Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (33)
姉弟の心、姉弟知らず
生徒会長に求められる素質。それは一般常識を持っている事だ。だから結城先輩がどれだけ常識的な性格であろうと身長と顔が常識外だから生徒会長には向いてない。すみません嘘です。うちの姉を嫌わないでくれてありがとうございます。
3階の棟と棟を繋ぐ連絡通路。天井はあるけど両側は吹き抜けになっていて、微かな南風がムワッと俺の頬を撫でた。けど日陰になってるから別に暑いというわけじゃない。右手の手すりから下を見下ろすと帰って行く生徒の姿が一望できる。学校が終わって解放された生徒達は明るい顔ばかりだった。
「突然呼び出して悪いな、渉」
「あ、いえ……」
そんな事より場所のチョイスが100点なんですけど。ちょっとは見習ってくれませんか四ノ宮先輩。結城先輩の爪の垢を煎じて飲んでもっと常識を身に付けてください。あらやだ、恋の予感。
「えっと……?またお手伝いの話ですかね?」
「それは願ったり叶ったりの話だが……本題は違う」
「はぁ……」
文化祭準備にあたっては文化祭実行委員会が設置されて、それが主導で準備が行われるとの事。夏休み後に向け、生徒会はその前準備を今から行ってるらしい。確かに、手伝った中の資料に〝秋〟だったり〝10月〟の文字が多くあった。まだまだ仕事は多くあるみたいだ。
それを差し置いて俺に用なんて一体なんだ?俺のあらゆる能力を全面カバーしている結城先輩が相談とかとても考えられないけど。
「なぁ渉……お前は、自分の事をどう思う」
「……はい?自分?〝俺自身〟って事ですか?」
「ああ」
ええっ、何その質問……俺の自己評価を聞いてどうすんの?まさか何か試されてるとか?返答次第で生徒会に引き込まれたらどうしよう……絶対に嫌なんだけど。
「えっと……客観的に見て普通な奴だと思いますよ。特筆すべきものとか無さ過ぎて泣きたくなっちゃいますね」
「……」
結城先輩の顔色をうかがいながら笑う。そうしてると、先輩は一歩下がって俺を足下から頭の先まで品定めするように見始めた。あの……少しは感情にスイッチ入れてくんないすかね。何か怖い上に泣きたくなって来たんですけど。
「そうだな」
そうだなじゃねぇよ。なに冷静な分析してくれてんの?普通な奴は普通を自負するけど容姿の整った奴に言われるとムカついちゃう変な生き物なんだよ。クリーチャーなんだよ!
「でも、慕う女子に何年も強い熱を持って接していたと聞いている」
「忘れてくだせぇ」
我慢ならず思わず言うまいとしてた言葉が出てしまった。あまりに丁寧に言われたもんだからもう身悶えもんだよこの野郎。思わずここから飛び降りたいなんて思っちゃったよ……。
ってか誰だよ吹聴したの……姉貴だな、どう考えてもそれ以外に居ねぇわ。何で弟の恋愛事情をペラペラ喋っちゃうかな……そういうとこだぞマジで。
「どうしてやめたんだ?」
「話す理由がありませんね」
「……そうか」
踏み込み過ぎだろ。そう思って冷たく突き放すように言葉を返すと結城先輩は大人しく引き下がった。どうやら深く追及するつもりは無いらしい。最初から訊けるとこまで訊いて
不興
を買ったらそこまでにするつもりだったのかね。気遣いが解りづらいよ……さすがクール系イケメン。ありがちな口下手。
「とにかく……どうやらお前は最近、何か変化があったようだな」
「それはまぁ、はい。思うところが有りまして。変わったと言うよりは、余計な事をしなくなりましたかね」
「その理由……訊きはしないが、楓は知っているのか?」
「姉貴……?」
知って……はいないか。夏川が
家
に来た時のやり取りは見たはずだけど、俺の身の振り方について詳しい事を話した事は無い。つか普通誰にも話さねぇよこんなの恥ずかしい。姉貴に何を言おうと嫌味で返されるだけだっつの。絶対に話さない。
「その様子だと……話してはいないようだな」
「世界一俺に興味無い存在っすよ?俺に対する強い当たりを見たでしょう、先輩はあんな態度をとられた事はありますか?」
「無いが……まぁ、確かにあれは凄いな」
「ならわざわざ話す必要も無いでしょう」
「くく……」
お、おお……結城先輩が薄く笑った。やべぇ
