Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (173)
愛情の受け方
「あんま褒められた事じゃねぇな……」
「うぅ……すみません。ダメだと思ってはいたものの、目が離せなくなっちゃって……」
「……止められなかった」
笹木
さんは生まれて初めての光景に好奇心を抑えられず、
一ノ瀬
さんは良識こそあったものの二人を止める強引さが無かった、と。
自分達の方から人の告白現場を覗き見といてこの状況だとあまりフォローのしようがない。そもそも覗かなかったら落ち込むことも無かったんじゃね? なんて無慈悲な考えは乙女心を読めていないのだろうか。どうやったら電子辞書に乙女心辞典をインストールできますか。
「てか
有希
ちゃん、
佐々木
の告白現場見たの初めてなん? 今までも似たような現場を
遠隔
で見てたんじゃないの?」
「何で遠隔前提なんですか。拾えるのなんて音くらいです」
それは俗に言う盗聴というやつでは……?
冷静に考えるとそうだ。映像で佐々木を追いかけ回すには手段が限られる。小型ドローンを操作するか、それとも胸ポケットに差すボールペンなんかにカメラを仕込むか、事前に佐々木が移動する場所に先回りしてカメラを仕掛けておくかの三択くらいだ、難易度が高い。俺はいったい何を冷静に考えているのだろう。冷静かこれ?
「……お兄ちゃんが告白される事は今までもありました。前は中学の頃でしたけど」
「実際に自分の目で見るのとは違った、と?」
「いえ、そうじゃないです」
「え……?」
「前はすぐに断ってたんですよ。『サッカーに集中したいから』とか、そんな理由で。本音は私が居るからだと思うんですけど」
きっとサッカーに集中したかったんだろうな。
聞けば聞くほど一ノ瀬さんのときとは状況が違う。過失の比重というか。こんなにもフォローのしようが無いことある? 強いて言うなら佐々木の反応がちぐはぐなところか。有希ちゃんは知らない話かもだけど、何で
夏川
に想いを寄せる佐々木が顔を赤くするのかが分からない。
まさか、告白して来た相手は夏川……?
いや、待て、落ち着け、死ぬ。そんなはずは無い。夏川は俺が佐々木を探してる途中に南棟で会った。時系列的に有り得ないし、夏川が自分の仕事を放り出してまでそんな事をするとは思えない。佐々木が超良い奴になるよう誘導して俺自身の意思で夏川とくっ付ける事で心のダメージを減らそうなんて考えたりもしてたけど心の準備ぜんぜん追い付いてない。毛玉吐きそう。
「……………うぇ」
「あの……
佐城
くん?」
「有希ちゃんより顔色が青いですけど……」
「なんでもないです……」
いや傷付くタイミング間違ってるだろ。何この自滅。もはや声ガッサガサなんだけど。心のダメージでかすぎて草。女子二人に挟まって座ってる贅沢な状況で何やってんの?
「うーん……」
夏川のことを抜きにして考えて、有希ちゃんから聞いた話と比較すると、俺が知ってる佐々木と少し印象が違うように感じた。少なくとも今のあいつはサッカーに力を全振りしてる熱血野郎じゃない。俺にとっての佐々木と言えばムカつくくらいのバランサーだ。文武だけじゃなく、クラス内での立ち位置とか、
現
の抜かし具合とか。
「……たぶん、中学時代のあいつと今のあいつの意識の違いだろうな」
「……え?」
「例えば……そうだな。笹木さんも有希ちゃんも、この時期にどっかの男子から告られたらどうする?」
「え、ええっ!?」
女子である以上、恋愛の話題は好きに違いない。だからといって自分がその立場に置かれる事とはまた話が違うはずだ。まぁ……このタイミングで顔を赤らめようものなら今好きな人が居るって事なんだけど。ついでに教えていただくとしようじゃないか。
「お兄ちゃん……」
違う、そうじゃない。
「う、うーん……今は勉強に集中したいですし、お断りします、かね……」
「そう、二人はいま受験シーズンだ。勉強に集中したいはずだし、恋愛するにしても『高校生になったらきっと……』なんてほのかに期待してる程度だろ」
「な、何でわかるんですか!?」
「俺もそうだったし。たぶん、他のみんなも」
「あぅ……」
まぁ俺の場合、中学の時点で一方通行の恋愛はしてたわけだけど。それでも〝高校生〟という一つのステータスに彩りある青春を期待してたのは間違いない。現実はあの頃より二、三歩引き気味なんだけど……もう愛しのあの子を名前で呼ぶことすら無くなったし。何でこうなったん?
