Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (168)
佐々木 ≒ ニコチン
「ひゃうううっ……!?」
「だ、大丈夫ですよー、よしよし……」
わんこの着ぐるみにも慣れて恥を忘れた頃、俺たちは三年生が出してるお化け屋敷に来ていた。さすがの恐怖演出に俺の可愛さなんて毛程の癒し効果も無いらしい。もはや笹木さんと一ノ瀬さんの後ろを付いて回るペットだった。わふん。
血塗れを装った木板がガタンと傾いて、一ノ瀬さんが小さな悲鳴を上げて笹木さんに抱き着く。対して笹木さんもどこかビクビクしながら、一ノ瀬さんの小柄な体を抱き締め返した。うしっ、そんじゃ次はペットの番ですかねっ。
「あの───」
「ゴポッ!?」
耳元から聞こえた声に本気でびっくりして目の前に飛び込む。思わず喉の奥から排水口みたいな音が出た。あっぶねぇ……あと一歩のところでマジで笹木さん達に抱き着くところだった……。
二重の意味でドキドキしながら後ろを振り返ると、平気で人を拷問できそうな眼の少女が立っていた。
「は? 失礼過ぎません? 何ですかその命乞いするような顔。そんな目で私を見ないでください」
「な、何だ有希ちゃんか……ほんとに出たかと思ったわ……」
「命乞いはしなくて大丈夫ですか?」
「生きたいワン」
二階、多目的ホール。普段は中庭に向かって眺めの良いガラス張りの窓になっていて明るいものの、お化け屋敷と化した今は薄暗い空間が広がっていた。『未来』をテーマにしているからか人による驚かしは少なく、人感センサーやトラップを駆使した作りになっていて中々面白い。たまに何らかの駆動音が聞こえるのが少し残念だけど、学生の出し物って考えるとかなりハイレベルに思えた。
文化祭実行委員を手伝った結果、その辺の裏事情を知っているから「ははっ、余裕だし」なんてぶっこいてたらコレだよ。お化け屋敷に有希ちゃん設置するとか三年生半端ねぇな。
「お兄ちゃん、範囲内に居ないんですけど……」
「何の範囲内だよ……」
スマホ画面を見ながら無表情で文句───文句? を言ってくる有希ちゃん。そんなの俺の知った事じゃないんだけど……。
「有希ちゃん、お化け屋敷怖くねぇの?」
「怖いです、お兄ちゃんが居ない。見てくださいこれ、脚が震えてます」
誰かっ、この中にお兄ちゃん役の方は居ませんかっ……! ブラコンを
拗
らせすぎたあまりに禁断症状が出てるんですっ……!
このどうしようもないブラコンに名も知らぬ年上の男からいきなり〝君のお兄ちゃんだよ〟と言われる恐怖を与えたい。や、ブラコンとか関係なく怖ぇな。お化け屋敷どころか昼間の通学路でも怖ぇだろ。有希ちゃんなら「そうだったんですね」なんて言いながら真顔でそいつに手錠かけてその辺のカーブミラーの柱に引っ掛けそう。
そもそもお化け屋敷でスマホを取り出すのが論外だ。三年の先輩方に失礼というもの。撮影しようものなら出禁待ったなし。これはさすがにアカンやで。
「スマホ見てないで、少しは楽しんだら──ん……?」
注意すると、有希ちゃんの後ろの道の脇にある苔むした岩の側から何がムクリと立ち上がった。全身を青タイツで覆った黒子だった。え、青タイツなん? 床がブルーシートで覆われてるから何となくわかるけど……それもう黒子じゃなくね? 一周回って怖いんだけど。
黒子は俺に人差し指を立ててシーッとすると、有希ちゃんの後ろ髪に見覚えのあるスプレーを近付ける。あれはッ……! 無臭タイプのエアサロンパスッ……!
黒子はエアサロンパスに一点集中型のノズルをセット! 飛沫が余計なとこに掛からず患部だけを冷やす効率性を実現! しかも湿布じゃないから剥がれて効果を失う事も無いから超安心! そう! エアサロンパスならね!
そこだッ……! やれぇッ!!
「そ、そもそもですねっ……私はお兄ちゃんと楽し──んぎゃっ!?」
「おぎゃッ!?」
「さ、佐城先輩……!?」
シュッ、というスプレー音と共に有希ちゃんが発泡スチロールが擦れるような鳴き声を上げて前に跳び出し、俺はパッツンアタックを顎に食らっておぎゃった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うおぅ……」
無いなった……? 俺の顎、無いなった?
