Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (20)
罪深き山崎
騒がしいA組、B組の教室。しかし、我が学び舎のC組の教室の前は不思議と静かだった。廊下から教室の内側を見る限り、既に多くのクラスメイトが揃っているのがわかる。
その中に、教室のど真ん中で腕を組んで佇んでいる見慣れない後ろ姿を発見。見慣れてはいないが、あの長めのポニーテールはつい最近見た憶えがある。側には小動物のような可愛らしい後ろ姿もあった。
「よし、俺の事は良いから先に行け芦田」
「ヤダよ!レディーファーストに見せかけた無茶振りやめてよね!」
「じゃあ夏か───」
「は?」
「ぁ、す、すいません……」
良いから早く逝きなさいよと目で訴えかけて来る(拡大解釈)夏川を前に強気になれなかった。俺は貴女の犬です、何でもご命令下さい。
とはいえどうしたら良いか解らず手を
拱
いていると、教室の中央に居る先輩とバッチリ目が合った。合ってしまった。為す術もなく、彼女はズンズンと廊下に居る俺達の元にやって来ると、目の前の窓を開けた。
「やあ、朝礼まで来ないと思っていたよ」
「お、おはようございます……四ノ宮先輩」
「ああおはよう………〝山崎〟くん」
は・あ・く☆
「いやぁビックリしたよ。ゆゆと一緒に君を探して一年生の教室を回ってみたら“山崎”という名字の男子生徒が1人しか見つからなかったんだ。聞き回ってみたら山崎君はこの学年に本当に一人しかいないという話じゃないか」
「いえ、先輩は誤解してるんですよ。実は居るんです、この学年には幻の山崎がもう一人───」
「サジョウくん」
「あ、はい」
「昼休み、昨日の場所で待ってるよ」
「はい」
ニコリと微笑んだ四ノ宮先輩は俺の横を通り過ぎ去って行く。その後ろを赤いリボンを揺らしながら稲富先輩が付いて行った。もの凄く申し訳なさそうな顔で
此方
を見て来たけど結局一言も言葉を交わす事は無かった。
教室を覗くと憤怒の表情の
本物
が。
「佐城テメェ!俺を
騙
りやがったな!」
「山崎……」
「アアッ!?ンだよ!」
「四ノ宮先輩は………タイプじゃなかったか?」
「あ……?いや、まぁ……タイプっちゃタイプだけどよ……」
「……話せたか?」
「ああ、けどよ……」
「良かったな、山崎」
「……おう」
山崎を巧みな話術で黙らせ、大人しく自分の席に着く。夏川は何か言いたげな顔で
此方
を見て来たけど、朝から疲れたのかふいとそっぽを向いて自分の席へと向かって行った。対して真横で鼻息荒くする女からは鬼気迫るほど熱い眼差しが注がれている。
「ちょっとさじょっち!四ノ宮様に探されるなんてどういう事……!?」
「色々あって名前訊かれたんだよ……かの風紀委員長様に憶えられると面倒な予感がしたから思わず嘘ついちゃった……」
「馬鹿っ!せっかくの寵愛をさじょっちは……!」
「何言ってんだお前……」
風紀委員長、四ノ宮凛。クールビューティな振る舞いにより男女問わず人気があり、特に女子からは王子様的な扱いを受けているらしい。どうやら芦田にとっても四ノ宮先輩はプリンス的な存在らしい。笑止、アイドルは夏川愛華一人で十分である(刮目)。
「あれ?そういえば愛ちと一緒に来たの……?」
「いや、廊下で会ったんだよ」
「へー、そーなんだ」
横目で遠くに座る夏川の様子を窺う。机に頬杖を突いて疲れたようにグダッているように見える。良いぞ可愛い。そして姉共がすまんかったな。
そういや芦田に言われたように、夏川が俺や芦田以外の生徒と仲良さげに談笑する姿はあまり見ない気がする。周囲を見る限り、チラチラと夏川と話したそうにしている生徒は居るように思えるけど……俺も近くに居ない事だし、これは時間が解決してくれそうだ。
◆
「ピザまん……?」
「売店に売ってたんで」
「君、さては謝る気無いな……?」
「いえいえ、ちゃんと二つ買いました。これがどういう意味か分かりますか?お一つどうぞ」
「見ての通り、隣にはゆゆが居る」
「どうぞ、スペアの三角チョコパイです」
「スペア」
生徒指導室。開幕早々、四ノ宮先輩は呆れた目を向けてきた。この狭い部屋で目の前でそんな顔されると俺も芦田みたいになってしまいそうだ。その横で稲富先輩が戸惑いの目を俺に向けている。少なくともまともな人間のようには見てくれていないようだ。
押し付けるようにブツを渡すと、四ノ宮先輩は溜め息をついて対面の席を指差す。
「まぁ良い、座りなさい」
「承知致しました」
