Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (201)
放っとけなくて①
高校に入学してから半年。授業の内容も一学期の内容の応用が増え難しくなり始めている。板書をノートに書き写すのに追われているだけじゃ内容の理解には至れない。これまで以上の集中力が必要になってくるだろう。
───だというのに、私は目の前の席に座る存在に気を取られて仕方がなかった。
左手に大怪我を負って絶対安静を心掛けないといけない男の子──
渉
。工具が刺さったというのだから、グルグルと厚く巻かれた包帯は決して大袈裟なものじゃない。
それなのに、怪我した張本人はその左手で頬杖を突いて絶叫したり、怪我を悪化させる可能性があるのに体育の授業に参加しようとする始末だ。本当に治す気があるのかと思ってしまう。おかげさまで後ろの席に座る私は渉が身動きする度にその左手をどこかにぶつけないかとヒヤヒヤしてしまう。
「───
痛
ちッ……」
「!」
左手で頬を掻いた渉が小さく呻く。その声に釣られて私の意識は渉の左手に奪われる。大きな痛みではなかったみたい。不便そうに眉を
顰
めて自分の左手を見つめる横顔が見えた。
渉が私の視線に気付く。眉を顰めていたのは私も同じだったらしい。誤魔化すような笑みとともにヘコヘコとした会釈をして来た。その姿が情けなくて自分の顔が余計にムッとしたのが分かった。渉が慌てて顔を前に向け、視界から私を切る。私はその後頭部を睨み付けた。
渉の絶叫───クラス内での通称『頬杖事件』から数日。最初こそ心配して駆け寄ったりしていたものの、渉は懲りる事なく何度も怪我をしてる左手を雑に扱い、痛みに喘ぐ始末だった。その数は既に十回を超えている。じっと安静にしていれば痛み止めが効いて痒いくらいなだけらしいのに、どうしてそれができないのか。
今だって後頭部を
擦
るのに左手を使う始末だ。チクリと痛みが走ったのだろう。慌ててその手を引いている。少し意識して左手を使うのを避けることは難しくないだろうに。
そんな思いの丈を、私は何度も渉に伝えていた。お説教のような口調になっていた事は否めない。胸の内の不満が表れたんだと思う。余計なお世話だったかな……こんな風に怒ってばかりのはずじゃ、なかったんだけどな……。
妹を持つ
性
からか、〝ただ優しくするだけが
躾
ではない〟という頭が働いてしまう。五歳児に向ける感情を同級生に向けてもしょうがないというのに。いや、だからこそ不満に思ってしまうのかもしれない。だったら放っておけばって……そうとも思うんだけど……。
「……ハァ…………」
私が溜め息を
吐
いたのが分かったのか、渉の肩が少し跳ねたのが見えた。
◇
「体育祭でやる紅白戦だけど、全学年の部員の割合からより公平なチーム分けができることから男子はサッカー、女子はバレーボールに決まった」
「というわけでC組女子代表はこのあたし──その名も
芦田
圭
!」
「名乗らなくても全員知ってるって」
おー、という小さな歓声とともにパチパチと拍手が鳴る。私も同じように目立たない拍手を教室の前、黒板の前に立っている
佐々木
くんと圭に向けた。
本来なら自習の時間、しばらくは体育祭に向けた決め事や話し合いになるみたいだ。本番が近付けばそこも試合の練習になるらしい。女子の種目はバレーボール。そしてバレーボールといえばC組では圭ということで体育祭のリーダー的存在になりそうだ。
「ちなみに俺は文化祭で実行委員をしたからあくまでサッカーだけのまとめ役という事で。こっちの実行委員は
松田
な」
「そっちもやってくれて良いんだぞ、佐々木」
「いやキツいキツい」
「あたしもあくまでバレーボールのリーダーね! 実行委員は
古賀
氏!」
「地名みたいな呼び方すんじゃねーよ。まぁ、よろ」
実行委員になると文化祭の時みたいに運営側に立つことになるから、多くの時間を拘束されてクラスのまとめ役にはなれない。実行委員と役割を分けたのはそういった背景があるんだろう。それにしても佐々木くんは文化祭に続いて少し忙しすぎる気がする。このクラスに現役サッカー部員は佐々木くんだけだから仕方ないのかもしれないけど、せっかく
齋藤
さんと付き合ったのだから二人の時間を大切にしてほしいと思う。
女子の体育祭実行委員は古賀さん。染められた茶髪と浅黒い肌、着崩した制服からあまり真面目な見た目には見えない。申し訳ないけどあまり
愛莉
に見せたくない感じの人だ。実際、あの人は異性関係でダラしないという話を聞く。噂とかじゃなくて、本人が大きな声でそういった会話をしている。
不安に思うものの、圭からは「古賀氏は一応やることやるから。アッチもコッチも」とちょっと変な言い方をされている。古賀さんも進学校とされているここに入学したのだから、最低限の役割を全うする真面目さは備えているということだ。あの人の性意識はともかく、確かに体育祭の行事のような場面では姉御肌に感じる。不思議なものだ。
そして、文化祭ですごく頑張っていた渉はと言えば、椅子を横向きに座って気怠そうな目で前に立つ二人を見ていた。もうちょっと……文化祭のときみたいに格好良いところを……。
「───と、いうわけでさっそく各競技での役割分担をしていきたい」
「一番重要だからねココ!
