Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (41)
絡まる感情
「佐々木……?何で頭抱え込んでんの?」
「誰のせいだと思ってんだ……」
授業と授業の合間、トイレに行って帰って来ると視界の中に何か深刻そうにした奴を見つけた。頭を抱え、机の上に上半身を投げ出している。
ちょっと待って、誰のせいってもしかして俺のせい? いやいやどういう事よ。コイツに降り掛かるトラブルなんて大抵ブラコンの妹関連の──ん? 佐々木の妹……?
『お写真ありがとうございます。私も幼女になります』
「───あ」
……あれか? 佐々木が我が物顔で愛莉ちゃん自慢をしてきたときに
有
希
ちゃんにチクったときのあれか? まさかの
突然変異
宣言にお兄ちゃんのお友達びっくりしちゃったよ。いやぁ、まさかね! ハッハッハ!
「……有希ちゃんどうなったん?」
「ランドセルを──いや、なんでもない」
「衝撃の五文字が聴こえたんだけど?」
佐々木有希ちゃん(十四歳)。思い浮かぶほとんどが佐々木の腕に微笑み顔で絡みついてる光景ばかりだ。前に佐々木ん
家
に遊びに行ったときに山崎共々メッセージIDを訊かれたときは嬉しかったけど、まさか佐々木の学校での様子を報告してくれとしっかり依頼されるとは思わなかった。だとしても自分の妹だったらって思うと可愛いもんだけどな……どんな性格でも甘えられたら可愛いんじゃないの? 実の兄だとやっぱ俺とは見え方が違うんだろうな。
「夏川の妹に浮気するからだバーカ」
「違うわ! 俺は愛莉ちゃんじゃなくてッ───あ……」
「………」
まあまあなトーンで言いかけた言葉を慌てて
噤
む佐々木。その理由は直ぐに理解できた。理解できたし、やっぱり胸の奥がスッと冷えるのを感じた。とはいえその胸の内のありのままを
曝
け出そうとは思わない。
「…………そうか」
「〝そうか〟って、お前……」
「とやかく言ったりはしねぇよ。寧ろ惚れない奴なんてこの世に存在すんの?」
「や、それは知らねぇけど……でもお前が」
「決めるのは当人の問題。お前が何か行動を起こしたとして、それを評価するのは夏川だ。俺にそれを邪魔する権利は無ぇよ。超冷たくは当たるけどな」
「冷たく当たるのかよ」
「嫌なもんは嫌だからな」
激推
ししてたアイドルに男の影が突然見えたら嫌だろ。目の前にその影の本体が居るなら真正面からお前が嫌いだとぶつけてやる。そのまま一切話さなくなったって構わない。会って話したってたぶん永遠に気まずさ感じるだけだしな。
「佐城、俺は本気で狙うぞ」
「なに熱くなってんだよ」
「………」
俺が冷たくする前に佐々木は席を立って教室から出て行った。すれ違いざま自信に満ち溢れた目を向けられたのが強く胸に焼き付いた。何がムカつくってその一連の動作の何もかもがイケメンな事だよチクショー。顔が整ってるだけであんな仕草でさえ決まってるように見えちゃうのは何故? やっぱオシャレって結局〝誰がするか〟なんだよなぁ……。
意外なのはアイツが俺を露骨にライバルっぽく見て来た事だ。佐々木みたいに爽やかな顔した奴のライバルってもっとイケメンな奴なんじゃないの? 俺みたいなのを目の敵にしたところで俺がフルボッコにされるだけなんですけどやめてくんねぇかな……。
「佐々木……か」
夏川を人気者にせんがためプロデュース大作戦を勝手に宣言した時からこんな日が来るんじゃないかと思っていた。かつて夏川に付き纏っていた俺はそれなりに
体
の良い男避けの役割も果たしていたというわけだ。その男避けが無くなった今、あんなに可愛さを振り撒く夏川を周囲の男が放っておくとは思えない。全てはあの時から予感していた事なんだ。
俺自身、佐々木を認めているかどうかなんてよく分からない。山崎と二人で小悪党よろしく「イケメンこの野郎」と突っかかってふざけ合って来た仲だ。周囲の女子に「うるさい」なんて言われて黙り込んじゃうまでがいつもの流れ。あれ? 何も太刀打ち出来てなくね? つかバスケ部高身長の山崎が何でこっち側なん?
夏川のような高嶺の花とどうこうなろうなんてもう思い上がりはしない。だけどどうせ自分じゃないなら「ハハッ、そらそうだわ」と言えるくらいの男とくっ付いてほしい。だからこそ佐々木がそのつもりなら俺は確かめる。容姿はイケメンのアイツが、本当に男としてイケメンなのかどうか。あそこまで妹に好かれてる時点で悪い奴じゃないんだろうけど、精々端っこから見極めさせてもらうとしよう。
◆
そんなのどうでも良いや。佐々木? 誰それ?
目の前でもじもじする夏川を見て思う。昇降口の靴箱前で不意に
肘
袖
を
摘
まれ、振り返ってみると女神というか何というか……もはや言葉で言い表しようの無い可愛いのが居た。ごめん、佐々木よりもこの方どなたですか?
