Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (34)
その背に向けて
『場は準備してある』
『えっ』
や、確かに“どうにかします”って言ったよ?でもほら、こう……家族会議的な意味でさ?まさかあの流れでそのまま姉貴と顔合わせに行くとか思わないじゃん?姉貴のためとは言えちょっと俺にも心の準備とかそういうのがですね……。
てか未だにあの姉貴が泣いたとか信じられないんだけど?俺の知る姉貴なら『渉?モテるわけないじゃん今代で佐城家終わるよね』って血も涙も無い事言いながら俺にハーゲン買って来いとか命じそうなんだけど。マジでかよ天地ひっくり返ってないよね……。
結城先輩いわく場所は屋上らしい。生徒会権限で開放し、姉貴は適当に理由付けて連れ出すとの事。甲斐先輩や花輪先輩の腕が問われるな……え?轟先輩?あの人女性のエスコートできるほど人の
機微
が
解
るんですか?
「…………はぁ………」
溜め息が止まらない。
急展開過ぎるんだ。絶対じゃないにしても、今から毎日顔を合わせる誰かとくそ真面目な話をしないといけないって辺りがこう、首の後ろをムズムズとさせる。
初めて通る三階より上の階段。埃っぽくて静かで、時間も時間だから妙に薄暗い。普通に過ごす分には卒業まで絶対に通らない場所だ。それなのに、明らかに俺より前に誰かが埃の上を通った跡がある。
「うっ……」
家族の泣き顔なんてたとえそいつが傍若無人な姉貴のものだとしても見たくない。普通の高校生、それも末っ子がこの歳でそれを目にする機会なんてほとんど無いんじゃないか。想像するだけで妙な気持ち悪さが襲って来る。
───だからと言って、俺の知らないとこで姉貴が泣いたなんて話を聞いたら黙ってるわけにはいかないじゃんか……。
錆だらけのドアを開ける。キーッと不愉快な音が鳴って俺の妙な苛立ちを助長させた。頭の中を占めるのは疑問ばかりだ。何で部活もしてないのにこんな時間まで残ってんのか、何でこんな状況になってんのか、何で卒業までたったの一度も立ち寄る予定の無い屋上に向かう事になってんのか、何でこんな普通じゃない事になってんのか。
───全部、謎すぎる裏の顔を持った姉貴に訊いてみよう。
「……姉貴」
「え……?」
屋上の先、いつもと変わらず気怠そうな顔で突っ立ってた姉貴。呼び掛けると、俺を見て驚いた顔で1、2歩後ずさった。
「は……?何で渉が……?凛が呼んでるって、
蓮二
が」
「うん……?」
り、凛……?凛ってあの
四ノ宮凛
様かな……?え、知り合いなん……?よく考えたらこの2人って生徒会副会長と風紀委員長じゃん。全然知り合っててもおかしくなかったわ。
姉貴を上手いこと呼び出したのは
花輪
先輩らしいな。確かに、こう、誰かを誘導させるとか一番上手そう。失敗してくれて良いのに……。
「そりゃ先輩の嘘だよ。で、姉貴。泣いたんだって?」
「はっ……? え!?」
余計な前置きは要らない気がする。早く事を進めたい。ストレートに核心を突いてみると、一瞬ポカンとした姉貴はハッとした後にわたわた慌て出した。この反応は……結城先輩の嘘じゃなかったのか……。
「……ア、アンタッ……!!」
「羽根より口が軽い生徒会長様が告げ口してくれたよ。まぁ、流石にそのままにしとくのは気が引けたんじゃね」
「……ッ………」
弟に泣いた事がバレる。今どんな気持ちなんだろうな。普段から気の強い姉貴のことだから素直に認めてくれたりはしないかも。でも、だからと言って俺もいつもみたいにこのままペコペコするつもりは無い。
「なぁ姉貴……俺の良いとこって何なの。10個───いや5つで良いからさ、挙げてくれよ」
「は……?いきなりなん───良いとこって……」
「そのまんまの意味だよ。俺の良いとこ。泣くほど心配なら言えんだろ」
「え、えっと……!」
いつもの堂々とした態度とは打って変わってオロオロとしだす姉貴。あまり強気な態度は感じられない。そんなことを思う俺も自分じゃ信じられないくらい思い切りの良い態度になる。ああ……これは後が怖いな。
姉貴は視線を
彷徨
わせながら指を折っている。あたふたと必死に捻り出そうとしてんのが明らかだった。自覚もしてたし、無いなら無いで別に良いんだけど、それなら何でって感じだった。
「もういい、わかった」
「ちょ、ちょっと待ってっ……これはっ、違くてッ……!」
「じゃあ次、俺の普通なとこ10個」
「えっ……!?え、えっと───」
別に姉貴を試したいわけじゃない。ただ理由が知りたいんだ。
俺を心配……? 好きな女子を諦めた原因が姉貴? 他でも無い俺自身が思ってもないこと言われても困るだけなんだよ。何より、そんなの姉貴らしくない。
「───か、顔!」
「顔」
「───身長!性格!体型!賢さ!財力!」
「財力」
「───髪型!ファッションセンス!体力!清潔さ!体臭!面白さ!弟力!」
「……」
「───
STR
!
