Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (81)
笑顔の立役者
「………俺達も帰るか」
「……」
「……」
「……?」
笹木さんたちが去ると辺りは静けさを取り戻した。何だか嵐が過ぎ去った後のような感覚がする。同時に一日の疲れがドッと押し寄せてきたような気がして早くベッドで寝たい気持ちになった。だから帰る提案をしたんだけと、何故か二人のどちらも返事をしてくれなかった。
「あの───ひぃん」
不思議に思って振り返ると、
夏川
と
芦田
が半目になって此方を見ていた。喉の奥でヒュッと音がなる。圧が凄い、これは何か良くない予感がする。
「………女子大生、ねー」
「あ、いやその、それは俺の勘違いだったっていうか」
「どーだか」
プイッ、と芦田にそっぽを向かれた。くそ恥ずかしい勘違いが二人にバレたのは言うまでもない。もはや何か言葉を口にするだけでどんどん立場が悪くなって行く気がして何も言い返せなかった。
場を収めるためには空気を変えるしかない。ここは早急に戦略的撤退を図るべき……!
「───あれ?」
帰る準備をしようとしたものの、ベンチに置いてあったはずの俺のバッグが無い。あの中には財布も入っているし無くなられたら困る。緊急事態に恥ずかしさなんて忘れて慌ててしまった。
「な、夏川! ここに置いてた俺のバッグ知ら───え?」
慌てる俺を夏川は相変わらず半目で見上げている。そんな夏川の姿はさっきと比べて少し変わっていた。視線の先、スカートから顔出す白い太ももの上に、奴は鎮座していた。
〝私は愛莉ちゃんですよ〟と言いたげに夏川の膝の上で抱きかかえられている俺のバッグ。聖域すぎて手が出せない。おいそれは反則だぞ夏川。そしてバッグ、お前はそこ代われ。
「はい、これ」
「お、おう」
「……」
「………あの」
スッ、普通に差し出された。受け取ろうと俺も手を伸ばして掴む。でもおかしいな? 夏川さんったら、全然手を離してくれないの。やだ、力強い。
え、どういう事? これはあれか?
揶揄
われているのか? 奪えるもんなら奪い取ってみろっていう意思表示ですか? いやでも全然そんな感じの顔じゃないんですけど……何でそんな納得いってないような顔で見上げて来るん?
「───女子大生、ね」
「コヒュッ………」
芦田と同じセリフ。そのはずなのに攻撃力が全く違う気がする。一撃でメンタル削られた。心臓の三分の二を持ってかれたんじゃねぇかってくらい胸がグワッとなった。
「………ばか」
俺はバカなんだと、素直に頷いて認めるしかなかった。
◆
芦田の鶴の一声。“じゃあ帰ろっか”の台詞で夏川も立ち上がった。そのまま仲良さげな二人の後ろを付いて行くこと20分。謎の吊るし上げをくらっているような気分のまま俺は背後霊と化した。もうね、ただの変態です。
「あたしはここかな」
校門から少し歩いた先の分かれ道。芦田は別のルートで帰るらしい。そういえば芦田、前に夏川と家が反対なのを愚痴ってたような気がする。前に寄ったファミレスもその間辺りだったもんな。
「じゃあまたね愛ち! ついでにさじょっち!」
「ついでは余計だよ。またな」
「……」
「……夏川?」
芦田のディスりにも慣れてツッコむものの、隣の夏川が手を上げはするものの何も言葉を返さなかった事に違和感を覚えた。歩きざま、前に出て夏川の表情を窺うと、〝笑顔でさようなら〟とはかけ離れた顔になっていた。
「はぁ……もう愛ち、可愛いなぁ……」
「……?」
夏川は浮かなそうな顔だけど、それを見た芦田は夏川を見て頬を桃色に染めながら悶え始めた。百合百合しい二人を見るのはウェルカムだけど、俺には何の事かさっぱりわからなかった。そんな深刻な事でもないのか……?
「あ・い・ち。今度遊ぼっか。愛ちゃんも一緒にさ」
「ぁ……」
芦田は夏川を遊びに誘う。愛莉ちゃんも誘う辺り流石と言わざるを得ない。誘われた夏川はまるで救われたかのように嬉しそうな表情になった。変わり過ぎじゃね?
やだこの二人ホントにちょっとアレじゃない? 特に芦田、お前は寂しそうにする彼女の心情を察して遊びに誘う彼ぴっぴかよ。マジでそういう関係なんじゃねぇだろうな……良いぞもっとやれ。夕暮れの帰り道っていうのがノスタルジックでなお良し。写真、撮っても良いですか。
……え? じゃあなにマジで寂しかったの? 芦田はバレー部でまだまだ忙しいだろうし、遊ぶにしてもなかなか都合が合わなそうだな……(自称)夏川応援隊隊長の俺としてはそんな思いをさせたくないけど、こればかりは芦田を責める事はできない。
「……本当?」
「だってまだ夏休み入ってから一度も遊んでないじゃん! あたしそんなの嫌だもーん!」
「うんっ……うん!」
尊い。
素晴らしい、良い働きだ芦田。俺好みの雰囲気な上に夏川の嬉しそうなこの笑顔……! これが見られただけでも生きる活力が湧いて来る。明日のバイトで急に波のような客が押し寄せてもバッサバッサ捌けるような気がするぜ!
