フェルディナンド様が座る。おばさんが「お酒の準備ができるまで」と言いながらフェルディナンド様にお茶を勧めると、マインが横から手を伸ばして一口くぴっと飲んだ。
マインが客用のお茶を取ったことにおばさんが目を丸くして「マイン」と咎める声を出したが、マインはそちらに視線を向けず、口の付いた部分を指で拭ってフェルディナンド様に見せた後、カップを置く。それからそっと丁寧な仕草でお茶を勧めた。
「はい、どうぞ。フェルディナンド様」
「……ここでは必要ない」
「そうですか?」
マインが神殿巫女見習いの頃にお貴族様の習慣について話をしていたから知っている。あれは毒見だ。それを当然のことと考えて行うマインに、平民の頃とはずいぶん変わったな、と改めて思った。
「じゃあ、お願い。トゥーリ」
お茶の毒見を終えたマインが肩にかかっていた髪を背中にすっと払ってそう言うと、トゥーリがいそいそとマインの髪に触れる。するりとトゥーリの手から夜の色の髪が滑った。
「うわぁ、マインの髪って綺麗で、すごく触り心地が良いね」
「でしょ、でしょ? 側仕え達が頑張ってくれてるからだよ」
「そこはウチのリンシャンのおかげって言ってよ」
トゥーリが頬を膨らませると、マインがポンと手を打った。
「あ、こっちにもリンシャンの工房はあるんでしょ? エーレンフェストの工房に比べて品質はどう? 気になってたし、直接聞きたいと思ってたけど、さすがに気軽に出かけられる立場じゃないからね」
髪を結いながらの二人の会話はギルベルタ商会の仕事についてだ。旦那様も身を乗り出すようにして商売関係の話を始める。
「印刷業をどんどん進めろって言われているが、どの程度の計画が立っている? この街にはどのくらいの印刷工房を増やすんだ?」
「ローゼマイン工房以外に二つは早急に欲しいです。貴族院に向けて孤児院の子供達向けに秋の洗礼式の後から神殿教室を始める予定なのは知ってますよね?」
フラン達が移動してきて、神殿の中もエーレンフェストの時のように整えられている。孤児院の子供達への教育と一緒に富豪の子供達への教育も同時に始めたいという言葉は聞いた。
「ウチからはカミルを行かせるつもりだ。今のところは貴族との付き合い方がわからなくて、大店のダルアはあまり乗り気じゃないようだな。貴族との繋がりができるという利益と子供の粗相で処分を受けるのを天秤に乗せている感じだ」
教育費が少なくても、危険の方が大きいという判断がされている。プランタン商会とギルベルタ商会がアレキサンドリアで新しく入れたダルア見習いを入れることになっているので、他の商人達がどうするのかはそれを見てからになるだろう。
「あぁ、やっぱり実際に現場を見たいですね。もどかしいです。できるなら養父様を見習ってお忍びでうろつきたいですよ」
「余計なことを考えるな、阿呆!」
旦那様とオレの声が揃った。マインの変わらなさに頭を抱えたい。
下町の森にお忍びでやって来るジル様、工房で作業をしたがるユストクス様、下町に聖女の素晴らしさを広げるにはどうすればいいのか相談してくるハルトムート様の対応に振り回されてきたのはオレだ。
「まったく、君は……」
眉間に皺を刻んだフェルディナンド様がそう言った。同じように叱り飛ばしてくれる立場の人がいることに安堵し、オレは叱る役を譲る気分でフェルディナンド様を見る。
「今まさにお忍びでここにいることを自覚しているか?」
「あ、そうでしたね」
……今がお忍びだったのか。そうか。つまり、フェルディナンド様は許可しちゃったってことだよな?
マインが帰ってきたのが嬉しかったので完全に意識の外になっていたが、フェルディナンド様がお忍びを許可する人だとは思っていなかった。よくよく考えてみれば、無表情で顔に出ないからわかりにくいが、この人はマインから一度も目を離していない。今もトゥーリに髪を結われているマインを見ている。
……これってもしかしたら結構ヤバい状況じゃないか?
