Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (147)
役目を果たしても
文化祭実行委員会の体制変更から一週間。余計な手間を無くして進めた作業は好調に進んだ。そもそも前と比べるとモチベーションが違ぇんだわ。ゴールが見えてんのと見えてないとじゃ動きが変わって来る。
山の頂上を過ぎ、麓が近づいて来たくらいから実行委員会の首脳陣と
剛
先輩と俺とで最終チェック。完成した書類やデータに誤字や書き損じみたいな不備がないか確認する。一年坊主の俺だけ明らかに場違いな気がすっけど、剛先輩の金魚のフンに徹してたのが功を奏したのか特に何か言われることは無かった。そのお尻───ずっと離さない。
「書類関係────ぜんぶ終わりましたっ!!」
「よっしゃーッ!!」
副委員長の
木村
先輩が嬉しそうに両手を挙げた。その後に三年の文化系男子達が珍しく雄叫びを上げていた。興奮のあまり今にも脱ぎ出しそうな始末だ。絶対にやめろ。
視線の先には教室の後ろでピッチリと並んだ印刷物。一枚ずつじゃない。全学年の全教室向けに配布する資料や指示書が束になって置いてあった。あとタスクとして残ってるのは進行中で待機中のもののみ。
「みんなっ……ありがとうっ! ありがとう……!」
「ちょっ、泣かないでよ
智香
」
委員長の
長谷川
先輩はまさかの涙。顔を両手で覆う先輩を木村先輩が慌てて宥めていた。思えば体制変更から長谷川先輩はひたすら作業を続けてた。組織のトップなのに委員会を窮地に追い込んだ一端になった事にずっと責任感じてたんだろうな。まぁそもそもの理由がアレだったしそれで然るべきなんだろうけど、それでもスゴいと思うわ。俺だったらたぶん罪悪感とストレスで毛量半分になってたし。これも恋の力なのかね………ある意味
花輪
先輩も業が深いよな。
仕事が完全に無くなったわけじゃないけど、終わらせておくべきものは終わらせた。これで昼休みや放課後にまで無理して集まる必要も無いわけだ。長谷川先輩辺りは仕事が残ってる事よりもそっちに安心してるかもしれない。めっちゃ自分責めそうなタイプだし。
「ねぇねぇ! 久しぶりにカラオケ行こうよ!」
「行こ行こ!」
区切りの良いタイミングで今日は解散になる。今後は学校がカリキュラムの間に挟みこんだ文化祭準備の時間だけでどうにかなりそうだ。俺はと言うと補佐だのなんだのと言って右往左往してただけな気がすっけどまぁ結果オーライ。最終目標の『文化祭に間に合わせる』以上の成果は出せたんじゃないか。
ワンテンポ遅れて実感が沸き、胸を撫で下ろす。
「渉。悪いが………」
「細かい後処理とかですよね。いつもの事じゃないっすか。むしろ今回ばかりは嬉しい悲鳴っすね」
「頼む」
最低限のノルマはこなしたとはいえ、今回の対応は外部を巻き込むかたちで成功させた。特に
花輪
先輩方面の今後の動きの把握と生徒会への報告、その他情報共有は剛先輩と俺の役目だ。直ぐに帰れるなんてそもそも思ってない。
「やったなっ、夏川!」
「うんっ……!」
夏川と余計なのを見ながら思う。〝俺の最終目標〟は達したも同然だけど、まだ港に着くには少し程遠い。乗りかかった船から降りるにはまだ足場が無い状況だ。ここからは生徒会側が正念場になる。バイトをしてた時の経験則からここでブッツリ切り捨てようとは思わない。つっても〆には間に合ってるから俺がガッツリ手伝う必要はねぇよな。そこはいい加減遊ばせて? RPGを中断して時間置くのモヤモヤするのよ……。
「サクッと出ますか。俺らが残って作業しても気ぃ遣わせそうだし」
「ふむ、そうだな」
まだ終わってないものの、打ち上げムードなこの教室内の片隅で俺らだけパソコンをカタカタしてても仕方ない。場所を変えよう。
◆
「───ふぅ」
「本当に、手伝ってくれてありがとね。弟クン」
「えっ」
生徒会室。姉貴と言葉でチクチク
小競
り合いしながら仕事に一区切り入れると、放課後としては久しぶりに学校側に来てる
花輪
先輩が話しかけてきた。珍しい、個人的に花輪先輩は姉貴の弟の俺に対してもどこか〝佐城
楓
に近しい男〟みたいな感じに一線引いてたイメージなんだけど。まさかお礼の言葉なんて。
「クスッ、俺がこんな事言うのは意外だったかな。まぁでも、今回ばかりは本当に助かったから。さすが楓の弟クンって感じにね?」
「う、うす」
「蓮二がアタシを褒めたことなんて無いでしょ」
「褒めてるよ? 楓が気付いてないだけ」
「はぁ………」