いやぁマジで出校日捨てたもんじゃねぇなおい。苦労した分だけ幸せが返って来るとかアホなんじゃねぇのとか思ってたけど
強
ち間違いじゃねぇんじゃないかって思えて来たぜ。一日の締め括りを夏川の幸せそうな顔で終えられるなんて大団円と言わずして何と───
「ねぇ……」
「え」
え、急に何でこっち───あ、やっべ見過ぎた。
今になって自分の姿勢に気付く。三メートル先でイチャコラするJK二人を前のめりで凝視する男。しかも瞬きした記憶が無い。目ん玉パッサパサ。どんだけ夢中になってたんだよ俺……ガチのアレじゃんか。
ゆっくり向かって来る夏川。少し俯いていて身長差もあって顔色が窺えない。怒られるって緊張のせいか、夏川のウェーブがかった髪がゆらゆらと広がっているように見えた。気持ち悪いとか言われたら死んじゃいそう。
「その……わる───」
「渉も」
「えっ」
「…………だめ?」
駄目じゃないよ(条件反射)
ってな具合でいつもなら言えたはずだけど、夏川の浄化機能が強過ぎて即答出来なかった。まどろっこしい言い回しなんて要らない、やっぱ超可愛いわ。顔が熱くなって来た。ホントに? 夢じゃないよな? 俺今誘われてるんだよな? 後でやっぱり嘘なんて言わないよね? 馬鹿野郎、夏川はそんな事言う女じゃねぇよ。
「……だめ?」
「だ、駄目じゃないっ……」
二回はヤバい。二回はやべぇわ。
可愛いんだよ。これ以上なんて表現すりゃ良いの? 俺の語彙力じゃどうにも出来ねぇよ……。ひれ伏せば良いのか? ひれ伏せば良いのか?
「なに慌ててんのよ……」
誰のせいだと思ってんだこの
女神
ァッ……!! そう簡単に俺が美人と堂々と会話できると思うなよ! もうね、視線とかマジで右往左往だかんな!だからそんな真っ直ぐ見ないでください……!
「……じゃあ───」
夏川はフッと俺と芦田にそれぞれ目をやり、照れ臭そうな仕草をして俺を悶えさせると、最後にそっと上目遣いで殺し文句を放って来た。
「め、メッセージとか……して良い?」
「ぐはっ」 ※オーバーキル
「はうっ」 ※全回復
なけなしの心臓に大岩をぶち込まれたような破壊力だった。そもそも夏川って元々そんなキャラじゃなくない? 素っ気なくされ過ぎた今までがあったからかギャップを感じて仕方ない。腰抜けそうなんだけど。これ以上見せられたら思わず逃げちゃいそうなんだけどどうしよう?
芦田は……もうダメだね、うん。見るからにポワッポワしてんだけどガチでそっちに目覚めちゃった?解るわその気持ち。きっと俺が女に生まれてても夏川に惚れてたと思う。
「あ、愛ちぃっ……! 汗臭くて悪いけどもっかい抱き着いても良いかな!?」
「さじょーストップ!」
改まって確認するところがマジやべぇから。ここまで行くと俺のツボじゃない、女同士なんだからわざわざ確認なんてとらずにイチャコラすりゃ良いんだよ。そこが良いんだよっ……!
「止めないでよさじょっちッ……! 女同士なんだから何も問題無いはずだよ!」
「わざわざ言葉にするんじゃねぇよ!」
まさか俺より先に芦田が堕ちちまうとはな……俺と違ってセクハラとか気にしなくて良いから自制心が効かないのね。
危
ねぇ……ここが人の往来の無い場所だったら寧ろ推奨してるとこだったっ……!
「えっと……」
「気を付けろ夏川……今の芦田は俺よりも変態だ!」
「わ、渉よりも……?」
「ごめん俺の事は一回忘れてくれる?」
何で〝俺よりも〟のとこに強い反応しちゃうの? 前から変態って思われてたってこと? マジかよバレてんじゃん。後ろで残り香を待つのがダメだった……? ダメに決まってんだろ。
「愛ちぃ……いつでもメッセージちょうだい」
「……え?芦田とはやりとりしてると思ってたけど」
「夏休みに入ってからは……。圭、忙しそうだったから」
「そんな気ぃ遣わなくても良いのにぃ」
女の友情にも礼儀有りってやつだろうか。芦田が言うみたいに気なんて遣わなくて良い気もするけど……夜中にグルチャで騒がしくするより百倍マシな気がする。そういう几帳面なところも好きです。幸せになってください。
「芦田が良いって言ってんだし、バシバシ送っちゃえば?」
「…………………渉は?」
「もちボッ……!?」
まあ舌噛んだよね。