Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (138)
動き出す歯車
実際に“外部協力者”とコンタクトを取るのは明日の昼。放課後を迎えると生徒会室へと足を運ぶ。それまでの
最中
、頭の中を占めるのは中二の後期に人生で初めて飛び込んだアルバイトの存在だった。
『そんなんでよくやろうと思ったな』
バイト先の全員に言われた。あん時は中学生って事も黙ってたし、後ろめたさと自分の“格の低さ”的なものに囚われて色々と
拗
らせてた。今もかもしんないけど、露骨すぎて迷惑かけた記憶しかない。それでも中三の半ばまで続けられたのは、拾ってくれた現場のチームがまだ新しく、憶えることの少ない状態で始まったからだろうな。
初めてまともに触るパソコン。組み上げられていく体制。学校とは違ってやること為すこと全部にはっきりした目的があって、夏川とは別で、俺がのめり込むのにそう時間はかからなかった。バイト代を貰ってるだけにこんな言い方はダメなんだろうけど、惰性で部活をしなかった俺には何よりも自分の成長させるものだった。
焼き付けられたように頭に残っているその時のノウハウ。それをどう活かし、今回の文化祭案件に関わって行くか。少なくとも、身動きを取りやすくするためには情報が足りな過ぎると思った。
足を急がせ、生徒会室に近付くと何だか騒々しい事に気付く。
『──ッ───!』
『──さい!───!』
「姉貴……?」
珍しく……はないけど、久々に聴く姉貴の張った声。いっそう足を速めると、生徒会室の前には時々見かける金髪頭の女が姉貴に詰め寄っていた。
「で、でもわたくしならっ───!」
「アンタに構ってる暇は無いわけ!! 邪魔になる前にさっさと消えな!」
「……っ………!」
東雲
・なんとか・
茉莉花
。相変わらずフルネームが思い出せないパツキンのお嬢様。見た目のインパクト抜群なのに中身のある会話をした事が無い気がする。にしても姉貴を感情むき出しにさせるとは中々やるな。ちょっと前のレディースみたいな時代のを引き出すとは。
恫喝
されるように目の前から圧を掛けられた東雲は悔しげに表情を歪ませると、いかにもお嬢様なダッシュでその場から離れ、西棟の方に向かって行った。
「また懐かしいもんが見れたな」
「……ッ………渉」
「気が立ってんのは
解
っけど、そこまでのもん?」
「うるさい………」
深い追及はデンジャラス。姉貴の沸点はある瞬間から一気に跳ね上がるからな。ちょっとでも嫌な予感がしたら黙るに限る。こーゆーときは感情を抜きにした話をした方が頭の切り替えができる。
「……なに。何か用」
「知りたい事があんだけど」
「……」
姉貴が目を細める。んな疑わしい目で見られんのは心外だ。こっちは仕事を手伝うために来てやってるっつーのに。
◆
実行委員会から上がってくる仕事は滞っちゃってるし、生徒会の他のメンツは生徒会室を飛び出して“生徒会室の外”という名の外回りをしてるそう。あんまり学校で“外回り”とも聞かねぇけど……つくづく普通の学校じゃねぇって思えてくんな……。
「…………何でアンタが」
「もともと手伝わせようとしてたじゃねぇか」
「あれはどうでもいい雑用だったからでっ……」
「や、結構マジもんの書類寄越された気がすんだけど……」
マジ? あれどうでも良い雑用だったん? 割と本腰入れてやる内容を仕込みに来てると思ってたんだけど。絶対に重要なキャラだと思ってた小悪党的な脇役が結局最後までかませ犬だったくらいの肩透かし感がある。
「……何でそんなやる気に満ちた目してるわけ?」
「対価が待ってっから」
「
颯斗
の弁当? 飽きない?」
「違ぇし、くっそ贅沢なこと言ってんな……」
あれ飽きる日が来んの? 少なくとも肉まんの200倍は美味ぇと思うんだけど。毎日駅弁以上のもん食ってるって考えると贅沢だよな……嘘、前言撤回。あれ労働の対価だから。うん、当然の権利。てかそもそもあれ結城先輩が作ってるわけじゃねぇだろ。
ここに来た目的。それは文化祭実行委員会の体制を整えるための個人的な前準備だ。俺と石黒先輩の役目は橋渡し。そのために必要な情報として今の文化祭実行委員会の状況は石黒先輩が把握してくれる。じゃあ俺は何をすれば良いのかって訊くと、『お前にできることをやれば良い』なんて渋めの声で言われた。そーゆーのが一番困んだけどな。
事前にスマホにもらったデータには目を通した。文化祭実行委員会が全体的に片付けなければならないタスク。何に工程数を取られるのか。何が機密性が高いのか。その情報をもとに、今のとこ俺が気軽に調べられる生徒会で疑問点を潰す。忌避してただけあって、普段から結城先輩や姉貴は中々小難しいことをやってたみたいだ。
「帰るわ」
「は?」
「いや、ほら。実行委員会につられて生徒会の方も止まっちゃってるみたいだし、やっぱ俺要らなかったかなって」
「……勝手にすれば。元々アンタは部外者だし」
「おお。んじゃ」
冷静になったつもりで改めて自分の立場を考えてみた。生徒会の手伝いをしてたのは姉貴のパシリのようなもの。でも今は違う、結城先輩とのこれは取引の結果──契約だ。姉貴は関係ない。何かバレたら結城先輩が姉貴に殴られる的なこと言ってたし、あえて事情を話す必要も無ぇよな。
帰りがけ、ついでに実行委員会の様子はどんなもんかとその教室の前を通った。立ち止まってちょっと遠目で中を覗いてみるも、廊下側に座ってる夏川の姿は見れない。まあ、今は大人しくカリカリ仕事してるってだけでも───
「あ〜、だっる」
「何かもうやってらんないよね〜」
「──ッ!?」
思わず声を上げそうになった。まさかこのタイミングで中から人出てくると思わんやん……?
