Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (186)
どうせなら
『────生徒会の皆さんです!!』
これでもかと期待感を高めて紹介された姉貴と愉快な仲間たち。舞台装置で吊り下げられた暗幕がガバッと天井に引き上げられ、一気に姿を現した。
「…………えぇ……」
何よりも先に目に飛び込んできたのは燦々と煌めく純白のウェディングドレス。生で目にしたからか、その豪華さと来たらテレビドラマなんかで見るものを上回る煌びやかさを誇っており、服飾部の本気度が窺える。や、あれそもそも服飾部が作った衣装?
そんな白の塊の両脇を固めるは四人のイケメン。高身長を活かして白いスーツやらタキシードやら燕尾服やらそれぞれ違う種類の衣装に身を包み、堂々たる佇まいで煌びやかさを見せ付けていた。内側の生徒会長こと
結城
先輩はクールな佇まい、反対側の
花輪
先輩は微笑を浮かべて二人で姉貴の手を取っている。
「す、すごッ……!」
「きれいっ……! ちょっと、
渉
、見てっ……!」
「あ、うん……見てる見てる」
大興奮の
芦田
と
夏川
。夏川に至ってはまるで憧れの対象の登場を喜ぶかのように俺の腕をぐいぐいと引っ張って揺らしてくる。おかしいな……夏川には姉貴のゴリラ性を入念に語ったつもりなんだけど……。
第三者からしたら憧れの対象かもしれないけどなぁ……成人にも満たない実の姉の花嫁姿を見てどんな顔をしろってんだよ。これがいわゆる〝複雑な心境〟ってやつか……。
『な、何という事でしょう……!』
何て事だよ……。
『
越高
の女王と呼ばれる生徒会の紅一点、
佐城
楓
さん! 美しい薔薇から全ての棘を削ぎ落とし、今! 越高の女神と化そうとしております! 穏やかな目が真っ直ぐと会場の先を差しているっ……両隣の四人のイケメンが見えていないというのか!?』
無表情のままハイテンションを貫いていたMC
倉橋
が感情を露わにして実況している。カッと目が見開かれているその理由を理解することは俺には出来そうになかった。
視線の先、俺の想像より十年早くゴールインを決めている姉貴は淡白な表情で前方のわずか上を見上げていた。きっと見る人によってはあれがクールビューティーに映っているのだろう。しかし本当に注目すべきはその口元だ。俺には見えるぜっ……! と、とんでもねぇ速度でヒクつかせてやがる!
『だ ま さ れ た』
「ううっ……!」
姉貴の顔に黒々しいPOSCAでそう縦書きされているように見えた。
いつもならざまぁみろと野次を飛ばして日頃の恨みを晴らす俺だけど、今回ばかりは同情せずには居られなかった。思わず
嗚咽
のような声が洩れて口を押さえてしまった。きっとあの厚塗りメイクの内側には羞恥と怒りで真っ赤になった素顔が隠れているのだろう。K4のイケメンども、やってくれたな……あれで不機嫌になったら家で被害を受けるのは俺なんだぞ……。
『おっとここで花輪さんが髪を掻き上げアルカイックスマイル! そしてウインク! 会場から黄色い悲鳴が止まらない! ファンサービスだ! ファンサービスだ! ふわぁ……!』
ふわぁ……! じゃないんですけど。
無表情が売りのMC倉橋もついに溢れてしまったようだ。大多数の生徒の前でメスの顔をしてしまったんだ、これが終わったら家のベッドで足バタバタが待ち受けていることだろう。少なくとも俺にとっては姉貴より遥かに可愛い。
「わたるっ……! 渉っ……! お姉さんっ……きれい!」
お前の方が綺麗だよ。
反射的にそう言ってしまいそうになるも、袖をぐわんぐわんと揺らされる衝撃で夏川に伝わることはなかった。たまんねぇ。興奮する夏川なんて滅多に見れる姿じゃない。もっと揺らして良いんだぜ。
とはいえそんな夏川の羨望と興奮の対象が姉貴なのもまた微妙というか……まさか姉貴に嫉妬する日が来るとは思わなかった。あの女……俺の積年の努力を一瞬で超えやがって……いっそあの恰好のまま覇王のような目で周囲を威圧してくれりゃいいのに……。ぶっちゃけそれも盛り上がると思うけど。
「…………ん?」
そんなステージ上の両側、ランウェイをしていた他の演者たちが生徒会の五人に向かって楽しそうにパチパチと拍手を送っている。
その中に、俯いて床を見つめる金髪の姿があった。他の演者が興奮して笑顔なだけに、余計に目立ってしまっている。そういえば……お嬢にとって姉貴は恋敵みたいなものなんだっけか。姉貴にそのつもりはないみたいだけど。まぁ、惚れてる男が別の女の逆ハーの一人になってるところを見せつけられて気持ち良くはないか……。
ステージ上で歩いていた時と対照的なその様子が、どこか気になった。
◆
俺はいったい何を見せられたのだろう。
ファッションショーを終え、俺の中の最前面に来る感情がそれだった。めでたくお嬢が最優秀賞に選ばれたのに、姉貴と愉快な仲間たちが全部持ってったな……。それだけあれはみんなが喜ぶコンテンツだったって事か。姉貴が不本意そうだった様子を見るに、あれはK4の策略とみた。
「生徒会にも投票出来れば良かったのに」
「でも、あの演出は反則のような……」
「まぁ、思い出づくりの一環なんだろうな」
明らかに贔屓されたクオリティだったし、女子だけ参加していた中で生徒会だけイケメンが四人登場してたからな。忌々しい。演出面から考えても、お嬢が歩いていたファッションショーとは切り離されて考えられていたように感じる。エキシビションってやつか。極論、別に観客が楽しめりゃそれでいいんだろう。
「あれ、閉会式ってもうすぐだっけ? このままここに居る?」
「え、あとちょっとじゃん! 早ーい」
「お片付けがあるから」
「ぷっ……〝お片付け〟だって」
「な、何よ」
「おもちゃ片付けるみたーい。かーわーいーいー!」
「こ、これは
愛莉
にいつも言ってる
癖
で……!」
そうだな、可愛いな。
ぷんぷんする夏川と逃げる芦田を見て癒される。これで閉会式の後の撤収作業も頑張れそうだ。昨日と違って今日は疲れる要素が無かったし。デートするってこんな感じなんかな……。女子二人とってまあまあなレアケースな気もするけど。
「おっ、圭じゃん」
「あ!