余裕そうにニコニコする花輪先輩に溜め息を吐く姉貴。今までに何度もこの感じ食らってんだろうな。イケメンなのに惹かれない気持ちも解る気がする。俺的にも先輩としちゃアリだけど友達はキツい。優しげな表情を貼り付けながら
弄
り倒されて潰れそうだ。
つっても、褒めてくれたって事はマジで花輪先輩的にも今回のはヤバかったんだろうな。ずっと微笑み続けるなんて自然体なわけがないし、「弱みを見せたくない」って言ってるようなもんだ。〝惚れられた責任〟なんて訳分かんねー理由でめっちゃ先陣切ってくれたけど、結城先輩と剛先輩の調査書に『花輪蓮二』って名前が載った以上、それは〝隙〟だったんだろ。これで文化祭がめちゃくちゃになった日にゃ、誰にその調査書を見られるかわかんなかった事だ。
少しだけ、その〝責任〟の意味が理解できた気がする。
「渉。後は俺だけで大丈夫だ」
「お、マジすか───って、明日から俺どうしましょ?」
「そもそもアンタはクラスの準備があるでしょ。この辺で引きな」
「それもそう、か………」
お役御免、なんて言い方は悪いか。ちゃんと報酬として毎日昼飯をいただいてる。てか舌が肥え始めてんのがわかる。最近コンビニのもん買う気出ねぇんだよな………顔も知らない結城家のシェフに胃袋つかまれてんだけどどうすりゃいい? 結城家で下働きすりゃいいのか? あれ……何か金払い良さそうじゃね?
「んじゃ、あとお願いします」
「お疲れ」
───何にせよ。もう昼休みと放課後に仕事をしなくて良いわけだ。夏川ももう苦しまずに済むし、サッカー部の先輩とのわだかまりも徐々に無くなりつつあった。もう変なトラブルは起こんねぇだろ。そーゆー意味でも、俺の目的は達成されたし本当にお役御免ってわけだ。
でも………。
「…………まぁ、しゃーないわな」
途中で抜けるって割と変なもんが残んのな。ここまで来たんなら後の仕事なんてそんなややこしいもんでもない気がするし、最後まで手伝って全部終えた達成感的なのでウェーイってしたかったかもしんない。でも実際俺は実行委員でもないし、クラスの準備も手伝わないとだしな………それに、流石に姉貴がもう許さんだろ。
「あ、パソコン………」
つい明日に持ち越すつもりで鞄に入れてた。生徒会室に───や、貸出し管理簿は実行委員の教室か。パソコン詰め込んでたダンボールも確かあっこの隅に置きっぱだった気がする。そっちに置いてから帰るか。
ついでに、
あの景色
でも見てから───。
◆
煌々とした夕日が教室をオレンジ色に染めている。前と違って今日は少し涼しい日で、暑いというよりほんの少し暖かく感じて眠気を誘った。これから帰るために歩かなくちゃいけないと思うと余計に足が重くなる。また少し、ここに残ってから帰るか。
窓際の、適当な机の上に座る。
前に
黄昏
た時より少し早い時間。日の傾きが違って、教室の後ろから見渡す景色には前と違った
趣
があった。宙に浮く埃がキラキラと輝いたまま止まっている。空気が止まってる証拠だ。静かな時間の隙間に、部活動生の掛け声が遠くから聴こえてきた。
癖になる日向ぼっこだけど、これももう納め時ってわけだ。クラスの教室から見ても良いけど東校舎だからな、窓越しの夕日に浸りたいなら中庭のある廊下側か。それもアリかもしんないけど、そもそも夕方まで残んねぇんだよな。
「…………あ?」
スマホが震える。取り出して通知画面を見ると、姉貴からの新着メッセージらしかった。何これ超見たくないんだけど。今すぐ戻って来いとかじゃねぇだろうな………。まだ近くに居残ってるし何か気まずいんだけど。
【しっかりやんなよ】
「ああ?」
何だそりゃ。しっかりって、何をしっかりすりゃ良いの。寧ろ仕事から解放されてしっかりしなくなろうとしてたんだけど? これからはもう自由だ、俺を束縛するものは何もない。
岩谷
からのFPSの誘いも断らずに済む。レッツパーリー。
久々のゲームだ。RPGの方だって第何章のどこまで進めたかほとんど憶えてねぇ。思い出すとこから楽しむのもまた一興だわな………やっべ、何かめっちゃワクワクしてきた。
「っしょ、と…………へ?」
「あ………」
「………」
「………」
バッグを引っ掴んで机に座って浮かせてた足を床に付けると、誰かの気配を感じた。着地ざまに見えたのは誰かの室内シューズ。顔を上げると、教室の入口に立っている夏川と目が合った。
…………えっと? 何で? どうしてここに居らっしゃる? どうでも良いけど夕日に照らされてんの神々し過ぎるんだけど? いつ降臨なされた?