Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (87)
新人研修
誰しも黙っちゃう時はあると思う。例えば知らない人だったり特に仲が良いわけではないグループに放り込まれたりしたとき。学校の席替え直後とか
偶
に“俺と俺以外”の感じになっちゃうときがある。まともに話せるようになるまでそこそこ時間が必要だったりするんだよね。
「………」
「………」
場末のサウナかよ。焼け石が有ったら水掛けまくってるわ。ぜってぇ一ノ瀬さん行った事無いだろうけどね。
『休憩取っちゃいなよ』と、爺さんからどこぞの社長みたいな言い方で裏の居間に連れてこられた。でも特にする事も無いのに2人きりにすんのはツラいぜ爺さんよ。机の片側の真ん中に座ったら向かいの端に座られちゃったんだけど。心ズタズタなう、思わず笑っちゃいそうだわ。
俺も一ノ瀬さんも何もしないのは爺さんが『親交を深めなさい』って言って去ってったからだ。ここでスマホ取り出そうもんなら爺さんから叱咤されるのは間違い無し。一ノ瀬さんも何となく爺さんの性格が解ってんだろ。
一ノ瀬さんは読書家だ。だったら本を話題にして話せば良いんだろうけど、いつもブックカバー被せてんだよな……もしもベタベタな恋愛小説だったらどうする? 気まずいだけだわ。ラノベだとしても人に堂々と言えるタイプの性格じゃなさそうだし、もしかして人には言えない類のものだったりして……。
あ、でも一ノ瀬さんが何をしたいかっつったらやっぱ本を読むことなんだろうな。
「あ〜っと、一ノ瀬さん」
「! は、はい……」
「本、読んでて良いよ」
「で、でも……」
「店長の事は気にしないで良いよ。俺もスマホ触っちゃうから」
「は、はい……」
殊更
この状況において言えるのは俺も“話し下手”っつーことだ。だったら下手に話すより
各々
好きなことやってた方が幸せなんじゃねぇのと思うわけだよ。ほら見なさい、一ノ瀬さんいそいそとポーチから小説的なの取り出してるじゃないの。前髪分けてるの忘れてるのかね、普通に嬉しそうな顔してるわ。
俺もゲームアプリでもしますかね───あれ、メッセージ来てる。
【罰じゃないけど愛ちゃんには会いたいなー】
【ほ、ほんとう……?】
お、お前ら……また俺の居ないとこでイチャイチャしやがってッ……良いぞもっとやれ! 佐城はいつまでも見守っていますよ! マジこのグループあれだから。軽く君らのアレの覗き場だったりするから。
【今日昼に部活終わるんだけど、シャワー浴びたら行こうかな!】
【うん!待ってる!】
聞きましたか皆さん……『うん! 待ってる!』ですって。男が女子に言われたいセリフの上位に食い込むやつ、ですよ! お前らッ……ホント、マジお前らッ……!芦田ァッ!待たせたらどうなるか解ってんだろうな!?
「───こりゃ!何を二人して自分の世界に入っとるか!」
「うわっ!?」
「……!?」
急に怒鳴られて
仰
け
反
っちまった。驚いて見上げれば爺さんがムッとした顔で俺達を見下ろしていた。どうやら親交を深めていない事に不満を感じてるらしい。
せやかて店長。
「とはいえ店長。急に2人きりにさせて仲良く話しなさいは無理ありますよ。お互い察し合って、居心地の良い空間を探った結果がコレなんで」
「む……」
そうだそうだ! 仮にもほとんど話したことない2人を放ったらかしにする方が悪い! ……と自分で自分に同調して心の中で吠える。お見合いの時だって
仲人
が必要でしょ? それから“後は若い者同士……”ってやつでしょ? あれ現実で言う人居んの?
「さて……休憩も一息ついたし、残りも頑張りますかね」
「……」
話題を変えるように立ち上がる。一ノ瀬さんと心が一つになったのは多分今が初めてだろう。手早く栞の紐を挟んでポーチに仕舞うと慌てて立ち上がってくれた。あの紐って確か“スピン”って呼ぶんだよな、このバイトに就いて初めて知ったわ。
「教える事はしっかり教えるんで、任せてくださいよ」
「まぁ……上手くやって行けるのなら………」
渋々な様子で爺さんは納得してくれた。誰も彼もが仲良くなれるとは限らないんだよ多分。俺と一ノ瀬なんかはこの距離感が良い
塩梅
だって。
先に居間から出るとトタトタと駆け寄って来る一ノ瀬さん。え、何それ可愛いと思った時にはハッとした様子の彼女から2、3歩距離を取られていた。ちょっと残念だなって思う自分が居た。しょうがないじゃないっ……! 可愛い女の子に近寄られたいのは男はみんな同じでしょッ!?
