Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (151)
違い
「夏川!」
「あ、佐々木くん……」
呼ばれて初めて自分が俯いている事に気付いた。後ろ向きな思考になって視線を落としてしまっていたみたいだ。こっちに駆け寄って来る佐々木くんはどこか心配そうな表情を浮かべていた。
「えっと………ごめん、退屈させたかな?」
「ううん、久しぶりにこういうの見たから楽しかった」
「そう、か……? それなら良いんだけど」
佐々木くんはいかにもスポーツドリンクなボトルを手に、首に掛けたタオルで汗を拭きながら少し距離を空けて隣に座った。汗まみれのはずなのに、どこか楽しげな様子を見ているとこっちまで清々しさを覚えてしまう。それほどサッカーが大好きなんだと思った。
「ふふ、カッコいいね」
「えっ!? あっ……と、そ、そう?」
「うん。女の子にキャーキャー言われてるのがわかる」
「う………そうですか」
女の子の間でよく『どんな人がタイプ?』なんて話題が上がる。〝何かに熱中できる人〟なんて答えを聞いて今までは〝そうなんだ〟としか思わなかったけれど、今ならその理由も少し解る気がする。佐々木くんは元々顔が整っている方だけど、佐々木くんじゃなくたってみんなキラキラ輝いている。
「………夏川、何を考えてたんだ?」
「え……?」
「や、何か途中から考え込んでるみたいだったからさ。あ、いや、言えない事だったら別に良いんだけど」
「あ………」
思えば佐々木くんは時々こっちに目を向けては手を振っていた。考え込むあまり、知らず知らずのうちに無視をしていたかもしれない。何よりサッカーをしてる佐々木くんが遠くから私の心中を察して来てくれたと思うと申し訳なくなった。
「みんな、すごいなって。佐々木くんも、井上先輩も、緒川先輩も」
「凄い……?」
「うん。佐々木くんは高いボールを胸で取ったり」
「や、アレみんな出来るぞ?」
「サッカー部の人なら、ね」
みんな出来るとしても、活躍は活躍。得点に繋ぐための力。それが出来ることは才能でもあり、技術でもある。当然ながら、私には怖くて到底できない事だ。
「井上先輩は全体を見て必要な人にタオルを渡したり、緒川先輩は一年生の男の子達に指示を飛ばしてた」
「お、男の子……」
全体を見ること、自分以外の誰かを動かすこと。サッカーの技術や才能が無くても、サッカー部への貢献度は小さくない。それだけで助かる部員はどれだけ居るのだろう。私はそういう事を今までやって来なかった。
「───私は、何かできたのかな………」
頭の中で、冷静な私が「なんて事を訊くんだ」と責めている。佐々木くんの時間を奪い、楽しみを汚し、頑張っているものを侵す行為。そしてこの漠然とした内容…………悩ませるに違いない。
「何かって………文化祭実行委員のこと? 夏川は頑張ってたじゃないか。俺なんて途中で抜け出したりしたんだぜ?」
「サッカー部のため、ね。本当なら、佐々木くんは実行委員にならなくても良かった。田端くんのために代わってあげてたし」
「そ、それは……その」
責めてるんじゃない。羨んでいるんだ。熱中できるものがあって、それでなお文化祭実行委員にもなろうと思える行動力があって。心に余裕があって。前を向いている。
任されたものを途中で抜け出すのは悪い事だ。それでも佐々木くんはちゃんと戻って来て最後には私と同じくらいの貢献をしてた。何より、私のように悩む事もなく今こうして活躍している。凄いと思う。でも、それを見ているとまるで自分が負け組のように見えて仕方なかった。どうして、私の方がずっと仕事をしてるはずなのにって。
「その、俺は夏川の方がスゴいと思うぞ? 勉強ができて、運動もできて、先生からの評判とかも凄い良いじゃないか」
「………」
「あー………え、えっと、夏川……?」
その自信はあった。
私は勉強が得意だ。中学生の頃に一生懸命頑張ったからか、色んな事を直ぐに頭に吸収する事が出来る。運動もできる。愛莉を世話しながらいつも遊んでいるからか不思議と反射神経があって足が速い。先生からの評価が悪いわけがない。言われた事をちゃんとやって、機嫌を損なわないようにしているのだから。
でも、それは。
「───それって、誰かの役に立つのかな………?」
「役に………えっと」
なんてめんどくさい事を言ってるんだろう。こんなのは佐々木くんを困らせるだけ。文化祭実行委員のペアになっただけで、他に交流があるわけでもない。強いて言うなら今やっとその〝交流〟をしているところだ。お互いの中身を知り始めたところでこのような問いをぶつけたところで分かるはずがない。
