Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (143)
もしも
「───調整と認識合わせはこのくらい、ですかね。
花輪
先輩のチームには特にお手数おかけします」
『気にすることないよ。これは僕の責任でもあるからね』
「そういえば………
結城
先輩からそんなこと聞いてましたね」
果たして花輪先輩が〝気にすることない〟なんて言える立場なのかは謎だけど………あんま向こうのチームでデカい顔は出来ないんじゃねぇの? そもそも貴方ただ実行委員長の
長谷川
先輩に惚れられただけだからね? 何なん、〝惚れられた責任〟って。それで関係ない大人動かせちゃうとか半端ないんだけど。K4の紳士系イケメン担当はやっぱ格が
違
ぇわ。
確か……『花輪システムソリューションズ』だっけ? そこの人員を学生の別働隊として働かせるんだから申し訳ない話だよな。まぁ報酬もらってする仕事が学生の手伝いならチョロい方か。報酬………出るんだよな? 花輪先輩ん
家
の会社内の話だからそこまで知らないんだけど。タダでやれって話なら俺だったらボイコットしてる。
『じゃあ、そっちの方は宜しく頼むよ。佐城君』
「まぁ自分は繋ぎで、こっちのチームを動かすのはほぼこの
剛
先輩なんで、問題ないでしょ。そもそも委員長の長谷川先輩も居ますから」
「本来なら
蓮二
さんもこちらに居るべきとは思いますがね……。こうしてチャットで画面共有までして会議ができるわけですから、貴方がそちらに居る必要性があると思いません」
『ハハハ………そう言われると弱いけどね、流石に長谷川委員長の胸の内を一方的に知っちゃった身としては素知らぬ顔で会えないよ』
「えっ」
え、長谷川委員長は自分の気持ちがバレてんの知らねぇの? てか今回の問題の原因にそれがしっかり加えられてたって事は長谷川先輩の口から〝実は花輪先輩の事が好き〟って言わせた人間が居るって事だよな………闇が深そう。長谷川先輩の友達がチクったとかだったら怖い。よく考えたら今日の説明でその事一回も触れられてなかったわ。そりゃそうだよな、それ周知されるとか恥辱の極みだし。
『それじゃ、後はお願いね。まだ
颯斗
も残ってるなら宜しく言っといてよ。楓は……長谷川委員長の事情についてはバレてないみたいだから、気を付けて』
「颯斗さんには自分から伝えておきましょう。どの道この後ご自宅までお伺いしますので」
「まぁ姉貴もわざわざ俺に訊いてくるような事はないでしょ」
そんな感じでお互いに注意を呼びかけて会議が終わる。チャットで設定された会議のグループから花輪先輩のアイコンが消えるのを確認すると、俺と剛先輩もチャットを切って背もたれに背中を預けた。
「……いや緊張しました。花輪先輩の身内とはいえガチの社会人と会議する日が来るなんて思ってなかったっすわ。直に会って喋るほうが緊張しなかったと思います」
「俺に関しては蓮二さんも上司のようなものだからな……不興を買うと颯斗さんにも話が行ってしまう」
「……あまり訊いてなかったっすけど、今日だけで剛先輩の立ち位置を何となく理解できました」
よく分からんけど、親しい先輩後輩ってだけじゃなくて、家のつながりの関係で従者的な立ち位置になってしまってんだろう。話を聞く限りじゃ他にも似たような生徒はどっかに居そうだ。例えば長谷川先輩の情報を引き出した人とか。
「──今後、これがお前の役割になる。これからはクラスの準備もあるだろうから全てを任せるつもりはないが……俺からも頼むぞ、
渉
」
「うす。まぁ、似たようなものを横から
見てた
経験はあるんで。大丈夫だと思います」
「横から見てそれを吸収し、現状自分のものにできているならその過去は〝経験〟と言っても良いのだろうが………まぁ、お前が良いのなら良い。今日はこれで終わりだ」
文化祭実行委員会の方はもう終わって、委員の方も下校に向かったようだ。隣の教室から何一つ音が聴こえないし、いま学校に残ってる生徒はマジで生徒会と俺達くらいなのかもしれない。完全下校時間間近だしな。
委員会の教室に戻って自分のノートパソコンを片付けると、剛先輩は手早く荷物を纏めていた。
「悪いが、俺にはまだ〝今日の仕事〟が残っててな。ここの施錠は任せて良いか?」
「うへっ、マジすか……何すかそのデイリーミッション。普通に会社員ばりに働いてません?」
「俺というより颯斗さんだな。俺はその補佐だ」
金持ちの家庭。偉い人。んな面倒なもんに該当する結城先輩や花輪先輩は俺なんかじゃ理解できない世界に生きてるんだろう。そういった意味で言うなら、うちの親父は上手いこと立ち回ってる方に違いない。ちょっと前までは昇進とか推薦を断ったって聞いても意味がわかんなかったけど、今なら
解
る。社会に出りゃ貰える給料と面倒の量が比例したりするんだろう。ただでさえ残業しまくりなのにな。てか、え? 俺いま高校生の話してんだよな?
