Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (32)
別の何か
女子のキレた顔ってのはマジで怖い。語ってはみたけど実際にそれを見るのは幼い頃にお袋を怒らせた時以来だったりする。いやあれは女子じゃねぇな。
姉貴もそうなったらどうしようって恐れ
慄
いたことはあるけど、よく考えたら姉貴は鬱憤が少しでも溜まったら直ぐに晴らすタイプだ、主に俺で。だから姉貴のガチギレはあまり見た事がない。あれ……姉貴って俺が居なかったらヤバい奴なんじゃ……。
「……」
「……」
いや、ヤバいのは今の俺ですね。他に誰も居ない音楽室の前、廊下の床に尻を着け、何故かめっちゃ怒ってるクラス一の美少女をただ呆然と見上げる。もう何言って良いか分かんねぇっす。
「…………」
あ、あの……何か言ってくんないっすかね。自分の置かれた状況とか全く解ってないんすよ。何でこんな怒り向けられてんのとか、何でこんな美少女と二人きりなのとか。そろそろ何とか──あれ、何でハッとして───え?何で周り見回してんの?や、そんな苦々しい顔……明らかに『やべぇやっちまった』って顔だよね?
背中痛い。すげぇ冷静になって来た。
「あの、夏川……?」
「っ……な、なによ!」
「分かるっしょ?俺の言いたいこと」
「うッ……!」
いや怒っちゃいないんだよ。俺だけに気を向けてくれるのとか嬉しいし、怒らせる心当たりが無いだけに間違いなく
冤罪
だって分かってるから。自分に非が無いと強く出れるっつーか?さぁこんな事した理由を教えてもらいましょうか俺のアイドル。
おうおう肩震わせちゃってどうした……ってあれヤバくね?何かすげぇ睨まれてる……ひぃん。
「───ンタが───」
「……え?」
「アンタが、───……から」
う、うん?何だって?夏川何て言ってんの?俺って難聴系だったっけ……いや難聴系ってこんな耳澄まして必死に聴き取ろうとする?リスニングの努力しても難聴系ってそれはもうただの難聴だよ耳鼻科行けよ。
何とか聴き取ろうとする俺の様子に気付いたのか、夏川は一瞬怯んでまた俺を睨み下ろした。睨まないでよぅ……。
「夏川、スマンもういっか───」
「アンタが!あの子達と話すからじゃないッ!!」
「はな──……え?」
え、え、え、え………おう──おぉん!!?
オーケーちょっと待とう。会議だ俺、全部の俺、集合。
いま夏川何つった。Youが──違うな?いまふざけてる場合じゃないよな俺?分かってるよな俺?
『あの子達と話すから』。まぁさっきの状況からして古賀と村田、おまけに山崎の異次元軍団のことだよな。アイツらこそマジで違う世界に生きてるわ、山崎はその狭間。
問題はその言葉そのものだわ。なぁに?どう聴いても彼氏に嫉妬しちゃってる彼女じゃないのもおっ。自分の中の男の部分を滅さないと平静保てないんだけど……。
いや落ち着け、額面通りに受け取るな。きっと夏川はそんなつもりで言ったんじゃない。じゃあそれなら……?何のつもりでまたあんなイジらしい言葉を大声で言ったんだよ可愛い抱き締めたい。
「ぁ……!あ、あ、ちょ、ちょっと!勘違いしないでよね!そんなつもりで言ったんじゃないんだから!」
「だ、大丈夫だ解ってるから!今考えてっから!」
古賀や村田達と話したから。それが原因で夏川は怒った……や、何で?アイツらと話した事で何で夏川が怒る事になんの?何か都合が悪い事でもあんの?……やっべぇ解んねぇ、今の俺をもってしてでも解んねぇんだけど。
「………わからん」
「解ってないじゃない!」
「解るか!あんな言葉嫉妬じゃなかったら何なんだ!可愛いかよ!」
「か、可愛くない!そんなんじゃないわよ馬鹿!!」
「知ってるわ!だからなおさら解んねぇんだろうが!」
「だ、だからっ……!あぁあぁもういいわよッ!!!」
「お、おい夏川!」
夏川は苛立ちを自分で消化するように髪を掻き乱し、逃げるように去って行った。どうやら俺をどうこうする事を諦めたみたいだ。あぁ……綺麗な
御髪
が。
「ハァ……しょっ、と」
音が消えた。さっきまでの騒がしさとは一転、辺りはシンと静まり返って、廊下の先からは教室から溢れ出す喧騒だけが伝わって来た。
立ち上がって尻の埃を払う。あーあ汚れちまったよ。
怒鳴られ、叩き付けられ、背中を痛め、結局それでも何も分からないまま。それでもあんまり怒りを抱かないのは何でだろう。それはきっと、ただ単に夏川のことが好きだからだけじゃないはずだ。
夏川にはああしてまで俺に伝えたい何かがあった。だけどそれを上手く言葉にできなくて、だからこの場から立ち去る事しかできなかったんだ。ああ、これなら一貫性がある。ほとんど浅い部分しか解ってないけど、それだけで十分だ。
……だけど。
『アンタが!あの子達と話すからじゃないッ!!』
それだけ考えられるのに、あの言葉の本当の意味が解らないのは何でだ。これが嫉妬じゃないんなら他に何の可能性があるっつんだよ……?
