Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (16)
トップの悩み
さて、夏川が何であんなにもイジらしくて堪らない反応をしたのか、その原因は俺が彼女に纏わり付き過ぎた事で周囲が遠慮して敬遠し、日常的な話し相手が限られてしまったからだ。たぶん、きっと。
───だけど、そこが必ずしも居心地の良い場所とは限らない。
一人になりたくないから。一人の自分を見た誰かに指を差されて笑われたくないから。そういった理由で
不承不承
そこを居場所とする人は多く居る。だからこそ考えてしまう。夏川は一人になりたくないから、仕方無く俺を気に掛けざるを得なかったんじゃないのかと。そうでなけりゃ彼女がああした理由に納得できない。
「夢見ても時間の無駄だからな」
つっても、
予
てから考えてたように俺は夏川のアイドル性を信じて疑っちゃいない。声高らかにプロデュースだと宣言してはみたけど、俺が物理的に夏川と席が離れた事で自然と彼女の元に人が集まるんじゃないかと思ってる。
だとしたら、俺にできる事はただ一つ。限りなく影を薄くし、周囲の生徒が夏川を見ても俺を思い出さないようにすることなんじゃないか。
「───成る程、キミはそう考えるのか」
……は?
誰も居ないはずの昇降口近くの廊下。
俯
いて歩いてた俺の正面から凛とした声が聴こえた。一瞬男かと思ったけど、顔を上げる途中で僅かに映った脚を見てそうじゃない事が分かった。うむ、黒タイツとは。
「昨日のこの時間、ここで私の後輩を怖がらせたのは君かね?」
「そうです僕です申し訳ありませんでした」
明確な心当たりがあったのでそのまま直角のお辞儀を決める。今のところ目の前の人物の顔を見てないし学年も把握してないけど、少なくとも先輩なのは間違いないだろう。
『はあ?────キモっ』(誇張)
昨日の───あれ、こんな事言われたっけ。もっと大人しくてお人形さんみたいな感じの子だった気がする。それこそ純真無垢をタイプとする男子の理想な感じの……。は?あの感じでドSとかマジかよ最高じゃん。
「冗談だ───って、何故謝る。あの子は君の厚意を無下にしてしまい落ち込んでいたぞ」
「余計な気を回した事が問題なんすよ。
人気
の無い場所で
幼気
な少女に声をかけて良いのは少女漫画の中だけです。怯えられるなんて、少し考えれば分かる事だった」
「幼気な少女って………あの子はあれでも君の先輩だぞ」
「はぁ、そうだったんですか」
ネクタイの色から俺が一年だと把握したらしい。先輩は呆れたような顔で俺を見ている。声が宝塚っぽくてイケメンで敗北感が凄いんですけど。
……本当は別に少女漫画じゃなくて良いんだ。多少性格に難があったとしても、優しく見えそうなイケメンなら怯えさせる事なく彼女を手伝う事ができただろ。俺は
分
を弁えずにしゃしゃり出てしまったんだと思う。
「あの時の君の行動は賞賛されるべきものだよ。決して余計な気を回したわけではない」
「………そうですか」
そりゃ、風紀委員長殿ならそう思うでしょうね。そんな言葉が喉元まで上がっていたが、これ以上の反論は
憚
られた。
接近して来る黒タイツ。このまま頭を下げていたら俺が変態になってしまうので顔を上げる。今まで話していた相手が誰なのか認識すると、やっぱりと言う思いと共に嬉しさと落胆の混ざった変な感情が湧いた。
四ノ宮凛
。この学校の風紀委員長であり、クールな振る舞いと端整な顔立ちから男女共に人気が高い。だからこそ、彼女には俺の考えが理解できないと思った。
「それでは、失礼します」
「まぁ待て」
「………」
俺まだ昼飯食べてないんだけど……。ラザニアパンって何なんだろうな。初めて買った。チーズがめっちゃ入ってるっぽいのは分かるんだけど。
「〝夢を見ても時間の無駄〟、か。その言葉を聴いて、君が下心なくあの子に話しかけたのだと確信したよ。下心があるならそんな現実主義的な独り言は言わないだろうからね」