ビビりつつ教室の前でその“女子生徒二人と佐々木”を見てると、案の定佐々木が俺に気付いて『何でお前がここに……』的な視線を向けて来た。
「佐城、何でお前……」
「や、ちょっとした用事の帰りだよ」
「なぁに? タカのクラスメート?」
「あれ? 君、前も来なかったっけ?」
「生徒会にパシられてた時っすね」
憶えてないだろうけど、二回は顔を合わせてるはず。一回目は夏休みの体験入学で四ノ宮先輩を手伝ったとき。その次はこの前、
長谷川
先輩に成果物を徴収しに来たときだ。てかコイツ先輩に“タカ”って呼ばれてんだな。
「休憩っすか? 大変そうですもんね」
「休憩っつか、バックレ?」
「そうそ。あんな理不尽に働かされてやってられっかっつの」
「へぇ…………“そうなんっすね?”」
佐々木を見ながら答える。俺の言わんとすることが解るのか、佐々木は苦々しい顔になって負い目のある顔で俺を鋭く見返した。結城先輩や生徒会の面々で見慣れたからか、佐々木の“普通にイケメン”な面を見てもあんまりイケメンには見えなかった。佐々木でこれなんだから、後で鏡見たら絶望しそうだな……。
「てかウチらサッカー部だし? マネージャーの仕事もあんのに何でこんなとこ入ったんだか。
泰斗
とも会える時間減ったし。あ、
泰斗
はサッカー部のキャプテンね」
「彼氏自慢やめてよー。はぁ……もっと楽しいとこだと思ったんだけどね」
「はは」
「………」
夏川は言ってた。別に悪い人達じゃないんだって。最初は色んなことフォローしてくれてたって。まぁそれなら事情は理解できるし、バックレて良い理由になってなくても強い言葉で説き伏せようとは思わない。
でも。
「──ああでも、来週の始めくらいからちょっと変わると思うんで、“それ”やめてくれます?」
「は?」
「え?」
「生徒会が動きまして。色々とまともになると思うんすよ。それなら文句ないっすよね?」
「お、おい佐城……」
諭すように言ったつもりだけど、佐々木にとっちゃそうでもなかったらしい。金魚のフンみたいに後ろに控えてたかと思えば、ポカンってなってる二人を庇うように前に出て俺の肩を押し込んできた。
「何のつもりだよ。お前は実行委員じゃないし、しかも俺の先輩達に向かってなんて口を──」
「テメーは何のつもりだよ」
「なっ……」
仕事のできないリーダー。終わりの見えない残タスク。それに嫌気が差すのはごもっとも。だからってサボって良い理由にはならないものの、夏川の言葉と照らし合わせると“話せば分かる”部類だと思う。俺から言えることなんてさっき言った事くらいだ。
でも、
佐々木
は違う。
「佐々木、お前は実行委員だろ? 俺にどうこう言えんの?」
「で、でも! 佐城は部外者だろっ。余計な事するなよっ!」
「“余計な事”?」
文化祭実行委員会のやり方に俺が横から口を出したとして、佐々木に何か困ることでもあんのかね。それがたまたま上手く行って文化祭実行委員会が良い感じになったら不都合になるとか?
「なぁ佐々木。“余計な事”って例えば、“夏川のフォロー”とか?」
「!」
「大変そうだもんな。何か押し付けられてるみたいだし。有り得なさ過ぎてこの前手伝っちまったわ。“お前が居ない時に”」
「お、おまえ………」
先輩に逆らうのが難しいのは解る。でも、佐々木が夏川に抱いた感情がそれを上回らないってんなら話は別だ。その程度で、夏川を手に入れようとしてる魂胆が気に食わない。応援なんてもんは今後一切するつもりは無いし、俺にとっちゃ落第中の落第でしかない。
「佐々木……お前、何で実行委員になったんだっけ?」
「ッ………!」
文化祭実行委員に立候補したコイツが俺に含みのある目を向けて来たのは今でも憶えている。あの時の必死さはどこに行ったよ。下心持ってやってんなら、それなりの
依怙贔屓
ってもんがあんじゃねぇのか。誰にも指一本触れさせないくらいの気概で夏川に纏わり付こうと思わねぇもんかね。や、それは俺が異常なだけか……。
「んじゃな、俺用事あるから」
「………」
いやぁはっはっは。性格悪い悪い。イケメンを苛めんのは楽しいね。日頃の
妬
み
嫉
みが解消されて───やっぱ妬んでて嫉んでたんだな俺……急に負けたような感覚が。
ええい忘れろ。今俺にはやることがあんだから。イケメンとかフツメンとかどうでも良いんだよ。姉貴の拳を前にしたらどっちもブサイクだから。“前が見えねぇ”になって同じ顔になるから。
「──頑張れよ。“サッカー”」
「……」
ほら、さっさと戻れ。