Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (140)
一言くらい
「その……夏川さん、だよね。ゴメンね?」
「あ、いえ……」
失言したさっきの自分を咎めていると、
井上
先輩と同じ二年生の人が申し訳なさそうに書類が纏められたファイルを取っていく。その顔には反省しているかのような、申し訳なさげな表情が浮かんでいた。さっきまで井上先輩と同じような顔してたと思ったんだけど……。
「その、さすがに……ね……」
私の考えを読み取ったのか、目を逸らしながら小さな声でポツリと零す。別に私に聴こえなくても構わなかったのだろう、積み上げられたものの大半を抱えると、自分の席に帰って行った。
竹内
先輩──席が遠いから接点は無かったけど、胸に付いているネームプレートを見て確かに名前は憶えた。
あまり芳しくない状況……まるで昔のうちの家庭みたいな──。悪い意味でそんな懐かしさを覚えていると、すぐ後ろでもう開くことは無いと思っていた戸がスルスルと音を立てて開いた。
「……ぁ………佐々木、くん?」
「う、うん……」
この上なく気まずそうな顔で現れたのは佐々木くん。てっきり井上先輩達と一緒にサッカー部に行ったのだと思っていた。佐々木くんは元々置いていた位置に荷物を下ろすと、私の前に積まれた書類ファイルを見てから周りを見回し、さっきの竹内先輩のところに行って頭を下げて自分の分を貰ってきた。
「えっと……部活は?」
「…………やめた」
「えッ……!? “辞めた”!?」
「ち、ちがうっ……そういう意味じゃなくて──」
「あ……うん」
“やめた”。それは退部したという意味じゃなく、井上先輩達に従って委員会を抜け出してサッカー部に行くのをやめた、という意味とのこと。それを申し訳なさそうに言われた。井上先輩達は戻って来ないんだとガッカリしつつも、やっぱり佐々木くんは佐々木くんだったと少し安心する。
「なぁ、夏川。佐城のこと、どう思ってる?」
「へっ……!?」
それは突然の出来事。作業で手は進めるものの、あまりの意気消沈ぶりにたぶん今日はもうあまり話さないんだろうなと思ってた。そこに放り込まれた突然の爆弾。ちょっと大きな声を出してしまい、周囲から向けられた視線に頭を下げる。
ちょ、ちょっと待って……何で佐々木くんがそんな事を?
「えと…………え?」
「……ごめん……何でもない。忘れてくれ」
「えっ……」
そのまま一度も視線を寄越さないまま、佐々木くんは書類の方に向けた顔をさらに落として作業に集中し始めた。よく分からないけどすっごく落ち込んでるように見える。今日はそっとしておいた方が良さそうだ。あまり話しかけないようにしよう。
「──……さっき、そこに佐城が居たよ」
「えっ!?」
今度はさらに素っ頓狂な声を上げてしまった。さらに周りの視線が集まる。もう頭を下げるとかじゃない、縮こまるしかない。突然なんてことを言ってくるんだと佐々木くんに細めた目を向けようとしたけれど、私と渉の間にある気まずさを佐々木くんが知るわけがないとやめた。
いや、でも、何で……?
