Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (202)
放っとけなくて②
どうにも目が離せない
渉
。サッカーのポジションは何とか無難なところに収まったものの、何故か本人は参加する気満々なのがやるせない。まだ先の話とはいえ、できることならば控えのまま交代しない方が良いのではと思ってしまう。自由奔放な
愛莉
のお世話をするのに引けを取らない無頓着ぶりに、私は精神がすり減っているのを感じた。
思わず小さな溜め息を吐いていると、廊下から教室に入って来る
白井
さんと
岡本
さんの姿が見えた。少し疲れ気味の私とは反対に、何やら二人とも機嫌が良さそうだ。
佐々木
くんを取り巻く問題も落ち着いたようで、教室内の雰囲気も元に戻って良かったと思う。どうやら
一ノ瀬
さんが働きかけてくれたみたいだ。
白井さんは渉の前の岡本さんの席まで付いてくると、少し話してからこちらに向かってやって来る。私の横を通って教室の後ろ側から自分の席に戻ろうとしているのだろう。
その折、白井さんのスカートのポケットから何かがヒラリと落ちたのが見えた。私と同時に渉も気付いたのか白井さんの方を向く。
「白井さん、何か落としたぜ」
「え? あっ……!?」
渉は教室の床に右手を伸ばす。私もそちらに目を向けると、手の平サイズの小さな厚紙のようなものが落ちていた。それを拾い上げた渉は首を傾げながらひっくり返す。呼び掛けられて気付いた白井さんが焦ったような声を上げた。
「さ、佐城くん待っ……!」
「うん……?」
慌てて手を伸ばす白井さん。だけど一瞬の事すぎて間に合っていない。制止の言葉も言い終わらないまま、渉はその厚紙の裏面を見てしまった。
「──って……」
「……」
「……」
渉に手を伸ばしたまま固まる白井さん。黙り込む渉と、その手元が見えてしまった私。数秒間の沈黙が支配した。
「…………これは」
「言わないでぇッ……!」
チラッと見えた厚紙の中身。そこには爽やかな見た目の男の子のキャラクターが少女漫画風に描かれていた。風にたなびく様子の髪が躍動感を与え、キャラクターの格好良さを際立たせている。しかもこの特徴は……。
「佐々木───」
「ちょあッ……!!」
渉の口から個人名が飛び出しかけたところで白井さんの動きがブレた。気が付けばその手に厚紙が握られている。どうやら目にも止まらぬ速さで渉から奪い取ったらしい。この子のここまで機敏な動きは初めて見た。
「し、白井さん……」
「お、お願いしますッ……どうかこの事は、誰にもッ……! 何でもするから……!」
交渉相手には私が選ばれた。膝で床を滑るように、文字通り私の机の横に縋り着いた白井さんは息を殺すような声で私に頼み込んで来た。必死の形相に思わず仰け反ってしまう。佐々木くんを取り巻く問題は落ち着きこそ見せたものの、単に鳴りを潜めただけのようだった。
「だ、だいじょうぶ……誰にも言わないから」
「あいつ……マジでいつか刺されそうだな……妹とかに」
呆れた表情を浮かべた渉が何か怖いことを言っている。確かに佐々木くんはモテるようだけど、妹さんに刺されるなんて、まさかそんな事は起こらないだろう。だってほら、〝妹〟ってうちの愛莉みたいに可愛い存在だから。
思ったより冷静な反応が返ってきて安心したのか、白井さんはホッとした様子で胸を撫で下ろした。そこに描かれた美形の佐々木くんを見たのが、白井さんの気持ちを知っている私や渉だったのもまた運が良かったのだろう。
「てか絵上手いな。白井さん絵描くの得意だったんだ」
「これでも美術部だから……」
「へぇ……」
落ち着いた白井さんはその厚紙──ポストカードのようなものを大事そうにスカートのポケットに戻すと離れて行った。見てはいけないものを見てしまったような感覚だ。それで白井さんが前を向くことができるなら、別に悪いことじゃないと思うけど……。
窓の外、少し黄色く滲んだ空を見上げる。失恋してもなお想い続けるってどんな気持ちなんだろう……同性の私でも分からず、大きな雲に問いかけるしかなかった。
◇
それから数日。朝の準備───主に愛莉の仕度に時間がかかって遅めの登校をすると、教室には既に渉も圭も来ていた。時計を見てギリギリだった事に気付きヒヤリと背筋が凍る。今度から愛莉はいっそのこと寝たままお着替えをさせた方がラクかもしれない。
席の方に顔を向けると、横向きに座っている渉と一瞬だけ目が合った。そんな渉の目の前には誰か女の子が立っている。
圭
…………じゃない?
「──じゃあ、また後で……」
「ああ……」
私が席に辿り着くと、入れ替わるように去って行く白井さん。何か約束でもしたようなやり取りだった。それにどこか慌てて解散したようにも感じた。急いでるのかな……?
