Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (123)
新たな場所で
『テンプレ』。本当の意味なんか知らんけど、俺みたいな漫画とかゲーム好きの高校生にとっちゃ“定番”みたいな意味合いの言葉だ。同じような手順や設定が使い回されてマンネリ化するものもあるだろうけど、中には“完成されたパッケージ”に進化して良くも悪くもそれが様式美になったりするのもある。
それが現実になって見えちゃうともう“運命”ってやつを信じるしかなくなっちゃうわけだ。提案したやつはジャンケンに負けるし、勝負の前に調子に乗ってる奴は負けるし、押すなって言うと押されるし、方正は年末にビンタされる。
いつもあるものは必要なときに限って無かったりするし、逆にこの前まで欲しかった物が要らなくなったときに限って手に入ったりする。
──それと同じように、顔を合わせたくないときに限って鉢合わせちゃったりするんだよな。
「え……!? 佐城くんの後ろ夏川さんなの!? 良かったじゃん!」
「前は離れたなーなんて思ったけど、やっぱ佐城の執念ヤバいよな〜!」
人聞き悪くね? 何てこと言っちゃうんだよ相部と松田。
まぁそうだよなぁ……大して絡んだ事も無く事情も知らない奴からしたらそんな感じだよなぁ……やっぱ運命? 嬉しさと気まずさでもうどうして良いかわかんねぇわ。
「………その、よろしく」
「う、うん……」
クジ引きの結果。中庭側の窓際、後ろから2番目の位置に移動する事になった。よっしゃやったねなんて思いながら教室のド真ん中になった芦田の泣きマネを振り払って移動すると、そこには炭色の岩壁から顔を覗かせるダイヤモンドのような輝きを放つ夏川が座っていた。ごめんな、周りの岩壁たち。
勝手に盛り立てる周囲。少し前まで心地良さまで感じてたそれに今は不意に出た愛想笑いを返す事しかできなかった。
席に着いて周りを確認する。教室のド真ん中になった芦田はヤダヤダなんて言ってた割には早速周りとウェーイしてる。素でああいうノリできんのは羨ましいな。俺もできない事は無いけど恥も外聞も捨てて一緒に馬鹿できる奴に限られるな。まぁ普通そんなもんか。
ぐるっと他も見渡すと、廊下際の後ろから2番目に一ノ瀬さんが座ってた。あの席も良いなぁ、一ノ瀬さんめっちゃ本読みやすそうじゃん。でもさっそく話しかけられててワタワタしてる。可愛くなって接しやすくなった一ノ瀬さんが悪いな、うん。可愛いのが悪い。
「………ね、ねぇ」
「! ……ん、どした?」
ボソッ、と後ろから話しかけられたのが分かった。聴き逃しそうだったけど俺が夏川の声を聴き逃すはずがなかった。話しかけ方からああこれは俺に話しかけてんだなって判ったのはちょっぴり誇らしい。俺、こんな美人の知り合い
居
るんやぞ。
「さっきの………読んだの?」
「………や、まだ。芦田がすげぇ覗き見して来ようとするから」
「そういえば、やってたわね……」
やだ見られてた。元々今の芦田の後ろの方の席だもんな。視界の右端でわちゃわちゃやってたらそりゃ目に付くわ。それなのに嬉しくなっちゃってる俺の女々しさと言ったら……。
「その………み、見たら?」
「……覗き見しない?」
「し、しないわよっ………」
「………わかったよ」
まぁ女神夏川がそんなことするわけねぇよな。そういうとこ真面目だって佐城くん知ってるから。芦田の近くだとノリ的にもアウトなんだよ。仮にコレが“そういう内容”だったとして、夏川みたいに割と真剣な面持ちで見ないと軽い気持ちになっちゃいそうだから。
「んじゃあ──」
「佐城くんも宜しく〜」
「ダスッ!?」
「え、出す?」
そっと例のブツを取り出そうとすると、前の席になった
岡本
っちゃんが突然身ごと振り向いて来た。今の今まで前とか横とかと『宜しく〜』なんて言い合ってたみたいだ。変な掛け声と一緒に制服の内ポケットに入れかけた手で机殴っちまった。
「ああいやッ、うん、何でも。宜しく、うん」
「宜しくね。あ、夏川さんだ〜、近くになれて良かったね佐城くん」
