Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (137)
役割
キレた姉貴は怖い。中二くらいの時は感情を露わにするマジで酷い時期があったんだけど、高校に入って今の感じになってからは静かな怒りなんだよ。動きがゆっくりになんの。ゆっくり近付いて来る様は怖いったらありゃしない。
「……そもそもどこか勘づいてる節があってな。文化祭準備が始まった当初から、楓はどこか
長谷川
に厳しいんだ。何故とは思っていたが、調べてみて合点がいった」
「ちょっと?」
イケメンじゃなくても解る。女の“勘づいてる”は“確信”と同じだから。『その勘、実は当たってますよ』なんて言ったらもう大変。
拳
鳴らしながら生徒会室からゆっくりと歩き出すから。逃げても逃げてもゆっくりと追いかけて来るのはマジで怖い。ちょっとしたタイラント。
「…………それで、つまり? 何が問題なんすか?」
「全体としての作業人数は事足りる。だが、
鴻越
高校側でマネジメントする人材が足りてない。長谷川は身内で手一杯だろうからな」
「えっと……」
「──つまり、外部協力者と鴻越の生徒を現場で連携させる人間が別で必要という事だ」
石黒先輩に言い直してもらって理解できた。外部協力者を得たとしても、じゃあ何をさせれば良いのかを伝えなければならない。その作業体制が固まらなければ、幾ら金を払って人を集めようとも
烏合
の
衆
になってしまうわけだ。
「そのためにはもちろん文化祭実行委員会──ひいては長谷川智香とも密な連携を取ってもらう必要がある。しかし、生徒会も生徒会で、遅れた資料やデータを直ぐに
捌
く必要があるわけだ」
「だが、今回ばかりは長谷川と楓の接触にリスクを感じている。お前の姉の即断力と胆力は非常に優秀だが、“できない人間”──ひいては“使えなくなった人間”の気持ちを理解できない節がある」
「は……?」
姉貴が、“できない人間”の気持ちを理解できない……? んな事ねぇだろ。なんたって身内にこの俺が居んだぞ? 理解できないってこたぁねぇと思うけど。
「あの、姉貴はその辺は寛容じゃないっすかね? 弟の俺を見てるわけですし、何度やってもダメダメな奴なんて見慣れてると思うんですけど……」
「………? 何を言ってる。お前は実際に生徒会で実務をこなしてる技量があるだろう、四ノ宮の奴も評価してるようだしな。それに、最近は特に楓が誰かを叱る時はお前を引き合いに出しがちだ」
「は……?」
「『うちの弟でもできる』。これは最近の
楓
の口癖だ。
悠大
がよく口酸っぱく叱られてる。なかなか効いてるみたいだぞ」
悠大……
轟
先輩の事か。ええ? 引き合いに出してんの? “誰かを叱るとき”って……もしかして全然関係ない上級生とかにも言ってんじゃねぇだろーな……。知らないとこで疎まれるとかマジで嫌なんだけど? そもそもソレ褒めてんの……。
「それにお前……おそらく楓と違って折衝にも向いてるうえ、中学の時点でチームとして動くノウハウすらバイトで得ているだろう。お前のどこが“できない人間”だと言うんだ」
「や、別に交渉とか……ってちょっと!何でそんな事知ってるんですか!」
「楓に弟が居ると分かった以上、俺が調べないわけないだろう? まったく……今まで一切明かさなかったくせに、弟の存在がバレた途端にこれだ」
「………………?………………?…………」
「佐城弟……聴き流せ……………」
理解の追い付かないまま次々と言葉を投げ付けられてピヨピヨ。石黒先輩が額を押さえている。銃弾でも受けましたか?
