Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (26)
女神は耽る
わからない。
わからない。
渉
も、私自身も。どうしてこんなにモヤモヤしないといけないんだろう。それも全部アイツのせいだ。
席替えがあった。私は一つ後ろの席になって、アイツは廊下側の一番前の席に移動した。うるさい奴が離れて少しは静かになるだろうと思って嬉しかったし、先生にも指されやすい席になってざまぁみろとも思った。
でも、何で?何でこんなに居心地が悪いの?私は誰にも邪魔されず普通に居るだけ。好きな時に誰かと話して、好きな時に一人になる。こんなにも好きなようにしてるのに、どうして……?
圭がアイツの後ろに座った。席替え初日から圭は積極的に渉に絡みに行っている。それを煩わしそうにしてるアイツの姿を見て、私以外には本当にあんな感じなんだと思った。でも、それは最初だけ。
知り合いが近くにいる。だからよく話しかけるのは当然の事だし、いくらアイツといえども圭とだって普通に話すようになる。最近は仲良さげな姿をよく見る。
私の周りに、そんな人は居ない。
だからか圭は時間が空いたら私に会いに来る。休み時間はよく私と話してるし、その間はとても楽しくなる。他にも、前からちらほらと話していた子が私と話しに来てくれるようになった。
反対に、
渉
は私の元に自分から来なくなった。
ある時の事、学校に向かってたら
渉
が前を歩いてた。気付いた時には思いがけず話しかけちゃって焦ったけど、
渉
は聴こえなかったのかそのままスタスタと歩いて行った。ついカッとなって襟の後ろを掴んで振り返らせたら
渉
の顔が勢いよく目の前に近付いて来た。ふ、普通びっくりするじゃない?つい鞄で強く押してしまったのは仕方がないと思うのよ……。
『激しい愛情表現だな………』
『そ、そんなんじゃないわよ!』
久々に話したなって思った。アイツの馬鹿っぽい言葉も久々で、喉の奥からスルリと辛辣な言葉が出て来た。そのやり取りがどこか温かくて、酷い事を言いながらも口元が緩みそうになってる自分が居た。
なのに、その時アイツは会話を終わらせるように私に背を向けた。
待って。
それが普通に言えたら良かったのに、私は相手が渉だからと強引に引き留めてしまった。その時初めて
渉
の苛立ったような顔を見た気がする。今までそんな事は一度も無かったのに、私は急に
渉
が怖く思えて小さな声しか出なかった。
そこからは一緒に学校に行ったけど、ほとんど会話をする事は無くて……その日は一日中気分が乗らなかった気がする。
それからまた暫く経ったある日、通学路に不審者っぽい先輩達が居た。どうしてか道の両側に分かれて立っていたから怖くて通れずに居ると、アイツとそのお姉さんに鉢合わした。アイツとは違ってクールでカッコいい女性……本当に血が繋がっているのかと疑ったけど、アイツの遠慮無い態度を見て姉弟なんだなって思った。あんなに殺伐としたくはないけど、私も妹の
愛莉
と遠慮の無い関係になれたらなって思った。
あの時は異常事態で当たり前のように一緒に登校したけど、アイツと話したのはまた何日か振りだった。前に話した時の事は忘れてくれていたようで、いつもの馬鹿な渉だった。
でも時々私をまるで冷たい女みたいな扱いをするのが気に食わない、何で一緒に学校まで行っといて途中で置いて行くなんて発想になるのよ……それに私は顔が格好良いからって簡単に惚れるような女じゃないわよ……た、たぶんっ。
意外そうな顔で此方を見るアイツに怒りながら教室に向かっていると、圭が教室から飛び出してこっちに走って来た。何でも三年生の風紀委員長である四ノ宮先輩が怒っているとかどうとかで……ちょ、ちょっと何したのよ渉。
聞けば、渉が四ノ宮先輩に偽名を名乗っていたらしい。“山崎”って……山崎君の名字じゃない。何で
他人
の名前使っちゃうのよ……。
四ノ宮先輩はそれこそ格好良くて女の子の憧れだ。圭も目をハートにして先輩の事を見つめている。そんな先輩の側には二年生の稲富先輩も居た。一年生の私が言うのもなんだけどとても可愛らしい。抱き締めて頭を撫でたい。
渉は目の前で先輩達と昼に会う約束を取り付け、実際に四限の授業が終わるととても面倒そうに教室を出て行った。皆が半笑いでその背中を送り出していた……う、うん、とても男女的な用事じゃ無さそうね……名前を偽った事は怒られるとして、そもそも先輩達は何で渉を探していたんだろう……。
久し振りに周囲で渉が話題に上がったのを見た気がする。最近は何だか落ち着いていると思ったけどそうじゃなかったねって、近くの白井さんが友達とにこやかに話している。アイツは何をしても呆れられちゃうのね……。
嫌な予感はしてたけど、アイツの話題で盛り上がっているうちに彼女達は私を話に加えて来た。
「えっと……夏川さん。最近佐城くんと話してないよね。何か有ったの?」
「え……」
ドキッとした。一瞬、前に圭が藍沢さんに訊いたようなデリケートな質問のように思ったけど、よく考えなくても私とアイツは付き合ってないし、アイツが私に好意を向けていることなんて周知の事実だった。深く考えるのはやめよう、白井さんはきっと軽い気持ちで訊いただけなのよ……。
「べ、別に何も無いわ。最近は何か忙しいみたいだし、席も離れたんだからこんなものじゃないの?」
「あ……そうなんだ。良かった……喧嘩したわけじゃないんだね……?」
うっ、眩しい。白井さんとそして一緒に居る子達も本気で私やアイツの事を心配しているのがわかる。何でそんなに自分の事のように考えられるのよ……そもそも私とアイツは仲良くなんてないじゃない。
「そ、そうよっ。私だって妹の世話とかで忙しいんだから」
「わぁ……夏川さん、妹さん居るの?いくつ……?他にきょうだいはいるの?」
「う……」
何故か話は盛り上がり、白井さん達は私についてあれこれ質問して来た。こ、こんなの慣れてないっ……どうすれば良いの!?
私は慌ててスマホを取り出し、秘蔵の
愛莉
フォルダを展開して彼女達にスマホごと渡した。それを見て白井さん達は目を輝かせて可愛い可愛いと言い出し、その場で悶え始めた。ちょ、ちょっとそんな声出さない方が……男の子達も居るのに……!
圭がフォローに来てくれるまでそれは続いた。
愛莉の事を機に、私は周囲の人達とよく話すようになった。白井さんには弟さんが居て、悪戯ばかりするんだって困ったように笑う。『白井さんは優しいし、もし私のお姉さんだったら何でも許してくれそうだから
悪戯
するかも』って言ったら照れ臭そうに笑ってた。なにこの子可愛い……。
ふと渉のお姉さんを思い出した。格好良いとは思ったけど優しそうだなっていうのは正直……うん、たぶん悪戯はできないでしょうね。
サッカー部の佐々木君にも妹さんがいるそうだ。中学生にもなったのに自分のベッドの中に潜り込んできて反抗期が来ないなって思ってるらしい。反抗期なんて来ない方が良いじゃない。佐々木君は格好良いし、妹さんが佐々木君の事を好きになるのは
解
る気がする。こんなお兄さんなら私も欲しいかもしれない。
渉
は……ないわね。