Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (72)
女神は思い出す
「夏川さん、佐々木君も。体験入学の引率をやってくれないかしら?」
「え……?」
夏休みに入って直ぐのこと。文化祭実行委員の活動中、北棟校舎に赴いた担任の
大槻
先生が私と佐々木君を呼び出して頭を下げた。突然聞かされた慣れない単語に思わず訊き返してしまう。
「八月六日。
鴻越高校
じゃ三年生だけ出校日になるの。その時に何校もの中学生達が来て学校を回る感じね。その案内役を二人にお願いしたいのよ」
「へぇ、そんなものがあるんですね。でも、どうして俺と夏川なんですか? 俺達、まだ入学して四か月なんですが……」
佐々木君のもっともな言葉に頷く。確かに、中学生を案内するというならこの学校に詳しい3年の先輩の方が相応しい。どうしてまだこの学校を知り尽くしてもいない私達がと、同じ事を思った。
「それがね。あまり大きな声で言えないんだけど……この学校は例年、広告になるように見た目の良い生徒に案内役を依頼してるの。それで職員会議で色んな一年生の学生証写真を見せたら、貴方達二人が話に上がったのよ」
「み、見た目、ですか?」
普通の学校じゃ考えられないような判断基準に驚きを隠せない。容姿については自分じゃどうこう言いづらいものの、〝見た目が良い〟と評された事に嬉しさを感じる。その反面、学校側に〝自分の見た目について話し合われた〟という事実が妙に気持ち悪く感じた。
「文化祭実行委員でよく学校に来てるっていう理由もあるんだけどね。忙しいとは思うんだけど、お願いっ! 頼めないかな!」
ぱんっ、と両手を合わせてお願いされ、私と佐々木くんは思わず顔を見合わせる。判断基準はともかく、来年の後輩になるかもしれない子たちの案内という点は誇らしいものに思えた。だけど、同時に緊張で上手く喋れない未来も想像できた。
「夏川、受けてみないか? もしかしたら来年の後輩に顔を憶えてもらえるかもしれないぞ?」
「え? うん……」
佐々木くんは前向きに考えているみたいだ。考える間も無かったからか、流されるまま返事をしてしまった。一拍置いて少し迂闊だったと後悔する。けれど、やっぱり前向きな気持ちが私の中のどこかにあった。
「本当っ!? ありがとう二人とも! それじゃ、担当の松本先生には話しとくね!」
「はい! 詳しい事はまた連絡してください!」
「任せて!」
「えっと……」
とんとん拍子に話が進んで、大槻先生は早々と去って行ってしまった。私は中学生の体験入学の案内役を任される事になった。苦い笑みを浮かべながらも、どうせ学校には週二回ペースで通うのだからと、なるべく緊張しないように今は考えないようにすることにした。
「文化祭に体験入学に、俺は部活もあって───何だか最近充実してるよなー」
「うん……そうだね」
実行委員として活動する中で、佐々木くんはしきりに私に話しかけてくれる。一応私の家に招待した事がある仲とはいえ、元々〝よく話す〟仲ではなかったと思う。それもあってか、気を遣ってくれているようだった。
ぼんやりとしたまま相槌を返して委員会に戻る。佐々木くんには悪いけど、最近はどうにも気分が乗らない事が多い。だからと言って仕事の手を抜いたりはしないけど、会話の続きが何も思い浮かばない事を申し訳なく思った。
◆
「───今年の文化祭のスローガンは『Brand New World〜新たな時代へ〜』になります。だから、文化祭でどんな新しい事ができるか考えていきたいですね」
大半の実行委員がジャンケンで決まったものとは思うけど、そこは進学校だからか、真面目な話し合いのもと文化祭の大枠が話し合われた。去年が〝伝統〟をテーマにした文化祭だったからか、今年は新しいものに着眼点を置いたようだ。
「一年生は去年この学校の文化祭に来てたなら分かると思うけど、結構壮大なものになります。有志や支援者の人がとても多いからそれに応えないと行けないし、正直街を挙げてのイベントになる可能性も考えられるので、気合い入れて取り組む必要があります」