佐々木は文化祭実行委員会を途中で抜け出すなんて馬鹿をやった。ただ部長の命令でそうした、というにはどこか違和感を覚えるけど、早くサッカーがやりたくてうずうずしてた、とかならまぁ納得できる気がする。だからってサボるのはふざけんなって感じだけど。
「佐々木の事だし、今もサッカーに向ける熱量は高そうだ。あいつの性格からすると中学の頃は『恋愛なんて自分にはまだ早い』なんて言って遠ざけてたかもしれないな。だけど今のあいつは中学の頃と違う。それなりに恋愛に興味が向いてると思うよ。どうやったら夏か──女子から良く見られるか、とか」
「そんな───今言いかけたの誰ですか」
「噛んだだけです」
有希ちゃんのパッツンの淵から黒々しい瞳が俺を覗き込んだ。怖いよぉ……目を逸らすのがやっとなんだけど。そのうち視線がピアノ線に化けて俺の頸動脈狙って来そう。ピュッて死にそう、ピュッて。
「イケメンが恋愛に興味を持つ……これほど恐ろしい事はねぇな……」
「……じゃあなんですか。佐城さんも『兄離れしろ』と言う口ですか」
「……っ………」
「や、そうじゃねぇよ。兄妹なんだから甘えたけりゃ甘えりゃ良いじゃん」
軽々しく〝兄離れ〟なんて言うなよ……一ノ瀬さんビクッとしちゃったじゃん。禁句だぞ禁句。
佐城さんも、という事は他の誰かにも言われてたのか。笹木さんは有希ちゃんのブラコンモードを知らなかったみたいだし、同じ中学の誰かじゃなさそう。親か、あるいは佐々木本人からか。
有希ちゃんの口振りから一ノ瀬さんとの共通点を見つけるとしたら、『自分だけを見ていてほしい』という点。それに対して二人の違いは、本当の気持ちに蓋をして自立を図るか、心の整理を付ける手段が分からなくなって悩んでしまうというという点だ。こうして比較してみると、一ノ瀬さんの方がいかに大人であるかがわかる。
「ただ、兄貴の〝妹離れ〟は認めないとな」
「……っ………」
「きっと今まで良い兄貴だったんだろうよ。何も言わなくても気にかけてくれて、有希ちゃんが望むように甘やかしてくれる。だからそこまでブラコン
拗
らせるようになったんだろ?」
「こ、拗らせてなんかいません! ただお兄ちゃんが優しいからそう見えるだけです!」
「その優しさは今後、佐々木の恋愛対象にも向けられる。あいつの身は一つだし、同時に二人に優しくし続けるのは難しいかもしれない」
それこそクマさん先輩みたいに、身を
粉
にしてでも自分の彼女と一ノ瀬さん──妹を大事にしたいと考えてるなら話は別なんだろう。そういう意味じゃ先輩の方が優しい。だからこそイケメンじゃなくても可愛い彼女がゲットできる。師匠、学校での妹さんの安全は俺が責任もって守ります。
「お兄ちゃんの………恋愛対象………」
「そう。妹に向ける愛情とは別のもんだ」
兄貴に甘えるなとは言わない。ただ、今までと同じように甘やかしてくれるのを待つんじゃなくて、自分から積極的に甘えに行かないとその優しさを受けることは出来ないかもしれない。有希ちゃんに何かつらい事があったとしても、佐々木がそれに気付いてくれるとは限らないんだ。
「────じゃあ、私がその対象になれば全部解決ですねっ!」
こいつぁやべぇや。