Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (85)
内気の象徴
沈黙が続いた。まあ見るからに引っ込み思案なんだろうなってのは解るから別に疑問にも思わない。下手に俺の方から動くのは下策な気がしたのでそのまま止まっている事にした。
「……ぁの……えと………」
「はい」
「……入り口の、募集を見て………」
「あ、そうなんですか───え?」
え、アルバイト募集? え? マジで?
それを見て来たって事はここでアルバイトしたいって事だよな……一ノ瀬さんが? 一応接客業なんだけど大丈夫かね。
「───分かりました。店長呼んできますんで、待っててくれます?」
「………はい」
ホントに大丈夫かな……。
◆
「おお、そりゃ
深那
ちゃんだ」
「え、知り合いなんすか?」
「君はいつも昼には帰るからな。いつもおやつ時にやって来る常連のお嬢さんだよ」
「おやつ時……」
3時のおやつってか。最近聞かない言い回しだけど今の子供にも通用すんのかね?同世代にも通じなかったりして……。
てか一ノ瀬さんってそんな名前なんだな……うん、良いんじゃね、声可愛かったし、柔らかい感じのぴったりの名前じゃん。知り合いがやってる店だから応募しに来たってところかな。
「マジかよ深那ちゃんか。わしは幸せだなっ」
「あ、はい」
テンション上がったらヤングになる爺さん。特に“マジで”は結構耳にする。相当嬉しいんだろうな、若干曲がってた腰はどうしたんだってくらいスタスタ歩いてんだけど。
爺さんに付いて行く。ぶっちゃけ気になる、一ノ瀬さんが喋ってるとことかマジでレアだからもっと見てみたい。てかいっつも此処で爺さんと話してんのかな?そんな簡単に心開くタイプには見えないんだけど。
「採用だ!」
「あの店長?」
早くないですかね? 一ノ瀬さんがえ? え? ってなっちゃってるよ。ちゃんと話し合った?多分これ出会い頭に言い放った感じだよね。おいちょっと待てよ俺の時もっと細かい部分まで色々話し合ったでしょうが。
「店長。俺店内見とくんで、奥にどうぞ」
「おお! 気が利くな
若人
よ!」
「あ、あの………」
前髪で目が隠れてるけど一ノ瀬さんの表情を読める気がする。『ホントに?ホントにもう採用なの?』って考えてるに違いない。てか一ノ瀬さんじゃなくても誰でも戸惑うわこんなん。書類提出しただけで採用されちゃったとかブラック企業かよ。
さぁ奥へ深那ちゃん! とテンションぶち上がってる爺さんの後ろを何とか遅れずに付いて行く一ノ瀬さん。口元から相変わらず戸惑った感情が読み取れる。横を通りすがった際に、俺と目が合った気がした。
こういう小柄な子が急ぐとピョコピョコって擬音が聴こえちゃうように思うのは何でだろう。てか同級生にその擬音ヤバくね?
「すいませーん、『月刊ミュータント』ってここ置いてないですか?」
「何すかその本」
まあ何にせよこの古本屋に新しいアルバイトが増えたのは良い事だ。一ノ瀬さんって点が驚きだけどそんな難しい仕事じゃないし、夏休みが終わったら俺も心置きなく抜けられるってもんよ。爺さん、ちゃんと日程調整してくれるよね……。
あ、お客さんここ雑誌は無ぇんすわ。
◆
さて、一ノ瀬さんの来訪によって寿命が3年ほど延びた爺さんですが、孫を愛でるような態度に話が全く進まず、奥さんに選手交替したとの事。爺さんは落ち込みながらも嬉しさを隠しきれない様子で古本にラベルを貼る作業を進めております。
「じゃあ俺、そろそろ上がりますね」
「おーう、今日も助かったよ」
いつもと同じ掛け合いのはずなのに爺さんのノリが違う。ちょっと鼻歌っぽいのがフガフガ聴こえるんだけど……歌謡曲? 無駄にキー高めなのは何でなん?