「じゃあな」
「うす、また宜しくっす」
一言告げると、剛先輩は足早に去って行った。辺りが無音になると、俺の中で仕事モードのスイッチが切れた。急な気疲れが襲って来る。荷物を纏めてる途中だけど、ちょっと一息つくか……。
秋口と言ってもまだ暗くなるには早い。外はめっちゃ夕方で、教室の中に差し込む光はこれでもかってくらいのオレンジ色だった。や、あえて
橙色
って言った方が詩的? 夕陽色でいっか。何かそれが一番カッコいい。
学校の三階から眺める外の景色は夕暮れの空こそ綺麗なものの、校舎の敷地から向こうの街並みはそこまで感動できるものとは思えなかった。どっちかと言えば、窓際の端っこから眺める夕方の教室の方が趣がありそうだ。こんなの、学校に遅くまで残ってないと見る事はできない。
学校ってだけなら小中も合わせると十年目になる。それなのにこのいかにも青春っぽい景色は初めて見たように思えた。そりゃそうだ、だって俺帰宅部だし。本来なら学校に遅くまで残ったりなんてしないもんな。何らかの部活に入ってたら見慣れるもんなんかね?
「………」
思えば中学。思った事を何でもかんでも口にしちゃ駄目って事を覚え始めて、そん時はつるんでた連中が偶然みんな帰宅部だったから、俺もそれに合わせた。おかげで周りが放課後にひぃこら言いながら部活に時間を割いてる中で、俺達は好きなだけゲームや漫画、俺に限っちゃバイトなんかにも勤しんだりした。
もし、あの時つるんでた連中が何かの部活に入ってたら。
もし、俺が夏川と出会ってなかったら。
きっと周りに合わせてその部活に入って、それなりに興味を持って高校でも続けてたんだろう。運動神経なんかも今より良くて、夏川と出会うきっかけすら生まれなかったかもしれない。バイト経験なんかは当然無くて、大人と話す分には今より幼稚だったかもしれない。当然、高校もこんな進学校じゃなくてもっと偏差値の低いところで、もしかしたら彼女なんかもできてたかもしれない。
生徒会の仕事に関わる事もなかっただろうな。何かに左右されやすいのは自覚してるし、場合によっちゃ性格も今と全く違ったかもしれない。別の世界線の自分と顔合わせたらきっと面白いだろう。こんなこと考えたって仕方ないだけなんだけどな。
「………」
スマホを構えて、やめた。視界の全てを撮ってSNSに上げるのも悪くない。けど、そうしてみんなに共有したところで、今以上の満足感が得られるとは思えなかった。
「……帰ろ」
こんなところで一人で居ても色々考えてしまうだけだ。まだそんなタイミングじゃない。俺の役目は始まったばかり。色々考えるのはその後だ。このモチベーションを下手に塗り替えるわけにはいかない。
ただ、〝その時〟が来たなら。またこうやって思春期を拗らせに来るのも悪くないのかもな。
廊下の窓に映る自分が思ったよりのそのそと動いてるのがダサくて、笑ってしまった。