「………」
どうやら先輩は
あの子
に話しかけた男子生徒を不審に思ってたみたいだ。賞賛されるべきと言っておきながら疑ってたんかい。って事はあくまで彼女は俺の行動を褒めただけで、その心意気までを信じていなかったということか。おっけーこれが現実。
「だが、あまり悲観するのは感心しないな。彼女がああいう態度をとったのは、男性に対して苦手意識があるからだ」
「お言葉ですが先輩、あの時あの場所で荷物を運んでいたのが別の女子生徒だったとしても自分は同じ反応をされていた事でしょう。
人気
の無い場所での見知らぬ男との
邂逅
なんてそんなもんです。失礼ですけど、男子生徒とはよく接する方ですか?」
「む………」
理想に向かって突き進み、勇ましさを手にしていかにも周囲の男を振り払って来たであろう四ノ宮風紀委員長。あの場面において、俺や
あの子
のどちらにも先輩は共感できないだろう。そもそも先輩ならあの荷物を重いとさえ感じなさそうだ。幾ら何でもこれは失礼か。
「そんじゃ失礼しま───」
「ま、待ってくれ!」
「いや、ちょっ……」
学校一のクールビューティ系女子から腕を掴まれ必死に引き留められる俺。人生最大のモテ期である。事情を知らない生徒から見られたらさぞ勘違いされるに違いない。ここはこのまま流れに乗って───えっ、ちょ、力強くないですか……?
「そ、相談がある」
「えぇ……」
風紀委員長って普通は相談される立場なんじゃねぇの?まさか一年坊主でしかない俺が相談事を持ちかけられるとは思わなんだ。彼女のようないかにも優秀な人間の
高尚
な悩みを俺が解決できるなんて思えねぇんだけど。
目的地の中庭ベンチを外れ、職員室近くの生徒指導室に連れ込まれる。ちょっと……もっと場所あったんじゃないですかね……二、三人くらいの生徒に目撃されたんですけど。絶対に何かやらかしたと思われたでしょ。
「掛けてくれ。それも食べて構わない」
「はぁ、それじゃ」
生徒指導室の中は四人がけの長机が一つおけるくらいの狭さだ。そんな狭い部屋で美人の風紀委員長と二人きりとは……これは喜ぶべきなのかもしれない。でも二つ先輩な上に風紀委員長ともなると、どこか教師と接する感覚を覚えてしまう。とてもじゃないけど同年代の女子として接するには振る舞いが格好良すぎんだよな……。
潰れたパスタ──マカロニ?とチーズ、トマトソースの混ざったラザニアパンを味わいながら先輩の話に耳を傾ける。
「その、な。君が声を掛けたあの子───
稲富
ゆゆと言うんだが……」
「ほう」
聞き憶えはある。確か風紀委員会所属の先輩だ。小っちゃくて可愛いと噂されてんのを耳にした事がある。つーことは本当に四ノ宮先輩の直接的な後輩という事になんのか。あんな華奢で愛嬌のある先輩だ、四ノ宮先輩が特別目をかけるのも解る。
「彼女はとても頑張り屋なんだ。頼まれた仕事は最後までやり通すし、風紀委員としてのプライドも持っている。他の仲間達にしてもそうだ」
「そうなんすか」
素晴らしい。あの容姿なら持て
囃
されて育っただろうに。そんな人間がワガママにもならず学生の内から真面目に働くなんて珍しいと思う。ああいう仕事スキル高い可愛い子に限って早々と寿退社したりするんだよな……たぶん。
「だが、彼女達は時折自信無さげな事を言って後ろ向きになるんだ。その度に私はどうにか彼女達を励まそうとする。中には私を見て自信を失くしたという者も居る」
「一年の俺でも何度か先輩が壇上に立つ姿を見てますよ。本当にカッコ良くて、本当に生徒の風紀を守ってるんだなって。あんな姿を見せつけられたら自信を失くす人は居るんじゃ?」
「ま、待て正面から褒めるな。照れるじゃないか……」
おい、思わずキュンとしたじゃねぇかクソ。正面からギャップ萌え感じさせる仕草するんじゃないよ全くっ……可愛いじゃない良いぞもっとやれ至近距離で眺めてやる。