Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (203)
放っとけなくて③
「───わ、わたるッ!!」
「うぇ!?」
壁の端から飛び出し一直線、
渉
の下に向かう。驚いてこちらを見た渉はマズい瞬間を見られたかのように肩を跳ねさせ一歩後ずさった。いま私はどんな顔をしているのだろう。あまり考えたくはない。
「な、
夏川
……なんで……」
「
白井
さんに何を描かせたわけ!? この前見たイラストを引き合いに出して無理やりいかがわしいものを描かせたんじゃないでしょうね!?」
「そ、それは……」
「ちょっとそれ見せなさい!」
「あっ、ちょ待っ……!?」
はっきり否定をしない渉に嫌な予感が膨らむ。それが更に私の勢いを強めた。渉の手にある数枚のポストカードには
件
のイラストが描かれているのだろう。確認しようとすると、渉は見られまいとそれらを持つ右手を上に掲げた。
「ちょっと! 見せなさいよ!」
「い、いやだ!」
「嫌だじゃない!」
まるで
愛莉
が駄々をこねるように首を横に振る渉。私は奪い取るべく渉にしがみつき、掲げられたポストカードの束に手を伸ばす。「ひぃんっ……」と情けない声を上げた渉の力が弱まったため、腕を掴んで下げさせ、その先にあるポストカードを奪い取った。心のどこかで、もしかするとそこには〝夏川愛華〟が描かれているのではと、少しドキドキしながら。
胸の奥の鼓動を感じながら、私は身を翻して三枚のポストカードを胸に抱く。本当にこれを見てしまって良いのかと逡巡したのち、覚悟の息を吐いて腹を括り、意を決してそのイラストを視界に収める。
「ぁ──」
一枚目。
描
かれていたのは───私ではなかった。
そこに居たのは、渉に近しい小柄な女の子。夏休みのアルバイトや、それ以降の出来事を経て二学期から何かと渉に懐いている制服姿の、可愛らしい見た目の
一ノ瀬
さん。
──が、むんっと巨大なガトリングを構えている姿。
「……なに、これ…………」
振り返り、震える声で尋ねる。渉と白井さんが気まずそうな顔で目を逸らした。呆然としつつ説明を求めて渉を見つめていると、堪えられなかったのか、渉がやけになったように大声で開き直った。
「な、何だよぉ! 別に良いだろ! 小柄で一見非力な一ノ瀬さんが身の丈ほどのガトリングを構えていても!」
「良くないわよ! 一ノ瀬さんがこんな危ないもの構えるわけないでしょうが!」
「だから良いんだろうが! 何か良いだろ!」
「何かって何よ! 何を白井さんに描かせてんのよ!」
「いやぁ……ガトリングなんて初めて描いたよ」
照れくさそうに頭の後ろに手をやる白井さん。やり遂げたような表情でどこか満足げだ。そういう問題ではない気がするんだけど……。どうやら白井さんは渉の趣味を押し付けられた自覚がないらしい。いや、渉のことを〝変態さん〟と呼んでいた分、白井さんも乗り気だった、という事なのかもしれない。
「も、もう良いだろ? 返してくれ」
「──変態」
「うっ……」
予想していた内容では無かったどころか、私ですらなかった。それにどこかがっかりしながら複雑な心情でポストカードを渉に返そうとすると、重なった厚紙がずれた。そうだ、そういえばこれは一枚だけじゃなかった。差し出しかけたポストカードを引っ込める。
「え、あの、夏川さん……?」
「……他のも同じイラストなわけ?」
「そ、それは……」
じっと見つめると、バツの悪そうな顔で目を逸らす渉と白井さん。もしかして、この一ノ瀬さんはいかがわしいイラストを隠すためのカモフラージュ? 本当に変態なのはここからだと言うの? 裸の一ノ瀬さんのイラストが出てきたら……私はどうすれば良いのだろう。
「……」
目を瞑りながら一枚目のカードを下にずらす。もし本当に一ノ瀬さんの尊厳を汚すような内容なら私が責任をもって渉を更生させるために先生や警察、果てはお姉さんとかけ合わせてもらう。少しでも早く出所できるように、ちゃんと反省するように言い聞かせるんだ。
覚悟を決め、私は固く閉ざしていた目蓋を開く。
「これ、は……」
そこに
描
かれていたのは見慣れた顔だった。これが渉の欲望によって求められ描かれたものなのだと思うと、思わず顔が熱くなってしまう。顔を扇ぎたい気分だ。服装はどうなっているのだろう。ドキドキしながら、一枚目の一ノ瀬さんを
捲
る。
二枚目に
描
かれていたのは私だった。編み込みの髪型など細部にまでこだわられた制服姿の私、夏川愛華。
──が、メリケンサックを両手に構えている姿。
「何でよ!!」
思わず大声を上げる。自分の印象は自分では分からないものだけど、これには思わず否定の言葉が出た。そんなはずはない。意見の衝突から言い合いになった経験は無きにしも非ずだけど、誰かと喧嘩になって暴力に発展し拳を振るったことなど無いはずだ。
「な、何だよぉ! 真面目な夏川が拳キャラだって別に良いだろ!?」
「良くないわよ! 私がこんな物騒なもの構えるわけないでしょ! ていうか女の子に武器持たせるんじゃないわよ!」
「アクションゲームのキャラに喩えてんだよ!」
「だったらもっと女の子向けの武器があるでしょうが!」
魔法使いの杖とか! 他にはっ……あまり知らないけど! 少なくとも拳で闘うタイプじゃないわよ! そんな乱暴な性格で愛莉のお姉ちゃんが務まるわけないでしょうが!