「でもほら…………夏川は、その」
「………」
「えっと、だから…………夏川、は………………」
───やめないと。謝らないと。
こんなのは迷惑なだけだ。誰かに訊くことじゃない。そもそも最初から私がもっと自分を磨いていれば良いだけの話だった。ちゃんと、誰かの役に立つようなかたちで。いま答えを絞り出してくれたとして、それがいったい何になるのだろう。そんなのは無理やりお世辞を言わせただけに過ぎない。こんなにみじめな話は無いと思う。
今すぐにでも、この話を聞かなかった事にしてもらおう。
「────佐城なら………わかるんじゃないか?」
「…………え?」
予想だにしない返事。
まさか、佐々木くんから渉の名前が出るとは思わなかった。でも、何で佐々木くんが〝渉ならわかる〟と思ったのかが分からない。聞かなかった事にしてもらうのをやめて、その理由を尋ねる事にした。
「なんで……?」
「いやほら。あいつ、色々やってたし」
「色々………そうだね」
今回、私たち一年生を引っ張っていた存在。それが渉だ。実質的に上の立場になっていた渉なら、私が周りと比べてどうだったか見えていたはずだ。でも、私が知りたいのはそんな周りとの差じゃない。
「………それに、さ。たぶん………俺より夏川の事を知ってるだろ…………?」
「………!」
それは…………そうだ。
佐々木くんより渉の方が私の事をよく知ってる。そのはずだ。中学生の頃からの知り合いで、何だかんだずっと一緒に学校を過ごして来た。それだけでなく、意外と経験豊富で今回の件で誰かに助言する姿を何度も見て来た。初めて頼りになるんだと知った。
……なんで?
何で、今になって
初めて
それを知ったの? 私だって中学生の頃から渉と過ごして来た。そのうえ、あの頃のあいつは私が訊いてもいないのに自分のことをよく喋ってた。渉が私の事を知っているだけ、私だって渉の事を知っているはず。それなのに、どうして〝今〟なの……?
「───だってあいつは………ずっと夏川のことが好きなんだから」
「ぁ………」
そう言う佐々木くんは、どこか落ち込んでるように見えた。
◇
渉は、私の事が好きだった。
初めて出会った時には、もう既にそうだった。はっきりと、私の目を見て〝好きです〟と言ってくれた事を憶えている。けれど、その時の私は恋愛だとかそういう場合じゃなくて、思わず冷たく突き放してしまった。それでも渉は諦めず、何度も私の前に姿を現した。思えばあの時に唯一感情を露わにして接していたのはあいつだけだったかもしれない。
高校に入った頃には心に余裕が生まれていた。それと同時に、これからどんな高校生活になるんだろうって胸を踊らせていた。渉が居るのは分かっていたけれど、その時にはただ鬱陶しいだけの存在だと思っていた。新しい学校生活に興味はあっても、彼氏だとか恋愛だとかに全く興味が無かったからだ。愛莉以上に好きになれるものなんて無かった。
高校生活の滑り出しは順調だった。あいつはとにかく目立っていて、その理由は私に付き纏っているからだった。同じように目立ってしまった私は自然と周りから顔と名前を覚えてもらえて、圭という親友ができた。今思えば、渉が居てくれたからこそ圭との繋がりができたのかもしれない。
今まで気付かなかったのは、それを当たり前と思っていたからだ。
うるさい存在。けれど、私のそばに居て当たり前の存在、それがあいつだった。だからこそ、あいつが突然距離を置いた意味が分からなかった。私を諦めたのはともかく、それならそれで〝友達〟じゃ駄目なのって。
そうじゃないと、寂しかったから。
渉ありきの居場所があった。圭や愛莉じゃ埋められない、私の中の心の隙間。その〝寂しさ〟を初めてちゃんと理解したのが夏休みの体験入学だった。ただうるさい存在じゃなくて、私の日常の大切な存在の一部なんだって。だから、その繋がりが途切れそうになるだけで怖いと思うようになった。
二学期に入ってからある日の放課後。渉が同じ中学だった子に対して、強く私との関係を否定した。見たことのない顔だった。その時に渉はもう私の事が好きじゃないのかもしれないって思った。そして、渉が私に気を遣って気まずくならないようにしていた事に気付いた。渉の想いを全く考えてなかったことに気付いた。私はどうして良いかわからなかった。
知ろうとしなかった。知らない事が嫌になった。知る事が怖くなった。
手は伸ばしても、足は止まったまま。
知らなくて、当然だったんだ。