Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (159)
悩み
場所は一階のピロティー。自転車置き場の近くで、朝や放課後でもない限り
人気
の少ない場所だった。中庭が一望できて、葉を赤く染めた四本のソメイヨシノを眺めることができる秋のお花見スポット。中庭で秋の自然に囲まれるんじゃなく、中庭ごと秋を
愉
しむのだと、一ノ瀬さんが両手をキュッと握って説明してくれた。かわよ。
「その、本当に良いの……? 図書室じゃなくて………」
「ぁ………たぶん、先輩にとってもそれが良いと思うので………」
夏川が一ノ瀬さんの顔を覗き込むようにして言う。
俺だけならまだしも、四人ともなると図書室の資料室じゃ流石に狭いと場所を変えることになった。ここに向かうついでに図書室に寄って、女子の先輩に断りを入れた一ノ瀬さん。仕事を押し付ける事になると思いきや、先輩は快く送り出してくれたとのこと。その後、一ノ瀬さんから「先輩も友達を連れて来てて………気まずいんです」と何とも切ない話を吐露された。まぁ兄貴のアレに比べたら慣れたもんだよな、なんてデリカシーゼロな感想が湧いて罪悪感に
苛
まれていると、「まぁ………慣れてるので」とぽしょりと聞こえて来て思わず抱き締めそうになった。一寸先に怯える一ノ瀬さんを抱き締める夏川から警察に通報され、芦田から罵声を浴びせられる俺の姿が見えた。
「ここ良いねっ、夏でも涼しそう!」
「は、はい……」
一ノ瀬さんは褒めてくる芦田に返事をするのがやっとみたいだ。芦田はそもそも初対面でも知り合いみたいな切り口だからな。俺でも最初は「お、おう」ってなった記憶がある。何なら既に呼び方〝一ノ瀬ちゃん〟だし。俺なんか普通に呼ばれた記憶がねぇわ。
「じゃあここにしようよ!」
「うん、そうだね」
昇降口に通じる校舎内への入り口。たった三段ほどの小階段の両サイドには椅子にぴったりの高さの段差があった。夏川はギリだけど、一ノ瀬さんは少し足がプラプラしてしまうかもしれない。
小階段に向かって右側に芦田がジャンプ。そのままくるっと回って段差にお尻で着地する。ふわっとスカートが浮き上がった瞬間に夏川がサッとこっちに向いた。え、なに? 今ちょっと生きるのに精一杯で見てなかったわ。
夏川は半目で俺を見たまま芦田の横にスススとお上品に座る。内なる俺が指を弾きながら悔しげに地団駄を踏んだ。
「俺達はこっちかな」
「あ、はい……」
「──ぁ」
夏川、芦田から小階段を挟んで逆サイドに座る。一ノ瀬さんには夏川達から見えるように内側に座ってもらった。「んしょっ」と小さく聞こえた茶目っ気な言葉に、俺の内側で「あら可愛い」というおば様が新しく生まれた。ごめんあそばせ。
「ねぇねぇ、さじょっちってバイト先じゃどんな感じだったの?」
「いきなり俺かよ」
「だって気になるんだもん」
ドキッとするんだよなぁ……。
芦田の良いところと言うべきか悪いところと言うべきか。俺に限らず誰にでも思わせぶりなセリフ言っちゃうんだからこいつは。
「えと………佐城くんはとても手慣れていて……何でも卒なくこなしていました」
「いやそんな褒めんなよぉ」
「うわうざっ、うっざ」
「そういうところなんだから……」
大真面目に褒められて照れ隠しにデヘるのはハズレだったらしい。芦田に加え夏川からも手厳しい言葉を頂いた。照れ隠しだよ……普通に褒められるなんて滅多に無いんだぞ。姉貴が褒める代わりに肩パンして来るからな。
「………羨ましかったです」
「接客もあるんだよね? 一ノ瀬ちゃん、あんまイメージ無いなー」
「紆余曲折あって今も頑張ってんだよ。先入観捨てて見守ってやれ」
「紆余曲折? あっ」
「あっ……」
あっ……ヤバい、そういや芦田も夏川も一ノ瀬さんの土下座事件を知ってるんだっけ。何なら夏川の家まで行って相談しちゃってるやつじゃね? 名前は出してないけど多分モロバレだわ。いま芦田と夏川の頭ん中一ノ瀬さんの土下座姿だわ。
「ひ、昼飯食おうぜ! 早く食べねーと昼休み終わっちゃうだろ!」
「あ、はい……」
「………」
「………」
空気をぶった切るように菓子パンの入ったビニール袋を引っ張り出す。隣の一ノ瀬さんは自分にも言われたと思ったのか、薄ピンクの布袋に包まれた小さく可愛らしい弁当箱を取り出した。一ノ瀬さんの向こう側から白い目を向けられてる気がするけど気にしない気にしない。ひと休みひと休み。
「………」
「………な、なに、夏川」
無理だった。
一ノ瀬さんと小階段を挟んだ向こう側。夏川からじっと視線を向けられ続けて食事どころじゃなかった。真顔すぎて怖い。まさかこの場で土下座の件を掘り返したりしないよな……?