どういう事かと目を向けても佐々木くんは書類に目を落としたままで、続く言葉は無い。まるでこれ以上話すつもりは無いと拒絶されているみたいだ。やや
頭
を垂れた姿勢からそんな強い思いが伝わって来た。
「………っ……」
何故だろう、今になって腹立たしくなって来た。井上先輩達が私に仕事を押し付けてここから抜け出しても、諦めのような
空
しさしか湧いて来なかったのに……どうしてか、今に限っては腑に落ちない何かが私に強い違和感を抱かせた。
「渉に……アイツに何か言われたの?」
「えっ……? や、言われたってのは間違いじゃないけど…………え、夏川、さん?」
「……」
あれほどもう話すまいとしてた佐々木くんが驚いたように私の方を見上げた。態度や表情こそ保っていると思うけれど私自身、妙に低い声が出たことに驚いている。我が儘を承知でお返しと言わんばかりに黙ってみる。
───何で佐々木くんなのよ……。
気まずい事情があるにしても、すぐ教室の前まで来たのに通りすがった事に納得が行かない。ましてや佐々木くんとは話したくせに………それならちょっと顔だけ見せて声かけるくらいしてくれてもいいじゃない……前は横で手伝ってくれたのに……。
「な、夏川……?」
「ハッ………」
顔色を窺うような声に我に返る。どうやら手も動かさないまま顔を
顰
めていたらしい。しかも佐々木くんの方を見たまま。佐々木くんからすれば睨まれてるように見えたに違いない。謝ろうとしたけど、それもおかしな話かと目だけ逸らした。
ふと自分に問いかける。そもそもそんなに気を悪くする事だろうか? 渉と委員会は無関係……渉が偶然この教室の前を通るなんて何もおかしい話じゃない。手伝ってくれなかったからと不満に思うなんて
烏滸
がましい話だ。というよりそこじゃない。そこには何も思うものは無い。
ただやっぱり、それならそれでそのまま佐々木くんとも話さずに通り過ぎれば良かったのよ。だけどアイツは佐々木くんとだけ仲良く話して──
「んんっ………!」
腹立たしさに思わず声が出た。やっぱりそこまで来たのなら一言くらい声をかけてくれても良かったんじゃないかと思う。何せ私は中学からの知り合い。高校からの付き合いの佐々木くんより長い。そう、長いはず。
頭を振っ──たら目立つので両手で頬をほぐして自分を落ち着かせる。こんな状況じゃ、溜まった鬱憤を晴らすには一心不乱にペンを持つ手を動かすしか方法は無かった。
◇
「先週末の終わりがけに周知しましたが、今日は作業を一時中断し、ミーティングの時間とします」
自分達のクラスでも文化祭の準備が始まった月曜日。今日の文化祭実行委員会の様相はいつもと違っていた。
委員長の
長谷川
先輩がみんなの前で取り仕切る。無理が見えていた活動だったし、いずれこんな形で話し合う日が来るとは思っていたけど、教室内のいつもと違う景色を見てどうも悪い意味でのミーティングじゃないように感じた。
左を見れば井上先輩と
緒川
先輩が座っている。私が失言したばかりにもう来てくれないんじゃないかと思ったけど、どうやら杞憂だったらしい。やっぱり根は良い人だったのだと少し安心した。
───なんて、冷静に考えていられるのはほんの最初だけ。
「そして、今後の文化祭実行委員会の体制について生徒会からお話があります。どうぞ」
「生徒会執行部臨時補佐、二年の
石黒
です。宜しくお願い致します」
長谷川先輩の横に立つ二人の男子生徒。ネクタイの色は二年生と一年生。先輩の方は石黒という名前らしい。濃ゆい名前だなぁと思うものの、そんな事はどうでも良かった。それより凝視せざるを得ないのは、その隣に立つ私と同学年の男の子。
「同じく生徒会執行部臨時補佐──の補佐。一年の佐城です。宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げたのは見慣れた男の子。何ならついさっきまで授業中にずっと後頭部を眺めていた。日が当たる度に妙に明るい茶色になるのが不思議でずっと見ていた。
そんな男の子──渉の登場に、私は思わず佐々木くんと顔を見合わせる。
「お前も補佐だろう……何だ、補佐の補佐って」
「同格とは畏れ多い。小生、責任ある立場になるとポンポンが痛くなるもんで」
「……楽はさせんからな」
「……うっす」
知性的なのかそうじゃないのかよく分からない会話をしている。そんな自然体?な姿を見るのが久し振りに思えた。自分の“身内”が同じ空間に増えた事はただ嬉しく感じる。ただ、訊きたい事が少しばかり多すぎる。
「──さて。教室内に準備されているものを見てお分かりになるように、ここからの作業は全てこれらのノートPCを使っていただく事になります。よって本日の内容は、体制変更をするまでに至った経緯と、現時点での実行委員会の状況、それから今後の体制についてになります」
人の話を聴くのは得意だ。長谷川先輩の言った内容を頭に入れながら、先輩の二つ隣であからさまに私と目を合わさないようにしてるアイツを見て目を細める。
───事前に一言くらいあっても………。
そんな文句を、胸に抱きながら。