この先、マインがここに出入りすることが増えたら、フェルディナンド様の許可付きで外に出ることもあり得るかもしれない。オレは旦那様と顔を見合わせて、未来予測に頭を抱えた。
「せっかく新しい図書館を作ったんだけど、まだわたしの図書館がスッカスカで寂しいんだよね。プランタン商会には本当にいっぱい本を作ってほしいの。頑張ってね、ルッツ」
どんどん作って本棚をいっぱいにするんだ、と金色の目をキラキラに輝かせているマインに旦那様が「残念ながら無理だ」と肩を竦める。
「ルッツは一年から二年くらい出張に出さんから、その辺りを配慮して計画を立てろよ。ルッツとトゥーリの結婚が控えているからな」
これまでは祝福防止のために隠していたのに、旦那様にさらりと暴露された。マインが目を丸くしてオレを見て、トゥーリを振り返ろうとする。
「マイン、頭は動かさないで!」
「だって、トゥーリとルッツが結婚するって言ったよね!? わたし、聞いてないよ!?」
「派手な祝福をされたら困るから時期を見計らってたんだよ」
トゥーリの呆れたような声にオレも頷いた。文官達がたくさんいる会合の場でぶわっと報告なんてされては困る。
「じゃあ、ホントのことなんだね!? うわぁ、どうしよう!? すごく嬉しい! 神にいの……」
「止めなさい、馬鹿者! ここから祝福の光が漏れたら二度と来られなくなるぞ!」
「そ、それは困ります! あ、あ、でも、祝福したいです」
「当日にしなさい。レティーツィア達への教育にもちょうど良い。それに、私も行う。君の家族の結婚式なのだから」
フェルディナンド様によると、アレキサンドリアは神々に祈りを捧げるのを日常的に行えるように貴族達を教育していく方針だそうだ。そのため、マインのお祈りは特大になろうが構わないとされているらしい。結婚式の日はとんでもない量の祝福を浴びることになりそうだ。
……でも、そうか。マインとフェルディナンド様が結婚するってことは、トゥーリと結婚するオレはフェルディナンド様と親族になるのか。……マジかよ。
ローゼマイン様とフェルディナンド様の婚約についてはわかっていたが、マインとして戻ってくることを想定していなかったし、さっき聞いた時も脳が考えることを拒否していたらしい。どこからどう見てもお貴族様のフェルディナンド様と親戚付き合いをすることになるらしい。オレにできるだろうか。
そんなことを考えている間に、お酒や肴を抱えたマルクさんとカミルと手伝いに駆り出されたおじさんが店とここを何往復もしてお祝いの準備を整えていく。おばさんは時折トゥーリがマインの髪を結う様子を見ながら、酒の肴を作っていた。
「できたー! どう? イイ感じだと思わない?」
マインの髪が結い上がる。トゥーリの時にも思ったが、髪を上げただけで一気に大人の女に見えるようになるのが何とも不思議だ。トゥーリが横から後ろからとマインを見て、「うんうん、イイ感じ。可愛いよ、マイン」と嬉しそうに褒めた。
「おぉ、さすがマイン! 俺の娘! 世界一可愛い。エーファと同じくらい美人だ。一気に大人になったな。こういう姿を見ることができたなんて父さんは嬉しいぞ!」
「父さん、大袈裟だよ」
「いや、本当に。エーファが初めて髪を上げた時にも思ったが、女の子はほんのちょっとのことで急に綺麗になるんだ。今日のマインはとびきり美人だぞ」
マインがちょっと照れたように笑うけれど、目尻を下げたおじさんがその笑顔を含めて褒めちぎる。へへっと笑ったマインがフェルディナンド様に視線を向けた。
「どうですか、フェルディナンド様? わたし、大人っぽいですか?」
「悪くはない」
フェルディナンド様が無表情で頷いた瞬間、おじさんの目がギラリと光った。テーブルに身を乗り出し、剣呑な表情でフェルディナンド様を睨む。
「こら、ちょっと待て。悪くはないとは何だ? ウチの娘は世界一だぞ」
……ちょっと待つのはおじさんだ! 何言ってんだよ!?
