Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (21)
蚊帳の外の幸せ
「ま、まって……待ってくださいっ……!」
「!」
振り返ると、
稲富
先輩が胸元で小さく拳を作って立ち上がっていた。その横で四ノ宮先輩が驚いたように彼女を見ている。
そして、
「…………しまった忘れてた」
「ちょっと先輩?聴こえましたよ今」
小声で呟いた風紀委員長様。思わずツッコミを入れてしまった。稲富先輩が恨めしい目で四ノ宮先輩を見上げている事から、何やら俺への説教とは別の用件があったんじゃないかと思う。まぁ俺を叱るだけなら稲富先輩は要らないもんな。そもそも俺を探しに一年の教室を見て回ってたんだったか……うん、よし。
「じゃあ失礼します」
「いやいやちょっと待て!」
生徒指導室から出ようとしたらすっ飛んで来た四ノ宮先輩から捕まえられた。えへ、捕まっちゃった。呼び止めるんじゃなくてわざわざ捕まえに来る辺りが四ノ宮先輩らしいな。
「おい……!今の流れで何で去ろうとするんだ!」
「えー?四ノ宮先輩がこの場を
締
めてくれましたしぃ?」
「違う!本題は君への説教じゃなかったんだ!その話し方やめろ!」
ぶっちゃけ冗談の退出詐欺だったから大人しく席に戻る。稲富先輩がホッと胸を撫で下ろしてる。癒される、ボケかましといて良かった。そしてやっぱり四ノ宮先輩は冗談が通じるタイプじゃなかった。
「本題、ですか?」
「如何にも。そのためにゆゆがいるんだ」
四ノ宮先輩の言葉に稲富先輩の方へと目を向ける。また怯えられるかと思ったけど、先輩は体を震わせながら妙に決意に満ちた目で俺を見返した。
「ゆゆは君の厚意を断ってしまった事をずっと気にしていてな。だからその事を謝り、改めてお礼を言いたいんだそうだ」
「お礼……?実際に手伝ったわけでもないのに?」
「まぁそう言うな。聴くだけ聴いて行ってくれ」
肩を竦めて改めて稲富先輩に目を向ける。散々可愛いだの癒されるだの思ってたけど、いざこうして自分だけに目を向けられると緊張する。稲富先輩が今から俺に向かって大きな勇気を振り絞って何らかの言葉を放つと考えると、緊張を和らげてた
邪
な感情が消えてしまうんだ。いやその方が良いんだけど……うん、稲富先輩みたいな人は遠目から眺めてほわほわするに限るな。
「あ、あの……あの時はっ……佐城君の親切を踏み躙ってしまってごめんなさいっ」
「はい」
「そ、それとっ……重そうにしてる私に声をかけてくれてありがとうございました……!」
「……ああ、いえ」
凄く真剣に言葉を振り絞った稲富先輩。言い切った後に返事をしてみると、それを皮切りに達成感に包まれた様な晴れやかな表情になった。何ですかこの生き物は、俺を悶え死にさせるつもりですか。全然
邪
な感情が湧いて来るんですけど。
「この調子で男の人への苦手意識を治せるように頑張ります!」
「……」
…………はぁ?
スッと自分の中で冷めて行くものがあった。男性嫌いは仕方がないにしても、その発言はどうなんだろう。自分の中で稲富先輩を見る目が大きく変わったのが解った。
危ない、思った事をつい口に出してしまう俺の悪い部分が出るとこだった。それで余計な事を言ってしまうのは俺の望むところじゃない。
「……ですね、その調子です」
「はい!………ぇ……?」
「わざわざありがとうございました。また機会があったら宜しくお願いします。それじゃあ、失礼しますね。」
「何だ急だな?……ああ、また悪さしてそんな機会が出来ないようにな」
「そっすね、それじゃまたいつか」
さぁ、教室に戻ろう。戻って隅から夏川の横顔でも眺めよう(趣味)。自分を曲げ、妥協し、隅っこの方で大人しく享受し続ける男、それが今の俺。〝普通〟という殻を破るのは本当にやりたい事を見つけた時で十分だ。それまでは、知り合いでもない誰かの努力なんてどうでもいい。
だから、勝手にやってください。
◆
少女が二人、昇降口から外に歩きながら外の空気に当たっている。正面にはグラウンド。その手前を左に曲がれば、渉がかつて立ち尽くして我に返った時の例の塀がある。
渉が夏川愛華を追い掛けるために入った私立
鴻越
高校。大仰な門と
絢爛
な校旗が出迎える進学校である。
二人の少女はグラウンドの前に立ち、その巨大な門を内側から眺めていた
「もう夏だな、ゆゆ。外もあまり爽やかではなくなってきた」
「はい……そうですね……」
「……ゆゆ?」
先程まで後輩の男子生徒に会っていた二人。四ノ宮凛、稲富ゆゆはそれぞれ伝えたい事を伝えられてすっきりと昼の時間を終えた───はずだった。
「何だ今さら武者震いか?確かに君は男子生徒が苦手だが、アレは後輩な上に小生意気なだけで粗暴さは無かったじゃないか」
「はい……他の男の人と比べると、確かにそうですね」
凛の言う通り、佐城渉という生徒は後輩である。ゆゆが渉に対する申し訳なさに苛まれていた時、後輩だという事を聞いたことで彼に謝ろうと決意できたのだ。実際に会ってみても、風紀委員長である凛と軽快な会話を弾ませ、悪い人ではないのだと思えた。
