Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (43)
魔王城(ユートピア)
魔王城かよ……。
見た目は普通の一軒家、のはず。それなのに大きくそびえ立っているように見えるのは何故?俺が住んでいる家は家じゃなくて馬小屋だったの?
「さ、さぁ行くわよ(裏声)」
「愛莉の前でそのキャラ続けないでよね……」
「うぅ……」
「な、何で泣きそうなのよっ」
女の子なりきり作戦は却下された。なら俺にあとできることは何か。そう、諦める事である。もう震える脚とか真っ白な頭の中とか受け入れちゃう。もうどうにでもなれ。悟るわ。来たれ
仏陀
。
「そ、そんなに嫌なの……?」
「やっべめっちゃ妹さんに会いたくなって来た。後で抱き締めて良いかな?」
「叩くわよ」
「ひぃん」
危ねぇ、もう少しでおすわりしそうになった。口ではひぃんだったけど心はキャインだったわ。人って微動だにしないまま顔の迫力増せるんですね。俺が犬だったら尻尾垂らしてたわ。くぅん。
「もうっ、早く行こっ!」
「うへっ、わ、わかったわかったから……!」
夏川って実は肉食系だったりしないよね? これ
端
から見たら男を家に連れ込んでるぜ。そんな大役をお任せいただき光栄に思います。ところで俺のこの抑えきれない衝動はどうすれば良いでしょうか。海。後で一人で海に行こう。
「こ、こっそり入ってよね」
「え、そういう感じで行くの?」
「お母さんにバレるじゃないっ」
「お母様ご在宅でしたか」
外行きの面を極めた営業マンの生霊みたいのが俺に乗り移った。ナイス判断だ俺。万が一の時はこれで行こう。ってかお母さんに俺バレちゃダメなん? 普通に挨拶くらいするけど。菓子折りとか無いけど。見せたくないとか? え? 違うよね……?
こそこそし出す夏川の後ろを同じ様に付いて行く。大丈夫これ? バレたときに今からやましいことしようとしてる感じに映らない?
「……!」
夏川が玄関の扉を開け、入っていったのを機に俺も突入する。こ、これは……! 普段夏川からうっすらと漂う甘い香り!
え、ヤバない? 家の中の空気全体がもう夏川なんだけど。夏川家なんだから当たり前か。当たり前なんだけどちょっと思春期の男子には刺激がエグいんですけど。あるよね人ん家の匂いって。野郎どもの家にゲームしに行った事しかねぇから全然意識してなかったわ……抑えろ、抑えろ俺……! 正念場だぞッ……!
頭を切り替えよう。ミッション開始、これより家の者にバレないように
妹御
との邂逅を果たす。制限時間は佐城家の晩飯時。
「───あー! おねぇちゃん!」
「あ、愛莉っ……!」
「ミッションコンプリート! 直ちにこの場から離脱する!」
「ちょ、どこ行くのよ!」
リビングに繋がるであろうドアから顔を出した五歳くらいの女の子。真ん中に透明のガラス板が嵌め込まれているお洒落なタイプのため向こう側が見える。その先に、明らかに夏川の御母堂であろうお姿が見えた。ミッションは失敗したも同然である。
だからこの手を離してくださいませんか夏川さん。バレるし、何より血圧上昇が止まりませぬ。
「おねぇちゃん! ───とだぁれ?」
「佐城渉と申します。宜しくお願いします愛莉さん」
「外向きの挨拶しないでよ……」
乗り
憑
れ営業マンの生霊。俺は優しいお兄さん。子供の扱いに慣れていて余裕ある振る舞いが超得意なんです──妹も何人か居るんですよ? 画面の向こう側に。
なんて脳内暴走していると、愛莉ちゃんが後ろから抱き上げられた。思ったより早いお母様の登場に思わず身体が固まってしまう。
「──あら? また学校のお友達連れて来たの愛華?」
「う、うん」
「あ、どうも。佐城って言います、初めまして」
お、おお……思ったよりサクッと挨拶できるもんだな。やっぱ社交辞令って出る時は出るんだよ。やればできるじゃねぇか俺。
ホッとして改めて夏川のお母さんを見る。夏川の面影のある顔だ。優しそうというよりはちょっと生真面目そうな印象を受ける。
「佐城くんね。宜しく───って、え?その男の子だけ?」
「うっ……う、うん」
「あ、あら……それならもしかして今日は愛華の部屋だったり?」