どこかソワソワとしている渉に話しかける。
「白井さん、どうかしたの?」
「えっ!? あいや、その……何でも?」
「何でもってことは無いんじゃ……」
「た、ただ世間話してただけというか?」
「なんでずっと疑問形なのよ……」
何かを誤魔化されたような感じが……怪しい。意識的にジトッとした目で見下ろすと、渉はいそいそと前を向いてわざとらしく課題の出てたノートに向き合い始めた。全く……ちゃんと家でやって来なさいよね。
昨日の様子から、渉と白井さんの仲が急激に良くなっていた、なんて事はないだろう。あまりお互いのことを知っていないみたいだったし。だから、何かを私に隠していたとしても別にやましい事ではないはず……。
ないはず……よね?
「……」
ペンを動かす度に僅かに揺れる渉の背中。左肩から伸びる腕の先には昨日と変わらない包帯の左手が机の上に置かれている。ちゃんと回復しているのかな。日々の渉を見ていると甚だ疑問だ。
一限目の授業を終え、窓の外の雲行きが怪しくなって来た午前。天気の不安定な秋にしては久しぶりの曇り空だ。毎日は嫌だけど、偶にならこんな日も良いよねと思える。蛍光灯に照らされる教室の中がやけに明るい。まるで夜なのに教室に居るみたいで少しドキドキする。
一人きりで味わう感覚ではないだろう。共感を求めるべく、前の席に目を向ける───が、そこはもぬけの殻になっていた。思わず教室の中を見回して探してしまう。視線を彷徨わせると、教室の前の出入口から出て行く二人の姿があった。
「え……?」
あれは……渉と、白井さん……? 何で?
トイレに向かうなら反対側だ。それにトイレだとしてもおかしい。男女で連れ立って向かう場所じゃない。あの二人が一緒に行動するような共通点が分からない。朝も、二人で何か話してたみたいだし……。
「……うぅ……」
頭の中がぐるぐると渦巻く。気が付けば両手で膝の上を交互に
摩
り、両膝の内側も
擦
り合わせていた。渉の様子が怪しかっただけに余計に気になってしまっている。
「………」
色んな考えが交錯する頭の中、ある結論にたどり着く。体の動きが自然と止まった。そもそも、じっと待つ必要はないのでは……?
今の渉は危うい状態だ。これまでの無頓着な様子から、放っておくと怪我している左手を悪化させてしまいかねない。つまり、私みたいな近しい人間が傍で見張っておく必要があるのでは……?
渉だけじゃない。白井さんみたいなどちらかと言えば大人しい方の子が男の子と二人きりになるというのもそこはかとなく危険な香りがするような……べ、別に渉を疑ってるわけじゃなくて───って、誰に言い訳してるの私……。
で、でも……。
「…………」
◇
教室を出て廊下を左に進んだ先に、二人は直ぐに見付かった。前に渉と佐々木くんが話していた連絡通路に出る手前の階段の傍だ。授業と授業の合間の隙間時間、昇降口との行き来くらいでしか使われないこの階段をこのタイミングで利用する生徒は居なかった。で、でも……何でこんな
人気
の無い場所に……。
『………は…………てきた?』
『………………………だよ』
向かい合って話す二人の距離は近い。会話を聞き取ろうにもよく聞こえない。もっと近付こうにもこの角は二人に最も近い場所だ。これ以上近付くことは出来ない。何の情報も得られないまま歯噛みすることしかできないのだろうか……。
「………ハッ」
そこまで考えて自分の状況に気付く。どうして私はこんなコソコソと二人の様子を窺っているのだろう。それに前にも同じような事がなかっただろうか。バレないように壁から顔を覗かせるこの感覚に覚えがありすぎる。
もしや、私は今とても良くないことをしているのでは? 人の後をこっそり付けて盗み聞きしようとするのは悪いことだ。これは愛莉のお姉ちゃんとしてどうなのだろうか。しかも今回は前と違って自由なタイミングで
退
くことができる。その余地があるのに盗み聞きのような事を続けるのはどうなのだろうか。
「良くない……わよね……」
そう小声で呟きこの場所から離れようとした瞬間、私の耳にある言葉が飛び込んで来た。
『──佐城くんったら……変態さんなんだからぁ』
『へへっ……』
「──!!」
離れようとしていた体を元の位置に戻す。心の中の罪悪感が消し飛んだ。どうやらこっそり後を付けてきたのは正解だったようだ。私には探偵の才能があるかもしれない。この直感がいつか愛莉の役に立つというのなら私はいくらでも壁の端に身を潜めよう。
曇り空により湿度が高まったせいか目が
乾
きにくい。私はできる限り瞬きしないよう、階段の傍の二人に向けて神経を研ぎ澄ませる。そこには少し恥ずかしそうな様子で顔を赤らめながら、何かを渉に手渡す白井さん。受け取った渉の手にある物に、私は見覚えがあった。
あれは……前に白井さんが落とした手描きのポストカード?
渉は受け取った数枚のポストカードを大事そうに両手に持つと、へにょりと目尻を下げてだらしない顔になった。
『も、もうっ………こんなの描いたの……初めてだよ』
『良いだろ?』
仕方ないなぁ、と言いつつも顔を赤らめたまま熱のある目で渉を見上げる白井さん。そんな視線に応えるように、渉は嫌らしい目を白井さんに返す。白井さんのあの様子は……ま、まさか! 白井さんにエッチなイラストを描かせたんじゃ!
「───わ、わたるッ!!」
「うぇ!?」
居ても立っても居られず、私は飛び出した。