「うっ……そだな………」
『あ、これダメだ』と思った。俺の夏川好きが周知の事実になり過ぎててもうみんな悪意も何もなく涼しい顔で言ってくるんだわ。夏川の前で。そう夏川の前で。俺いま絶対に後ろ振り向けない。気まずさで死ぬと思う。
「私も
深那
ちゃんの近くになりたかったなぁ、
乃々香
ちゃんに取られちゃったぁ」
「……? ああ白井さんね。や、白井さんも一ノ瀬さんの隣とか前後って訳じゃなくね?」
今も一ノ瀬さんに構いに行くわけでもなく岡本っちゃんみたいに周りと話してる。空気を読んで大人しくしてるような印象。
「こーゆーのは近い方が勝ちなんだよ?」
「勝ち負けとかあんの」
「ノリかなぁ」
白井さんと岡本っちゃんの間に“ノリ”とかあんの? 何か言葉として似合わないな。2人とも似ててふわふわポワポワした印象だから丁寧に“雰囲気”って言った方が合いそう。試験前とかこの2人の勉強会に参加したいな。何となく真面目に勉強できる気がする。
「佐城くんは余裕あるから良いなぁ。なぁんか一ノ瀬さんに懐かれてるし」
「ああ、えっと……うん、いいだろ」
「あ、なにそれぇ」
『バイトの後輩だったんだ』なんて夏川の近くで説明するわけにもいかず。まぁああも話してなかった俺と一ノ瀬さんが話すようになったから十中八九察してるだろうけど、だからって俺が言っちゃう訳にはいかねぇからな……。
「──んっ、ん!」
「!」
ん、んん……? あれ、今のって……。
心持ち恐る恐る後ろに振り向く。夏川が喉を鳴らした姿勢で固まっていた。これは……あれか? 早くアレを読めって事か? や、でも読んだところで“そういう内容”だったかそうじゃなかったかくらい、しか言えねぇんだけどな。
「その……」
「あっ、夏川さん。別に佐城くんに迷惑かけられてるわけじゃないよ」
「えっ」
「待って岡本っちゃん何その報告」
まるで普段俺が迷惑かけてるみたいな……や、まぁ出会ってから総体的に考えるとほとんど夏川に迷惑かけてばっかだけど。なに、俺ってその辺の皆からトラブルメーカーみたいに思われてんの? 最近の俺の大人しさ見てないわけ? 最近まで夏休みだったわ。
「えっと……そうなの」
そうだよ。
夏川の返事に嬉しさと妙なむず痒さ、それと申し訳なさを感じた。よく分からんけど少なくとも岡本っちゃんにとって俺と夏川は“
一括
りにできる何か”らしい。簡単に言えばわんぱく坊主と保護者みたいな。誰がわんぱく坊主だ。
とにかく、岡本っちゃんの一言からは“そういう扱い”を感じ取れた。
「えへへ、間近で“佐城くんと夏川さん”が見れるなんて楽しみ〜」
「……」
「……」
……どう反応すりゃ良い? マジもんの気まずさなんだけど。また馴れ馴れしく夏川にアプローチでもして“パフォーマンス”すりゃ良いのか? んなわけねぇよな、夏川から以前に何度もはっきり『迷惑だ』って言われてるし。今さらやっても俺が惨めに感じるだけだし。
お互いの”ため”になる振る舞い方──ちょうど良い
塩梅
の態度。空気を読んで、変に取り繕わず、何も壊さないように。今の俺ならできるはず。春の終わり、夏川の意思に応えるように俺からも伝えた。昨日さらに立場をはっきりさせた。夏川はもう俺が向かおうとしてる先を知ってるはず。
だから──
「期待には沿えないかもだけどな。なぁ? 夏川」
「──ぁ……えっと………う、うん」
夏川に遠慮はいらない。夏川だってその方が変に気まずくならなくて良いはず。既に“終わった”俺達が、岡本っちゃんが期待してるような事になるわけがない。友達同士、『昔あんな事があったね』で済ませときゃ良い。俺の気持ちなんざ適当に奥の方に押し込んでおけば良い。だってそうしときゃ丸く収まるから。
「え……あれ? そういえば最近、名前とか……………あっ」
人の噂は七十五日。一発屋芸人が季節の変わり目と共に忘れ去られるように。俺達の──俺の、有り得るはずも無かった
独
り
善
がりの茶番も、同じように。
「そ、そうなんだぁ……」
「ああ、ごめんな?」
岡本っちゃんは、少し残念そうに笑って前に向き直った。