「ちょ、ちょっと待ってお母さん勘違いしてない!?子供部屋!子供部屋だから!」
「そ、そお?」
ああ、居るわこんなお母さん。娘と同年代みたいな感じで話す感じの。普通に動揺してくれてちょっとホッとした。夏川のお母さんだから何か完全無欠の余裕しか無いですよって感じの人かと思ってた。デキる女社長系の人じゃなくて良かった……ていうか俺のこと知られてなくて良かったわ。迷惑かけてたのを知られていたらと思うとゾッとする。
「じー」
おっほ超見られてら。愛莉ちゃんめっちゃガン見してくんじゃん。改めて見ると超可愛い、天使だわ。お目目くりくりしてて夏川がデレデレになるのもわかる、やっぱ妹って最高だね、俺もこんな妹が欲しかったわ。家帰ったら画面ぶち破ろう。
◆
「お、お母さんがごめん」
「むしろ俺が来ちゃってごめん」
「それは良いのっ」
「可愛っ──んんっ」
「ちょ、ちょっと! 愛莉の前でやめてよ!」
そ、そうだった。妹の事になると夏川ってマジになるんだったな。流石にそういうのは控えなければ。俺の衝動が抑えられたら良いけど……。
通されたのは子供部屋だった。子供向けに柔らかなジョイントマットが敷かれた淡くカラフルな部屋で、小さな滑り台やジャングルジムのようなものが置かれている。他にも積み木とか色々。もう何というか凄く愛されているのがわかる。
部屋の真ん中に置かれた小さな丸テーブルのところに座っていると、夏川がお茶を持って来てくれた。
「すげぇ状況だな」
「い、言わないでよっ、意識しないようにしてるんだから」
「……そこまで会わせたかったん?」
「………」
こんな状況になってでも俺を妹に引き合わせたい夏川。そうでないと夏川が納得ができないと芦田は言う。本人の口からはまだ聴いてないけど、否定もしていなかったし、何より態度に表れている。
「あ」
そんなやり取りをしていると、夏川の側に居た愛莉ちゃんがとことこと此方にやって来て、胡座をかく俺の正面に立った
「…………たかぁき?」
「……うん? たかあき?」
「そ、それはっ……」
お父さんの名前かな?いや名前で呼ばねぇよな……だとすると別の男の名前になる。あ、そういや佐々木に懐いたんだったっけこの子。そういや山崎と一緒にアイツん
家
にウイイレしに行ったとき母親から“貴明”って呼ばれてた気がする。
「愛莉、このお兄さんはね、”わたる”」
「わぁたぁる」
「ふふっ、なぁにその言い方」
「……」
なぁにこの光景……天国? 天国なの? 女神と天使が戯れてるんだけど。俺いつの間に召された? そもそも俺が天国で良いんですか?
あまりに眩し過ぎる光景に目を細めてしまう。何か見ちゃいけないものを見ているようにすら思える。俺は一体どうしたら良いのだろう……。
「ほら、渉も自己紹介して?」
「お、おう」
かつてないほど優しい顔を向けて来る夏川。声色も撫でるような優しいもので、普通に名前で呼んで来るし何かもう呆然とするしかなかった。え、世のお姉ちゃんってこんな感じが普通なの?俺が戸惑ってんのがおかしいのかな……いや違ぇわ、俺の姉貴がおかしいんですね。
「……名前だと言いづらいんじゃね?愛莉ちゃん、“さじょー”」
「さじょー」
「そう、さじょー」
「さじょー!」
「さじょー!」
「アンタが幼くならなくて良いから……」
しまったイケナイ願望がつい。弟属性の俺としては夏川の姉属性に惹かれてしまうんだろうな。無意識に幼児退行しかけてたぜ。もう諦めた、俺は変態。膝枕された過ぎてヤバい。
愛莉ちゃんは何が楽しいのか〝さじょー〟って叫びながらウル○ラマンのように片手を突き上げている。覚えてくれたようで何より。我ながら語呂の良い名字だとは思う。
「さじょー!へんなあたま!」
「ちょっと髪染めて来る」
「今はやめなさい」
俺の髪のツートンカラーが変だと……! 知ってた。いい加減この髪どうにかしないとなぁ……別に放置しても良いんだけど。今はあんまりこだわりとか無いし。でもこの茶髪と混ざった感じは何か汚いよなぁ。
「さじょー!抱っこ!」
「えっ」
「抱っこ!」
だ、抱っこ? 抱っこってどうすりゃ良いん? 普通に抱き上げてから……それからどうすんだっけ? ぐっ……こ、こうなったら抱っこの境地、〝お姫様抱っこ〟というものを……!