河合
っち!」
体育館に他のバレー部員が入って来た。他の生徒も、続々と体育館に集まって来ているようだ。芦田が女子相手にジャンプしてハイタッチするとか珍しい光景だな。河合、俺と身長同じくらいだもんな。
「芦田、取られちゃったな」
「い、良いもん……」
「あいつイケメン女子に弱いから。
四ノ宮
先輩しかり」
ちょっとしょんぼりした夏川がすごすごと歩いてきた。河合から軽いノリで掠め取られたダメージはでかそうだ。動揺が隠し切れてない。何となく分かるぞ、その気持ち。
俺が横向きになって座るパイプ椅子の後ろに、夏川が座る。
「やっぱり中学校の文化祭とは違ったな。盛り沢山というか」
「そうね……その分、大変だったけど」
「中学の頃はどうしてたっけな……」
「忘れてないわよ。暇してる男の子引き連れて追いかけて来たの」
「マジで記憶に無いですね……」
「もうっ……」
言われてやっと
薄
ら思い出せた遠い記憶。思い出したくないし、覚えていない事も多い。脱皮した残骸のようなものだ。大事に取っておくほどのものでもない。恋に溺れ、その熱に浮かされていた事だけ胸に留めておけば良い。よくまあ、あの頃の豆腐のような理性を経て今夏川の前に座っていられると思う。
「……楽しめた?」
最後の最後にこんな事を訊くのは自信が無いことの表れ。でも男としては気になる女の子がどう思ったかは気になるわけで。これでいきなり「つまらなかった」とか言われたら……ハハッ。もう三次元は捨てよう。
「うん……」
「……!」
油断した。
野暮なことを訊いた罰か、すぐ近くで慈しむような目で視線を落とす夏川の微笑みに目が惹き付けられる。夏川がとんでもない美少女だった事を忘れていた。当たり前すぎて逆に頭から抜け落ちてしまっていたらしい。
「…………」
「! な、なに……? そんなに……こっち見て」
分かっていても見つめてしまう不思議な魅力。目を逸らそうとしても逸らせない謎の強制力。漫画とかで敵に操られそうになりながら必死に抗う主人公はこんな気持ちなんだろうか。夏川から気付かれてやっと金縛りが解けたように思えた。顔ごと視線を外して慌てて言い訳する。
「い、いや。良かったよな、いろいろと───最後以外」
「何よ、良かったじゃない。お姉さんのウェディングドレス姿」
「夏川には分からんだろうよ……身内の人間がこう、衆人の前で晒し上げられる感覚は」
「綺麗だったのに」
うっ……ダメだ。やっぱり最後の姉貴のアレが強烈すぎた。今日の夢に絶対出てくる。当分は姉貴の顔をまともに見れそうにない。夏川との甘酸っぱい雰囲気を一瞬で
捩
じ伏せるこの魔力、恐ろしい。
何より、夏川との思い出を上回ってくるインパクトなのが悔やまれる。今日の夜にでもしっかり一日を振り返っておかないと、文化祭の思い出がアレだけになってしまいそうだ。
「はぁ……あーあ。せめて他の人だったらな」
「もう、そんなこと言わないの」
「そうだなぁ」
これが例えば四ノ宮先輩だったらどうだろう。失礼な話、俺的婚期遅れそうランキング第一位だし、このタイミングでウェディングドレス姿の一つでも見せてくれていれば印象が大きく変わっていたかもしれない。ああいや、誰かを選べるんだとしたら、
「───どうせなら、夏川のが見たかったな」
「……っ………」
結婚は人生の節目とも言うし、ある意味で人生のゴールとも呼べるものだ。だったらここで一つ、夏川がイケメンに引き連れられてるところでも目の当たりにした方が、俺の中でも色々と区切りを付ける事ができたかもしれないな。新たな恋を探すという意味でも。
「来年どう?」
「っ……や、やらなっ───やらないわよ!」
「……?」
視線の先、女子バレー部の連中が背比べで盛り上がり始めたところで、全校生徒集合のアナウンスが流れた。