映
える、男から見ても感嘆もんだわ。この横顔を見てると例のストーカーお嬢様の小悪党感は確かに不釣り合いだな。どうか世の中のためにアメリカのセレブ女優あたりを狙っちゃってください。
「だが、世界一興味が無いというのは有り得ないだろう。事実、楓はお前の変化に戸惑っているようだ」
「は……?姉貴が?」
そういや
甲斐
先輩も何か言ってたな。まるで俺が思春期であるかのような事を言っていた気がするけど、
寧
ろ俺が興味無さ過ぎてあんまり憶えてない。だって姉貴の鋼の精神が簡単に動じるなんて思えないもん。もんっ。
「お前はそれを悪い変化だと思っていないようだが、少なくとも俺達は楓から聞かされた時はそうは思わなかった。特に、好きな人への恋を諦めたという点ではな」
「そこまで話したんですかあの姉は……」
「そう言うな、楓は相談のためにそれを話したんだ」
確かに、姉貴が知り得た情報を繋ぎ合わせると、まるで俺が自己嫌悪に
陥
って自信を失くして好きな人を諦めたかのように映ってるのかもしれない。
……や、間違ってなくない?普通に自己嫌悪に陥って夏川に付き纏うのをやめたんだけど。でもそんな後ろ向きな感じじゃなくて、自分を前に進めるためとか、結構ポジティブな理由でそうしてるんだけどな……。
「楓は、その原因の大部分が自分にあると思ってるようだ。自らの手で、弟の大事な青春を壊してしまったのではないか、とな」
「……」
思い出した。確か
甲斐
先輩も同じ事を言ってた。あの時は『またまた冗談を〜』なんて重い感じに捉えなかったけど、結城先輩から聞くと同じニュアンスに聴こえないんだよな……。重い、重いよ姉貴、マジですか。
「楓がお前に対して罪悪感のようなものを持ってるのは薄々感じていた。そんな事は無いと俺達も励ましたが……この前、お前自身の口から聴いた言葉を境に、楓の様子は一変した」
「……は?」
「幼い頃から、楓やお母様から『お前はその程度なんだ』と、まるで言い含められていたかのような事を言わなかったか……?」
「……あ、あー…………」
……い、言った記憶が無い事も無いですね……。確かにそんな事言ったけど、俺は
寧
ろそんな現実的な有り難い教育を受けてたのに応えられなかったって、反省する意味で言ったんだけど?そこに関してはマジで姉貴とお袋のおっしゃる通りって感じなんだけど。
「あの後、俺達は初めて楓が泣く姿を見た」
「……! ちょ、マジですか……」
「その様子じゃ、どうやらお前は今の現状にさほど不満を感じてはいないようだな」
「はぁ……
寧
ろ、ようやく
相応
しい身の振る舞い方ができて恥を晒さなくて済むなんて安心してたところですが……」
「そうか……」
あの日、俺が生徒会に行ったのは金曜だった。どうりでその晩から土日にかけて一度も姉貴と話さなかったわけだ。よく考えたら会ってすらいない。それは姉貴が意図的に俺を避けてたからっつーわけか。
そんでもって結城先輩がさっきからお前お前と強めの語気で言ってくる理由も何となく解った。何か馴れ馴れしくない?なんて思ってたけどそういう事。姉貴を苦しめるような真似をするなと。姉貴の事好き過ぎない?
「……分かりました。身内の事ですしどうにかしますよ。でも、一つだけ訊かせてください」
「何だ?」
「先輩がその話をしたのは、姉貴に悲しんで欲しくないからですか。それとも、姉貴を苦しめる原因となった俺がムカつくからですか」
「……」
尋ねると、結城先輩は考え始めた。どちらも答えに困るような反則的な質問と思ったけど、結城先輩は照れることも気まずそうにすることもなく直ぐに言葉を返して来た。
「それに加え、俺のためでもある」
「……」
生徒会長は常識的でなければならない。それはつまり、綺麗事に加えて生徒の持つ
俗
な部分にも理解を示せる人間でなけりゃならないという事だ。結城先輩はもっと夢とか希望とか綺麗事を並べるただのイケメンだと思ってたけど、ちゃんと人らしい熱い部分を持ってたみたいだ。
「……先輩、たぶん自分の顔の良さを理解してますよね?」
「それで調子に乗って痛い目に遭った。そこから堕ちて行った先で、俺を
掬
い上げたのがお前の姉だ」
「……マジかよ」
何その話。学園ドラマ一つ出来そうなんですけど。