Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (178)
納得の仕方
佐々木
くんが
渉
に真面目に聞いてくれるよう求める。渉が『そこそこ真面目に言ったつもりだったんだけどな』と言うと、佐々木くんはガックリと肩を落とした。『そっかぁ……』と漏れた声は何だか実感がこもっている。何か妹さんの話について心当たりはあったみたいだ。
『まぁ……それは二の次だ』
佐々木くんは起き上がって、また渉に真剣な目を向ける。そんな佐々木くんを見ないまま、渉は手の上の飲み物を転がしながら答えた。
『単に
斎藤
さんを受け入れたわけじゃなさそうだな。ちょっと見直したわ。何だこいつって思ってたし』
『いや、そもそもまだ付き合ってないんだ』
『は? 付き合ったんじゃねぇの? 教室で仲良さげに話してたじゃん』
『あれはっ──…………』
佐々木くんが口ごもる。
私も渉と同じ疑問を抱いた。佐々木くんが斎藤さんから告白されたのが今日の昼とするなら、教室で犬の恰好をした佐々木くんと斎藤さんが話していたのはもう文化祭初日の片付けが終わった頃の話だ。お互いに想いを告げ合った後でそんな事ができるなら、佐々木くんは斎藤さんを受け入れたのだと考えるのが自然だ。
それとは別に渉の言葉も気になる。まるで佐々木くんが斎藤さんと付き合う事があまり良くないみたいな事を言わなかっただろうか。単に
妬
みでそんな事を言ったと考えると、胸の内が冷たくなって行くような気がした。
『…………保留、させてもらったんだ。考えさせてくれって……』
「え……」
佐々木くんの言葉に驚く。好きな人に想いを告げるには勇気が必要だろう。それこそ本人にとっては一世一代と言っても過言ではないはず。それを、保留にした……?
受け入れてもらえるか分からない、もしかすると、拒絶されるんじゃないかとずっと怯え続けているかもしれない。そんな状態で、あの時の斎藤さんは教室で佐々木くんの元に向かい、
気丈
に振る舞ったと言うのだろうか。もしかすると告白の場で拒まれた方が楽になれたかもしれない。
斎藤さんの事を思うと、胸をギュッと締め付けられるような気持ちになった。
初めて佐々木くんに対して納得できない気持ちが湧き上がる。でも、渉の奥に見える佐々木くんの深刻そうな横顔を見て、こみ上がってきた熱は直ぐに無くなった。どうして彼はあんな顔をしているのだろう。
「…………」
圭は黙ったままだ。上からだと表情が読めない。眠ってはいないだろうし、たぶん、あの二人のやり取りを真剣に聞いているのだろう。
『……ほーん』
渉はただ、そう言って上体を後ろに傾けた。非難するような声色じゃない。それにどこか納得するように言っていたようにも思えた。言葉の割に、おどけるような印象はまったく受けない。
何か特別な事情があるのかもしれない。どれだけ感情が揺れ動こうと、佐々木くんの事情や気持ちは佐々木くんにしか分からない。私がどれだけ義憤に駆られようと、どうせここから二人の前に飛び出すことはできないのだ。渉や圭みたいに、静かに耳を傾ける事にした。
『まず、何でフラなかった? それから教えてくれよ。正直、保留にした事すら意外だわ』
『……』
「……」
渉があんな事を言ったのには何か理由がある。あの当然のような口振りと、それを受けた佐々木くんの反応を見てそう確信した。何か、あの二人の間でしか共有し合っていない事があるんだろう。圭ではないけれど、少しあの関係性を羨ましく思えた。
『だって佐々木、お前は───』
『佐城、いいんだ』
『……は?』
『もう、いいんだ。それは』
『は?』
二度目の聞き返しは少し険のある声だった。信じられないと言いたげな目が佐々木くんに向けられる。どうやら怒ってはいなさそうだ。どちらかと言えば困惑に近いようだった。
『……何でだ? もしかして、俺が知らないうちに告って──』
『いや、告白してない』
『……』
毅然と言う佐々木くんに渉は肩を
竦
める。反応に困っているようだった。
また〝告白〟というワードが出てきた。しかも聞く限りじゃ、それは佐々木くんと斎藤さんの間の話では無いらしい。斎藤さんとは別の女の子の話をしている。察するに、佐々木くんは斎藤さんから告白される前からずっと好きだった女の子が居たらしい。だけど、もう諦めた、と。