「まだ、それなんだ」
「……え?」
何を言うかと思えば、やけに含みのある言葉。夏川は不満そうに俺の手元を見ていた。前に昼休みに一緒になって以降、まだ俺が菓子パンを食ってる事がお気に召さないらしい。
「良いじゃんか。安いしバリエーション豊富で買いに行くの楽しいぞ」
「栄養バランス悪いじゃない」
「運動部のあたし的にも毎日ってのはねー……さじょっち身長伸びてる?」
「うぐっ……」
チビでは無いだろうけど山崎だったり生徒会のイケメン達と並ぶと劣等感に見舞われる。何でああいう連中って比較的同じ身長同士でつるむわけ? バスケ部はともかく生徒会は一般の男子生徒に対する嫌味か? 日照権の侵害で訴えるぞこの野郎。はぁ……
結城
先輩の弁当が恋しい。
「…………のびない……」
「っ……」
隣からシュンとした様子でほろりと言われて俺がほろりとしそうになった。頑張れ一ノ瀬さんっ、高校生活はこれから! きっとまだまだ成長できるよ!
「あ、あー……そういや一ノ瀬さん。何か相談したい事があるんだっけ?」
「ぁ……はい」
一ノ瀬さんの具体的なバックボーンを知らない夏川や芦田に会話の主導権を握られてると一ノ瀬さんの地雷になりかねない。ここは一ノ瀬さんと一緒に食べるに至った話でこっちのペースに持ち込もう。
「相談……? そうだったの?」
「普通に一緒に食べるわけじゃなかったんだね?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「「聞いてない」」
「あ、うん」
声を揃えて言われて思わずビビる。デュエットで歌唱したら天下取れそうなハーモニーだった。君たち、芸能界に興味は無いかい。
一ノ瀬さんの方から誘うなんて俺からしても珍しい事だし、言わずとも何か事情があるなんて分かりそうなもんだけどな。教室でも話したけど、異性に対して何となく一緒に食べようなんてそれもう脈アリのやつだから。「こいつ……もしかして俺のこと好きかも」って本気で思っちゃうやつだから。それは青春の罠。
「てっきり……───しょに居たいからだって………」
「え、愛ち」
「な、何でもないっ!」
「………?」
夏川が何か言ったみたいだけどここからじゃ聞き取れなかった。芦田が聞き取れて俺には聞こえなかった……? おかしい……俺の耳は通常の人間より夏川の声を1.5倍拾うことが出来るはずなんだけど。もう少し集音率高めとくか、ハァァァッ……!
「え、えっと! 一ノ瀬さんが渉に相談って事は……アルバイト関係ってこと?」
「あ、えと……少しちがって………」
「うん……?」
俺と一ノ瀬さんの繋がりは今んとこ同じクラスよりもバイトの比重の方が大きそうだし、てっきり俺もバイトの悩みを相談されるかと思ってた。逆にそれ以外の内容で相談に乗れるかが心配なんだけど。
「あの………本棚、買おうと思ってて……」
「へぇ、そうなんだ」
本棚、本棚ね。ふーん、良いんじゃね? 一ノ瀬さんいっぱい本読んでるし、バイトに慣れてきた頃くらいから毎日一冊ずつ買って帰ってたんじゃねぇかな……お金大丈夫? なんて思ったけど百円からプラス五十円とかだから缶コーヒー買う感覚なんだろうな。そう考えると俺の菓子パンよりリーズナブルじゃね? ヤバい、虚無に陥りそう。
「その、色々とスマートフォンで調べたりするんだけど、どれも納得がいかなくて………」
「なるほど」
気持ちはわかる。ネット通販だといまいち質感とかサイズ感が掴めなかったりするからな。服ですらそんな〝買って後悔する怖さ〟があるのに本棚となるともっと怖いはず。ベッドみたいな骨組み系とかサイズ感がほぼ均一なものだと手が出しやすいんだろうけど。
「ってことは……実際に店に行って、良い本棚を一緒に探してほしいって感じ?」
「ぁ………だ、だめ?」
「良いけど………そっち方面は俺より一ノ瀬さんの方が詳しそうだけどな」
「あ、あの………実は……………」
「?」
ぽそぽそと話されたのは、ショッピングすること自体が至難の
業
との内容。ギャル語で訳すとそもそも店員と話すこと自体がマジ鬼、ヤバいんだけど、バイブス萎え萎えって感じ、とのこと。本棚を買うともなれば店員と話すのは必至──少女漫画風に言うと「あたしどうなっちゃうの!?」展開になるらしい。
お嬢さん……きみ、本屋の店員やってなかったっけ?