Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (175)
リリースとお別れ
「ありえません、ありえません」
などという供述を繰り返し、俺を親の仇のような目で見て来る
有希
ちゃんは完全復活を遂げたと言っても良い。戦闘力は以前と比較にならない。俺を謎の反面教師にして兄妹愛を深めた有希ちゃんを誰が変えられるというのだろうか。
後のことはPTAかFBIに任せた。
更なるご機嫌取りのため、
一ノ瀬
さんと
笹木
さんの協力のもとうちのクラスまで有希ちゃんを引っ張った。最初こそ抵抗を見せていたものの、佐々木の存在を仄めかすと借りてきた猫のように大人しくなり、「ふ、ふん! 別に佐城さんに誘われたから付いて行くわけじゃないですからねっ」と素直になれない思春期の女の子と化した。おかしい……言葉はツンデレなのに全く好意を感じない。
教室の窓越しに見えるシェパード佐々木を見て有希ちゃんは声にならない
嬌声
を上げた。どこに隠し持ってたか分からないセルフィーのアレを取り出し、あらゆる画角から佐々木の姿をスマホの中に監禁した。あまりの迫力に他人のフリを余儀なくされ、ついに俺たちは有希ちゃんをリリース。二度とキャッチしないと心に誓った。有希ちゃんの存在に気付いた佐々木の苦々しい顔がこの一連の物語のアクセント。
「いい時間になっちゃったけど……どうする? 笹木さん、参加する?」
「いえ、ちょっと……」
笹木さんになぞなぞ大会への参加を問うとあまり前向きではなさそうだった。あの何でも楽しみがちの笹木さんが、だ。中学校での有希ちゃんとのギャップに付いて行けず放心状態と見える。一方で、一ノ瀬さんはまるで何事も無かったかのように笹木さんの横に立っていた。たぶんさっきまでの記憶が無くなってるんじゃないかと思う。素晴らしい防衛本能だ、嫌な事件だったね……。
ちょっと休もっか。そう、お互いに見合わせた目線で全員の考えが一致した。
◆
お隣のクラスは休憩所。持ち運ばれたベンチが綺麗に並んでおり、B組の生徒が二人ほど端の方に立ってるだけだった。正式な休憩所は食堂や中庭だけど、こっちは人が混んでないから気軽に休むことができる。ある意味一番の正解かもしれない。出しものをしてない分、ほとんどの生徒が文化祭を満喫できるし。もう一年生は毎年これで良いんじゃね?
ジュースを持って座る二人の横、空いてるベンチの真ん中にドカリと座る。
「どう? 文化祭楽しめた?」
「えっ、あ、はいっ……!」
「……」
どの口が言うのか。笹木さんに対する良心の
呵責
に苛まれながら問うと、とても大人な対応が返ってきた。女子大生風のJCに大人の対応をさせてしまった。きっと俺は死んでも天国に行けないと思う。中でも一番攻撃力が高いのは一ノ瀬さんからのジト目だった。ごめんなさい、先輩風吹かせるの百年早かったです。
咳払いで誤魔化して、普通に謝る。
「ごめん……数か所しか案内できなかった。最終的に訳の分からん校舎裏に行ったし」
「いえいえっ、十分楽しめましたし、有希ちゃんを探すときにグラウンドや体育館も見れたのでっ!」
ええっ……そこまで探していただけたんですか……? 俺より圧倒的に捜索範囲広いんですけど……。
先輩としての顔どころか男としての顔も立たない結果に意気消沈。出来ることなんてこうして自販機のジュース奢るくらい。本当だったら体育館とかその辺ものんびり見て回れたんだけどなぁ……。有希ちゃんも一応後輩に当たるわけだし、そこもコントロール出来てこその先輩だよなぁ……リリースしちゃったし。
「───それに、こうして佐城先輩と
深那
先輩が居ることが再確認できたので」
「……っ………」
キュン───えぇ、何この子優し過ぎるんですけどぉ……。
マジで中学生とは思えない。実はどっかで一回薬飲まされて見た目は子ども頭脳は大人になった事があるとかじゃないよな? や、冷静に考えたら見た目も大人だったわ。身も心もアダルトじゃん。何で中学生やってんの? どうしてそんなに女子大生だという可能性を捨てさせてくれないの?
