Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (169)
消えた妹
『未来』をテーマにした文化祭。とはいえそれを出店にまで要求するのは無理があったっぽい。外装をどこか宇宙っぽくしているものの、その実売っているのはポテトや季節遅れのかき氷などの定番のお手軽グルメだった。仕方ないよな、夏祭りとか初詣でお参りしたときにある出店って昔からずっと変わらないイメージだし。
「美味い?
一ノ瀬
さん」
「おいひっ……」
きゃわわ。
分かりやすく嬉しそうにする一ノ瀬さん。読書しかり、目の前のものに集中しがちなタイプなのかめっちゃ素直な感想が返ってきた。何なんだろうなこの感覚は……法律、科学、世の理───その全ての理屈の総力を決したところで俺は一ノ瀬さんの父親にはなれないんだな……くそっ……くそっ……。
「クレープもおいひーですっ!」
「この生地ちょっと分厚くありません?」
「もちもちしてて良いじゃないですか!」
一ノ瀬さんの真似をしてわざと舌足らずな感想を言う
笹木
さん、可愛ひー。同じクレープを食べてる
有希
ちゃんもケチ付けてる割にはパクパク食べてる。たぶん本当に不満だったらもっと辛口評価してんだろうな。まぁクレープ屋って言っても素人お手製のものだし、そこはご愛嬌。確か保健所の基準クリアして売り出すのがもう難所だったんだよな……。形になってるだけマシだと思う。
有希ちゃんが目をカッと開いた。きっと今〝サーチアイ〟を発動したんだと思う。半径五十メートル以内に佐々木が居た場合、有希ちゃんの目が
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されるんだと思う。何だろうな……四ノ宮先輩ん
家
の精神うんたらの道場より有希ちゃんに弟子入りした方がよっぽど便利な
能力
を身に付けられるような気がする。
「あっちかな」
有希ちゃんじゃないけど、サッカー部が団体様で行動してるとなると佐々木の行動範囲も予測できる。昼時でみんなで纏まって落ち着ける場所と言ったら中庭しかない。
「わぁっ……!」
笹木さんが感動したような声を上げた。体験入学の時には見られなかった中庭の賑わい。いつも以上にベンチが設置され、この日のために綺麗に整えられた芝生の上に座って多くの来校者が談笑する姿はさながらセントラルパーク。ごめん盛った、大学のキャンパス。実際そういう雰囲気に近付ける意図があるらしい。
一ノ瀬さんはあまり人が多いのはノーセンキューなのか少し居心地が悪そうだった。ここがセントラルパークだったとして、誰も居ない中、一人でポツンと座って読書に耽ける方が確かに様になってるような気がする。あれ、もしかしてこう思うのって失礼……? ビンタしていいよっ。
「むむむむっ……───むっ」
「お、あの集団は」
「有希ちゃんのお兄さんですか?」
「……?」
遠方に見覚えのあるサッカー部の連中を発見。たぶん俺じゃなくてもサッカー部ってわかると思う。謎のそれっぽさがあるよな。野球部の次にわかりやすい。ちなみに坊主で日焼けしてんのが野球部、坊主で色白が剣道部、髪があって細身で日焼けしてんのがテニス部。イケメンの集団を従えたヤンキー女がいれば生徒会だ。
「……わんこさんだー!」
「犬が歩いてる……」
中庭の道を闊歩すると、近くのベンチに座ってる女の子が俺に指を向けてキャッキャと喜んでいる。手を振ってあげると、嬉しそうに隣に座る私服の若めのお母さんに笑顔を向けていた。
へっへっへっ……どうやら今の俺は人気者らしい。ごめんな一ノ瀬さん、俺というスターの近くに居るせいでみんなから注目されちゃうな? まぁ希少種の犬でも連れて散歩してるとでも思ってくれ。最悪リード付けて良いから。
周囲の注目を集めて優越感に浸りつつ、佐々木に自慢してやろうとサッカー部の連中に近付く。そこで違和感に気付いた。
「なんだお前───って、確か……
佐城
だっけ。なんだその格好。エレクトリカルパレードかよ」
「あ、
須藤
」
佐々木と同じサッカー部一年の須藤。俺にとっては〝友達の友達〟くらいの感覚。何回か佐々木も居る場で喋ってる。特段、仲が良いわけでもないけど俺が夏川に付き纏ってた変な奴って事は理解してると思う。
「佐々木は? サッカー部のみんなと固まってると思ったんだけど」
「あいつなら………ハァ」
「……くそっ……」
「え、なに……?」
佐々木の名前を出すと、どこか疲れたようにため息を吐く須藤。横に居る喋った事の無い奴は悔しげに佐々木を嘆いた。他の連中もみんな同じ反応。え……なに、佐々木死んだの? 巨悪に立ち向かったものの敵わなくて無念に果ててしまったん?
