Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (142)
話が違う
う、うおおおおおおおおおおっ…………!!
良い匂いだった! 良い匂いだった!
デスクトップ画面に開いたファイルのウィンドウをカーソルで掴んでぐるぐる回す。音も無くこの興奮を消化する方法が他に思い当たらなかった。アルバイト経験から仕事モードのオンオフはしっかり切り替えられる方なんて思ってたけど、もうそんなの紙装甲。水道管破裂寸前ってゆーか? もう興奮ドバドバ。俺が蛇口だったらもう吹っ飛んでる。平静装うので精一杯。
夏川からっ……だだだ抱き着かれるなんてっ……!
何がラッキースケベだよ少年漫画ッ……! ホントに好きな人に抱き着かれたらスケベなんか無くとも昇天ものだわッ! もう今月の運全部使い果たした! 今月末ガチャ回す予定なのにどうしてくれんだこの野郎! 爆死するわッ!
「佐城──って、おい何やってる」
「
賢
先輩」
「だから〝賢〟ではないと言ってるだろう」
「さっせん、
剛
先輩」
「ったく……連絡だ」
制服からたゆたう夏川の残り香に気を取られないようにしながら
石黒
剛先輩と話す。何度聴いてもゴツい名前だ。その名前あっての今の見た目になってそう。濃い顔立ちを見てたら何とか冷静さが戻って来た。
「チャットで
蓮二
さんと連絡がついた。予定通り、あの人が
あちら
のチームを率いてくれるそうだ。俺達の方から直接やり取りすることもあるのだろうが、こっちの都合や具合を伝える分には支障は出なさそうだ。この後一応、一斉通話での会議を設ける。参加できそうか?」
花輪
先輩の動きもあって計画は順調な滑り出しみたいだ。このまま事が上手く進めば、面倒な作業の大部分を代わりにやってもらうことになる。昼休みや放課後くらいにしか作業時間の取れない俺達と違って一日中、ましてやパソコンに使い慣れた人達にやってもらえれば時間的にお釣りまで来そうだ。剛先輩が言うところの〝付加価値〟を付ける余裕もできるわけだな。
「ん、イヤホンも持ってきたんで出来ると思います。場所はここすか?」
「いや、流石に作業してるここで通話はな…………隣の空き教室を使おう。この教室のWi-Fiも届くだろう」
「分かりました。じゃ、職員室に鍵取りに行って来ますね」
「ああ、そうだったな。悪いが──む?」
パソコンの画面をロックして立ち上がろうとすると、すぐ後ろにある教室のドアが強めに開かれた。驚いて見ると、そこには今からカチコミに行くんじゃねぇかってくらい不機嫌そうな顔の生徒会副会長様が居た。
いや、え? 話が違うんだけど結城先輩。委員長の
長谷川
先輩と反りが合わないだろうから姉貴はこっちに来ないようにするって打ち合わせたはずなんだけど。マジで? もう来ちゃったの? 俺が関わってるのもうバレちゃったわけ?
「──やっぱり、ね……そーゆーこと……」
「おい、何でここに──」
「うるさい二年」
「ぐっ……」
突然現れた姉貴に立ち向かう剛先輩。強気に出たみたいだったけど、学年差が仇となったのか秒で黙らされていた。姉貴はつかつかと俺に歩み寄ると、腕を掴んで教室の外に引っ張り出そうとする。せめて説明くらいしろよと思って少し踏ん張ってみると、「あぁ?」なんて目がこっちを向いた。
「姉貴」
「………確かにアンタを生徒会に関わらせたのはアタシだし、生徒会の仕事を早めに慣れさせて引き入れようとしたのも確かよ」
「〝確かよ〟じゃないんだけど」
初耳なんですけど。え、そんなこと考えてたん? 時たま仕事手伝わされてたのっていつもの単なるパシリ的な何かじゃなかったの? うっそん。生徒会副会長なんだから報・連・相を守ってくれよ。俺危うく生徒会に入りそうだったんだけど。
「でも〝アイツら〟がまだ関わって来るんなら話は別。むざむざ自分の弟を関わらせようとは思わない。アンタはもう関わるな」
「姉貴」
言葉の端々から大マジなのが解る。文化祭実行委員長の長谷川先輩がどうとか、それどころじゃなさそうだ。実行委員会、というより、結城先輩や剛先輩からとにかく俺を遠ざけようとしてる。