一ノ瀬さんもうっとりとした顔で笹木さんを見ている。妹になりたそうだ。クマさん先輩の代わりになるかもしれない。
「ぜひ、我が校に進学ください……」
「ええっ……!? は、はい!」
こんな後輩が欲しいベストオブザイヤー。
鴻越高校の諸先輩方、並びに運営代表者に代わって心からの想いを述べさせていただきます。俺が校長だったら別の志望校を選んだ笹木さんに事実確認しに行くだろう。親御さんすら説得する所存。
「ぜひ……古本屋の方にも………」
「ええっ、わ、私がアルバイトですか!?」
まさかの一ノ瀬さんからの売り込み。ぺこりと頭を下げつつお願いする声はどこか切実さを感じさせた。実は一人でのアルバイトが心細いのかもしれない。胸が締め付けられる……結果的に一人にさせてしまったし。
強
ち冗談で言ったわけじゃないのかもしれない。
そもそも一ノ瀬さんが自分からアクションをかけた事がもうレア。仲の良い後輩ができて良かったね、なんて親心が溢れた。この二人の側に居続けると相反する二つの感情がぶつかり合ってしまう。助けて……父性とバブみが立て続けに襲ってくるよぉ……。
笹木さんは中学生……笹木さんは中学生……。
せめて狂気性のある方はどうにかしなければと自己暗示に徹し、笹木さんの頭の上に実年齢を思い浮かべて正気を保つ。何らかの悟りを開いたところで、黒板の上の時計が目に入った。
◆
校門の前で帰って行く人の流れを見ながら、笹木さんを見送る。遊園地から出るかのような名残惜しさを見せ、一ノ瀬さんに「帰りたくないですぅ……」と甘える姿は俺のSAN値に優しかった。ありがとう、これで俺はまだ君を中学生として見て居られる。
「またいつでも来なよ。大丈夫、笹木さんならバレないから」
「だ、だめだよ……」
どうやらこのお別れが名残惜しいのは俺も同じだったらしい。自然と笹木さんを
悪
の道へと
誘
っていた。有希ちゃんと接しすぎて俺の倫理観が崩れつつあるらしい。初めて一ノ瀬さんからツッコミを受けた。
「必ずっ……必ず
鴻越
を受かって見せますっ!」
そう決意を滲ませる笹木さんからはこの学校に入学する未来しか浮かばなかった。しっかり勉強もしてるみたいだし、まず落ちるような事はないだろう。そこにわざわざ「頑張れ」の一言が必要とは思えない。ただ先輩としてドシッと構えていれば良いんだろう───来年もし居なかったら泣くかもしれない。
「じゃあ、気をつけ──」
「あああー!? 居たー!!」
「……!?」
「え……?」
暗くならない内に帰そうとしたところで、猛ダッシュで駆けてくる影があった。バレー部のユニフォーム姿の
芦田
だった。あちこちを必死に探し回ってようやく見つけたような声で叫んだ割に何故か顔は楽しそうだ。俺と目が合うと、そのままこっちに向かって飛び込んで来───え!? 何で!?
「いぇーい!!」
「うおおおお!?」
謹慎レベルの弾丸タックルを何とかキャッチする。勢いのまま校門横の石畳を外れ砂利道の上を滑って何とか止めた。相手が女子だとか構わず抱き止めてしまったけど、芦田は全く気にしてないようだった。生意気にもちゃんと腕をクロスして胸部をガードしてやがる……
解
せぬ。
「おい芦田ッ……! いきなりなに───」
「いぇーい!!」
「ひぅッ……!?」
パッと腕の中から抜け出したサンシャイン芦田は、今度はがばちょと一ノ瀬さんを抱き締めた。勢いのあり過ぎるあすなろ抱きに、一ノ瀬さんが必死になって磨いた対人スキルは何の意味も為さないようだった。
──芦田 ✕ 一ノ瀬さん、だと……?
突如発生した新カプ誕生イベントに動揺を禁じ得ない。俺の百合センサーがこれでもかと言わんばかりに感知した。想像もしたことなかった組み合わせに脳内であらゆる考察が飛び交う。そして最終的に一つの結論に達した。
──陰と陽は交わることができない。
「芦田ァ! てめ、何しに来やがった! 一ノ瀬さん嫌がってるだろ!」
「そんなことないもんねー! ねー? 一ノ瀬ちゃんっ!」
「やっ……!」
「ガーン!?」
キュッと目を瞑って芦田から抜け出した一ノ瀬さんはそのまま目の前の笹木さんの後ろに隠れた。まるで暴漢にでも襲われたかのようなガチの反応に芦田は分かりやすくショックを受けたようだった。ざまぁみろ。陽キャレベル三段階落としてから出直しやがれ。
「テンション高すぎるだろ……マジで何しに来たんだよ」
「や、やー。愛ちからさじょっち達のこと聞いて、これは行くしかないと思ってねっ」
「行くしかない? 何でだよ」
「ふふん」
イラッ☆
今までこんなにも煽られた事があっただろうか。ただでさえ笹木さんとの折角の感傷的なお別れに水を差されているというのに。こうなったら首根っこ掴んで文化祭実行委員に突き出すか……──駄目だ。
夏川
と芦田がイチャイチャする未来しか見えない。
「──笹木さん、だったよね」
「えっ、は、はい!」
やはりパリピに死角はないのか。そんな世の中の理不尽さに地団駄を踏んでいると、芦田が気を取り直すように笹木さんに体を向ける。居住まいを正すと、そのまま腰を直角に向け、笹木さんの方に右手を差し出した。
「入学した際はぜひバレー部に……!」
「ええっ……!?」
それはルール違反だろ。