Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (86)
寡黙な後輩
「おはよ、一ノ瀬さん」
「あ……はい。おはようございます………」
翌日、バイトに来ると一ノ瀬さんが店の居住スペースという名のバックヤードに居た。一人だ。知らないはずとは言え、同い歳の女子にバイトの先輩となった俺が敬語を使うのはおかしい気がしたからフランクに挨拶してみた。たどたどしくも返してくれた事にホッとする。
てか知らないふり続けない方が良くね? どうせいつか学校で会っちゃうしな、しかも隣の席。それに名前を聞いても気付かないとか相当失礼じゃん? この辺で切り出すのが一番かもしれない。
「あー……えっと」
………待てよ? ここで実は知ってたって言ったとしてどうなんだ? 『何でわざわざそんな事を?』って感じになるよな……馬鹿正直に話したりしてみろ、めっちゃ一ノ瀬さんのこと暗い人扱いしてんじゃん。いやまぁ実際大人しすぎるなとは思ってるんだけど……。
「き、昨日帰ってからめっちゃ考えて気付いたんだけど……」
「………?」
首を傾げる一ノ瀬さん。口が真一文字だから表情が判らない。前髪がファサッと───何それアジア系の店の
暖簾
みたいなやつかよ。指先でぺろんとしたい。声にならない叫びを上げて逃げられるとこまで見えた。
「間違ってたらごめん………学校で隣の席の一ノ瀬さん、だよね……?」
「……っ!」
警戒度が跳ね上がったのが解った。すっげぇ身構えられたんだけど何それ傷付く。確認する角度間違えたかな……一番不審に思われなそうな言い訳がコレだったんだけど。防犯ブザーとか持ってたりしないよね? 同級生なのに一発で捕まる光景が思い浮かんじゃう。
「あ、あんまり話した事ないけど宜しく……」
「……」
世界一無難な言葉を選んだ気がする。てか散々陰キャラ扱いしといて俺どもりまくりかよ。普段あんだけ芦田とか夏川とか四ノ宮先輩と話しときながら今だに女子に緊張しちゃうって何なの。もうマジ女子って何なの? だにしないとこがガラス細工だったりするんだけど。パリーンしまくりなんだけど。
「……うん………」
おっせ! 返事おっせ! ヤバい、もしかしたら相性悪いかもしれない。すっごい焦れったく感じる。
わかんないよぉ、文学少女超難しいよぉ……これ大丈夫か? 上手くバイトやってけっかな? 申し訳無さすぎて逆に俺が戦線離脱しそうなんだけど。
自然とお互いに一歩ずつ後退した。あまりに自然過ぎてムーンウォークしたんじゃねぇかと思うレベル。本当にやったとしても無表情決め込まれそうで怖い。
「おお来たか佐城君! 今日から先輩として
深那
ちゃんを宜しくな!」
「う……嬉しそうっすね店長」
「わっはっは! 解るか!?」
突然後ろからデカい声で話しかけられて思わずビビった。今日の爺さんは肺活量が違う。
まぁ自分の店に可愛らしい女の子が働きに来たら嬉しいものか。俺が店主だったらって考えると解らないでもない。俺の場合、事情が事情だけに素直に接しづらいんだけど。多分苦手に思われてるだろうし……。
や、待てよ? これは俺の印象回復のチャンスなんじゃね? 学校では騒がしい奴だけど、実はちゃんとしてるんですよってところを見せれば時折感じる迷惑そうな視線をやめてくれるかもしれない。
「俺はいつも通りすりゃ良いですか?」
「余程の力仕事以外は深那ちゃんにも見せてやってくれぃ。くれぐれも
邪
な考えは起こさないようにな」
「何言ってんすか……」
「わっはっは! 冗談だ!」
こんな田舎の婆ちゃん家的な場所で変な気なんて起こす気にもなれない。てか若い男女に向かってそんな事言うのやめてくんねぇかな……気まずくなるだけだっつの。
でもそうか、今はもう爺さんは責任性高い仕事しかしてないから俺が教える方が都合良いのか……うへ、また迷惑そうな目で見られなけりゃ良いけど。でも結局は厳しい事言わなくちゃいけないんだよな。
「あー……じゃ、まずは前髪かな?」
「ぁ……はい………」
うわすっげぇ嫌そう。やっぱおでこなんかな……可愛らしくて大変宜しいと思うけど、寧ろそれが嫌すぎてたまらなかったりするのかもしれない。違うかもしれないし、やっぱそこはノータッチだな。藪蛇でしかないわ。
「そうそ。バイトする時はそっちで頼むね」
「……」
顔色を窺うような視線と目が合う。これ顔の感想求められてる訳じゃないよね……?どっちかっつーと変な感想を言われる事に怯えてる目だ。俺がそんな目を向けられるのはあまり無いから新鮮だな。ほら俺、いつもは窺う側だから。いやしっかし判りやすい……もしかして俺も夏川とか姉貴にバレてる?