「いやぁ……これ描いてから検索履歴に『メリケンサック』が出てきて笑っちゃうよ」
「し、白井さん……」
味方に付いて慰めるはずの白井さんが、どちらかと言えば〝そちら側〟である事に肩を落とす。相変わらず照れくさそうにする様子からは無理やり描かされたかのような負の感情が見られない。私がおかしいのだろうか。
「さ、最後は……」
「あっ」
最後の三枚目。きっとこれも渉の知り合いの女の子の誰かなのだろう。頭の中で誰が居るかと考える。きっと、いま浮かんだ顔以外に私の知らない女の子なんかも居るのだろう。いや、白井さんに描いてもらうことを考えると、共通の知り合いじゃないと難しい部分がある。そう考えると、三枚目は……。
「……!」
意を決して見た最後の一枚。頭の中で当たりを付けていたが、ものの見事に予想通りと言うべきだった。そこに描かれていたのは、白井さんと見慣れている元気いっぱいの私の親友、
芦田
圭
。
──が、修道服に身を包み、祈っている姿。
「何で圭だけいかがわしいのよ!」
「ぬぉッ!?」
渉のブレザーに掴みかかる。最後の一枚が圭である事は何となく予想できていたが、シチュエーションや装いまでは完全に予想外だった。圭だけ特殊な衣装を着ているのもどこか特別感があって不本意だった。
「な、何だよぉ! ボーイッシュでスポーティーな芦田が清楚で奥ゆかしい格好してたって別に良いだろぉ!?」
「良くないわよ! 同級生の女の子に特殊な服着せるんじゃないわよ! 何で圭だけこんなにこだわり強いのよ!」
「いやぁ……芦田さんは重火器もあしらいの多い制服も身に着けてないし、実は作画コスト的にはこれが一番ラクだったり……」
「ちょっと静かにしててくれない!?」
のほほんとした様子の白井さん。作画コストというものがどのようなものかよく分からないけど、そういう問題じゃない。こう、渉の性癖が最も現れているというか、満を持しての圭だったというのが何か不本意だったというか、二番煎じ扱いだったのが気に食わなかったというか!
「だいたい何で圭だけ武器を持ってないのよ! 圭も戦わせなさいよ!」
「あ、芦田はヒーラーなんだよ! 戦ってるから! 武器は自分自身であってだな……! ヒーラーにはヒーラーの戦い方があるんだよ!」
「知らないわよ!」
どれだけ言葉を並べられたところでこのまま見逃すわけには行かない。内容的にセーフラインだとしても、同級生の女の子を勝手にイラスト化して所持しているというのは普通じゃない。これは──ちゃんと変態さんなのでは……?
「……こ、これは没収!」
「ああっ……そんな! ──って」
「わ、私のは持ってて良いけど! あとの二枚はっ……本人に許可を取ること!」
「ええ!? そ、それはキツい部分があると言いますか……!」
「ふん……」
「なつッ……!? ぐぉぉッ………」
身振り手振りで私を説得にかかる渉。乱暴に左手を振り回したせいで傷口に障ったのか呻き声を上げていた。涙目になってその場で悶えている。きっと今までのドジが無かったとしても、今だけは介抱する気にはなれなかっただろう。
「……」
とても上手に描かれた一ノ瀬さんと圭を見る。白井さんが渉のために描いたのだと思うと、どうしてもスカートや胸の部分に目が行ってしまう。あまり際どいようには思えないけど、こういうところにも注文を付けたのだろうか。
渉が一ノ瀬さんや圭のイラストを持って時おり眺めている姿を想像すると、何だか嫌だった。