露骨な警戒に苦笑いを隠せない。何となく一ノ瀬さんからの評価は理解しているため、気にせず取り直して先輩ぶってみる。
「ぶっちゃけ業務は教えたから、後は接客に慣れるだけだね。どうせお客さんも少ないし、ちょっと練習してみようか」
「え……」
春休みの時にコンビニバイトでやった練習法、“ロール”。店員になりきって仮想のお客さんに接客する練習法だ。いきなりやってもらうのは酷だろうから、先にある程度説明しておく。
「───てな具合で案内するのが無難かな。どうしても分からない時は『店長に確認しますので少々お待ちください』で大丈夫だから。できそうかな?」
「は、はい……」
「じゃ、俺お客さん役やるからそこ立っててね」
「ぇ……」
店前に出て近寄って来るお客さんが居ない事を確認し、改めて店に向き直る。お客さん役だし緊張する必要も無いかと
高
を
括
り、自動ドアの先に足を進めて
店員
さんの元に向かう。
「すんません、『河島嶺二』の『夏の嵐』って有ります?」
「ぁ……え、えっと……その……」
「……」
いったん黙って待ってみる。予想はしてたけど一ノ瀬さんはまともに返答できずオドオドするばかりだ。でもさっきこんな場面で言うべき定型文は教えたから接客できない事は無いはず。どうにか絞り出せれば良いけど……。
「あの……その………」
「……」
もじもじする一ノ瀬さん。視線を上下させ、時折俺と目を合わせては怯むように俯き、その場でただもじもじするだけの時間が続く。俺が教えた言葉は出てこない。
あ、あれ?お、おっかしいな何だろうこの感じ……何かイケないことをしてるような感じがして不快とかそれ以前の感じになってる気がする……この感情は……何だ?(興奮)
「………うぅ」
「あ、アウト〜」
アウト〜じゃねぇよ。アウトのトーンじゃねぇから。そこは不快になるとこじゃねぇの? 言いようもないときめきが俺を襲ってんだけど。ちょっとこれ以上もじもじすんのやめてくんない? 俺の鼓動がトゥクトゥクトゥクトゥクうるさいんですけど。
「一ノ瀬さん……? さっき教えたやつをね……?」
「………す、すみません……」
お、落ち着け俺……! 俺は良いかもしんないけど不快に思うお客さんは絶対居るはずだ!甘やかすわけにはいかない……! ここは心を鬼に───いや阿修羅にして! そう、俺は神になったのだ!
「か、『河島嶺二』の……『夏の嵐』……ですね?」
「お、そうですそうです」
ちょっと間が空いたけどいったん通してみよう。もっかいお客さんを装って返事をしてみる。一ノ瀬さんは
俯
きがちだけど一生懸命さが伝わって来る。まぁこれならお客さんも不快には思わないかなぁ……。
「こ、こちらです……」
一ノ瀬さんは目を泳がせながらくるんと後ろを向いて案内し始める。これが漫画だったら頭の先から汗がぴょっぴょっと飛び出してる描写が有るだろう。一体この庇護欲は何だ……? 今人生で一番優しい目をしてる自信があるんだけど。
「え、えっと……えっと……こ、これの事でしょうか」
「合格」
「ぇ……!?」
やっべ。反射で合格させちゃったわ。一ノ瀬さんの小動物感が強過ぎて思わず甘やかしちまったよ。とりあえず及第点って事にして問題点は指摘させてもらうか。
「一生懸命さは伝わるからお客さんも大丈夫なんじゃないかな。ただ間違った案内はしないようにね、分かんなかったら直ぐに店長呼んじゃえば良いから」
「は、はいぃっ」
『あー、何かすっげぇ頑張ってんなー』ってなると思うからお客さんの機嫌的には別に大丈夫だと思う。ほら人って自分より動揺してる人見るとかえって冷静になるから。広い心を持ってくれるだろうよ。阿修羅、許しちゃう。
「お?」
「っ……」
そんな事を考えてると、自動ドアの方から鈴の音が響いた。お客さんが入って来た合図だ。
「レジ行こうか、一ノ瀬さん」
「は、はいっ」
思ったより頼もしい返事だ。まぁ俺も含めアルバイトだし、やる気があって逃げ出さないというだけで十分なのかもしれない。高校生のバイトなんざ、多くは簡単なもんばっかだからな。そう考えるとコンビニバイトが一番高難易度だったかもしれない。
とりあえずレジ機の前に立っててもらう。その間に俺は棚の下の整理だ。一ノ瀬さんを放置する感じになっちゃうけど、レジ機のボタンの配置を眺めるだけでも今は意義があるだろう。
「は、はぅ……」
「……?」
棚下の包装紙を整理していると、頭上からえらく頼りなさげな声が聞こえた。見上げるとそこには細身のスラっとした人が。チェック柄のシャツをジーパンにインして四角めの眼鏡を掛けている。
レジカウンターに2冊置くと、キラリと眼鏡のレンズを光らせてクッ、と一ノ瀬さんを見た。てか本買うんかい。
「『三島由紀夫』が無いとは古書店の風上にも置けませぬなぁ」
古書店じゃねぇし。てかやべぇキャラ濃いおっさん来た!