「佐々木なら同じクラスの女子に連れてかれたよ」
「なにっ」
「───………」
特に妬みも無さげな一人が普通のトーンで教えてくれる。
思わず少年漫画の解説系キャラが敵の攻撃を初めて目の当たりにしたときのような声が出てしまった。この内側から湧き出る憎悪……どうやら俺もダークサイドに堕ちてしまうときが来たらしい。羨ましい。くそっ……。
「………なぁ、佐城ってモテんの?」
「え?」
「C組の夏川さんにフラれてたのは知ってっけど……何だかんだ女子とよく居るよな」
須藤の目線が俺の周りを見た。左隣には笹木さんが、右後ろでは一ノ瀬さんが俺の背中を盾にして隠れていた。や、まぁ、確かに今日は女子数人に対して男が俺一人っていう役得だけど、そもそもこれは笹木さんを案内するという名目があるわけで、決してモテているというわけじゃなくてですね……。
「ハァ……俺も何かコスプレしよっかな……」
「コスプレ言うな。着ぐるみと言え着ぐるみと」
別に俺自身を犬に近付けようとしたんじゃねぇから。ゆるキャラ的な狙いでC組の宣伝を兼ねて着てるだけだから。ちょっと遊園地ではしゃいでる感出ちゃってるのは否めないけど。
「──ねぇ、大丈夫?」
「ん……?」
須藤に向かって奇妙な冒険のポーズをしてると、さっき佐々木の行方を教えてくれた奴が須藤の後ろから覗き込んで来た。
「何が?」
「女の子一人、どっか行ったけど」
「え……?」
後ろを振り向くと、そこに有希ちゃんの姿は在らず。代わりに地面と深めのキスを決め込んだクレープの三角部が俺に銃口を向けていた。少しでも身動きを取ればボーロで撃ち抜かれそうだった。
「えっ、あれっ!? 有希ちゃん!?」
「い、居なくなってますっ……!」
「……っ………」
三人で辺りを見回すも、ちょうど人通りが多くなっていてよく分からない。しばらく辺りを見続けたものの、結局有希ちゃんの姿を捉えることはできなかった。
『───佐々木なら同じクラスの女子に連れてかれたよ』
「やべぇ!」
有希ちゃんはブラコンを自覚してもいるから狂気的に見えて冗談混じりの部分もあったと思う。でもクレープを落として向かうほどだから衝動的に動いたに違いない! やべぇ……こうなったときに有希ちゃんが何をやらかすか予測できない! だから佐々木の学校生活を定期報告する時も夏川の名前は一切出さなかったんだ!
「有希ちゃん探すぞ!」
「は、はいっ!」
「……っ……!」
◆
笹木さんや一ノ瀬さんを連れて走って有希ちゃんを探すには無理があった。一ノ瀬さんの体力面に気遣うのは当然として、笹木さんが走るとそれだけで対象年齢が15歳以上になる。真正面から3回くらい見た俺が言うんだから間違いない。
そんな事情もあって二手に分かれ、俺は一人で校内を走った。本来なら笹木さんを校内案内するのが目的だっただけに申し訳なく思う。でも、問題が起きかねない以上そっちを優先するしかなかった。
有希ちゃんなら執念で佐々木の元に辿り着くはず───そんな謎の確信があって佐々木を探した方が早いと思った。
あいつは女連れ───比較的カップルが回る場所に向かったのかもしれない。そう思って中庭近くのピロティーから生徒会室に通じる階段を駆け上がって家庭科室のある南棟に飛び込んだ。確かそっちじゃ『お絵かきクッキング』なんて出し物をしてたはず。紙に絵を書いて専用の機械に読み込ませると、その形のクッキーが勝手に焼き上がるらしい。柄も描けるとか。
近付くとクッキーの香ばしい匂いが漂って来た。やだ、何この良い匂い……佐々木の事なんて忘れそう。俺の犬としての本能がエサを求めてる。いま夏川から「伏せ」言われたら息をするように従ってしまいそう。
「───あっ」
聞こえたのはそんな一文字。窓の外から家庭科室の中に向けていた目を正面に向けると、あーんと口を開け、今まさに猫っぽい形のクッキーを口に運ぼうとしてる美少女と目が合った。クッキー、そこ代われ。