気付いてたとしても口に出せねぇもんな。何で顔色窺ってくんの?とか相当嫌な奴じゃん。一ノ瀬さんに限らず誰でも嫌いになるわ。
「それじゃ行こうか。最初は昨日売れた本のリスト見ながら棚の整理ね。超簡単だから」
「……」
「あ〜……俺の時は頷くだけで良いけど、お客さんに話しかけられた時はちゃんと返事して」
「は、はいっ……」
ペンとメモは……要らないか。そんな仕事量でも無いし。ただ一ノ瀬さんの事だし、分かんない事があっても質問なんてして来ないと思って良いだろ。できるだけそこは配慮するか。ホントはそんなんじゃダメなんだけどな。
こうして教える側になると意外とする事が多い事に気付く。何なら俺が店内の見栄えにちょっと手を入れたせいでする事増えちゃってる気がする。ポップとか元々無かったもんな……いつまでも同じの貼っとくわけにはいかないんだよアレ……。
途中で問題発生。一ノ瀬さんの身長じゃ本棚の上の方が届かないっていうね。そこは踏み台使ってもらうんだけど心配でならない。だってこの子普通に歩いてるだけでフラついてるように見えるんだもの。
「こ、このくらいできますっ……!」
「ダメ。そう言って踏み台使ってよろけて俺に受け止められて良いの?」
「そ、それは…………いやぁ」
あらやだ、心が痛い。 ※自爆
さすが俺だわ。逆の意味で
さす俺
だわ。でも思ったより傷付くからもう言わないでおこう……てかどこに自信発揮しちゃってんだよ。
「そうだそうだ!深那ちゃんが怪我すると危ないから儂がやる!」
「店長も控えてくださいよ……だから俺を雇ったんでしょ?」
「うっ……」
奥さんから怒られるのは俺だ。その場でググってみると二段式の踏み台が存在する事に気付いた。これなら前にフラついても本棚があるし、後ろにフラついても片足だけ一段下りればバランスが取れる。横に倒れる事は無いだろうし、安心感が違いそうだ。後で奥さんに相談してみよう。
爺さんは……安定感より腰が心配だわ。やっぱ無し。
「んなもんかな。後はダルいダルい接客だな」
「コラ。客が居ないとはいえそんな事言うもんじゃない」
「あ、すんません」
爺さんも客って呼び捨てにしてるけどな。まぁご年配の爺さんにぞんざいな扱いされたところでそんなもんだろうって納得できちゃいそうだけど。流石に偏見か。
「もう開店してるし、いつお客さんが来てもおかしくないから。とりあえず一ノ瀬さんはさっきまで教えた事を活かして整理整頓かな。俺は接客と高いとこやるから。レジする時は俺の横について、最初は見学ね」
面倒な客は時々来るし、面倒って程じゃないけど変わった客はもっと多い。でもこの店は少ない方だと思う。爺さんにいちゃもん付けたところで爺さんは怒鳴り返すだけだからな。あんま意味ないんだ、一回だけ見た事がある。てかどっちも駄目だと思う。
「あとは……あぁ、アレも要るかな」
首かけのネームカード。新しいのを取り出してでっかく“研修中”と書き込んだ。この保険が無いと今の一ノ瀬さんならお客さんに苛立たれてしまいそうだ。テンパるあまり何も言えなくなりそう、爺さんが逆に怒鳴り返す未来まで見えた。いやぁ、それはマズいだろ……。
俺の時はこんなん無かったんだけどね。客に質問されても上手いこと爺さんに丸投げしてたし。
「ほい。あ、ごめん」
「……」
コクリと頷かれる。
俺が勝手に世話してる気になってるせいか、思わずネームカードを一ノ瀬さんに掛けてしまった。手渡して自分で掛けてもらえば良かったなぁ……すっげぇ硬直された。心の距離やべぇな、ここから俺ん家くらいまであんだろ絶対。
こんな子供扱いしてる俺も俺かね……。
「一ノ瀬さん、ここまでで何か解んない事あっかな?」
一応訊いとこう。どうせ訊かれないだろってスタンスだけど、このパスを待ってた可能性もあるし。
「………えと」
───あ、これ特に無いですね……。無いなら無いでそう言えば良いんですよ! これね、時間空けるほど気まずくなっちゃうやつだから! ほらSay! “特にありません”!
「……………あの」
「特に……?」
ありま───?
「………ないです」
こんな息合わない事あるかね。