Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (62)
アルバイト
夏休みは引き篭もって延々とゲームに勤しむ───それを理想としてたけど、今後も程良く自分の生活を豊かにするには必要なものがある。
そう、¥である。こう言うと何か万単位の額をやり繰りしてる感あってちょっとカッコ良い。何を隠そう、この長期休暇を利用して社会経験を積もうと言う腹積もりなのだ(※超建前)。てかもう出勤初日なのだ。
「本当に良いんかいな? 高時給でもあるまいに」
「いやぁ充分っすよ。有り余る小遣いが欲しいわけじゃないんで」
探し抜いて見つけたのがこの
閑古鳥
鳴きまくるガチで最低賃金の古本屋。強いて言うなら高架下近くで車の音がうるさいくらいか。個人経営で、完全に店主の爺さんの趣味。時給が安い分仕事が本当に楽なのがセールスポイント。何より粗暴な客みたいなのはそもそも古本屋に来ない。
「買い取り査定に値札シール、在庫整理は私がやるから、本の整理と接客は頼めるかね」
「寧ろそれだけで良いんすか?」
「接客やってくれるとか神だから」
〝神〟の使い方ヤングだなこの爺さん。さてはどっかにラノベが置いてあるな……? 整理は任せろ、俺の事務雑務能力が火を吹くぜ! 火吹いちゃ駄目だな……。
そっち方面は入学前の春休みでのコンビニバイトで経験済みだ。しかもこれは姉貴にもバレていないという暗黒時代。割と激務でキツかった記憶がある。二度とやらねぇ、特にレグさんとかいう外人の同僚に日本語教えるのが怠かった。何で採用しちゃったの……。
それに比べてこの古本屋よ。本の取り扱いさえ丁寧にしときゃ客側ができるだけ喋りたくない系の層ばかりだ。古本読むギャルとかヤンキーとかファンタジーだからマジで。
「あーん? ここタバコ売ってねぇのー?」
「あ、ここただの古本屋なんすよー」
あーやっぱこういう事もあんのか。休憩入ったら『タバコ販売しておりません』ってポップ書いて入り口にでも貼っとくか。……古本屋に? 明朝体とかで書いた方が良いのかな……黄ばんだ用紙に筆ペンとか使っちゃって。
業務中は本の整理ばっかだからほとんどレジは
伽藍堂
。ギャランドゥー……暇になると頭ん中腐ってくな。仕事モードのスイッチ入れてるときに暇になると逆にキツいんだよ。
「店長、本の整理終わりゃっしたー」
「ほ、本当か……!?本当だ……お前さんを採ったのは当たりだったよ」
「え、他に居たんすか?」
「顔中ピアスで金髪の───」
「あ、オッケーす大丈夫っす心中お察しするっす」
「すまんの……」
接しやすい。接しやすいよこの爺さん、どっかの道場の師範代とは大違いだわ。竹刀も持ってないし。昭和から脱出してる感じするわ。ウェルカムトゥ平成───終わってんじゃねぇか。早く脱出しないと。付いて来れるか爺さん……!
「一人居るだけでこんなに違うとはの。お前さんの要領の良さもあるんだろうが」
「コンビニバイトとかやってましたからね。このくらいの仕事量なら寧ろ何かしてないと逆につらいっすよ」
「ええのぉええのぉ。今日はもう上がって良いぞ。若者の時間を奪うのは趣味じゃない」
「え、でもまだ三時間───」
「ちゃんと五時間で付けとくから安心せい。既にいつもの業務の八割が終わっとる」
最高かよ何だここ。んで大丈夫かよ何だここ。潰れかけの店で楽するために入ったのにすげぇ愛着湧きそうなんだけど。ヤバいどうしよう、死ぬほど明朝体のポップ作ってやらぁ見とけ爺さん。
◆
「11時……だと?」
車走音の響く高架下。そこで肉まんを頬張る高校生、俺。まだ午前中なんだぜ? バイト終わった時間とは思えねんだけど。下手すりゃこの時間にどっかの店の掛け札が〝OPEN〟に変わる時間なんじゃねえの。ホントに? 本当にお給料もらっちゃって良いの? 罰当たらない?
「テメェふざけんじゃねぇよコラッ!!!」
え、リアルタイムに罰当たっちゃう感じ? マジかよ爺さん、まさか明朝体が気に食わなかった? テーブルにちょっとインク染みたのバレちゃったかな……そりゃ罰当たるわ。
や、冗談抜きで何かヤバくねどうしよう。
人気
無い場所だし、女子高生あたりが絡まれてる感じ? 気が付かずに直ぐそこまで近付いちゃったもんだから立ち去る俺の背中見られんだよね多分。
「……あれ?」
あれ小っさ、小せぇな。部活に行く途中の中学生が小学生の男の子虐めてる感じか。よく考えたらこの辺って反対側がビジネス街だけあって治安は良い方なんだよな。高校もうちしか無いし。何か拍子抜けっつーか。
あれなら───まぁ、良いか。
「うら、やめろコラ」
「───ゲッ、高校生!?」
自分でもよく分からんけど気が付いたら何の考えも無しに中学生達の前に出てた。ホントに何も考えてなかったんだけど何やってんの俺……でも謎の自信が有る不思議。相手が見るからに中学生だからかね……? 高校上がってイキっちゃった感じ?