「……愛ち」
「ううん。ちょっと、体勢に疲れただけ」
張り付いていた壁から離れ、圭の後ろに座り込む。思わず自分を守るように膝を抱いてしまったのは、自分にもどこかで似たような覚えがあるからだろうか。
『スッキリできてんのか、それ』
『できてるよ』
『俺はかつて夏川に自分の気持ちを嫌というほど伝えた。その上で駄目だった。だからこそ納得できた。だからこそ、今の関係性がある』
「──ッ……!」
急に出て来た自分の名前に心臓が跳ねた。おそらく、今の渉の嘘偽りない気持ちだった。
かつて学校からの帰り道に同じ中学だった女の子と遭遇したとき、渉は私との関係を『終わった』と言い表した。けれど、そこに渉自身の気持ちが含まれていたようには思えなかった。
あれを聞いて、終わったならまた始めれば良いなんて安易な考えは出来なかった。かつて私が渉を拒絶し続けた日々は、もしかすると渉の心に深い傷を残し、今もその痛みを与え続けている可能性すらあるからだ。
けれど、渉は私と接していても何も言わなかった。だからこそ、深刻に考えるのが怖かった。拒絶しかして来なかった私には渉の分からないところが多すぎる。表面上では普通に見えても、心の中では悲鳴を上げていたかもしれない。どこか恐る恐る話しかけてしまう私に、渉の深いところにまで踏み込む勇気はまだ無かった。
でも、渉は納得できていた。
その事実が、胸の奥にある棘を一つ引き抜いたような気がした。チクリとした痛みがある。でも、それは忘れてはならない痛みのように思えた。
『あの頃の俺が、何も伝えないまま納得できていたとは思えない。同じように、今のお前も』
『だったら佐城は、俺とお前の違いを考えるべきだ』
『違い……?』
『その時、お前には
恋敵
が居たか? 自分よりも先に夏川の事を好きになって、一途に想っている奴が近くに居たか? 少なくとも、俺は入学した時からそれをまざまざと見せ付けられてた』
『ぐっ……!』
渉が分かりやすく狼狽えるような声を発した。覗いてみると、渉は当時のことを思い出したのか少し顔を赤くしていた。思わず私まで顔が熱くなってしまう。当時の渉は歯の浮くようなセリフばかりを口にしていた。今の渉と比べると考えられない。誰にも見られていないのをいい事に、両手で顔を扇ぐ。
『そういう事だよ。俺と佐城の違いはそこだ。俺の場合はそこに付け入るような隙が無いことに気付いてしまった』
『いやそんな事は──』
『あるんだよ。俺が思ったからそうなんだ。佐城に言われることじゃない。───だからこそ、俺は納得できたし、もはやスッキリしてる』
『……』
恥ずかしいけど、確かにそうだ。渉の恋愛と佐々木くんの恋愛は全く別のもの。好きな人に対する区切りの付け方に正解はない、と思う。きっと佐々木くんが好きだった人は今頃その恋敵さんから大切にされ、また、その想いに応えているんだろう。
『どうだ、何か文句あるか?』
『…………あるけど、ねぇよ』
『どっちだよっ』
渉のちぐはぐな答え。佐々木くんはくしゃりとした笑みで渉の肩を叩きつつ、ツッコんだ。相談を持ち掛けているのは佐々木くんのはずなのに、何故か渉が慰められているような空気になっていた。
「──愛ちは、納得できてる?」
「え……」
「さじょっちとのこと」
「……」
小声の圭は、四つん這いのまま後ろに立つ私に振り返って訊いてきた。きっと、圭も渉や佐々木くんの話を聞いて思うところがあったのだろう。何故なら、私と渉を間近で見て来たから。
答えはすでに出ている───納得できていない。
原因は私の
天邪鬼
な性格だ。当時は何でどうしてと混乱してたけど、今ならわかる。あの頃の私は渉を見ようとしなかった。いつ渉から愛想を尽かされてもおかしくはなかった。自分で拒絶しておきながら、離れて行くその背中に手を伸ばしてしまうなんて、どう考えても我儘なだけだ。
そしてそれは今もまだ変わっていない。自分のこの手が今、引っ込んでいるようにはとても思えない。一度だけ届いたその背中は温かく、あの感触を忘れるにはあまりにも心地よすぎた。
「──そっか」
恥じるように首を振ると、圭は面白がるように笑った。