いや、そもそも解る必要があんのか?夏川はヤケになりつつも『もういい』って諦めたんだ。夏川がそれで良いなら、俺がこれ以上を
解
ろうとする必要なんてないんじゃないか?
「……いつつ」
ただ、やっぱりこんなのは普通じゃない。怒りは無いけど、こんな痛い思いをするなら生徒会室で姉貴に罵られながらも手伝いをしてた方がマシだった。本当はそれすらも嫌なんだけどな。
限界まで影を薄くして教室に戻ると夏川は居なかった。俺のHPは0。余力なんてもんは残ってなくて、五限の授業で
古文
を解読することもなく爆睡してしまった。特別課題を頂戴したのは言うまでもない。
◆
「……」
「……」
もうね、何なんだろうね。朝起きて普通に学校行って普通に過ごして普通に帰って屁ぇこいて寝たいだけなのに、どうして俺にはこんな注目されるような事が起こるんだろうな……諦めよう、もうこれが俺の普通なんだろ。
「何かご用ですか?生徒会長」
「その呼び方はやめてくれ……いつも通り普通に呼んでくれると嬉しい」
「……そうすか」
放課後、わざわざ教室までお出迎えに来たクール系イケメン、結城先輩。当然ながら周囲は騒めき、俺には『アイツに一体何の用なんだ』という視線が集まっていた。女子達は口々に黄色い歓喜の声を上げ、廊下からこちらを見ている古賀と村田の目は血走っていた。超怖ぇ。
「その、時間は取らせない。少しだけ外せないか?」
「まぁ、はい……あと帰るだけなんで。別にゆっくりでも良いっすよ」
「……後ろの子は、良いのか?」
「え……え?」
不思議に思って後ろを見る。確認して何度も
瞬
きをしてしまった。すぐ近くで俺に手を伸ばしかけ、呆然とした様子で結城先輩を見上げる夏川。察するに何もかもタイミングが悪かったんだろうな。
いやタイミングとかいうより夏川が俺に手を伸ばそうとしてんのがもう何つーか喜び庭駆け回っちゃう感じだよね。犬かよ俺は。
「どした夏川?さっきの件か?」
「ぁ……」
昼から放課後にかけて結構な時間があった。俺に言おうとしてた事も言葉にできるくらいには纏まったんじゃないかね。あんだけ怒ってたんだ、ぶっちゃけ俺も気にならないと言えば嘘になる。
しかしどうも俺とは目が合わない。結城先輩みたいなドチャくそイケメンを目の前にしてるんだ、直視しちゃって俺の問いかけに返事もままならないのなら仕方がない。
「……また今度な。行きましょう、先輩」
「ああ」
再三繰り返す。結城先輩はもはや一周回って下品なイケメン(※褒め言葉)だ。このレベルの顔なら目の保養になって夏川の抱える憤りのようなものを忘れさせてくれるかもしれない。現になんか釘付けっぽいしな。ちくしょう……。
前にも言ったように一般男子っていうのはそもそも醜い生き物なんだ。目の前で想い人が別の男に釘付けになっている姿をまざまざと見せ付けられるのはどうも我慢ならない。気が付けば早々と結城先輩を引き連れて夏川から引き離す俺が居た。
それから前を歩く先輩の180はある身長を見て、いっそのことあと30センチくらい伸びてしまえと思った。