「んだテメェ殺されてぇのか!!」
「あーオッケオッケ、殴りゃ良いよもう。あ〜あ、大丈夫キミ……?」
「なッ……何だよお前」
「怪我無い? 押し飛ばされだけか。良かった良かった。立てそう?」
声変わり途中の声で凄まれてもあんま怖くねぇな。
ぐすぐす泣く小学生を立たせて怪我が無いか見る。痛いところが無いか訊くとちゃんと頷いてくれた。近くに放られた鞄は傷一つ無い。ランドセルとかだったら日常的なイジメか判断しやすいんだけど。小学生ももう夏休みか。
何か言ってる中学生達をガン無視して男の子の世話してると、中学生らはぶつくさ言いながら自分達の鞄を持って去って行った。遠くから悪口が聴こえる。あんにゃろ。
気を取り直して、できるだけ穏やかな──まぁ何と言うか真っ当な大人っぽいトーンで尋ねてみた。
「名前、言える?」
「さ、ささき───」
まさかの。
「ささきこうた」
あ、名札付けてる───〝笹木光太〟か。何だろう、超安心した心地がする。アイツとかぶってたらこの先の対応が少し変わってたかもしんない。
有
希
ちゃん……弟居たらどんな性格になってんだろうな。よく分からんけどその弟は早熟する気がする。
「そうか……お家の人と連絡取れるものはあるかな」
「んっ……」
左胸の名札をつかむ笹木光太くん。ちょいとごめんね、なんて光太君くんの名札をひっくり返させてもらうと、そこには緊急連絡先と書かれた紙が挟まっていた。成る程、だから夏休みになっても付けてたのか。逆に危ない気がしなくもないけど……。まあ良いや、こういうのは下手に連れ歩く方が危険なんだ、高架下とか最低のシチュエーションだし、さっさと電話しよう。
「あ、笹木さんのお宅ですか? 実は───」
◆
コンビニでポケットウェッティなるものを買い、ご老人達が日向ぼっこしている広場で鞄を拭き拭きしてると、明らかに取り乱した様子の女性がパタパタと駆けて来た。
まず目に入ったのははためくロングスカート。女子大生を思わせる
垢
抜けた容姿にテンション上がる。めっちゃお姉さんっぽい人が現れた。これは海老で鯛が釣れたパターン───おっといかんいかん……。
少し周りをきょろきょろしてから俺の隣に立つ光太くんを見つけると、名前を呼びながら小走りでこっちに向かって来た。光太くんも「おねえちゃん!」と叫びながら抱き着きに行った。
「コウくん……! 良かった……怪我は無い?」
「うんっ、大丈夫だよおねえちゃん!」
小学校の道徳の教科書に載りそうな絵面だな。教育テレビとかでドラマ化したらありそうな光景……こんなありきたりな再会シーンでも
生
で見るとちょっと「おおっ……」てなる。願わくば赤の他人として眺めたかったんだけどな……目の前の光景が神々し過ぎて実感ねぇよ……俺ホントに当事者?
さっさと立ち去るのも怪しさしかないし、申し訳ないけど説明だけさせてもらうか。平静装えるかな俺……。
「あの、すみません。先ほど電話させていただいた者ですが」
「! あ、はいっ、貴方が……」
私だ───あ、違う違うふざけたいわけじゃないの。
改めて正面から見ると超お姉さん。全身からふわっふわオーラが溢れ出てる。女子大生ってやっぱ高校生とは違うんだな。夏川は当然として、芦田とかも進化するもんなのかね。突然変異されて芦田にどぎまぎするとか嫌なんだけど。
「そこ出て近くの高架下───帰り道だったんですけど、中学生に因縁付けられてたみたいなんで声を掛けさせて頂きました」
「はいっ、そのっ、本当にありがとうございました……!」
「ああいえ気にしないでください。それと、光太くんから詳しい事をまだ聞いてません。話は落ち着いてから聞くとして、帰ったらまずランドセルに過度な
傷痕
が付いてないか見てください。今回みたいなのが初めてかどうかはまだわかっていないので」
「は、はい! 家で確認します……」
殴る蹴るの暴力は見なかった事と、一応危惧してる内容だけ伝えた。こう自分の話に真摯に耳を傾けられるのも中々無いから思わずアフターフォローに力が入っちゃうな。ポロシャツ着てて良かった。ほら、何か大人っぽいじゃんポロシャツ。
にしても目の前にするとこのお姉さんマジでやべぇな。袖のヒラヒラした服だけど、夏の空の
下
を走って来たからかちょっと張り付きが……ヤッバい、このまま接してると俺のクソみたいな部分がボロボロ出そう。こんな綺麗な人に変な目で見られたくない、早く退散した方が良いかもしんない。
「あの、それじゃお大事に───」
「あっ、あの……すみません。何か連絡できるものとか……」
ですよねー……名乗ります名乗りますとも。こういうの断ると怪しいだけだもんな……。