Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (59)
空気のナイフ
「田端、塾大変なんだって?俺代わるぞ」
佐々木の提案に田端は「う、うん……」とイエスを返して萎縮したように下を向いた。クラスの中心的存在に不意を衝かれて思わず頷いてしまったって感じだな。またそれで大槻先生から感心したような目を向けられてんのがムカつく。
「あら、良いの? 佐々木君がやってくれるのはありがたいけど……サッカー部は大丈夫?」
「はい、一年はレギュラーとか無いんで大丈夫ですよ」
さっきのジャンケンは何だったの……。あっという間に男子の担当は佐々木に変わってしまった。これで男子は佐々木、女子は夏川と、イケメンと女神の組み合わせになったっつーわけだ。佐々木の大胆過ぎる行動に動揺を隠せないんだけど。アイツ思い切り良過ぎんだろ。
てか怖い。夏川に対する気持ちを知ってる俺からすりゃ思惑が明け透けだけど、他のみんなからしたら〝勉強に忙しいガリ勉君に気を遣って代わりに面倒事を引き受けたイケメン〟に見えてるんだろうな。佐々木と田端が逆の立場だったら〝何か急にしゃしゃり出て来た目立ちたがり〟なんて思われるに違いない。これがイケメンとの違い。
「うっわ、ささきんマジイケメンじゃん」
「ほう……ならば俺は夏川の側近として側に付こうじゃないか」
「うるさいよつけ麺」
「つけ麺」
それは罵倒なの? 罵倒なんだろうな、目が物語ってやがる。場所が場所なら強烈なスパイクくらってるやつだわ。おいやめろ、俺の顔見て夢が覚めたみたいな顔すんな。常に現実見とけ。
「田端、礼くらい言おうぜ」
「え……あ、ありがと」
「いや、俺が自分で言い出したことだし気にしてないよ、勉強頑張れよ」
「う、うん」
ひぇぇぇ………。
近くのオラついた
安田
に黙ってる事を咎められ、田端は怯えるように佐々木に礼を言った。それに対して佐々木はカビをキラーするようなフェイスでシニカルスマイルを放つ。もうやめたげてよぉ……。
何とも形容しがたいこの感じ、めちゃんこ気持ち悪りぃ。ジャンケンで負けたくせに渋った時の悪印象なんか余裕で吹き飛んだわ。いつの間にか哀れな印象しかない。もはや何しても立ち場悪くなって行きそう。こんな感じの空気感で追いつめられるやつ、何となく進学校の方が多そう。
「───やだなぁ」
「え? つけ麺いや?」
「いや、つけ麺は美味いぞ」
「へんっ、知ってるよーだ」
ええ……何なのこの子。美味いと思ってるB級グルメを三枚目野郎の
喩
えに使うなよ……あ、B級? そーゆーこと? は? 喩えめっちゃ上手くね? 普通に座布団一枚なんだけど。
「宜しくな、夏川!」
「うん、宜しくね佐々木君!」
佐々木ににこやかに笑い返す夏川。それを見てチクリと胸が痛んだ。理由なんて解り切ってる。アイドルの推しメンがスキャンダルされたら悲しいもんな。裏切られたとかそーゆー感情より前に、〝知らない男のものになる〟ってのがヤバいんだよなたぶん。アイドルにハマった事無いけど。そーゆーことにしとこう。
ジワジワと漏れ出す感情に落ちついて蓋をする。思いのほか冷静で居られるし、簡単に切り替えられそうだからついでに無かった事にしよう。アイドルならまだしも、お金ですら買えない幸せなんざ期待するだけ無駄だもんな。てかまだ佐々木と夏川がそうなるわけじゃねぇし。夏川が幸せならそれでオッケーですっ。
「えー、何かすっごいお似合いなんだけどあの二人……」
「おー、そうだな」
「え?」
「え?」
普通に相槌を返したつもりだったけど、芦田が超驚いたって感じで見返してきた。なにその反応……俺だって普通の感覚くらい持ってんだけど? 実際お似合いに見えんじゃん夏川と佐々木。
「さじょっち……何でそんな普通で居られんの?」
「いや……まぁな」
「……」
まぁ、芦田がそんな怪訝な顔をする理由もわかんねぇわけじゃねぇけど。芦田は俺の夏川に対するアプローチを間近で見てたから。ここで俺が焦った反応を見せないのもおかしな話か。まぁ、一応心の整理し始めてからちょっと経ったからな。
そういや俺が夏川に言い寄ってた時は、どっちかっつーと芦田は呆れながらも面白そうに俺を応援してくれてたタイプだったな。あの時は〝本気〟と書いて〝ガチ〟と読むくらいの熱量だったし。色んなもんが盲目になってたなぁ……今も好きな気持ちは変わらないんだけどさ。
「そりゃあんなぐうの音も出ないほどお似合いだったら笑うしかねぇだろ」
「うーん、負け犬」
「貴様」
コイツ……淡々と言いやがった。冗談抜きで残念なやつを見る感じがムカつく……もっと
慮