オレは一瞬で血の気が引いた。お貴族様に対して何を言うのか。さすがにあまりにも無礼な態度である。オレは恐る恐るフェルディナンド様に視線を向けた。フェルディナンド様は無表情のままだ。何かことが起こる前におじさんを抑えようと、オレと旦那様が立ち上がる。
「ギュンター、落ち着け」
「旦那様の言う通りだ。相手はフェルディナンド様だぞ?」
「それが何だ? こいつはマインを奪っていく男だぞ? マインを大事にしないのは、相手が貴族だろうが、神様だろうが俺が許さん!」
完全に目が据わっているおじさんがテーブルをドンと叩いた。ぎょっとして息を呑んだ瞬間、マインがクスクスと笑い出す。
「さすがわたしの父さんって感じ。ねぇ、フェルディナンド様?」
「あぁ、そうだな。本当に君はギュンターとよく似ている」
するりとマインの頬を撫でたフェルディナンド様がおじさんに向き直った。表情が変わらないので、怒っているのかいないのかさえもわからない。
「ギュンター、エーファ」
呼びかけに周囲で見ているオレ達の方がビクッとする。だが、おじさんは喧嘩腰の態度のままだし、おばさんは普通の顔だ。
「私は其方等の深い愛情を受けて育ったマインに救われた。貴族と平民で立場を違え、契約魔術に縛られて尚、細い繋がりを大事にする其方等には尊敬の念さえ覚える。家族の在り方を私に教えたのはマインだが、正確にはマインを育て、守ってきた其方等だ」
フェルディナンド様の顔には表情がない。それなのに、静かに語られる声には聞いている者の心を揺さぶるような情があった。マインの家族だから尊重しているのではなく、おじさんとおばさんに対する思いがそこにはある。
「其方等が思い合い、守り合っていたように、私も彼女を守る。すでに彼女には領地ごと守ると誓った。其方等にもマインを何よりも大事にすると誓う。だから、マインの家族である其方等に……私がマインの家族になることを認めてほしい」
貴族としての家族になりたいわけではなく、マインの家族になりたいのだとフェルディナンド様が言う。
マインがじっとおじさんとおばさんを見つめている。金の瞳が幸せそうに潤んでいるのを見れば、「認めない」などと言えるはずがないだろう。
「フェルディナンド様にマインを預けた判断は間違っていなかったということね。ちゃんとマインを大事にしてくれる人でよかったわね、ギュンター」
おばさんが嬉しそうにそう言って木製の杯をおじさんとフェルディナンド様の間にコトリと置いた。おじさんが鼻の上に皺を刻みながら、おばさんに渡された瓶から杯に酒を注いでいく。
酒の瓶をドンと置かれたフェルディナンド様がどうするのか問うようにマインを見た。マインが目を瞬く。普通は酒の瓶を置かれたら注ぐものだが、側仕えに給仕されるのが当たり前の二人にはわからないのかもしれない。それとも、一つしか杯がないから戸惑っているのだろうか。
「その杯にフェルディナンド様も酒を注ぐんだよ。平民が婚約を交わす時にするんだ」
「ルッツ」
「オレもトゥーリとの婚約が決まる時にしたんだ。貴族のやり方は知らないけど、フェルディナンド様が平民側に合わせるならどうすればいいのか教えることはできる」
「助かる」
フェルディナンド様がそう言って瓶を手に取り、杯に注いでいく。トクトクと音を立てて注がれる酒は約束の印だ。
おじさんが杯を手に取った。グッと大きく一口飲んで、杯をフェルディナンド様に差し出す。
「マインを頼む」
「約束する」
フェルディナンド様が受け取った杯を飲み干す。マインとフェルディナンド様の婚約が成立した。
その後はマインの成人祝いと婚約の祝いで六の鐘が鳴る寸前まで、皆で騒いでいた。
婚約したなら口付けくらいしてやれよ、と旦那様に囃し立てられてマインが動揺したり、「フェルディナンド様の水の女神はマインだったのですね」とマルクさんが言って「私にとっては全ての女神がマインだが?」と真顔で返答されて反応に困ったり、カミルが再びマインに抱きしめられて皆に助けを求めたり、フェルディナンド様がおじさんにねだられて離れていた間のマインについて語っていたり、トゥーリとマインとおばさんが新しい衣装について話し合っていたり、オレとトゥーリの馴れ初めについてマインに根掘り葉掘りきかれたり……。楽しい時間はあっという間に過ぎた。
「またいらっしゃい。もちろんフェルディナンド様も一緒にね」
「今度はお前が酒を準備しろよ」
陽気に酔っぱらったおじさんがフェルディナンド様の頭をガシガシ掻き回しながらそう言った。フェルディナンド様はおじさんにされるがままで「秘蔵の酒を持ってこよう」と返す。フェルディナンド様の表情は変わらなく見えたが、マインによるととても柔らかい表情をしているらしい。
「ここに来ることを側近達にも話せないから連絡が難しいことはわかったから、今度からは必ずこれを着てくるのよ、マイン。こっちがフェルディナンド様の分だからね」
トゥーリは富豪の娘が着るような平民の服をいくつかマインに渡していた。いくら他の衣装に比べるとひらひらした部分が少なくて格段に動きやすいとはいえ、貴族の執務服で来られると、他の人に見られた時に困るのだ。
「ありがと、トゥーリ。季節に一度くらいは遊びに来られるように頑張ってお仕事するよ。……カミル、次に来る時までにマインおねえちゃんって呼べるように練習しててね。楽しみにしてるから」
寂しそうな声でマインにそう言われて、最後までマインから逃げ回っていたカミルがオレの後ろからきまずそうに顔を出した。カミルが逃げ回っていたのは別にマインのことが嫌なわけじゃない。突然できた美人で可愛いねえさんにどう反応していいのかわからなかっただけだ。
「オレはもうおねえちゃんなんて呼ぶ年じゃないから……トゥーリと同じように名前で呼ぶよ、マイン」
マインが嬉しそうに笑いながら壁に手を当てる。その途端、今まではなかった扉が姿を現した。魔術で隠されていた扉を開く。
「またな、マイン」
「うん。またね、皆!」