DEF
!
SPD
!
DEX
!
LUK
!」
「おいズルくね……?ちょ、もういい、もういいからっ!やめろ!やめてくださいっ……!」
ちょっと待って。今20個近く言わなかった?そんな多く求めてないんだけど。あと後半。俺だってそんな戦闘に使えそうなステータス知らねぇよ。なに、姉貴ってそんな普段から戦闘ステータスみたいなこと考えて過ごしてんの?戦闘民族かよ。
何とか止まらない口を黙らせると、姉貴は肩で息し始めた……え?俺の普通さって挙げたらそんな無限大なの?疲れるレベル?
「んだよ……姉貴も思ってんじゃんか。俺が普通な奴なんだって」
「っ……」
「そーだよ俺ぁ普通なんだ。自分で認めてる事実なんだよ。そんな現実を姉貴やお袋が今まで俺に教えてくれただけだろ? 何も間違った事なんて言ってねぇんだよ。なにらしくもない心配してんだよ」
「……」
「確かに俺は色んなモンに見切り付けたよ。でもそれは姉貴やお袋に気付かされたからじゃなくて、鏡に映った自分のクソッタレなアホ面眺め過ぎて嫌でも現実を思い知る事になっただけだっつの」
情けない話だけどそれが真実。これは俺が自分で勝手に熱くなって勝手に冷めただけの出来事。それを姉貴にくどくど言われる筋合いは無いし、余計な心配をされるいわれもない。
「……ゾッとしたのよ」
「……は?」
「上辺だけで好きな人を諦めたなんて言って、ホントは諦めきれてなくて。そうやって挫折した子が居んの。だから、アンタも同じようになるんじゃないかって、アンタに、何かとんでもないことしてたんじゃないかって……」
「……んだそれ」
じゃあ何か?姉貴にとっちゃ俺が今まで言ってきたことが全部建前に聞こえてたってのか?俺が夏川本人の前で言ったことも、生徒会室で言ったことも?ホントはまだまだ夏川の事を引きずってるけど、心ん中じゃ全然忘れられてなくてどうしようもなくなってる女々しい奴だって思ってたってわけか。
……はっ。んだよ、いつも通りじゃんか。
「何言ってんだ。そもそも俺は忘れようとしたわけじゃないし。今も好きだし、
あわよくば
なんてアホみたいなことも考えてっから。ただその、アレ……やっぱり俺はどうしようもなく普通なんだって。
弁
えなきゃって思っただけで」
「で、でもそう思うようになったのはっ……やっぱりアタシが言い過ぎたからでっ……!」
自覚あんならやめてくんない?
何で悔しがってんのこの人。俺にどうして欲しいの?肉まん買ってくりゃ良いのか?良いぜコンビニで買ってやるよ上から下まで全部な……!二千円で足りる……?
「だから。んなこと───」
「あ、あのさっ」
「んだよ」
「アンタの事悪く言ったりしてたけど、本気じゃないから。自信持ちなよ。自分でフツメン認めてるからって何年も好きだった子諦めるのは勿体無いって」
「は……?」
まるで
諭
すように言う姉貴。何を言い出すかと思えば、今になって誤魔化すような言い訳染みた言葉。
は……?何だこれ?何で今更そんなこと言ってくんだ?姉貴は別に間違ってねぇんだって、ちゃんと説明したはずだ。それなのに何でわざわざそれを否定する様なことを言うんだよ。何だったんだよ今までの時間。
「その、
矯
すからさ。もうアンタを馬鹿にしたりしないし、理不尽な事も言わない。アンタがそんなに自分を卑下する必要なんて────」
「いい加減にしろよテメェクソ
女
」
「なっ、な……!?」
過去最高に腹が立った。ホント、これ以上は黙ってくんないと姉貴の顔に手が伸びそう。
「
矯
す?
矯
して何になんだよ。弟に悪口を言わず手も上げずに居たら俺が自信付くってのか?」
「そういう訳じゃっ……!」
「反省でもしたつもりかよ。今さら優しい姉ちゃんにでもなるつもりか?誰だよそいつ。俺に優しくしてくれた
綺麗
な姉なんざ今までに一度だって居たことねぇよ」
「……っ………」
今まで築いてきた関係。確かに俺に風当たりは強かったかもしれないけど、それなりに満足するもんはあった。他でもない姉弟だからだ。遠慮も気遣いも無く積み上げてきた気の置けない関係を今更ぶち壊せってのか? ざけんじゃねぇ。