Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (194)
予期せぬ報せ
愛華
から見て目の前で目をパチパチと瞬かせる少女は小動物のようで可愛い。客観的に見れば同性であっても庇護欲をそそり、つい護ってあげたくなるような感情を抱くに違いない。けれど、愛華は今に限っては意識的に良心を
携
えないと彼女に手を差し伸べられなかった。妹がいるため、どちらかと言えば世話焼きな自覚があるために内心首を傾げる。
「大丈夫?
一ノ瀬
さん」
「は、はいっ……すみません……」
彼女の気が小さいのは周知の事実。あまり話したことがなく、図体の差がある
佐々木
が円滑に会話を進めるのは難しいように思えた。続きを愛華が引き継ぎ、そして
佐々木
は愛華の首肯を受け取り、気合いを入れて教室へと臨んだ。グッドラック。
「あ、あの……
夏川
さん」
「うん。なぁに?」
余裕無さげな小さな声に悪感情など欠片も抱くはずがなく。愛華はやはり世話焼きな一面を出して目の前の少女に尋ねる。少し
屈
んで身長を合わせるというオプション付きである。愛華の姉としての意識がギアを一つ上げた。
「───
佐城
くん、知りませんか」
「…………えっと」
意識、ニュートラル。
どうしてかは分からないが、愛華は笑顔のまま固まった。すぐに我を取り戻し、何とか間投詞でつなぐ。どうやら目の前の少女はスマホを両手でキュッと握り締め、小汗をかきながらひたむきに足を急がせ、佐城という名の少年を健気にも探しているようだった。
「……
渉
が、どうかしたの?」
「そ、その……見当たらなくて……連絡しても返事が……」
言いながら少女はスマホの画面に目を向け、そして周囲を見回す。その時点で愛華はこの余裕の無さが引っ込み思案な性格由来のものではなく、本当に焦っているからのように思えた。
「クラスの片付けをしてたんじゃないの?」
「み、見てないです……」
「見てない……?」
教室という限られた空間で姿を見ていないというのは不思議な話だ。佐城渉という少年は文化祭実行委員会にも大きく関わりのある存在だが、それなら先ほどまで愛華が過ごした会議室に居てもおかしくはない。だとするなら、
「生徒会か、風紀委員会かな……?」
「え……?」
「生徒会にお姉さんが居るの。知らない?」
「……」
困惑した表情を浮かべる健気な少女。どうやらこの学校の副会長が佐城渉のバックに居ることは知らなかったようだ。少しだけ気持ち良い気分になる。今さらながら凄い人の弟なのだなと、愛華は渉の立ち位置が普通ではないことを再認識した。
「風紀委員会は───」
「……?」
「風紀委員会は……なんだろう」
大きく丸い垂れ目が不思議そうに愛華を見上げる。
風紀委員長である先輩の
四ノ宮
凛
はその名の通り凛とした立ち居振る舞いが特徴的であり、この学校の女子の憧れの的となっている。愛華の親友である
芦田
圭
も例外ではなく、キラキラした目で遠くから眺めてはだらしない笑みを浮かべることもしばしばだった。
渉はそんな風紀委員長と何故か関わることが多く、たまに昼食を共にすることもあるのだという。単に姉の友人という繋がりなら理解できるのだが、間に姉を挟まずに可愛がられて教室に戻って来ることがある。本人も首を傾げていた。
「たぶん……すぐに戻って来るんじゃないかな」
「ん……」
何にせよ、渉は何かと年上のお姉さん達に振り回されている印象だ。今回もまた何か別件を抱え、遠い目をしながら作業しているのだろう。愛華はそう結論付けた。
「行こ? 一ノ瀬さん」
「は、はい……」
文化祭実行委員会も解散したのだ、あとは帰るだけ。これよりも教室から離れてしまえば目立つことになるかもしれない。心配そうに自分のスマホを見つめる少女を見ながら、愛華は眉尻を下げて笑った。
◇
「………」
日常が戻り、生徒が思い思いに雑談に
耽
る教室。愛華は窓際の一番後ろの席で、目の前の人の居ない席を眺める。そこは他でもない、先ほどの少女が探していた佐城渉の席だった。木椅子が机の上に逆さに積まれバッグも乗せられていたため、愛華が下ろして荷物は机の横のフックに引っ掛けた。
「さじょっちめ、片付けをサボってぇ〜っ……!」
「
圭
」
そこに不満げな表情の親友がやってくる。黄色いパーカーの上にブレザーを羽織り、歩きながら頭の後ろに手枕をして口を尖らせている。愛華が名前を呼んで応えると圭はそのまま渉の席に座った。
「何に呼ばれたかは知らないけどさっ。クラスのこと全部サボるのはなくない?」
「それは……確かに」
「メッセしても返事ないし。どこの女の子
誑
かしてるんだろーねっ」
「いやそんな、〝誑かしてる〟って……」
「ツンデレ同級生に始まり年上おねーさん、マスコット、年下おねーさん、ブラコンのささきち妹! 今度はなに!? ギャルとか!?」
「何よそのラインナップ……お姉さんまで入って───って誰がツンデレよ!?」
「にししっ、ごめんごめん!」
「もうっ……!」
さらっと決め付けてくる圭に苦言を呈しつつも、会話の中で出てきたある部分に引っ掛かりを覚える。先ほど渉を探していた少女同様、圭も連絡が取れないというのだ。
「何回も連絡したの?」
「うん、そうだよ。愛ちは?」
「私は今から……」
「愛ちもわかんないんだ……こうなったらグループに投下しちゃお!」
愛華はスマホを立ち上げ、あまり開かない渉との個人的な会話画面を開く。最後に二人だけでやり取りしたのは文化祭の前日の夜だ。帰り道で分かれたあと、今日一緒に回ることについて少しだけ話し、寝るには少し早い時間にお互い『おやすみ』で締め括っている。
【いまどこなの? もうすぐ解散よ】
送信。五秒待つ。既読のマークは付かない。
そのまま画面を眺めていると、クラスグループの方に圭がメッセージを放った。
【クラスの片付けをサボったさじょっち。打ち上げ奢りね】
「あ、打ち上げ……」
「そ! これから打ち上げだよ!