「そこまで畏まらなくて良いんだが……まぁ良い」
席に着いて向き合う。先輩二人にこうして向き合われるとまるで面接でも受けるかのように思えてしまう。実際にある程度の緊張感が漂っている。
「さて〝佐城〟、君は何で嘘ついた」
ほほう、もう逃れられはしないと。そう言いたいのか。だけど大丈夫、先輩はいかにもな感じに直情的な性格だから何を言われるかは予想できていた。だからこそ敢えて言わせてもらおう、俺の本音を。
「風紀委員長という立場の人間に名前を憶えられても面倒な予感しかしなかったので反射的にクラスメートの名前を答えてしまいました」
「なっ……!?しょ、正直で宜しい。しかしそれだと君は面倒をクラスメイトに押し付けた事になるぞ」
「山崎は喜んでました」
「そ、そうか……──いや判らんぞ!何で嫌がる生徒と喜ぶ生徒が居るんだ!」
何と、それを詳らかに話せと申すか。それは山崎的に結構恥ずかしい話になると思うんだけど……まぁ良いか。どんな結果に転んでも山崎が喜ぶ未来しか見えねぇや。
考えていると、四ノ宮先輩の隣で稲富先輩が得心がいったように頷いていた。
「稲富先輩は理解してるみたいっすね」
「は、はひっ……!?あっ、あの……!」
「おい、ゆゆを怖がらせるんじゃない」
「本当に申し訳ありませんでした」
「待て冗談だよ、どうして君は直ぐに謝っちゃうんだ……」
小動物的な女子に怯えられると超傷付くからだよ。寧ろ謝らないと気が済まないんです。男ですみません。いやでも俺がもしイケメンだったらやっぱり反応変わるよね……?たぶんそれが現実。
「え、えっと……!何て言えばいいのかな……」
はわはわしてて可愛い。こういう人って将来どんな奴とくっ付くんだろう。助走つけてぶん殴った後に絶対幸せにするんだぞってそいつの背中に張り手してやりたい。
「え、えっと……佐城君はさっき言った通りで、山崎君は凛さんが綺麗だから喜んだんだと思います」
「なっ……こ、こら!ゆゆまで冗談を言うんじゃない!」
「じょ、冗談じゃないですよぅ……」
「………なんかすまん、山崎」
一寸のズレも無く的確な分析をされ、山崎に対して申し訳なさを感じた。四ノ宮先輩が褒められ慣れてないお陰で女子が嫌うような山崎の男臭さを誤魔化せたような気がする。俺何もしてないけど。
「んんっ……!と、とにかくだ佐城。そのような理由で人に嘘を吐いてはいけない」
「はぁ……」
多くの生徒に慕われているように見える四ノ宮先輩はリア充なんだから、教室の隅に居るような生徒の気持ちなんて理解できない……と勝手に思ってたんだけど、感情が豊かなところを見てると
強
ちそうでもなさそうに思えてきた。
俺は俺のポテンシャルの普通さを自負している。俺の考え方がもし一般に近しいのだとしたら。多くの〝普通〟の生徒が俺と似たような行動を取りがちなのだとしたら。
俺に偽名を使われたのと同じように、四ノ宮先輩は気付かれない内に今までさり気なく忌避されて来たんじゃないだろうか。風紀委員長だからというだけじゃなくて、自分に自信を持てない奴は優れた人間に見劣りするのを恐れて直接的な接触を避けるからな。特に女子はその傾向が強く見える。要は優れた容姿と男勝りな態度が相まって、それが他人との壁となってしまって知らず知らずの内に人を寄せ付けなくなってるんじゃないか。
そう考えると、何だか急に四ノ宮先輩に同情心が湧いてきた。先輩も寂しい思いをしているんじゃないかと。
「以後気を付けます、すみませんでした」
「うむ、気を付けたまえ」
「はい、それでは失礼します」
「ああ、また機会が有ったらな」
「はい」
「えっ……」
はぁ、厄介なのに捕まった。四ノ宮先輩達のような美人と話せるのはありがたいけど、風紀委員として接して来ると容姿度外視の圧を感じる。リア充かどうかというよりも権力のある人間と関わるのはこんなにも面倒なんだ。
やっぱり平凡な日常が一番。そうなるように徹していたつもりなんだけど、何で無用な接触を避ける俺がこんな生徒指導室なんかに居るんだろうな。やっぱり偽名を使ったのは不味かった……あれ?そもそも何で俺が偽名を使ったのがバレたんだっけ?
「───ま、まってっ……待ってくださいっ……!」
『!』
凄く必死そうなか細い声が聞こえた。明らかに四ノ宮先輩の声じゃなかったし、だったらあとは一人しかいないこれは立ち止まらねばと思って振り返る。あら可愛い。
……リボン着ける女子高生とか絶滅危惧種だよな。これは大切にせねば。保護してや───あ、嘘ですはい。