Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (204)
放っとけなくて④
渉
から没収した二枚のポストカード。そこに描かれたイラストの一枚はかなり特徴を捉えられていながらも、マニアックな趣味を身に纏わされた私の親友だった。有り得ない格好でありながら、しっかり絵になっているところから白井さんの絵の才能を感じさせる。
「ていうか、どうしたら良いのこれ……返す? どっちに?」
「
愛
ち? どしたの?」
「!? えっとッ……」
教室の窓際。一番後ろで顔を
顰
める私の下にイラストカードのモデルが現れる。慌てて机の中に仕舞いこんで膝の上に置いていたスマホを手に取り、それを見ていた振りをする。
「お、お母さんに買い物頼まれて……」
「あ〜、重いもんね。さすがの愛ちも嫌な顔しちゃうか〜」
「あはは……」
「そうだ! さじょっちに荷物持ちやってもらえば──って、いま役に立たないんだったね……」
「べ、別に手を怪我してなくても頼まないわよ……
家
の事だし」
相変わらず
圭
は渉を雑に扱う。そんな態度を堂々と向けられる渉は悪態をつきながらも気にしていないようだった。いわく、これはコミュニケーションみたいなものなのだと。確かに見ていて悪い感じはしないから問題は無いのかもしれない。
「よく使うとこ怪我するってめんどいよねー。あたしも足
捻
ったの気付かないで走っちゃったりしたことあるし」
「え……?」
渉の席に後ろ向きに座った圭が馬鹿にする訳でもなく気を遣うように言う。二人の関係性からは意外な反応だった。
「それで変な声で悲鳴上げて周りに笑われたり」
「圭もそんな事があったの?」
「うん、怪我あるあるっていうか。運動部で怪我したことある人はみんな経験してんじゃない?」
「……」
圭の言葉を聞いてサッと血の気が引く。渉に対して何度苦言を呈した事だろう。序盤はともかく、その数を重ねた先で幾ら何でもと心無い言葉をぶつけてしまった気がする。もしかすると、渉のそれは仕方がない事かもしれなかったのに……。
「──にしてもさじょっちはおっちょこちょいだよね!」
「…………え?」
「ここ数日で何回悲鳴聞いた? さすがに学習しなさすぎだよねー! 今度のテストあたしが抜いちゃったりして!」
「えぇ……」
たいそう嬉しそうに渉の失敗談を語る圭。やっぱり渉と圭はチクチクと
突
き合うような仲だった。しかも怪我した人相手に普通に酷くて共感できない。圭が言うからには間違っていないんだろうけど……私の言い過ぎたかもしれないという後悔は合ってるのかな。
「心配し過ぎ、だったのかな……」
「そんな事ないと思うよ? 愛ちの甲斐甲斐し〜いお世話が無かったらあと何十回あの悲鳴を聞かされてたか」
「べ、別に甲斐甲斐しくなんてっ……!」
それに何十回は多すぎ! いくら渉でもそこまでドジじゃないとは思う……ドジじゃない……わよね? 肝心の本人がお気楽過ぎて自信を持てないんですけど……。
「あ。お間抜けさんの登場だ」
「──何だいきなり。喧嘩売ってんのか? あぁん?」
教室を離れていた渉が帰って来る。真正面からいきなり悪口をぶつけられた渉は眉をひそめて圭を見下ろした。ああいうのを〝メンチを切る〟って言うのよね。女の子相手に向ける顔じゃないと思うけど……。
「……!」
ふと、私と目が合う。ギクッと気まずそうな顔をした渉は肩を
窄
めて小さくなった。さっきのポストカードの件が尾を引いているのだろう。あの二枚は絶対に返さない。そもそも描いたの白井さんだし。わ、私のイラストのカードを取り上げなかっただけでも有り難いと思ってほしい。それをどうするかは……任せるけど……。
「ほ、ほら芦田、どけ。そこ俺の席」
「ヤダ」
「何で」
「ヤダ」
「ヤダじゃない」
「ヤダ」
「何やってんのよ……ほら、圭」
「ぶー、
愛莉
ちゃんの真似」
「似てないわよ」
「声冷たっ」
渉と、そして私からも無下に扱われた圭は口を尖らせたまま渉の席を立つ。というか、あまり男の子の席の背もたれを抱き締めるのは何だかその、あまり良い事じゃないと思う。か、勘違いさせるかもしれないし……渉に限ってそんな事は無いと思うけど……。
