Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (71)
労働の後に
「佐城君、今日はありがとねっ」
「いえいえ、稲富先輩こそ今日も可愛かったですよ」
「えへへ、もぉ。からかわないでよぉ」
「アンタ。ゆゆ口説いたら殺すわよ」
「俺を倒したいなら姉貴を倒してから来てください」
「ぐっ……卑怯よ!」
卑怯なの……?
サクッと三田先輩に嫌われつつ私物を纏める。これで俺の今日のノルマは終わりのはずなんだけど……四ノ宮先輩は立場もあってか事後作業に追われてまだ帰って来ていない。少し待とうと先輩達と喋ってはいるものの、ぶっちゃけもうする事無いんだよな……帰っちまうか?
「………えっ」
うっそん。
三田先輩達もこれで終了なのかと思いきやびっくり仰天。なんと風紀委員の皆が三年生を中心に書類を広げ始めた。底知れない労働意欲に軽く畏怖を覚えた。
「いやあの、まだやるんすか?」
「そうよ。これから今回の来場者集計とアンケートに報告書。これを纏めて提出して終わりね」
うわぁ、風紀委員やりたくねぇ……。
それが顔に出てたのか、三田先輩が俺の鎖骨の部分を小突いて来た。超痛い、でも今のは申し訳無かったな。
でも纏める内容はそんな難しいものでもない……? パソコンも有るみたいだし、俺とかでもできるんじゃないか……?
「……パソコン一台空いてんなら、俺何かやりますよ」
「え、ええ……? いーよぉここまでやってもらったんだし」
「もしかして去年のテンプレート有ったりします?集計をファイルにするくらい俺にもできますよ」
「そこまで言うんなら任せましょうよゆゆ」
「う、うん……」
手作業で書類纏めしてる委員が多いのにパソコンは余る……こりゃあれだな、扱える人が限られてんのか。まさか中学時代にこっそりやってたバイト経験が活きる時が来るとは。
「これがその資料っすか?」
「え、うんそうだけど……ホントにやるの?」
「その方が早く終わるんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
ノーパソを持って手書きされた中学校ごとの集計資料を分別してる二年の先輩の隣に座る。デスクトップの適当なフォルダから似たような集計データのファイルを開いてどんな感じに纏めているかをチラ見。同じ形式になるようにカタカタとキーボードを叩く。懐かしいなこの感覚……こんな業務的にパソコン触るなんて超久々だわ。
「ほぉん……え、13校も来たんすか? この辺そんなに中学校有りましたっけ?」
「この辺じゃ進学校だからねぇ、私が中学生のときに通ってた塾じゃ、いっつも偏差値ランキングの二番目や三番目にあったはずだよ一番じゃないっていうのがまた何かねっ……えへへ」
来場校の数に驚いて思わず声に出すと、2年の先輩が明るく返してくれた。やだ凄い親しみやすい。こういう人良いな、ちょっと無邪気な感じが可愛いんだよ。
談笑しながら手を進める。思ったより数が多くて苦労したけど、バイトの時の量に比べたら瞬殺だ。言った通りの内容を表に纏め、過去の形式に添ってグラフを作成して別のシートに貼り付ける。時給上げのために鍛えてなかったらこういう便利な機能すら知らなかったんだよなぁ……何気にあの時は地獄を見てたな。バックれなかった自分を褒めてやりたい。
一時間半くらいか。時折会話を挟みながら作業を進め、最後に完成したファイルを相互に確認して終了。「大丈夫大丈夫」と意気込んでた割には皆その場でグダッと伏せている。仕事が終わった感動を噛み締めているんだろう。
「終わったぁ……甘いもの食べたいよぉ……」
「一ノ瀬くぅん……」
「わっ、その、えと、由梨ちゃん……?」
口々に漏れ出す願望がとても切実に聴こえる。視界の端にめっちゃ目に毒な光景がありますね……周囲が余計にダメージ受けるんでやめてくれませんか。盗んだバイクで走り出したくなります。
「……結局、四ノ宮先輩は帰って来なかったっすね」
「あっちはもっとつらいわよ。うちの校長も交えて各校の先生と会談してるからね」
「先輩ハゲないすかね」
「ハゲないわよ」
それを聞くとパソコンをカタカタ打つだけで仕事が終わるのがとても恵まれた事のように感じる。ひたすらお偉いさんと話さないといけないなんて地獄だぜ……。将来就く仕事はよく考えとこう。
「他に仕事は……?」
「もう無いわよ。平日ノルマも併せて終わり。後は解散するだけね、流石に凛さんも帰って来るんじゃないかしら?」
「じゃあご褒美に栄養ゼリーあげないとですね」
「アンタそれまだ持ってたの……もう
温
いどころじゃないじゃない、絶対にやめて」
ついさっき余計に飲む気失せる光景を目の当たりにしたからな。一度冷蔵庫で冷やさないととても飲む気になれない。持ち帰りまーす。
話す三田先輩の奥、稲富先輩がパソコンの前で机に上体を投げ出してグダっとしていた。そのまま顔だけ前に向けると、くしゃっとした顔で「うぅ〜」なんて唸り出した。とても……そう、とても
幼気
な声で。
「………」
「アンタ今“膝に乗せたい”って思ったでしょ」
「! い、いいえ? な、何言ってるんですかそんな訳ないじゃないですかもぉっ……!」
「狼狽えすぎよ」
な、何故バレた……実際にするわけじゃないし思うだけなんだから別に良いじゃない! そんな責めるような目で見ないでくださいよ!ってああっ……!? この先輩、自分の膝の上に乗せやがった!チクショウ! 眼福だ!!!