生徒主導の校風は自主性を養うのか、実行委員長の
長谷川
先輩はとても
できる
人だ。一年生の私たちを積極的に引っ張ってくれるし、文化祭をより良いものにしようとしてるんだっていう強い気持ちが感じられる。
「夏休みは事前準備として予算がどれだけのものになるかをクリアにする必要があります。市の運営者、それから卒業生、住民───彼らがどれだけ支援をしてくれるかで今年の文化祭の規模が決まります。つまり、差し当たっては有志者の人数をクリアにする必要がありますね。おおよその人数は去年の名簿から割り出す事が出来るはずです」
「それなら三年は新しい有志者を募るべきだろうな。市役所や公民館に募集の広告を貼れるように掛け合う必要がある」
「でも既存の有志者で文化祭は十分な規模になるわ。それなら去年の有志者の名簿から今年も支援してくれるのかヒアリングする事に力を入れた方が良いと思う」
「それなら三年生は半分に分けて、片方は二年生達と既存の有志者に掛け合おう。一年生には今年分の名簿と暫定予算を纏めてもらうか」
三年生を中心に矢継ぎ早に意見交換が行われ、私たち一年生は半ば置いて行かれるまま役目が決まって行く。内容が目まぐるし過ぎて、私を含めた一年生はみんな揃って首を傾げるばかりだった。でも先輩たちはしっかりした人ばかりで頼りになるから、きっと大丈夫なのではないかと思う。
初回に大枠──スローガンが決まり、二回目で文化祭の概要、そして今回は私たちがする仕事の内容が決まった。現状、ここに来てほぼ座っているだけだ。このままで本当に良いのかと不安になってしまう。
ぼんやりしたまま、私の〝今日〟が終わった。
「その、さ……夏川。気分転換にサッカー部でも観に来ないか?」
「え?」
「いやさ、何か、どこかぼんやりとしてるみたいだし」
佐々木くんにはまた気を遣わせてしまったみたいだ。気分転換にはなるかもしれないけどサッカー部の邪魔になってしまうと申し訳ない。それに私自身、ただ暇という訳でもない。
「ありがとう。でも、愛莉の世話があるから……」
「そ、そうか。まぁそれなら仕方ないよな。悪いな、突然誘っちゃって」
「ううん、気にしないで」
サッカー部で運動神経が良くて気遣いもできる佐々木くん。凄いと思う。クラスの女の子たちがよくカッコいい、イケメンだと騒いでる気持ちも解る気がする。こうして部活にまで誘われたことを考えると、なんだか申し訳ない気持ちになった。
◆
十五時を回ると大半の生徒がそのまま部活に行くからか、昇降口前には私しか居なかった。遠くから聴こえてくる部活動生の喧騒を耳にすると、「どうして自分はみんなより早く帰ってるんだろう」と不思議な疎外感を覚えた。まるで、自分が普通ではないかのような……。
「……?」
後ろ向きな気持ちになっている自分に違和感を覚えた。まるで、自分の普段の生活を否定しているようだった。家では愛する妹が待っているはずだというのに。
「………駄目よ」
愛莉を世話するのは当たり前の日常。文化祭実行委員はやりがいこそ有るものの、楽しいかと言われれば言葉に詰まってしまう。そのまま過ぎた十数日、私の中に生まれたのは許しがたい感情だった。こんなもの、認めてしまっては愛莉に申し訳ない。
「……」
このモヤモヤした感じ……前にもこんな事があったような気がする。形容しがたいデジャヴ感。不意に自分を許せなくなり、抑えなければと戒めるようなこの感覚。いったい何なのだろう。
今までは……──
渉
が居た。去年も
一昨年
も渉が居て、目の前に現れるたびに「またか」って呆れて、そんな渉の行動力に圧倒されて気が付いたら買い物の荷物を途中まで運んでもらったのを憶えている。家に帰ったらお母さんと愛莉が居て、お父さんがお土産を持って帰って来て……。
ああ、だから退屈じゃなかったんだ。あの時は家族以外の誰にも会わない時間が無かった。暇があれば渉やクラスメイトの色んな子に連れ出されて遊びに行って、割と充実していたのを思い出した。
それなら──このもどかしさは何なのだろう。どうして私は、この絡まった感情に〝懐かしさ〟を覚えてしまうのだろう。