「どこ行ってたの?」
「包帯取り替えるがてら手ぇ洗いに行ってたんだよ。
人気
の無いトイレまで行ってた」
「ぁ……」
「うわー、大変そ。ドジって剥き出しの釘に手を突くなんてしなけりゃそんな苦労しなくて済んだのに」
「………ああ。まったくだな」
「……?」
何だろう。圭とどこかテンション感が違うような。落ち込んでいるように見える。やっぱり包帯を巻くほどの怪我をしてまだ痛くて
辛
いのかな。でも、その割には無頓着にすぐ左手を使っちゃうし……。
「ハァ……俺も最強無敵の体が欲しいわ。姉貴みたいな」
「──誰が鋼の肉体だって?」
「うおッ!?」
「!」
突如割って入ってくる、気怠そうでどこか威圧感のある声。驚く私や圭に対し、渉はそれ以上に肩を跳ねさせて驚いた。また左手に響くようなリアクションを……見てるこっちがヒヤヒヤしてしまう。
声がした方に顔を向ける。そこにはこの学校の生徒会副会長の先輩──渉のお姉さんが立っていた。
「な、何で姉貴がこの教室に……てかそこまで言ってな──」
「誰が最強素敵な肉体だって?」
「お姉様のナイスバデーです……」
「うるさいこっち見んな」
「理不尽過ぎる……」
1ーCの教室にやって来たお姉さんは開口一番に渉を冷たくあしらった。渉に厳しく当たった私が言うのも何だけど、ちょっと怪我人の扱われ方をされな過ぎると思う。他人の私が、姉弟のことに口を出せる立場じゃないのかもしれないけど……。
「……包帯、ちゃんと巻き直してるみたいね」
「何だよ。ちゃんとやってるっつの」
「日頃ちゃんとやってない事ばっかだから言ってんの」
圭の次はお姉さんとの言葉の応酬。やっぱり厳しく当たられる渉は災難なように思える。でもお姉さんの目の付け所を見るとそれは心配しているように捉えることもできる。そこはやっぱり姉弟なんだろう、見ていて少し安心する。
「あの……もしかして、渉が心配で?」
「は?」
「あ、えっと……」
「…………もう一つ、こっちの用事も」
「……プリント?」
お姉さんが肩に乗せるように掲げていたプリントの束を圭が受け取る。さっそく読み込む圭の手元を、私と渉は覗き込んだ。
「『生徒会役員立候補者募集のお知らせ』……?」
「それ、教室のみんなに配っといて」
「あっ、おい……!」
「手ぇぶつけて夏川さん達に迷惑かけんなよ」
「うぐッ……!」
用事は済んだと言わんばかりにさっさと教室から出て行くお姉さん。な、何だか格好良い……渉への心配も否定しなかったし、やっぱりプリントを届けるのはついでで自分の弟の様子を見に来たんじゃ……。
「生徒会役員立候補者募集だって! 愛ち立候補したら?」
「もう、簡単に言わないで」
「じゃああたしが生徒会長に立候補しちゃおうかなぁー?」
「……無理じゃない?」
「あー! 愛ちがあたしのこと馬鹿にしたぁ!」
「べ、別に馬鹿にしてなんかないわよ? ただちょっと……や、やっぱり何でもない」
「そんな露骨に誤魔化すことある!?」
だ、だって生徒会長と言ったら……文武両道、品行方正、この学校に限定して言ったら家が裕福な大人っぽい人っていうか……今の生徒会長と比べるとあまりにもっていうか……。
「わ、渉はどう思う? ……渉?」
「生徒会……ね」
話の向きを変えようと声をかけると、渉はお知らせのプリントを黙って見つめていた。今はお姉さんが副会長として所属しているとはいえ、興味があるとは思っていなかったから少し意外だった。ま、まさか……。
「え。さじょっち、もしかして立候補するの……?」
「まさか。まさかな……面倒だし」
「だよね〜」
「配らねぇと」
「あ、私がやる」
「じゃああたしは廊下側から配る〜」
二枚、私と渉の分だけ机に置いて、あとは私と圭が半分ずつもらう。渉は何も言わずに役目を引いた。
言葉では立候補を否定した渉。だけど意識はプリントに向いたままだった。おかしな内容は書かれていないはずなのに、どうしてあそこまで神妙な顔になる事があるのか、その複雑そうな表情が妙に記憶に残った。