ってくれても良いじゃんかよ。ただでさえ負け犬の自覚あんだからダメージでかいんだって。熱い想い閉じ込めんの結構キツいんだからなっ。熱々の水餃子ばりに危ねぇんだかんなっ。
「ハァ……──あ?」
イケメンならざる者の不遇さに溜め息を吐いてると、視界の端から強烈な視線を感じた。見てみると、佐々木が勝ち誇ったような顔でこっち見て───こっち見んな。もう解ったから。どうだと言わんばかりにアゴ突き出してんじゃねぇよ逆に変顔だからそれ。
露骨すぎて逆に冷める……別に止めようとしてないのに何なのその対抗心。イケメンがフツメンにメラメラすんなよ……好きにアプローチすりゃ良いじゃんかよ……何でわざわざ煽ってくんの? もしかしてあえて俺にやる気を出させようとしてる? なにその遠まわしな激励……余計なお世話過ぎんだけど。
この逆に鎮火して行く感じ……何だろう、くそムカつくはずなんだけどな……。
ああそうだ、ヤンデレブラコンの妹を持つ奴に悪いやつは居ないんだよ。良さげな未来が見えねぇからあんま鼻についたりしないんだよ。だって絶対結婚遅めじゃんアイツ。
佐々木……強く生きろよ? 夏川の事は微妙だけどそれ以外は応援してるからよ。過ちだけは犯さないように気を付けるんだぞ……あ、そういやそろそろ
定期
報告しないとじゃん。遅れると佐々木が危ねぇわ、妹自慢されて砂糖吐きそうとでも言って機嫌取っとくか。誰ってそりゃ、有希ちゃ───
◆
「待ってたぞ佐城」
「あ、今日塾なんですいませんっすー」
「待て待て待てッ……! 君は塾に入ってないだろう!」
まさに帰ろうとしたその時、下駄箱で四ノ宮先輩が待ち構えてた。最近すげぇ来襲してくんなこの人。そんなに俺に興味津々なの?
嫌な予感しかなかったから田端の真似しつつ人波に紛れて急いでる感出してみたらまさかの「そんな訳ない」と断言されて腕を掴まれた。塾通ってるかもしれないじゃない……! 見た目で判断するんじゃないよっ。
「まぁ警戒する気持ちは解るが待て。別に改めて強引に勧誘しに来たわけじゃない。無駄な抵抗はやめろ。お縄に付け」
「わかりましたわかりましたから! 逃げないんでその連行する感じやめてくんないっすか!」
風紀委員長の四ノ宮先輩がいち男子生徒を捕まえるとかもう不良を粛正してるようにしか見えないから。前に生徒指導室連れてかれたときも「えー、何あれー?」ってなってたから。てか、かったッ……腕ビクともしないんだけど!
力を抜いてみせると、わかったのか腕を放してくれた。紛らわしいことしてくれたと恨みがましい目で見上げる。こうなれば勧誘されてる立場利用して強く出てやる……。
「で、今度はどしたんですか」
「いやなに、この夏場に風邪を引くような軟弱者を鍛えてやろうと思ってね」
喧嘩売ってんのかこの風紀委員長。
え? 何でそんな「どうだありがたいだろう?」的な顔できんの? 真正面から堂々と軟弱者と言われて何て返せば良いのかわかんねぇよ。てか鍛えるってなに、この人何か武道でもやってんの? 筋トレ? 腹筋割れてんのか? ホントに割れてそうで怖いんですけど。
「あ。稲富先輩が絡まれてる」
「ん何ぃッ!!?」
愉快すぎない?
面倒事は御免なり。ここはさっさと靴を履き替え──くっ……!? こんな時に限ってローファーに上手いこと足が入んねぇッ……! 面倒だからとスリッパ履きし過ぎたかッ……!
「佐城」
「すんません」
背中肉だるんだるんのブルドッグのごとく掴まれたらもう謝罪するしかなかった。これは生徒指導室直行かな? 稲富先輩の名前出して騙すとか藪蛇でしかなかったわ。どうせ風邪ごときで昏倒する軟弱者さぁ俺ぁ。
「そんな不貞腐れたような顔をするんじゃない……風紀委員の事は抜きにしても、楓の弟であり不本意だがゆゆのお気に入りの後輩が病弱なのは寝覚めが悪い」
「や、別に体が弱いわけじゃ……って不本意ってなんすか不本意って」
あれか。この人くらいになると心の中に稲富先輩のファントムでも飼ってんのか。可愛いもんなあの子……先輩なのに〝子〟って言っちゃったよ。アンタ卒業したらどうすんの……留年すんの? ゆゆパイセン依存症で発狂しない?
当然だと言わんばかりにニカリと笑う四ノ宮被告。ほんとイケメンって嫌いだわ何で女子なのにこんなキマッちゃうの? ……俺周囲の女子に睨まれてんだけど。
「まぁ騙されたと思って付いて来たまえ。私のお節介と思えば良い」
「はぁ……」
おかしいな? またまた拘束されちゃってるな? てかこの感じ腕組みじゃね? 何でこの人にときめかないのか解ったわ。姉貴と同じカテゴリだからだわ。姉貴に匹敵する戦闘力を感じる。や、寧ろここ数年で姉貴の攻撃力が上がったのはこの先輩の薫陶だったか。
どうしてくれる。