俺の腕を掴んで深刻そうにする姉貴は、そのまま剛先輩を睨みつける。
「ふざけんなよ
結城
の小間使い。文化祭実行委員会の不手際は生徒会の責任──アタシは生徒会の一員でもその弟は無関係のはず。アンタ達にコイツを駒として動かして良い道理は無いんだよ」
「………」
〝お前は使える〟。確か、結城先輩が俺をこの件に関わらせようと思った理由はそんなニュアンスだった。事実、俺は結城先輩から駒として選ばれたんだろうな。
剛先輩は腕を組み口を噤んで目を床に落とす。姉貴の言葉に対して特に言い返すつもりは無さそうだ。面倒な事になってしまった、そんな事を考えてそう。実際、初めて俺と関わったのは結城先輩の動きによるもんだし、剛先輩が責められても仕方ないんだろうな。
「姉貴、ほら周り。めっちゃ見られてるから」
「アンタは黙ってろ」
「ッ……と」
「わ、
渉
っ……」
「あ、や、大丈夫。サンキュ」
宥めようと肩を掴むと直ぐに振り払われた。おお……思ったよりキレてんな。登場した時点でだいぶイラついてたみたいだし、生徒会室で結城先輩にでも煽られでもしたんかな…………あの人、白が白だろうとめっちゃ理屈こねて何だかんだ黒にしそうだし。姉貴が超イラつくやり方☆
ちょっとよろけて後ろの机に手を突くと、夏川が早足で近付いて来た。ありがたいし嬉しいけど今近付くのは危ない。
改めて姉貴を見ると、目を見開いて我に返ったような目で俺と夏川を見てた……と思えば苦々しい顔になってまた苛立たしげな表情に戻ってるし。こんな百面相する姉貴も珍しい。
「ほら、姉貴」
「え、ちょっ、何す──」
怯んでる隙に強引に姉貴の肩を強く抱き込んで教室の外に連れ出す。その時、思ったより回した腕の位置が低くて驚いた。とっくに身長を抜いてはいたけど、姉貴って今だ俺よりデカいイメージなんだよな。見下ろされる機会が多いからか……? 小学生の頃は姉貴高身長だったんだよな。
廊下に連れ出したところで離して向き合う。後ろから剛先輩も付いて来て───は、え……? な、夏川さん? 何で付いて来ちゃった? んな心配そうに見なくても俺ら姉弟だから! そんな滅多な事にはなんねぇから!
「あ、あー………えと、ほら、姉貴は勘違いしてんだよ」
「……は?」
「去年までの事とか、事情はちょいちょい聞いてる。そんなの俺だって関わろうと思ってないから。てか生徒会なんか入りたくねぇし。面倒」
「は? アンタ誰の前で言ってんの?」
「あ、ごめん」
冷静に考えたら喧嘩売ってたわ。生徒会のしかも副会長やってる人間の前で生徒会を〝クソ面倒な組織〟扱いすりゃ、そりゃキレるわな。うちの学校の生徒会副会長マジで怖すぎない?
「結城先輩が俺を駒みたいに扱ってんのは承知の上だから。俺も納得した上でこれ手伝ってんの」
「そんなの! どうせ
颯斗
がアンタに余計なこと吹き込んで無理やり納得させたに決まってる」
「かもしんないけど、寧ろ俺にとっちゃありがたかったんだよ。このまま何も出来なかったら、きっと後悔してたから」
「後悔って………アンタまさか、生徒会の誰かに愛着湧いたか、アタシを引き合いに出されたんじゃないだろうね」
「え、生徒会……?」
生徒会って………ああそうか、そもそも文化祭実行委員会の不手際の責任は最終的に生徒会になるんだったか。そうなりゃ生徒会は〝西〟に限らず関係各所からバッシングを受けるだろうし、姉貴個人に対する攻撃だって考えられたわけだ。なるほど…………うん、気付かなかった。
「──や、違うけど? 別に生徒会とか姉貴のためじゃないし」
「あ?」
「何で機嫌悪くなんだよ………俺の個人的な事情だよ。断って放置しても大丈夫だったかもしんないけど、俺自身が
内側
に居ないと何か嫌だったから」
「〝嫌だった〟ってアンタ………」
や、何でそんな呆れた目で見てくんだよ………さっきまでの怒りはどこ行ったの? なんで俺が「しょうがねぇ奴だなコイツ」的な目で見られてんの?
