Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (181)
二人の行く末
秋だなぁ、と初めて実感するのはいつも十月半ばだ。これを理解していなかった中学の最初の年はまだ衣替えもせず、鳥肌で
逆
だった腕毛で空気を撫でながら歩いていた。小学校の頃、真冬に半袖半ズボンで毎日学校に来てたドッジボール少年もいい加減理解できているだろう。
「おー、
佐城
。お前手ぶらかよ」
「だって何も要らねぇじゃん」
「良いよなー、帰宅部は」
「うるせ」
暖かい季節から一転、黒々しい色味の制服を眺めながら教室に入ると、挨拶代わりのジャブを食らった。イベントの騒々しさに紛れて学校に荷物を置きっ放しにするくらいワケないのだ。
時計を見るとのんびりしすぎたのか、学校に着いた時間はいつもより遅めだった。まぁ文化祭だし、直前でも間に合えば問題なし。涼しい朝を何の荷物も無く歩くのはちょっと楽しかった。
「おっすおっす」
「あ、さじょっちじゃん。どしたの?」
「登校だけど?」
「うんうん」
「?」
朝学校に来て、自分の教室に向かう。そんな当たり前の流れに疑問を呈した理由は何だ。
そう思って見返すも、
芦田
は納得したように頷いて顔の向きを元に戻した。言葉と視線でペタペタと触られたような感覚だ。なんだこいつ、ついに遠隔で陽キャムーブ出来るようになったのか。あと一段階くらい成長を残していそうだ。
「……お、おはよ」
「ん。ああ、おはよ……」
順当な流れで芦田の前に居た
夏川
に顔を向けると、この上なくぎこちない様子で挨拶された。つられて俺の言葉尻も弱くなってしまう。これはあれかな? 「今さら普通に顔合わせて話せると思うなよ」という意思表示かな? 今ならそこの窓から空飛べる気がする。
───なんてね。優しい夏川がそんなこと考えるわけないし。おおかた、体調だったり寝不足だったり女子的な都合だったりデリケートな何かがあるんだろう。これは気付かないふりしていつもの感じで接するのが正解。さすが俺、今日もデリカシーあるぜ!
「…………」
「…………うん?」
あ、あれ? もしかして違う?
今の夏川は周囲に言わせれば落ち着かなそうにそわそわとしているように見えるだろう。しかし俺に言わせればしゃなりしゃなり。その品格に満ちた仕草はひとたび歩き出せば教室が一段高いステージへと早変わりして見えるに違いない。もしかして様子がおかしいのは俺の方では……?
「最初はどこ回る?」
「出店! スイーツ!」
「朝から?」
「朝から!」
裏ポケットから取り出した文化祭のパンフレットを見ながら尋ねると、芦田が手を挙げてぴょんぴょん跳ねながら希望を言う。どうやらバレー部期待のホープは体重増加に対する恐怖心が無いらしい。同じ高校生ながらに「若ぇ」という感想が生まれた。男の俺でも気を付けているというのに。帰宅部だからだけど。
「夏川はオッケー?」
「う、うん……」
「髪切った?」
「えっ? 切ってないけど……」
「今テキトーに言ったでしょ」
そもそも俺のセンサーが夏川の変化を見逃すわけがない件について。髪を切ってない事くらいは最初からわかってた。まぁ俺のセンサーが鈍っていたとして? 夏川の新たな魅力を見逃してたら嫌だし? 一応ね? や、そもそも鈍ってなんかないんだけどね?
「ど、どこか変?」
「そうだなぁ……」
「や、何でいま探すの」
合法的に夏川を見つめるチャンス。これを逃す手は無い。
最近は席が前後したせいか目の保養ができていない。や、決して夏川の近くに慣れたことが嬉しくないわけじゃないんだけど。今までの習慣だったからさ……我ながらキモすぎるな。
相変わらずしゃなりしゃなりする夏川に目を合わせると、逃げるように視線を逸らされた。どうやら俺の瞳は覗いてしまうだけで意図せず継続ダメージを与えてしまう効果があるらしい。やめよう、泣きたくなってきた。
「…………ん?」
「え?」
「あ、いや、何でも」
「えっ、なに? 気になるじゃないっ……」
「いやいや、何でもないから」
ふと夏川の口元から照りを感じた。見ると、唇がいつも以上に潤っている。リップクリームを付け始めたんだろう。それに気付いただけでも中々の気持ち悪さだというのに、「あ、今日からリップ塗ってんだ?」なんてどうして言えようか。
「ひぃっ……!?」とか言われそう。
「お、おかしくないよね? 」
「えー? どこもおかしくないよー」
「……」
「や、ごめんって。大丈夫、今日も可愛いから」
「……っ………なによ……」
折りたたみの手鏡と芦田の目視でダブルチェックまで済ませた夏川は恨みがましい目で俺を見上げて来た。もしかすると誤魔化すのは悪手だったかもしれない。
そう思って褒めたものの、ぽしょりと文句を言われてそっぽを向かれてしまった。変にチャラ男みたいなセリフ言ってしまったな……嘘は言ってないんだけど。
「───じゃ、最初は
映
えるスイーツ片手に一枚撮ろうぜ」
「えー、そこさじょっちも入んの」
「目は黒い線で潰して良いから」
「犯罪者じゃん」
俺らの中じゃ比較的SNSに
浸
かりがちの芦田。クラスの九割のフォロワーを持つこいつのタイムラインにどうやら俺は出禁らしい。正直、俺も女子のそういうものに男の影なんか無いに越したことはないとは思ってる。ごめん、カメラマンは任せて。へその位置で撮るんだよな、知ってる。
昨日は
一ノ瀬
さんや
笹木
さんとクレープ食べたし、今日は別のスイーツを食べよう。
有希
ちゃん? それは一体どういった概念で?
