Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (112)
2学期の始まり
夏休みが終わったところで夏の暑さはそんなに変わらない。涼しくなり始めるのはだいたい10月半ばから。それまでは夏物の制服が続くということだ。そう、つまり学校に行けばまだまだ夏川の白く細い腕を拝めると言うこと。眩しい美貌はオールシーズン。サービス精神が旺盛な事でファンの俺も大歓喜。何で夏川に課金できないのかしら……。
「………ん?」
2学期初日の登校。若干遅めに辿り着くと校門前が何やら賑わっている。近付いてみると、知らない男子生徒が四ノ宮先輩に捕まってるのが見えた。よく見ると周囲には
三田
先輩や
稲富
先輩が居る。腕に金と赤の”風紀”の腕章を付けてるし、服装の乱れとかをチェックしてるのかもしれない。まあ男なんてシャツのボタン開けてるか裾出しちゃってるくらいか。
「む、佐城か?」
「ええっ……!?」
普通に近付くと四ノ宮先輩からノールックで言い当てられた。あり得なさ過ぎて裏返った声が出る。それを聴いて確信したのか、やっとこちらに振り向いてニヒルな笑みを浮かべた。やだカッコいい………夏休みでまたイケメンレベルを磨いて来たな?
「やあおはよう、久し振りだな佐城。少し焼けたか?」
「はよっす。日焼けはそれなりに………え、先輩何で俺って判ったんすか?」
「ああ、気配で」
「気配」
忘れてたけど四ノ宮先輩って道場通いの人だったっけ?確か精神道とか言ってたよな。連れ込まれた日の事はインパクトがデカ過ぎて脳裏に焼き付いている。え?だからって極めたら人の気配読み取れんの?生まれる世界間違えてる気がすんだけど。
「気配って人によって違うんすか?」
「ああ、全然違うぞ」
気配、気配かぁ………色とかあんのかな?夏休みが終わったのは残念だけどまた学校が始まるのはそれはそれで楽しみだった。若干ウキウキ気分だったし、明るめの色だったに違いない。こう、レモンサワー的な感じ。
「俺の気配は何色ですか」
「佐城は茶色だな」
「茶色」
「あ、いや!ブラウンだ!」
「ブラウン」
え、今もしかして気遣われたの……?
横文字に言い換えたところでそんなに嬉しくも悲しくも無いっつーか。ああブラウンなのね、良いじゃん何か。俺が豆挽いたら美味いコーヒー作れそうじゃん。実際アイスコーヒーだけは姉貴からのお墨付きだぞ、アイスコーヒーだけは。四ノ宮先輩から見たら俺ってとんでもない屁ぇこいたみたいになってんのかな……。
三田先輩と稲富先輩にも気付かれた。二人に挨拶されて思わずたじろぐ。久々だからか女子のミニスカートとか刺激がやたら強いのなんの。見ちゃうよそんなの。特に三田先輩は上の方も。
稲富先輩からは『私何か変わったよね!』と男を殺す質問をされた。ダメ元で『そういえば身長伸びましたね』って言ったらすげぇ跳ねて喜ばれたから当たったのかと思ったらまさかの不正解。頭の赤リボンを新調してたらしい。三田先輩から肋骨の間を指で突かれた。四ノ宮先輩からは呆れた目をされた。アンタはやめろ。
◆
「ぁ……あ………佐城さん」
「えっ……?うわ!一ノ瀬さん!?」
いつもなら左に曲がる廊下。右から声を掛けられて振り返ると、たぶん柱の関係で窪んでる壁の陰から一ノ瀬さんが鞄を抱き締めながらそっと顔を出していた。何でそんなとこに居るのかと言えばたぶん理由は一つしかない。
「おはよ。そんな隠れんでも……」
「だ、だって………」
まだ夏休み前のこと、気分で早く登校してみたら既に一ノ瀬さんは教室に居た。そんぐらい朝早いタイプだから、たぶん今日もホントは誰よりも早く来てたんだろうな。それなのにバッグ持ってそんなとこに居るって事は結構な時間隠れてたんじゃ……。
「別に変じゃないって。自信持ちなよ」
「あうぅ………」
引っ張り出すと自信無さげな鳴き声が返って来た。不安そうにこっちを見てくる一ノ瀬さんはしっかりと両目が見えていた。改めて見て一昨日の赤面を思い出す。
クマさん先輩の出待ちをくらった翌日、一ノ瀬さんは何と美容院に行ってあの長い前髪を切って来たらしい。緊張のあまり前髪を切りたいことだけ伝えてお任せしちゃったとか。目が見えてるだけじゃなくてチラリとおデコも見えちゃうサービス付き。ナイス美容師さん。一ノ瀬さんもよく勇気出したわ。褒めて良かった。
いや、うん、普通に可愛くてこっちが
吃
る。話を聴けば小学校の頃に額が広くてハゲだの何だのでイジメられた経験があったとか。あの長い前髪はそれが理由だったらしい。予想通りだったな。にしても自然な上目遣いとか照れる。ちょっと目線合わせるためにしゃがんで良いですか。ていうか改めて一ノ瀬さんの制服姿見るとマジ新鮮なんですけど。
訊
いてみると恥ずかしさのあまり俺をここで待ってたとのこと。わざわざ引っ張って行かなくても付いて来てくれるみたいだ。バイトのときは堂々とデコっぱちだったのに何が恥ずかしいのか………まあ、日常的に顔を合わせる奴ばっかだとそんなもんか。