「でも……私、何か怒らせるようなこと言っちゃったかもしれません……」
「なに?怒らせるような事?」
凛はゆゆの言葉を反芻し、眉をひそめて怪訝な顔をする。あの状況に何ら違和感を感じていなかったからこそ、凛はゆゆの言葉が妙に思えた。
「あの時君が変な事を言ったとは思わないし、佐城も怒っていたようにも思えなかったが……」
「そう、ですね。凛さんにはそう見えたかもしれません」
「ふむ……?」
ゆゆは男性に対する苦手意識を抑え、後輩男子に対して真摯な態度に努めようと、出来るだけ彼と目を合わせて接した。だからこそ、ゆゆには彼がただあの空気のまま自分を許し、感謝の気持ちを受け取ってくれたとは思えなかったのだ。
「なんて言えば良いかよく分からないんですけど……その、佐城くん……とてもつまらなそうに私を見ていたんです」
「なに……?アイツがか?」
興味無さげにされる分にはゆゆも恐怖を抱かない。寧ろはっきりとその様な態度を取られる方が事務的に接する事ができ、男子生徒が相手でも最低限のコミュニケーションに支障が出なくて助かる。
だが、自分がその苦手意識を改善しようと前向きな言葉を発した直後にあのような目を向けられたのは酷く寒々しく感じた。
「あ、いえ……私の勘違いなだけですねきっと。凛さんとは仲良さげでしたしっ」
「ふむ……」
あくまでゆゆの主観で感じた事。本当に佐城渉がつまらないと思っていたとは限らない。凛としても、渉には相談に乗ってもらって改善策を見出してもらい、挙げ句その効果に満足しているため彼が悪い生徒だとは思っていない。
だが、他でもない自分を慕ってくれているゆゆの言葉である。それをそのまま静観しようとは思えなかった。
「
大丈夫だ
ゆゆ、君は可愛い」
「な、なんですかそれぇ」
凛はゆゆを後ろから抱き締めて撫で回す。最近身に付けた新しいやり方をそのまま実行し、自分は見上げられる者なのだと自覚した上で行動に移す。自分は引っ張って行くのみ。そしてその後は、頼れる仲間達に任せようと。
幾ばくか経ったその末、ゆゆには笑顔が戻っていた。
◆
隗
より始めよ。
かの古人がそう言ったように、俺が目を向けるべきはまだ身近なものであるように思える。身の程知らずな振る舞いで時間を無駄にし、心の酸いも甘いも手の届かないものに向けてしまった。それが間違っていたとは思わない、自分の置かれた環境を整える事ができていたならばの話だが。
きっと、俺はまだどこかで届きそうで届かないものに手を伸ばしているんだろう。
「……あ!さじょっちさじょっち!」
「……?」
教室に入ると、俺に気付いた芦田が小声で手招きした。よく分からんけどそのまま向かって、耳を貸してみる。
「あれっ、あれ見てよ……!」
「? ……なん、だと……!?」
芦田が小さく指差す先。その奥では夏川が数人の女子生徒と仲良さげに喋っていた。しかもクラスの一部にのさばっているお下品系の女子ではない。普通の、そう普通の可愛い女子達と話しているのだ。今日は赤飯かな?
「ふっ……やったな夏川」
「
何
さそのお父さんみたいな眼差し……あ、
ざっきー
も入ってった」
「殺すぞ山崎」
「や、さじょっちはざっきーに文句言える立場じゃ無いからね」
ぐぬぬ……仕方ない。何人もの女子生徒の手前だ、いくら頭の足りない山崎だってバスケ部っぽい妙な真似(※偏見)は起こさねぇだろ。ここは見過ごしてやろう、夏川プロデュース大作戦のために……!
いや俺ほんっと何もしてねぇな……。
「そういや芦田は夏川と飯食わなかったん?」
「そうしようとしたんだけどね。その時には、だよ。アイコンタクトでエール送っといたから大丈夫だよ!」
「ほーん」
呆れた目をした夏川の顔が頭に浮かぶ。俺的にも芦田は夏川の側に居た方が良いと思うんだけどな……その方が周囲も話し掛けやすいと思うし。
しっかしやっぱり思った通りだった。夏川は人の中心に居るのが似合ってる。本当なら最初からこんな普通な俺を気にかけるような子じゃなかったんだろうな……。
「芦田も行って来たらどうだよ? 留守番なら任せろ」
「何を守ってくれんの……」
送り出した芦田が夏川を囲む生徒達に突撃する。すると夏川を含めた皆が笑って、教室が和やかな空気に包まれた。良い空気だ、プロデューサー
冥利
に尽きる、ご飯2杯は行けそうだ(※並食)。
端っこの方からそれを眺め、和やかな教室の背景と化す。それだけで余っていた味気ない菓子パンも何だか美味く感じた。そう、俺は遅食でもあるのだ。
今の俺でも夏川の居るあの一角はキラキラフワフワした煌びやかな空間に見える。姉貴とその取り巻きの側に居て居心地の悪さを覚えたように、俺はあそこの末端に居てもそう思ってしまうのかね……?
でも、あの夏川の姿は俺が望んだもの。遠くからそれを眺めることで、俺の心にささくれ立つバリのようなものが剥がれて行くような気がした。