Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (150)
私と比べて
思えば今までに先輩という先輩が居たことは無かった。中学生の頃は先輩に限らず周り全てに穿った気持ちを抱いていたように思う。口にこそ出さなかったものの、日々の生活に追われて〝人の気も知らずに……〟と自分勝手になっていた。それが中学生という時期の不安定さから来たものだったのか、心の余裕の無さから来たものなのかは解らない。ただ、あの頃はずっとギリギリだったという事だけ憶えている。
私がただ不器用なだけなのかもしれない。ただ、それ以前に〝先輩〟という存在との接し方を知らないんだ。今思えば、佐々木くんが居るとはいえ私に先輩の顔色をうかがいながら上手くやり過ごすだなんて無理な話だったのかもしれない。だからあの時に先輩を引き留めるどころか機嫌を損ねてしまった。
佐々木くんが声を掛けると、
井上
先輩は一瞬だけ面食らったような表情になって頷いた。それだけで歓迎されているわけじゃない事がわかる。だと言うのに、結局流されるままグラウンド近くまで来てしまった。
「あの、さ………夏川さん」
「………!」
間をつなぐように話す佐々木くんに相槌を打っていると、前を
緒川
先輩と歩いていた井上先輩が振り返って話しかけて来た。あの時の、敵意のようなものを乗せた目線を思い出して固まってしまう。
「その、ごめんね。この前は」
「ぇ………」
体を半分向けて謝る先輩。予想だにしない言葉に、やっぱり何て返せば良いか分からなくてどもってしまう。緊張し過ぎて頭の中が真っ白になった。また機嫌を損ねてしまうのが怖くて、ただ背筋だけ伸ばしていた。
「や、その……どの口がって感じかもだけどさ。あん時は夏川さんに限らず全部にイライラしててさ。まぁその、タカとそのダチが目の前でヤバい感じになった辺りで目ぇ覚めてさ」
「タカ、って…………えっ、佐々木くん?」
「うっ…………」
話の内容から察するに、佐々木くんとその友達が険悪な雰囲気になったと読み取れる。もしかして………喧嘩?
「佐々木くん、喧嘩したの………?」
「いやまぁ、喧嘩っていうか……その、普通に怒られたっていうか………」
「や、めっちゃキレてたじゃん。なにげ男子のあの感じ、初めて見てさ。止め方なんて分かんなかったし、怖くて……そんなこんなで、ウチ何してんだろってなったんだ」
「その、あたしも……」
今の井上先輩と緒川先輩からはあの時のような喧嘩腰の雰囲気は全く感じられず、むしろしょんぼりとした子犬のようで可愛らしい印象を受けた。何だか萎縮してるようにも見える。
佐々木くんは〝怒られた〟って言った。対抗するような態度じゃないのを見るに、何か暴力的な事があったわけじゃない事がわかる。それでもイライラしてた井上先輩と緒川先輩をこうさせたって事は、その佐々木くんの友達の怒り方はよっぽどだったんだなって思う。男の人が苛立ってるだけでビクビクしてしまう気持ちはわかる。きっと中学生の頃の私だって、恐さのあまり斜に構えた態度を改めたと思う。
「フタを開けたら
越高
の女王の弟だって言うしさ……」
「え、えっこうの女王………?」
聞き慣れない単語が出て来た。『越高』は何となく分かった、時折クラスの女の子が
鴻越
高校をそうやって略してたから。問題は『越高の女王』の方だ。一体誰の事を言っているのだろう。それが分かったとして、そんな怖そうな人の弟が同じ一年生に居ただろうか。噂でも聞いたことが無い。
「その、だから……色々ごめん」
「ごめん……」
「あ! はい! いえ、そんな───」
どこか気まずそうな先輩二人から謝られた。言葉と態度の全てから本当に申し訳なさそうな様子がうかがえる。途中から話の内容がよく分からなかったけれど、先輩二人に謝られるという状況が逆に申し訳なくて必死に言葉を選びながらそれを受け入れるという妙な返事の仕方になってしまった。
「まぁその、な………こういったのも含めて、夏川を誘ったんだ。ずっと気まずいままなのも嫌だしさ」
「あ、えと………そうなんだ」
先輩との気まずい感じは無くなったと思って良いのだろうか。それもそうだし、それ以上に気になる事ができたような………そんな奇妙な感覚に襲われつつもとりあえず頷いておく事にした。とにかく、これでもう険悪な雰囲気にはならないんだとホッとしながら、安心して佐々木くん達に付いて行った。
◇
寄付金の多い高校だけあってグラウンドには立派なサッカーコートが併設されている。端のフェンス際からコートに向けてなだらかなスロープになっていて、そこに座って見学をする事ができる。部活見学をする生徒なんて自分だけと思っていたけれど、いざ来てみるとちらほらと何人かの女の子が居た。絶え間なく抑えめな声でキャーキャー言ってるのを見るに、ファンのような子達なんだと思った。みんな友達連れなのが少し羨ましかった。隣に圭が居たら、と思ったけれど、圭が男の子を見るために端っこに座って見学してる姿が想像できなくて笑ってしまった。寧ろコートの中心で走り回ってる方が似合う。
サッカー部の見学というほどだから模擬試合でもするのかと想像していたけれど、いきなりそうというわけじゃないらしい。何より佐々木くんは今日は途中参加だ。コーンを並べてドリブル練習をしたり、パスの練習をしたりと基礎的な内容だった。特に一年生はそちらが重点的に行われている。
「うわ、何かタカがめっちゃ可愛い子連れて来てんだけど」
「夏川愛華だろ? 二年でも可愛いって有名だぜ」
「え、てか彼氏居るっつってなかったっけ?」
サッカー部の色んな方向から視線が飛んできて少し居心地が悪い。正直に言えば知らない先輩に知られていて何故か彼氏が居ると言われて少し怖く思った。話しかけようとして来ないのがまた不気味に感じた。話しかけられてもそれはそれで何を話せば良いか分からないのだけれど。
時おり佐々木くんが手を振って来る。こちらも小さく手を振り返すと、佐々木くんは嬉しそうに笑って周りから肩を叩かれていた。変な勘違いをされてないと良いけど……。
最初こそ好奇の視線は多かったものの、いざ練習に入ればみんな目の前のボールに集中していた。テレビで見るサッカーの試合では見れないような動きをしたり、難しいボールを足で捉えたりと、私では到底真似できないような練習が続いていた。思えばスポーツでみんなが機敏に動くところを生で見るのは久々だった。見学するだけの見応えはあると思った。
コートの隅では井上先輩や緒川先輩が忙しなく動いていた。休憩に入った部員に飲み物のボトルやタオルを渡したり、バインダーを取り出して何かを書き込んだり描き込んだりしていた。マネージャーとしてもする事がたくさんあるようだった。
「すごいな……」
これも、出来ることの一つ。
色々あったけれど。謝られたけれど。佐々木くんや井上先輩、緒川先輩が本当に頑張りたいと思うものは文化祭実行委員会じゃない、これだ。本当は部活に行きたいはずなのに、自分が楽しいと思えるものに全力を尽くしたいはずなのに、実行委員会を優先してくれていた。確かに実行委員になったのは自分で決めた事かもしれない。それでも、必ずしも先輩達があの時委員会から抜け出したのが全面的に悪いとはどうしても思えなかった。
だって、部活も何もしてない自分が大して役に立っていないのだから。