「ほら、行こう」
「は、はい……」
「もう俺は先輩じゃないよ」
「ぁ、う、うん……」
バイトの最終日。俺は昨日をもって古本屋のエプロンを爺さんに返した。1ヶ月半くらいの付き合いだっつーのに湿っぽいのなんの。奥さんからはお礼にと可愛らしいエプロンを貰った。家で使って欲しいとの事だ。今度カップ麺作る時とアイスコーヒー作る時に使わせてもらおう。明日にはお袋が使ってそうだけど。
意外にも一ノ瀬さんが涙ぐんだ。マジでトラウマ。無言で俺の腕を指先でチョンって触れてくんの。どうせぇっちゅーねん、思わず指先で握手したわ。また明日って言ったら思い出したように微笑んでくれた。その破壊力よ。爺さん、守ってやってくれよ……。
一ノ瀬さんはバイトを続けるって先輩達に宣言したみたいだ。けど関係的にはどうなんだろう。先輩達を避けるのをやめたらしいけど、じゃあまたあの柔っこそうなお腹を背もたれにして本読んでるのって訊いたら断ったっつってたし。クマさん先輩ドンマイとしか言えねぇわ、うん。てか君ら世の兄妹よりまだ全然仲良いからね。
そのタイミングで俺はもう先輩じゃなくなるわけだし、言葉遣いの事とか指摘したら戸惑いつつ頷かれた。今んとこ学校で一ノ瀬さんと何話すのかなんて全然想像できないけど、まあなるようになんだろ。
「開けるよ」
「ひぅ」
「開けます」
教室まで辿り着いて扉を開こうとすると怯えるような声が返って来た。あまりにか細い過ぎる声でもういっそのこと開けなくても良いんじゃねぇかって思ってしまう。何とか庇護欲を押し殺して思い切って開けた。
「じゃーす」
「あ!おっはよーさじょっち!」
「おはよう」
「よう芦田、夏川。はよ」
扉を開けると俺の席の後ろに芦田、その横に夏川が立っていた。早く来て談笑してたらしい。夏服……!夏川の夏服!ああっ……!?夏川が少し焼けてる!良き!
………お。
「メッセージでやり取りしてると久し振り感無いよねー………って、あれ……?」
「わ、渉………その子」
「あ、おう、えっと………
座敷童子
」
「違うよね!?」
ドキドキ………ドキドキ…………。
扉を開けて緊張が跳ね返ったのか、一ノ瀬さんは俺の後ろにピッタリ貼り付いた。ピッタリって言うのはですね………その何というか
所謂
ゼロ距離って言われるものでして……。背中が
温
かいっていうか?まあ?クマさん先輩が一ノ瀬さんと密着したがる気持ちも解るっつーか?
「ちょ、ちょちょちょ一ノ瀬さん」
「え……!?その子もしかして一ノ瀬ちゃん!?そこの席の!?」
驚いた顔で芦田が声を張り上げた。おいちょっと、教室の全員こっち見たんだけど。そんな事されたら一ノ瀬さんずっと出て来れなくてこのまま───このまま?ほ、ほう……まぁ別に?一ノ瀬さんが嫌ならこのままでも別に良いっていうか?この
温
かさと柔らかさを味わうのも悪くないかなってゆーか?
「ちょ、ちょっとっ………」
「え?」
「ダ、ダメよ、そんなの………」
「あ、おう………」
夏川が近づいて来て俺と一ノ瀬さんの間に手を差し込んだ。黒板側にゆっくりと押し込まれ一ノ瀬さんから離される。結果、一ノ瀬さんはそのままそこに棒立ちする事に。流れに身を任せた後に振り返ると、夏川と一ノ瀬さんから何か物言いたげな顔でこっちを見ていた。一ノ瀬さんは助け求めてんな……目から伝わるメッセージ性よ。
「ああ!?一ノ瀬ちゃんが前髪切ってる!」
「あ!ホントだ!可愛い!」
「その方が良いじゃん!」
一ノ瀬さんのイメチェンに気付いた女子から
姦
しい歓声が上がった。白井さんとか岡本さんも喜色の笑みで走り寄ってる。女子ってこういうときはグループとか関係なく連帯感生まれるから凄ぇよな。俺が髪切って教室に入ったときに『えー佐城くん髪切ったーん?』って一斉に男子どもに走り寄られたら全速力で逃げるわ。てか腰抜かすわ。
白井さんも岡本さんも一ノ瀬さんと同じく文化系っぽい感じだし、仲良くなれない事もねぇだろ。少なくともバイトでこっちが逆らえないと思ってる客よりは十分に話せると思う。
一ノ瀬さんから助けを求めるような視線。無理だから。女子に揉みくちゃにされてるのとかもう一番どうにもできないやつだから。大人しく揉まれときなさい。へへへ、組んず解れつな女子はええのう。
自分で鼻を伸ばしてると、右側から夏川の訝しげな目線が。
「………もしかして、バイト先の子って」
「あ…………さ、さぁ?どうだろうね?佐城わかんない」
夏川と芦田には割と一ノ瀬さんについて言っちゃってる部分がある。一ノ瀬さんが例の”バイト先の大人しい子”だってバレるわけにはいかねぇ……例えバレてたとしてもはぐらかす以外の選択肢は無い……!
「いやほら、俺って痴呆なとこあるから」
「………」
「……………あの」
「………」
飛び降りれば良いのか?