愛
ちはセッター!」
「え、ええっ……!?」
「重要なら話し合って決めろよ」
突然呼ばれてビックリする。圭の顔を見るに『イタズラ成功』の表情だ。ただ私を驚かせたかっただけらしい。圭のお茶目に対して薄く笑う渉の落ち付いたツッコミがくすくすとした静かな笑いを生んだ。
ざっくりと男女に別れて各競技での話し合いが始まる。バレーボールではまず女子を二つにチーム分けしないといけない。ポジション決めはそれからになるという。
「仲の良い人で固まった方が連携がしやすくてチームの能力に繋がるけど、とはいえ運動能力の差もあると思うから、そこはバランス良く分けたいなって思う」
圭を中心に話が進んで行く。女の子全員をまとめるのもそうだけど、練習着でもユニフォーム姿でもなく制服姿の圭の格好良い姿にいつもとのギャップを感じてつい見惚れてしまう。これが部活中の姿なんだろう。
仲の良い人……例えば
白井
さんと
岡本
さん、
齋藤
さんみたいな組み合わせかな……。その三人は
一ノ瀬
さんとも仲が良くて、クラス委員長の
飯星
さんとも仲が良い。確かに、チームメンバーをこれで固めてしまうと文化系な女の子たちだけになってしまう。もう片方のチームと能力差が生まれてしまう。ここはクラスをよく見ている圭や飯星さんの出番だろう。
女子側の話が始まる横で、男子側でも話が始まっていた。
「男子のサッカーだが、基本的には全員参加で、余ったメンバーは時間で交代制な。だから、この場ではポジションを決められればなと思う。まず、サッカーの基本的なルールが分からないやつ居るか?」
『……』
「あれ、居ない? みんな結構サッカー知ってる感じ?」
「まぁ、中学でもやったし」
「ウイイレでやったし」
「ワールドカップでやったし」
「この中にプロが居るな……」
男子の方は女子側と違った雰囲気で話が進んでいる。男の子だけあってスポーツには詳しいみたいだ。こういうところは女の子と比べて話が早い。
「じゃあポジションだけど……まぁ、とりあえず
佐城
は最初はいったん控えだな」
「すいやせんね」
「ポジションどこが良い? 正直、怪我人を試合に出す前提で考えたことないから本人から希望が欲しい」
「え、そうだな……じゃああまり出番が少なそうな……」
さすがは佐々木くん。渉の怪我のことを考えて配慮してくれるようだ。迂闊なポジションに配置してしまうのが怖いというのもあるのかもしれない。
とはいえ、いくら体育祭がまだ先だとしても無理はしないで欲しい。今より怪我の治りが進んでいるとしても、ふとした刺激で傷口が開くことだってある。ここは場所を広く使えて、選手同士の衝突の少ないようなところを───
「───ゴールキーパーで」
「何でよ!」
思わず口を挟んでしまう。驚いた表情の顔がいくつもこちらを向く。まさかわざとじゃないでしょうね……。
「な、夏川……?」
「何でよりにもよって手を使うポジションになろうとするわけ!?」
「え、いや、ほら、他のポジションだってスローインとかで」
「そういう話をしてるんじゃないの!」
「ウ、ウッス」
確かにゴールキーパーは試合の趨勢次第じゃ出番は少ないかもしれないし、具合の良くない子がそのポジションになりがちな印象はあるけれど、具合の内容によると思う。少なくとも手に怪我を負ってる人が請け持つべきポジションじゃない。渉がゴールキーパーをするときに限って相手チームのシュートが飛び交う光景が頭に浮かんだ。そして怪我のことを忘れ、左腕を伸ばしてボールを弾こうとする渉……。
前途多難。そんな渉の危機感のなさに私は何度目かの溜め息を吐いた。