大槻
ちゃんには内緒ね!」
「せ、先生……」
【佐城だけカラオケ採点制な】
【キー+3な】
圭のメッセージにかぶせるように、クラスの他の子たちが渉に向けて恨みつらみを吐いていく。思っている以上にクラスの片付けに参加しなかった罪は大きいようだ。何気に最初の圭の発言が最も威力が高い。
「…………返事、ないね」
「なにやってるんだろう……」
個人チャットの画面はまだ既読が付かない。圭も同様のようだ。さすがに何かトラブルに巻き込まれたのではないかと少し心配になり、二人で顔を見合わせる。
「電話、する」
「うん、そだね」
「えっと……」
実は自分から通話をかけたことがない愛華は画面上で通話のマークを探す。ようやく見つけて着信画面に切り替わると、スマホを耳に当てて渉が出るのを待つ。心配しているのはそうなのだが、初の試みに鼓動が早くなる自分が居た。
「……えっと」
「出ない?」
「ううん、もうちょっと────」
『しっつれーいしまーす!』
「「!」」
通話を掛け始めて十数秒。突如、周囲のざわめきを塗り潰すような明るい声が教室に響き渡る。大きな声に圭と二人して目を向けると、三年生の色のネクタイをした女子生徒が教室の後ろから走って入ってきた。
「ねぇねぇ、ここC組? C組だよね?」
「そ、そうですけど」
ウェーブがかった黒髪の先輩。声の調子や立ち居振る舞いからは真面目な生徒という印象を受けない。突然の訪問者に教室内は別のざわめきに包まれる。当然、愛華と圭も再び顔を見合わせた。
渉が誑かす候補ともなっている特徴のある彼女はそんな周囲の視線をものともせず、教室の後ろできょろきょろと何かを探している。
「あのさー、弟クン───佐城くんの席どこ?」
「……え」
「ほぇ?」
突如、騒ぎの中心人物の口から渉の名前が放たれ、愛華と圭は思わず呆けた声をこぼしてしまう。黒髪ウェーブの先輩は近くの男子生徒から渉の席を教えてもらうと、愛華と圭が居る場所に目を向けた。
「えーっ……と?」
「あっ、ここ、です」
「あ、座ってたんね」
「はい……あ、ちょっと!」
圭が渉の席から立ち上がり、場所を空ける。黒髪ウェーブの先輩は席の横まで来ると、何も言うことなく渉のバッグを手に取り、そのまま持ち去ろうとした。さすがに問答無用が過ぎて二人して呼び止める。
「なぁに? いま急いでるんだ」
「ま、待って、あの、何が───」
「彼、これから病院だから。今日はもう帰って来ないよ」
「え……」
「さっきも言ったけど、急いでるから! ありがと!」
「ぁ……!」
詳しい事情を尋ねる間もなく、黒髪ウェーブの先輩は明るい調子のまま去って行く。一拍遅れて愛華と圭が伸ばした手は掴む先も無く宙を
彷徨
う。堂々と言い放たれた渉の不在理由に、教室内が静まり返る。
「え……佐城、またぶっ倒れた?」
誰か男子生徒が呟く。それを皮切りにさらなるざわめきが教室を包み込む。先輩がわざわざ荷物を取りに来るという事態に心配の声も少なくはなかった。渉と関わりの少ない一角では口さがない憶測まで飛び交っているようだった。
「…………」
「…………」
目の前で告げられた愛華と圭は何が起こったのか分からずその場で固まる。教室の反対の窓際では、健気な少女が顔を青ざめさせて同じように放心状態に陥っていた。