粉物は何故か包装が紙だったし、カップで持てるやつが良いな。ていうか俺は別に唐揚げとかでいいや。どうせ芦田のタイムライン出禁だし。
パンフレットの出店一覧に視線を
彷徨
わせていると、芦田からじっと見られている事に気付いた。こいつが時おり寄越してくる意味深な視線は何なの。
「……何だよ」
「や、ずいぶん楽しそうだなーと思って。だって昨日のうちに一ノ瀬ちゃん達と一通り楽しんでたじゃん?」
「ええ? 別に今日も楽しめば良いじゃんよ」
「あ、うん……そだよね」
「ちょっと、圭……」
「……?」
何だ……? 芦田に限らず、夏川からもどこか顔色を窺われているような…………もしかして俺の方が顔におかしいところあるとか? 鼻毛は大丈夫なはず。何気に毎朝顔洗う時に見てるから。じゃあ顔の造形かな? やかましいわ。
「くすっ……何でもないわよ」
「え?」
言われて視線を上げると、夏川が口元に手を当てて笑っていた。俺が顔をぐにぐにと触る様が余程おかしかったと見える。意趣返しかな? 冷静に考えると馬鹿みたいな事してるな……これで何が良くなるっつんだよ。イケメンになるわけでもあるめぇし。恥ずかしくなってきた……。
『──さ、斎藤さん』
「!」
賑わう教室のどこからか聞こえて来た声に思わず体が固まる。いつもなら聞きたくもないほど憎たらしい声なのに、今は何故か耳に意識を集中するほど音を拾おうとしていた。漫画だったら俺の耳はひと回り大きくなっている事だろう。
佐々木
は
斎藤
さんとの一件に関して俺から注目されるのを気にするはずだ。バレたら後で文句言われそうだし、ここはあまり見ないようにしよう。
『佐々木くん……』
『その……今日、時間あるかな……』
明るい外の景色を挟んだ窓ガラスはあまり内側を反射してくれない。けれど俺の目は夏川を見つめるに匹敵する力を発揮していた。
薄
らと見える教室内の光景を脳内で補完するのだッ───くそぉッ……! 手前に映る夏川の横顔が眩しい! そっちに目がいってしまう!
『うん、大丈夫だよ……ずっと』
『え……?』
『いつでも、いいから……』
『さ、斎藤さん……』
別の意味で振り向けなくなった気がする。
今あの二人を直視したら目も胸も焼けてしまいそうだ。チョコレートでも持っていたら直ぐに溶けていただろう。
とはいえ斎藤さんからすればそんな余裕はないのかもしれない。周りからすればだだ甘い雰囲気でしかないけど、告白の返事をはっきりもらっていないのだから気が気でない胸中である事は察するに
容易
い。さしずめ焦がした焼き芋のようにほろ苦い事だろう。例えが酷すぎる……たぶん腹減ってんだな……。
かく言う俺も二人の行く末が気にならないと言えば嘘になる。佐々木の恋愛事情なんて勝手にしろと思うのが本来だけど、否応なしとはいえ首を突っ込んでしまったからな……何であんな小っ恥ずかしい事をペラペラと喋っちまったんだか。
斎藤さんの恋を邪魔しようと応援しようと、馬に蹴られるか有希ちゃんに蹴られるかの二択しかないというのに。妙だな……二人の恋愛が俺をピンチに陥れているような……。
戦犯は俺を引きずり込んだ佐々木に違いない。こうなったら全て覗き見して後で
弄
り倒してやる。今さらながら佐々木には一回恥をかいてもらわねば気が済まない。さぁ、恋愛マスターのこの俺に青い春を見せるがよい……!
『……じゃあ──』
「ちょっとごめん──って、お前ら何で黙ったまま固まってんの?」
「……」
「……」
「……」
「えっ……なに? 何で俺睨まれてんの!? 何で溜め息つかれたの!? 夏川さんまで!?」
疑問符を浮かべる
松田
にジトリとした目を向ける。生憎とここは荷物が多く置かれているスペース……松田は何も悪くなかった。寧ろここで
屯
してる俺らに非があったらしい。スッと一歩空けた芦田の顔はこれ以上ないくらいに白けていた。松田……夏川のジト目は貴重だぞ(布教)
……ん、待てよ? 二人も佐々木と斎藤さんのこと知ってたのか? 夏川は昨日帰る前にチラッと見たかもだけど……。
女子は情報が早いからな……佐々木が俺以外に黙っていても、斎藤さん側から広まる可能性もあるのか。口が軽そうには見えないけどな……くわばらくわばら。