Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (180)
告白する側
『付き合ってやりゃ良いんだよ』
できれば
佐々木
くんには
斎藤
さんを受け入れてほしい──そう思ってはいたけれど、特別な感情も抱いていないのに付き合うべきではないのではないかと言う佐々木くんの気持ちも理解できた。これは間違いなく難しい問題──そのはずなのに、
渉
はいたって普通の調子でそう言った。
「……」
「……」
思わず下唇を噛む。渉の言葉は別に喋ってもいない私たちすら黙らせた。どうしてそうなったか理由はよく分からない。佐々木くんの話を深刻に受け止めない事に対する失望か、それとも斎藤さんへ恋心を持たない佐々木くんに対する答えの方か。二人が結ばれるのは私や
圭
だって望んでるはずなのに、何故か納得できない感情が一抹の染みのように胸に残る。
『なっ……! お前っ……話聞いてたか!? 俺は別に斎藤さんの事を恋愛対象として見てないんだぞ!?』
『普通の事だろ、そんなの』
『…………え?』
「え……」
渉は即答した。私が難しい問題だと思った佐々木くんの気持ちは、渉にとっては当たり前だったらしい。
その断言を聞いて理解した。きっと、渉は自分の中に確固たる恋愛観を持っているんだ。佐々木くんの悩みはその恋愛観に照らし合わせると簡単に答えが出るものだった。だから、渉は深刻に考えるまでもなかったのだと思う。
納得できない気持ちが
払拭
されるのと引き換えに、渉の考えに興味が湧いた。私の知らない世界。知り得ることができたはずなのに、気付かないまま通り過ぎてしまった世界。これを聞き逃すと、もう二度と理解できないような気がした。
『常識の話をするぞ。お前、世の中に両想いから始まるカップルがどれだけ居ると思うよ?』
『両、想い……?』
『そう、両想い』
両想い。恋愛の完成系。誰かを想う道筋の中で、おそらくそれはゴールとなるもの。ただその境地に憧れを抱くばかりで、深く考えた事すら無かった。
『どちらかと言えば……少ない方なんじゃないか?』
『だろ?』
目から鱗が落ちるような気持ちになる。言われてみれば、私の中で『カップルは両想いでなければならない』という考え方が当たり前になっていたかもしれない。実際にその考え方が正しいとするなら、恋愛に対するハードルが高すぎると今気付いた。
『告白は言わば〝お願い〟だ。自分と付き合ってくださいって頭を下げる。自分とカップルになってくださいってお願いする。それって、自分が〝片想いしている〟って自覚があるからするものだろ?』
『で、でもっ……両想いだってするかもしれないだろ?』
『そこにあるのは〝両想いであってほしい〟という期待だけだ。両想いだと分かってるなら告白するのに勇気なんて要らないし〝そろそろ付き合おっか〟的な提案で済む。カップルっていう形を作るための手続きみたいなもんだろ。当たり前なんだよ、お前が斎藤さんを普通の女子としか思えないのも』
『……っ……』
佐々木くんは物言いたげな顔をするものの口をパクパクとさせるだけだった。何か言い返そうとしたけど、何も思い付かなかったみたいだ。
答えを出した渉に対して佐々木くんが納得したようには見えない。佐々木くんはしばらく目を泳がせると、ようやく渉に言葉を返した。
『それが常識だから……俺に斎藤さんと付き合えって? 斎藤さんが勇気を出して、震えてまでしてくれた告白も、ただの常識だから気にせず付き合えって言ってるのか……?』
『そこまで言ってねぇよ』
『言ってるだろ!』
『お前な……恋愛の先輩である俺に教えてもらいたいから相談してるんじゃないのかよ』
怒気の溢れる佐々木くんの声。渉は困ったように眉尻を下げて、鼻息が荒くなる佐々木くんの肩を掴んで『話を聞け』と止める。
斎藤さんの
健気
さに心を突き動かされた佐々木くんにとって、それを
情緒
の無い常識で語られるのは我慢ならなかったのだろう。実際、私も話を聞いててどこか寂しさを感じた。渉の中の恋愛観が、まさかそんな理屈の積み重ねで出来上がっているとは思わなかったから。
『あのな、勘違いしてるかもしれないけど俺は〝斎藤さん側〟だからな。〝告白される側〟の優雅な視点で話してないし、そもそも話せないからな』
『〝斎藤さん側〟だって……? お前、あれで斎藤さんの立場になって話してたつもりなのか?』