「ともあれ、こちらとしてはそんなお前に是非ともその役目を担ってもらいたいと思っている」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
いやいや何言ってんの? 冗談じゃないんだけど! 何を好き好んでそんなクソ面倒な役目を引き受けなきゃなんねぇんだよ。『担ってもらいたい』じゃねぇよ。俺、ただ使いパシリさせられるだけじゃん。
「あの、正直にぶっちゃけますが、俺が生徒会の手伝いをしてるのは理不尽なはずの姉貴からの指図が
却
って都合が良かったり、対価として美味い弁当が貰えたり、そんなライトな感覚で居られるからです。そもそも姉貴のアレが無かったら断ってますし、そのうえ本来手伝う義務も無い仕事の責任を負えって事ですか」
思わず大真面目に文句を言ってしまった。上級生になに生意気な口聞いてんのって感じかもだけど間違った事は言ってないと思う。姉貴つながりってだけで、なんの義理があってそんな面倒事を引き受けなきゃなんねぇの。俺は文化祭実行委員でもなけりゃちゃんとした生徒会役員でもねぇし……!
「…………別に、断ってくれても構わない」
「……え?」
「だが、本当に良いのか? 代わりの人間を用意は出来るだろうが、見通しは立っていない」
「……へ?」
結城先輩があっさりと引いた事に拍子抜けし、そして続く質問の意味が理解できず似たような言葉で訊き返してしまう。
「言ったはずだ、『楓に弟が居ると分かった以上、俺が調べないわけないだろう』と」
「はあ……」
「佐城渉──お前がそこまでの能力を身に付けたのは何のためだ。何のために中学生でありながらバイトをしていた……? 何のために楓は夏休み前に独白し、悲しんだ……? 何のためにお前は三日前の放課後、生徒会を手伝った上で文化祭実行委員会まで手伝ったんだ?」
「そ、それは……」
返す言葉も見付からないくらいのプロファイリング。俺のプライバシーどうなってんの? 先輩の部屋に二十四時間監視できるモニターとかがあるわけじゃいよな? 俺でこのレベルなら姉貴どうやってんの……? ヤバくない?
「わざわざはっきり言葉にして突き付けようとは思わない。お前に断られようと意地の悪いことをするつもりも無い。だが、もう一度問わせてもらうぞ──本当に、お前はそれで満足か?」
「……」
押し付けられる面倒事。でも、その面倒事の渦中には苦しむ姿を決して見過ごせない人が居る。どんなに追いかけようと、もう決して届く事は無い想い人が。
心に決めたのは、それでも追いかけて彼女の幸せを願う事。たとえその隣に自分が居なくとも、遠くから笑ってる姿を見れるならそれで良いやって、胸が痛い事を前提にして女神に誓った──誓って、いるはずなんだ。今までも。こうしている今も。そして、これからも。
「──良くねっす」
「なら、どうする?」
「やります。やらせてください」
簡単に乗せられる情弱な小者。最初から、結城先輩はそのつもりで今までの話を俺に聴かせたんだろう。伊達に恋愛を偉そうに語ってるわけじゃなさそうだ。
それでも、この術中にこの上無いほどハマる事が、女神への誓いを守る事になるのなら。妹想いの夏川が、早く家に帰って
愛莉
ちゃんと接する時間が増えるのなら。
「───決まりだな」
「………恋愛などというものは、理解できません」
「そう言うな石黒。俺にだって似たような時期があった。どんな女も、全員同じ顔に見えてしまうくらいにはな」
「そんなに女子の顔を直視できません」
「……それは
矯
したらどうだ?」
よくも気付かせやがったなと言うべきか。それともよく教えてくれましたと言うべきか。どのみち俺は夏川が苦労してる事を知ってたし、遅かれ早かれの話だったのかもしれない───だとしたら、感謝すべきなのかもな。
「それより………これこそあの女が怒るのでは?」
「気にする必要は無い。俺が二、三発殴られれば済む話だ」
「………恋愛は、理解できません」
「ふっ……」
話がまとまり、石黒先輩から一枚のプリントを渡される。これからの方針が事細かに書かれている。随分とゴリ押しな印象を受ける。それを正確に達成出来るかどうかは、俺の腕にもかかっているかという事だ。
結城先輩が補足する。
「渉にはこの石黒と一緒に実行委員会の教室に入ってもらう。蓮二が取り繋いだチームと連携してくれ」
「本格的っすね……わかりました。宜しくお願いします、石黒先輩」
「ああ………佐城弟って呼ぶのもなんだからな、俺も渉と呼ばせてもらおう」
「わかりました。じゃあ俺も
賢
先輩って呼びますね」
「いや、俺の名前は
賢
じゃないんだが……」
……あれ?