「ねぇあのさ。アタシ、佐城のこと舐めてたわ」
「え?」
癖
を刺激され悶々としていると、三田先輩が急に呟くように切り出してきた。え、今日何なの?神様がくれた冥土の土産?明らかに今から照れ臭いこと言うよね?
「いや、佐城が凛さんに気に入られてるの、楓さんの弟だから贔屓されてるんだって、同じ後輩としてちょっと嫉妬してたんだ。でも違ったね」
「う……そ、そうすか」
「うん、何ていうか……アンタ面白いもんね。そこに居たらつい話しかけちゃう感じ?今日の働きぶりも思ってたのと全然違ったし、納得させられた」
「そ、そうっすか?先輩こそ……最後の方で現場を指揮する姿カッコ良かったですよ」
「ふふ、女の子の褒め言葉としてどうなのそれ」
「あ、いや……その、ですね……」
あの、話に集中できないんで稲富先輩の肩に胸乗っけんのやめてもらって良いですか。
◆
結局、四ノ宮先輩と顔を合わせる事は無く副委員長を除いてその場は解散となった。三田先輩達は他の風紀委員の女子達と予定があるらしく早めに下校していった。対して俺はと言えば、のっそりと鞄を持って一人下校するだけ。いつもなら心寒く感じるんだろうけど、今日は一日を通して、こう……刺激。刺激が強過ぎた。ムワッとして暑苦しい廊下が逆に安心する。日常が戻って来たって感じがする。
昇降口への向かいざま、風紀委員会の隣にある文化祭実行委員の会議室の近くを通る。丁度後方の扉が開いていたから中が見えた。
しん、と静まって黙々と作業に取り組む一同。思っていたより本気な感じが窺えて思わず瞠目する。視線は自然と俺の知り合いの元へと向かって行った。
「………」
隣り合い、アイコンタクトを交わして仕事をこなす二人。静まった教室で時折小声を交わし、仲良さげに作業に取り組んでいる。
──ああ……ありゃ凄ぇわ
何らかの雑誌の表紙を飾っても良いくらいの
画
に嫉妬心とかよりも逆に感心が湧いた。胸に生まれた心臓を抉り込むようなこの感情……幸いだったのはその感情を直ぐに自覚できたことか。何とか自制心で薙ぎ払って夏の暑さに溶かしこむ事ができた。何だ、やればできんじゃねぇか俺。
「……贅沢だろ」
自分の最近を振り返るとポツリと声が漏れた。ホントなら人と会いづらい夏休みだというのに中々充実しているように思える。先輩達どころか大学生のお姉さんにまで可愛がられてどう見ても俺は幸せ
者
だろ。だから、度を越して自分の欲を優先することは良くねぇんだわ。これ以上見ていても目に毒なだけ。
俺の〝今日〟が終わった。だからもう寝るまでのものは全て見なかった事にしよう。その方が、きっと良い夢を見れるだろうから。
◆
高二病に襲われると自己嫌悪と久々の重労働で帰る気力を失くした。中庭の日陰のベンチに座って呆然とする。南風は暑いけど、ボディーシートで拭いたところが煽られると涼しくて心地いい。このまま寝てしまいそうだ。いやいやいかんいかん。
周囲を見渡すと、中学生達がワイワイ言いながら部活見学に勤しんでうろうろしてた。一人で居るのを見られんのも何だか恥ずかしいし、そろそろ帰るか。
「あ〜、ケツ汗────あ?」
よっこらせいと立ち上がって湿った尻元を触ってテンション爆下げ。最近の中でも特に隙だらけになった瞬間、面を上げた先に奇妙な光景が映った。
昇降口から駆けて出て来る超絶美女。ややウェーブ掛かった赤茶の髪を揺らし、足を踏み出しながら辺りをきょろきょろと見回している。一人だ。普段の俺なら諸手を挙げて突撃して話しかけるところ。それなのに、どこか彼女に〝会いたくない〟と思ってた俺は隠れもしないまま息を潜めるようにその場で固まってしまった。
当然、飛び回る視線はいずれ、こっちに向く。
「ぇ───?」
え、ちょ、こっちに来た。めっちゃ真剣な顔してる。やだカッコいい……惚れそう。ああ、そういや前から惚れてたわ。
きっと今の俺はアホ面を晒してたに違いない、つかつかと歩み寄って来た彼女は少し離れたところで止まると、呆れたように話しかけて来た。
「───何やってるのよ」
「……こ、腰伸ばし?」
高校一年生の夏、青春の時代を生きる俺が、動揺しながら発した第一声は完全にジジイのソレだった。