俺の決意なんてそぼろと同じだった。何か知らんうちにポロポロポロポロとこぼれやがる。佐々木が超どーでもよく感じる。残念だったな夏川、そんな攻撃効かねぇよ、俺はゴム人間だからな、鼻の下だけ。でへへ。
「えっと……いったいどうし可愛い」
「か、可愛くないっ」
言葉の途中でプイッとそっぽを向かれその仕草にズキュン。会話のキャッチボールでボールをキャッチした瞬間にグローブを投げ捨てて球場のど真ん中に走り出して狂ったように叫ぶほど可愛かった。もっと自制心持ってくれよ……少し拗ねたように叩かれた部分から花が咲きそうだ。やがて俺は森の妖精に───は? マンドレイクじゃねぇし。
夏川は摘んだ袖を離そうとしない。もうヤバい。俺の全神経がそこに注がれてる。頭が全然働かねぇ。夏川の顔は俯いててよく見えない。そもそも夏川ってこんなに小っちゃかったっけ? 芦田と並んでもそんな凸凹コンビには見えなかったけど……。
夏川の顔を覗き込まんとかがむついでに問いかける。
「……えっと?妹ちゃんの件だっけ……?」
「あ、愛莉よ……覚えて……」
「ひゃ、ひゃい」
俺は今まで姉貴から幾度と無い攻撃を受けて来た。その全てに耐えて今の俺がある。しかしこれは何だ? 殺傷力は限り無く低いというのに今まさに俺は死にそうになっている。浄化されて消えてなくなりそう。紅潮した顔で見上げられたくらいで何でそうなるの? 夏川が女神だから? え、つか俺アンデッドだったの?
愛莉ちゃんに絶対に会わせないと断言してからの
掌
返しだ、流石の夏川もかなりの気まずさと気恥ずかしさがあるに違いない。ほっぺた触ったら怒るかな……怒るよな……何なら通報されちゃうよな……ホカホカしてそう……。
「えっと……いつになるとかの話だったり?」
「……」
夏川はコクリと頷き、俺の袖から手を離したと思えばまた直ぐに同じところを摘まんだ。かと言えばまた離して、凄く
躊躇
った様子でまた摘まもうとして、やめてその手を下した。結婚しよう。
……まぁ、とりあえず何とか気持ちは汲み取れそう。芦田が言ってたのが嘘じゃないなら、夏川は俺を同じ
居場所
の一人としているらしい。だけどそれはあくまで芦田の主観であって、俺が夏川を見てる限りじゃそれを認めたくないという感じがうかがえる。
原因は俺と夏川が異性として意識し合っているからだ。俺は恋愛感情を、夏川は俺という男への嫌悪感を。だけど芦田はそこに焦点を当てていない。たぶんアイツが言ってるのはもっと違う、仲間としての関係性のようなものだ。
男女に友情は成立する。実際俺と芦田はそんな感じだし、それを否定してしまえば、周囲で男女複数人のグループはどんだけ複雑な関係性なんだよって思わざるを得ない。まぁ、そんな奴らもお互いを意識し合わないようにしてる関係性なのかもしれないけど。だからってそこに在るものを友情じゃないというなら、それは一体何なんだ。闇が深すぎんだろ。もうそれも友情なんだよ。
芦田は繰り返し俺の事を夏川の居場所の一つなんだと言った。んでもって夏川は俺の〝異性〟という部分を拒絶しながらも愛莉ちゃんを介してどこか納得できない感情を消化できずにいる。それは夏川自身が行動で示しているところで、これだけの材料が揃ってるなら芦田の言った事も
強
ち間違っちゃいないんだろう。
だったら、夏川のもどかしい感情を拭うために俺に出来ることは──男でもなく、異性でもない〝佐城渉〟としてそれを吐き出しやすいような受け皿になることだ。
「……なぁ、別に気にしてないから」
「え……」
「今まで愛莉ちゃんと会わせようとしなかったこと。気にしてるだろ? そこ」
調子こいてた時の俺に夏川が遠慮する素振りは無かった。だったら、ここはあえてあの時のように「お前のこと全部わかってるぜ(キランッ)」
風
のウザさを出せれば、夏川もきっと開き直って素直になれるだろ。
「べ、別に気にしてなんかッ───」
「無理だって。みんなわかっちゃうから、今の夏川」
「あ、う……」
俺だからわかるとかじゃない、その辺の奴でも今の夏川がおかしい事くらい直ぐに気付くだろう。もうそのくらい可愛い。ぶっちゃけ今の夏川誰にも見せたくない。あれ? 無意識に俺の欲望にじみ出てる……?
「会えるんなら会いたいし、俺は大歓迎だから。いつでも良いから、夏川のやりたいようにすりゃ良いよ」
「ぁ……」
ホントは初めて写真を見た時から会いたいと思ってました。いや幼女に向かって何考えてんの俺……初めてのお見合いにうきうきしちゃう三十代独身かよ。もう
他人
の妹のこと幼女って言った時点でアウトだよな。まぁ、山崎あたりと仲良くやれてるくらいだから俺はそんなもんなんだろう。
「──しょ、しょうがないわね! そ、そこまで言うなら紹介してあげない事もないわっ!」
「おお」
そうだ、その調子だ夏川。それなら言えるだろ、天邪鬼な自分を責めずに済むだろ。それなら自分の気持ちに素直になれるだろ。それなら俺の事を気に掛け続ける必要もなくなるだろ。夏川を好きな男として──いや、俺はファンとして夏川には笑っていてほしいんだ。それこそが我が幸福。そのためなら多少のもどかしさなんて俺が呑み込んでやる。だから、ここは邪念を全て捨てて──
「──ありがとな、夏川」
「ぅ……」
ほぉら、これで夏川も変に気にする事無く───って、何で口元押さえてぷるぷる震えてんの? え、笑ってる? そんなに俺の顔おかしかった? 確かに変顔に関して本気出したら福笑いの神様も黙ってないだろうよ。でも今のは真面目にですね……いやそんな赤くなるほど──やだ何ちょっと、可愛いじゃない。あ、邪念が──。