なんて焦りつつ口をあむあむして顎が外れてないか確認。触ってみると確かにそこに顎はあった。感覚もあるし、どうやら外れてもいないらしい。良かった。
前を行っていた笹木さんと一ノ瀬さんが慌てて戻って来る。手を借りつつ前を見るとエアサロンパスの黒子は既に居なくなっていた。何だよそのプロ根性……絶対その辺の死角に四つん這いになって隠れてんだろ。
「有希ちゃんは……? パッツン大丈夫? ちゃんと水平線保ててる?」
「あ、あぅ………お、お化けっ……お兄ちゃんっ………」
「え、お化け……?」
思っていたのと違う反応。床に伏せる有希ちゃんは涙目でエア佐々木に手を伸ばし、助けを求めている。あれ……これもしかして余裕無さげな感じ? 有希ちゃんくらいになれば「お化け屋敷? こんな子供騙しの何が面白いんですか?」なんて言いながら襲いかかって来たゾンビ役を迎撃しそうなイメージだったんだけど。
「有希ちゃん……もしかして怖いんじゃないですかね……?」
「………」
笹木さんの言葉にわかるわかると何度も頷く一ノ瀬さん。二人とも妙に説得するような目で俺を見てくる。なるほど……有希ちゃんも人の子、つまりはそういう事か。なんだ、可愛いとこあるじゃんか。普段からそうやって弱みを見せていれば佐々木も素直に可愛がってくれるというのに。ここは最年長の俺が安心させてやるとしよう。
「有希ちゃん、ほら、さっさとお化け屋敷から出て佐々木に会いに行こっか」
「触らないでください」
ペチン。そんな音と共に俺の手は弾かれ、有希ちゃんはまるで何も無かったかのように立ち上がって歩き始めた。ははっ、何だ元気じゃねぇか。
「コォォォ……」
「あのっ……佐城先輩、そのっ……」
「……っ………」
練り上がった氣が
功夫
となって俺の内なる力を呼び覚ます。人を──いや犬を捨て、修羅に生きようと覚醒しようとしたところで視界に慌てた様子でわたわたしてる一ノ瀬さんの姿が写った。大型犬に
躾
を教える幼女の姿が浮かんだ。
何か笹木さんも申し訳なさそうにしてるし……そんな顔を見てしまったら怒るに怒れない。
「はぁ……ま、ご機嫌取ろうとするだけ無駄か」
ブラコン過ぎる有希ちゃんとクーデレだという有希ちゃん。二面性があるって事は裏表があるって事だ。誰かに隠したい顔があるのは外聞を気にしてる証拠。佐々木だけが全てじゃないって事だ。さっき見せた〝弱み〟は有希ちゃんにとって失敗だったのかもしれない。年上に甘えるには俺じゃ役者不足だったらしい。まぁ有希ちゃんならそうだわな……納得したわ。
「早くお兄さんに会わせてあげたいですね……」
「笹木さんがそういうなら……優先するか」
本当なら笹木さんを案内がてら楽しませるのが目的だったけど、本人が有希ちゃんを心配するならやむを得まい。俺が有希ちゃんの機嫌を取れるとは思えないし、付き合うとするかね。
◆
「次は校庭行こっか。出店やってるし、ついでに昼とろうぜ」
「……あ、たい焼き」
「俺はクレープかな。色んな味があるらしい」
廊下の端で文化祭向けの校内マップを広げて話す。笹木さんと一ノ瀬さんが自分の分を広げるわけでもなく、両サイドから俺の手元を覗き込んで来るからちょっとドキドキする。一ノ瀬さんはたい焼きの出店を見つけてテンションが上がったのか、マップを持つわんこな俺の前腕に両手をかけて見ていた。やめな……? 惚れるぜ?
一方で正面でムスッとして腕を組んで人差し指をトントンさせてる有希ちゃん。時間が経つ度に感情的になっていくな……長時間タバコ吸ってない喫煙家かよ。佐々木の依存性どうなってんの。
「佐々木も居るかもな。サッカー部の連中で回るっつってたから大所帯だろうし、校舎内よりかは外にいるだろ」
「む……!」
文化祭の出し物なんて本来は来校者向けであって、在校生で楽しむもんでもないからな。男子なんかはそれらを楽しむより〝文化祭の日に集まって騒ぐ〟のが醍醐味だろうし、校舎の外のその辺に座ってダベってそうだ。
ド田舎の何も無い場所を長時間歩いてコンビニを見つけて「やった……! タバコが買える!」と言わんばかりに目を輝かせて顔を上げる有希ちゃん。とても中三とは思えない。そもそも佐々木に似て背だけなら夏川より高いからな。黙っていれば全然サバ読めそう。
「……良いでしょう。佐城さんの意見を支持します」
「お手並み拝見、てところか……」
「腕がなりますねっ……!」
「たい焼き……」
行くワン。