今だ必要なのか謎に思ってる緑のエプロンを外す。私物を置いてる棚の方に行くと、住居の居間になってる部屋から奥さんの声が聴こえて来た。
「アルバイトに来てくれたのは嬉しいんだけどねぇ……その前髪は何とかならない?接客するには相応しくないのよねぇ」
おおっと? 結構厳しいこと言ってんのな。話聞く限りじゃ奥さんも一ノ瀬さんの事を気に入ってるもんかと思ってたわ。まぁ事実、接客業には向いてなさそうだもんなぁ。
「お客さんに悪い印象を持たれたくないし、私が切ってあげましょうか」
「ぁ……」
「ちょ、ストップ。ストップです奥さん」
思わず割って入ってしまった。
あの爺さんと同じ時代を生きてきた奥さんだ。男は立てるだろうが同じ女性には厳しく、そして世話焼きという面が強い印象がある。だがそれを現代の女子高生に発動しちゃうのはちょっとマズい。多分だけど今時の女子って昔の50倍は気難しいから。何がって、労基法的に。
あの奥さん? 何で裁縫セット取り出したの? 糸切りか裁ちばさみしか入ってねぇんじゃねぇのソレ。
「あら、佐城さん。お疲れ様」
「あ、どうもです」
「こちら、一ノ瀬深那さん。彼女にアルバイトの説明をしてたところなのよ」
「そうなんですね、えっと……」
一ノ瀬さん宜しく!はマズいか。一ノ瀬さん的にはさっきまで思いっきり店員を装ってた奴がいきなり同級生モードになると萎縮しちゃうよな。えーと、だったらここは……。
「───初めまして。佐城って言います」
「えっ……」
ひとまず初対面のフリしとくしかない。同級生スタンスで行くと一ノ瀬さんからすれば“いつも一人ぼっちで居る姿を知ってる同級生の男子”だからな。特に前半部分が萎縮ポイント。爺さんのためにもこのバイトから一ノ瀬さんを
逃
すわけにはいかない。
「一ノ瀬さん、ていうんですね? 店長から話聞いたんですけど、中々の本好きとか?」
「は、はい………」
「本を読むときは前髪が邪魔ですよね。いつもはどうされてるんです?」
「あ……!」
爺さんが気に入ったからには奥さんも一ノ瀬さんを逃がすつもりは無いだろう。でも一ノ瀬さんがやっぱりやめますと言ったら話は別だし、ここはベストな着地点を提案せねば。黙ってたら一ノ瀬さん、されるがまま前髪を切られてしまいそうだし。
「い、いつもはっ……」
ごそごそとグレーの肩掛けポーチを探る一ノ瀬さん。髪留めのピンを二つ取り出すと、少し俯きながら長い前髪を6:4くらいのとこで分けて目が見えるように留めた。顔を上げたところで俺も初めて一ノ瀬さんの顔を見た。
「こ、こうですっ……」
「あら、結構変わるものね」
タレ気味な大きい目が顔を出した。何かしらコンプレックスがあって長い前髪にしてたんだろうけど、特におかしさは感じない。強いて言うならおでこが広め? アニメ顔って言うんかな……高校生にしては顔が幼く見える。えっと……。
「朝のニュースとかで女性アナウンサー見ると思うんですけど、多分長い人はこのくらい長いんですよ。
流行
ってやつです」
「あら、そうなのね」
や、まぁテキトーに言っただけなんだけど。女子アナ事情なんて欠片も存じておりませんわ。でもこうでも言わないと納得してくれなそうだかんな。これから女子アナの前髪に注目されたらどうしよう……。
「その髪形で行きましょう一ノ瀬さん。アルバイトする分には何の問題もないんで」
「は、はい」
顔を見た感想的なものは言わない方が良いかもしれない。正直何を言って傷付けるか分かったもんじゃないかんな。大丈夫、今までのバイト経験から仕事上の付き合いってのは慣れてる。と信じたい。
「日程の調整次第っすけど、これから宜しくお願いします。じゃ、自分は上がらせていただきますね」
「あ、佐城さんちょっと。ぶどうが有るのよ持って帰りなさいな」
「え、マジすか」
流石奥さんと言わざるを得ない。気が付いたら俺はキンッキンに冷えたぶどうが2房も入った袋を片手にぶら下げていた。貰うか断るか決める時間も無かったやでぇ……。
「そうそう、そう言えばあの人ったらまた酷いのよ?この前なんだけどね?」
「あ、はい」
あれ、ちょ、え? 何かすっごい会話始まったけど……あれれ? 俺今から帰るんだけどなー……ぶどう早く食べたいな?なんて……もう袋ん中びっちょびちょだわ。一ノ瀬さんすっかり放置なんだけど。
「………えっと……」
どうする? 辞める?