Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (179)
拒めぬ理由
『とりあえず、お前に心境の変化があったことは理解した。きっと
斎藤
さんへの返事を保留にしたのもそれが関係してるんだろうな。そうに決まってる。俺は頭が良いから分かるんだ』
『何に張り合ってるんだお前は…………別に間違ってないけど』
少し真面目な会話から一転、おどけながら話を進めようとする渉。よく見ると右手が後頭部に行っている。あれは渉が何かを誤魔化したり紛らわしたりするときの仕草だ。きっとさっきまでの流れの中に気恥ずかしいものがあったのだろう───私と同じで。
佐々木くんは溜め息を
吐
くと、顔にあたる西日を避けるように前を向いた。渉がホッとしたように体から力を抜いたのが分かった。何故だろう、すごく気持ちがわかる。
『佐城はどうか知らないけどさ───諦めたって、別に気持ちが冷めるわけじゃないんだな』
『あ……?』
『俺が諦めた理由は気持ちが冷めたからじゃない。もっと別の理由だ。だから、別の人を好きになるなんて当分は先の話だと思ってた。いや、今ですらそう思ってる』
『…………お前』
渉は佐々木くんを
一瞥
すると、苦虫を噛み潰したような顔で俯いた。聞くに
堪
えないと言った様子だ。痛みすら覚えているかのような表情に、その心を察することすら
憚
られた。渉も佐々木くんと似たような気持ちを抱いているのだろうか。そう考えると、嬉しく思いつつもギュッと胸を締め付けられる思いになった。
『斎藤さんから呼び出されたときも同じだった。この文化祭というイベントの中で、斎藤さんが俺を呼び出して何をしようとしているかは何となく想像できた。自意識過剰なんじゃないかと思いながらも、馬鹿みたいに嬉しくなって、期待して、もし告白されたらどう断ろうか考えてた』
『……』
『何だよ黙って。最低だろ?』
『……付き合うつもりが無かろうと、男なら舞い上がってそうなるだろ』
『最低だな、お前』
『殺すぞ』
乱暴な言葉の応酬。だけど二人に険悪な雰囲気は無く、むしろ佐々木くんは渉を罵りながらもどこか自嘲するように笑っていた。誘うように尋ねた言葉はまるで『俺を叱ってくれ』とでも言っているようだった。
理性と感情がぶつかり合うことで生まれる、矛盾した二つの自分。自らの首を絞めているかのような窮屈さ。感情のままに在れたらどれだけ良いかと考える冷静な自分。その名状し難い感覚には覚えがある。渉はああ言ったけど、男の子だからと〝最低〟の二文字で一括りにするのは違うような気がした。状況は違えど、男の子じゃない私にも身に覚えがあるから。
『───けど、斎藤さんの真っ直ぐな目と真剣な言葉で、その考えは変わった』
『あん?』
『手が、脚が、瞳が、全部震えてた。それでも斎藤さんは勇気を振り絞ってちゃんと言ってくれた。何で俺の事を好きになってくれたのか。俺とどうなって行きたいのか』
『……』
『自分はこんな事に自信が無い、こういう事が苦手だ。だけど、俺の事を想ってくれる気持ちは誰にも負けないって───』
『ちょ、ちょっと待て……待て待て待て待て』
『何だよ』
『何だよじゃねぇ』
口元をヒクヒクとさせながら渉が佐々木くんを止めた。正直なところ私にとってもありがたかった。少し落ち着かせて欲しい。胸がドキドキして堪らない。下を見ると、圭も分かりやすく顔を赤くしていた。
佐々木くんのあまりにも詳細な情景説明に斎藤さんの
健気
さが簡単に目に浮かぶ。圭ほど仲の良い人じゃないけど、今なら全力で斎藤さんを抱き締められるような気がした。できればお茶とお菓子を用意して圭とキャーキャー言いながら聞きたかった。そもそもこれは渉すらも聞いて良い話だったのだろうか。
『OKしなかった割には細かく憶えてるじゃねぇの……何なのお前、自慢したいの? 俺にとっちゃここ一番の暴力なんだけど』
『違う、最後まで聞け』
『何だよ……新しい拷問かよ……これ以上俺に何を求めるっつんだよ……』
青筋を立てながら泣きそうになってる渉を見て、大き過ぎる鼓動が少し
和
らいだ。こんな状況じゃなければじっくりと聞きたいと思う佐々木くんの恋愛話は、渉にとっては苦痛に感じるようだった。これは性別の違いなのだろうか。もしあの場所に私が堂々と居れたなら、佐々木くんに遠慮なく質問をぶつけていたかもしれない。
『傷心気味で少し枯れかけてた俺だけど、斎藤さんの真っ直ぐな気持ちに心を突き動かされたのは確かだった』
『そうか』
『嬉しかった。こんなにも俺の事を想ってくれるなんて』
『ほう』
『でも──だからといって斎藤さんが俺にとって特別な存在になったわけじゃないんだ』
『何なのお前』
『わかるだろ?』
『わかんねぇよ!