実際、結城先輩の考える計画は既にほぼ完成されつつあった。俺に協力を求めてはいたものの、その計画の中の俺は別にキーマンじゃなかったし、結城先輩はきっと俺にフラれた場合のやり方も考えてただろうよ。俺一人居なかったところで上手く回すことはできたと思う。
でも、俺がそこに加われば円滑には進むらしい。今日だって一年生へのパソコンの説明を俺がしたから人員に余裕ができた。剛先輩も説明に時間を取られて会議の取り付けなんかまだできてなかっただろう。そこに先ずメリットがある。
そして何事にもトラブルはつきもの。もしそこで剛先輩の時間が取られるくらいなら、俺みたいのが一人付いとけばそれは保険になる。
───そして何より、夏川を助けられる。
「とにかく! 俺は姉貴の言う〝アイツら〟に関わるつもりはないし、結城先輩にこれからも駒として良いように使われるつもりもないから。俺がやりたくてやってんだから、今回は引いてくれよ」
「………」
目線を横にずらして何やら難しい顔で考え込む姉貴。懸念は尽きないのか、どうもスッキリはしてないみたいだ。葛藤が見て取れる。
「………………分かった」
姉貴はスンと目を閉じると、「アンタはそーゆー奴だったね……」なんて溜め息を吐いて文字通り引き下がった。そして腕を組んでじっと黙ってた剛先輩に詰め寄ると、間近くから見上げた。
「アンタ」
「何だ」
「
唆
した以上はコイツの面倒みろ。何かあったら許さない」
「……元よりそのつもりだ」
嫌々ながらも引いてくれたらしい。剛先輩に先輩命令を下すと、姉貴は用は済んだと言わんばかりに生徒会室の方に体を向ける。てか剛先輩は姉貴パイセンに敬語とかないわけ? だから冷たくされてんじゃない? この二人の関係気になるんですけど。
「───あと、渉の」
「えっ、あ、はいっ」
ちょっ、待ってください……!
夏川に向かって〝渉の〟っていうのやめてくんないすかっ。俺のじゃないしそれデリケートゾーン撫で撫でしちゃってるから。所有を表す助詞使ったんならその続き略すのやめてくんない? てか何を略したの? 姉貴にとって夏川は俺の何なの?
「何かしてとかじゃないけど、コイツのこと宜しく頼むよ」
「は、はいっ」
必死そうに返事をする夏川。何を思ってそう答えたか表情からはわからない。くっ……嬉しいやら気まずいやら恥ずかしいやら……! 身動きが取れねぇ……! 迂闊なこと言ったら余計にダメージくらいそうだ。口は悪いけどキミ言ってること母ちゃんだかんな!
姉貴は最後にダメ押しと言わんばかりの溜め息を吐くと、強く足音を鳴らしながら戻って行った。我が姉ながら嵐。あんな大人にはなりたくない。
「……仕事に戻るぞ。会議がある」
「でしたね」
剛先輩は特に感想を言うこともなく、事も無げに教室に戻って行った。この人はどっちかっつーと常に仕事モードだよな。正直今回はありがたいメリハリだ。ツッコまれても俺が困る。
「……だ、大丈夫なの……?」
「え、あ、おう、大丈夫大丈夫。ちょっと姉貴と意思疎通できてなかっただけだから」
「そうなんだ……」
「そうなんだよ…………ん? どうかした?」
「えと……」
じゃあ戻ろうか、なんてニュアンスで返事したものの、教室側に立ってた夏川は動かず何か言いたそうな目で見上げて来た。見たところ不安げじゃない。取るに足りない事なのかもしれない。
「……ううん、何でもない」
待ってると、自己完結したのか夏川は首をふるふると振って教室に戻って行った。それがどうでもいい事だったとして、意味もなく喋るほど俺達は気安くはなかったみたいだ。そこに寂しさや物足りなさを覚えるのは俺が欲張りなだけなんだろうな。
今は仕事に集中しよう。それで夏川を少しでも助けられるならそれで十分だ。