『そうだよ。少なくとも〝告白する側〟の中には勝ち負けが存在する。相手と付き合う事ができれば勝ち。それができなかったら負けなんだよ。都合の良い感情だけで告白しても痛い目を見るだけだ。これは斎藤さんだって同じこと。男も女も関係ない。そもそも惚れてしまった時点で圧倒的に立場が弱いんだよ』
『……』
『惚れた方には権利がない。相手に〝何となく〟なんて理由でフラれたところでちゃんとした理由を求める事もできない。こっ
酷
くフラれたところで文句を言うこともできない。当然だよな、自分の都合を押し付けて、そのうえ呼び付けてまで勝手に告白してる立場なんだから』
苛立っているわけではなく、しかし怒涛の勢いで話す渉に佐々木くんは話を聞くことしか出来なさそうだった。それは私も同じ。告白する側がどんな気持ちで相手と向き合うかなんて、実際にその立場になってみないと分からないのだから。
常識、手続き、勝敗──およそ恋愛感情とは無縁そうな言葉が登場したのは、実際に渉が〝告白する側〟を経験して培って来た価値観なのだろう。つまり、今同じ立場に立っている斎藤さんも同じ事を思ってるかもしれないし、これから思い知る事になるかもしれない。
『〝付き合ってやりゃいい〟なんてぞんざいな言葉を使ったのは、実際にそれだけ斎藤さんの立場が弱いからだよ。それだけ今のお前は斎藤さんをどうにでもできる立場に居る』
『俺はそんなことしない!』
『でも、きっと斎藤さんは覚悟してたはずだ』
『……っ……!』
渉の口ぶりからすると、斎藤さんは告白するにあたって自分が佐々木くんの事を理解し尽くしているなんて思っていなかっただろう。もしかすると、告白の場で有りもしない佐々木くんの裏の顔を見る事になる可能性だって考えていたはずだ。それを理解したうえで、佐々木くんに告白した……?
渉は最初、恋愛を味気ない常識で語った。それに対して斎藤さんの身になって、恋心の上に成り立つ身勝手さをものともしない強い覚悟を
滲
ませた。この前後の
起伏
が両方とも恋愛というものの中に混在するのだとしたら──片想いで成り立つカップルが存在しないと、あまりにも無慈悲すぎる。
『──そんな中で斎藤さんは佐々木を悩ませ、〝保留〟の二文字を引き出した』
『……』
『しかもそれを
宣
った本人は自分の事を想って真剣に考え、人に相談してまで決断しようとしてくれてる』
佐々木くんがやっていること。それは即ち、私が成し得なかったこと。実際、誰かに想いを告げる立場は弱いのだろう。渉はそれを跳ね除けるように何度も何度も繰り返していたけれど、それでも、最初の一回は斎藤さんと同じ気持ちを抱いていたかもしれない。私はそれを〝興味がない〟の一言で片付けた。強い立場だった私は確かに正しい拒み方をしたのだろう。だけど──
『──こんな幸せな事があるかよ、くそ羨ましい』
あの頃の渉の幻影は、私に容赦なく銃口を突き付ける。
痛みの連続だ。この右手を胸から離してしまえば、本当に血が溢れ出てしまうような、そんな錯覚がする。
「えっと、愛ち……」
「うん……ごめん」
床に座り込もうとして、足が四つん這いで向こうを覗く圭の足先に当たってしまう。壁際を滑る背中を斜めに落として、胸の前で膝を抱えた。そうやって胸を塞がないと堪えられそうにもなかった。
『佐城、その──』
『いい。ただの
妬
みだよ。斎藤さんに対する、な』
『……』
当然、渉が斎藤さんを妬んだのは佐々木くんに想われたからじゃないはず。だとするなら、その真意は斎藤さんが告白の形を理想に近付けた事にある。弱い立場でありながら相手の心を震わせ、真剣に想われるということ。そこに羨望の念を抱かずにはいられなかったのだろう。私にそれを
窘
める権利があるとしても、きっと口が裂けても言うことはできないだろう。
『ただ告白されただけのお前がそこまで悩むことができるなら、斎藤さんを本当の意味で好きになる事だってできるだろ。そしてそれは付き合ってからでも別に遅くない。別に、永遠を誓うわけじゃねぇんだから』
『佐城……』
『付き合ってやりゃ良いんだよ』
床を見つめる私に渉の表情を窺い知る事は出来ない。だけど、繰り返された言葉がさっきと同じ声だった事から察するに、きっと表情もさっきと同じなのだろう。過去を過去として認識し、それを経験として昇華させているのだから、今さら何か変わることもないのだと思う。
何も変わらなかったのは、ただそれだけだった。