生憎
とそんな告白は一度だってされたこと無いんでねッ!』
「さ、さじょっち……」
よよよ、と繕うような声で圭が泣きマネをした。渉の叫びはあまりにも内容が悲しすぎた。それと同時に無性に居たたまれない気持ちになった。正直、渉の事を見ようともしなかった私には耳も胸も痛すぎる。窓の反射か、私には佐々木くんに後光が差してるように見えた。
『それでも……俺はあんな子を傷付けたくないし、できる事なら応えてやりたいんだよ……』
『だったらOKすりゃ良かっただろ』
『そう単純な話じゃないだろ。あそこまで真剣に告白させといて、好きでもないのに付き合うとか失礼だろ』
『…………だから、保留にしたと?』
『……』
渉の呆れるような言葉に佐々木くんは黙ったままコクリと頷く。眉尻を下げた渉は二の句が継げないようだった。さっきまでの聴く姿勢とは一転、今はいかにも面倒そうに口元を歪めていた。何もそこまで邪険にしなくても……。
『……それが何で俺に相談する事になるんだよ。人選ミスにも程があるだろ……』
『俺の周りで恋愛経験あるのなんて佐城くらいなんだよ』
『恋愛は恋愛でも失恋しか
無
ぇけど? よりにもよって全戦全敗の奴を選ぶなよ……』
『それでもお前は真剣だっただろ……頼むよ』
『お前な……』
うっ……となって少しだけ呼吸が止まる。あの頃の私が渉を拒んだ理由に嘘偽りは無かったけれど、こうして渉が自分を卑下するように言うと無性に罪悪感のようなものが湧いてくる。
少し歯を食いしばりながら聞いてると、圭が四つん這いのまま見上げてきた。
「愛ち……どう思う?」
「…………その、できれば……斎藤さんと結ばれてほしい」
「だよねぇ……」
女としての
性
なのか、一途な女の子は応援したいと思うし、幸せになってほしいと思う。だけど今の佐々木くんは斎藤さんに恋愛感情は抱いていなくて……きっと、このまま付き合っても佐々木くんはその本心を隠し続けるのだろう。今のままだと斎藤さんは本当の意味で幸せになれない。そもそも佐々木くんの初恋の相手が誰なのかも知らない。
ただ、話を聞く限りだと佐々木くんはそれをどうにかするために渉に相談しているのだと思った。きっと、渉が思っている以上に
藁
にも
縋
る思いで頭を下げているのだろう。
佐々木くんには初恋の人が居て、ちょうど諦めたところで斎藤さんに想いを告げられた。断ろうとしたら心を揺り動かされ、その気持ちに応えたいと思ってしまった。だけど斎藤さんの事を特別視するには突然過ぎたし、きっとタイミングも良くなかったのだろう。そんな状態で受け入れるのは、真剣な相手に失礼なのではないかと。
難しい問題だ。佐々木くんにしても斎藤さんにしても、ただ応援しているだけじゃ解決はしない。渉はどうするのだろう……できれば、力になってあげてほしい。
『……』
はぁ、と溜め息を
吐
いた渉は少し上を見上げながら何かを考え始めた。佐々木くんや私たちが難しく考えているのに対し、あまり深刻そうな表情じゃない。まるで昨日の夕飯を問われて思い出しているかのような、そんな顔だった。やっぱり、渉はそこまで真剣に考えていないのだろうか。
もし、渉の中で一つの恋愛だけでなく、〝恋愛〟という概念そのものへの関心が無くなってしまっているのだとしたら。それを奪ってしまったのはいったい誰なのだろう。そんなことは深く考えるまでもなかった。自分の真剣な気持ちに寄り添ってくれない寂しさは今こうして佐々木くんを客観視することで強く理解した。渉は、あの時の私のようになってしまったのだろうか。
棘は抜けたはずなのに、痛みが
止
まない。
『──付き合ってやりゃ良いんだよ』
そっと渉から目を背けた直後、耳に伝わって来た声に、迷いや真剣さは感じなかった。