「何やってんのよ」
「あ、えっと……」
「立って」
「おお……」
見かねたのか夏川がフォローを出してくれた。言われるがまま立ち上がり、取りあえず“気を付け”の姿勢で固まる。
「何となく抱っこの形は想像できるでしょ。それで良いからやってみて」
「お、押忍」
「返事は“はい”」
「は、はひ」
さすが夏川。お姉ちゃん力が半端ない。今じゃなかったらもう弟になり切って甘えてたかもしんない。こんな姉、欲しかった……。
「愛莉ちゃん、抱っこするよ?」
「んー?」
「ファイナルアンサー?」
「解るわけないでしょ……早くしなさいよ」
「はい」
えっと、どうすりゃ良いんだっけ……。普通に脇から抱え上げて自分の胸に乗せるようにして……あ、あれ……? 何かちょっと収まり悪い気が……。
一人でテンパってると、夏川が直ぐに近付いて来てフォローしてくれた。
「いい? 子供の両脚を自分の右腰に少しまたがらせるようにして、左腕で椅子を作ってあげるの。右腕が背もたれね。そうすると安定して、子供にとっても居心地良い感じになるから」
「お、おお……抱えやすい」
「でしょ?後は目線の高さを合わせて。愛莉が見上げちゃってる」
「わ、
悪
ぃ」
くっと力を入れて愛莉ちゃんを更に持ち上げる。俺と同じくらいの目線の高さに合わせると、愛莉ちゃんが俺の頭に手を伸ばして髪を触り始めた。
「え? え? 何やってる?」
「髪触ってる。それ……そろそろ染めたら?」
「だな……えっと、夏川的に黒髪と茶髪どっちが似合うと思う?」
「そ、それは───」
「おねぇちゃんといっしょー!」
「わかった」
「やめて」
夏川とお揃い……悪くない。親近感湧くだろうし、赤茶髪の自分も見てみたい気がする。代償は心の距離。代償あんのかよ……。
なんでー? とコテンと首を傾げる愛莉ちゃん。抱っこ状態でそれをされると破壊力が半端ない。めんこいのぅ……姉妹そろって美人さんとか前世でどんだけ善行積んだんだよって感じ。俺とか普通に農民やってそうだわ。
「ねぇねー、いろ。どうやったらかえれるの?」
「大人になったら変えれるようになるんだよ」
「えーずるい」
「大人はズルいんだよ」
「コラ」
「うへ」
余計な一言だったのか夏川に頬を引っ張られる。ぐにっと口が横に伸びて喋りづらくなった。絶対変な顔になってるに違いない。でも愛莉ちゃんはけらけらと笑ってる。良い笑顔だ、夏川の目を盗んで後でこっそり頬っぺた引っ張ってやる。
「えへへ、えへへっ」
「にゃふ」
愛莉ちゃんが反対の頬を引っ張りだす。引っ張ってぐにぐにして大層お喜びなされている。変な声を出してみせるとそれはもうキャッキャと笑う。よく笑う子だな、夏川と同じか、それ以上にモテるんだろうな。
「ふふっ、ふふふ」
…………えっと? あの、夏川さん……? 何かあなたも楽しんでません?全然離す気配が無いんですけど……。ま、いっか。夏川に触れられるとか滅多に無い機会だし。これが最後と思って
痛
タタタ愛莉ちゃん爪、爪がっ!