Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (166)
集まる個性
見た目だけは普通の少女。しかしこちらを見上げる瞳をよく見ると黒々としていて底が見えなかった。真っ直ぐ見てしまうとその深淵に吸い込まれてしまうようにさえ思える。そんなサイレント邪王真眼を向けてきた本日のゲストは清純派を騙ったブラコン──
有希
ちゃんさんです。よろしくお願いします。
「あの、聞いてますか。お兄ちゃんどこですかって」
「有希ちゃん、前に佐々木んちにゲームしに行って以来じゃん。久しぶり」
「お兄ちゃんどこですか」
軽い挨拶を試みてみたものの有希ちゃんさんは有希ちゃんさんだった。どうやら今はそれどころじゃないらしい。ビーグル犬の耳のように伸びる明るい茶髪が、どこからか伝わって来た風に煽られて俺を急かすようにパタパタと瞬いた。目の上に切り揃えられた前髪が一切揺れないのは一体どのようなギミックが使われているのだろう。俺は日本の技術力に興味を持った。
はぁ……。
「………佐々木はサッカー部の連中と回るとよ」
「え、何で今ため息つかれたんですか? 意味わからないんですけど」
「挨拶くらいしようぜ……」
分かりやすく不満そうに切れ味の鋭い言葉を吐いてくる有希ちゃんさん。今のとこ会話の八割が〝お兄ちゃん〟なのは正直異常だった。ちゃんと挨拶する分、アルバイト初期の頃の一ノ瀬さんの方がまだコミュニケーション能力は高かったかもしれない。そんなわけで本日のトークテーマはこちら。『ブラコンからの卒業』。命の保証はできません。
「あの……」
「あ、一ノ瀬さん。この子は有希ちゃん。クラスに佐々木って居るだろ? あいつの妹で生粋のブラコンだ」
「……ブラコン……」
「あっ……」
気まずそうに目を逸らす一ノ瀬さん。その反応を見て気付く、そういえばこの子もブラコンやん……ブラコンのベクトルが違い過ぎて忘れてたわ。まぁでも有希ちゃんと比べて一ノ瀬さんは何というか兄妹の領域を出ない感じだからな。安心してブラコンしてほしい。
「お兄ちゃんのことをあいつ呼ばわりなんて、何様のつもりですか?」
「クラスメイト様だ。日中一緒に居る時間は有希ちゃんより上かもな」
「は? 喧嘩売ってるんですか」
「買うか? 佐々木に迷惑かかるぞ」
「ぐぬぬっ……」
「〝ぐぬぬ〟て」
露骨に悔しそうにする有希ちゃん。俺だから良いかもしれないけどこれが一ノ瀬さんだったらとんでもない事になっていただろう。どうやら男友達に関しては問題ないらしい。問題ない……のか?
悔しいのか、その場で地団駄を踏む有希ちゃん。我が校の学び舎を傷付けるのはお止めなさい。
有希ちゃんは俺を恨みがましく見上げると、一ノ瀬さんを横目に不承不承と訊いてきた。
「その人はわたしの敵ですか」
何をもって〝敵〟なのか分かってしまうのが恐ろしいところ。ここで敵って言ったらどうなるんだろ……ちょっとだけ気になるけど、一ノ瀬さんが泣いてしまうどころの騒ぎじゃなくなる予感がしたからやめた。
「敵じゃないよ……はぁ」
「二回目。二回もため息つきましたね? 佐城さんは私に恨みでもあるんですか? もう二度と話しかけませんよ? メッセージもブロックされたいんですか」
「え、それってもうお役御免ってこと? 定期的に有希ちゃんが聞いてくる『学校での佐々木』は教えなくていいんだ? やったねっ」
「あっ、待ってください。嘘です。ちょっと、何で喜んでるんですか。そこは普通佐城さんが慌てて私に『やめて』と泣き付くとこじゃないんですか。生意気すぎませんか」
「な・ま・い・き・は、お前だっ」
「んぎゃっ!? 髪が乱れる!」
堪忍袋の緒が切れる、には全く届いていないものの、年上に対するあまりに失礼な態度に可愛がろうとは思わなくなった。ブラコンでヤンデレだろうと容赦せん、頭ガシガシの刑です。
「何てことっ……お兄ちゃんにボサボサの髪を見られたらどうしてくれるんですかっ!」
「そのお兄ちゃんに直してもらえ」
「……! その手がっ……!」
この子何でデフォルトで暗い目してるのに感情豊富なの。顔と挙動が合ってないんですけど。パラパラ踊るコナンかよ。佐々木が注文したらマジで踊り出しそうで怖い。
「あの、佐城くん……そろそろ」
「だよな。早く笹木さんを迎えないとな。
他所
の家の佐々木さんと遊んでる場合じゃなかったわ」
「は? いま私とお兄ちゃんの事を遊びって言いました?」
「言ってないけど!?」
「はぁ……教室には居ませんでしたか。佐城さんもあてになりませんし、私も電話する事にします」
「ったく……あいつも災難だな」
有希ちゃんに絡まれたことよりも、実際の兄貴の佐々木の方が可哀想に思えて来た。哀れみの言葉を呟きつつスマホの画面を見る。笹木さんからの新しい連絡は来ていない。学校に入ったところで右往左往して俺達を探してると思うときゅうっと胸が締め付けられた。無礼でヤンデレなブラコンに構ってる暇なんか無かったんだ。
無線のイヤホンを耳に付けてスマホの画面を見つめる有希ちゃんを尻目に一声かけておく。
「んじゃ有希ちゃん、俺たち待ち合わせあるから行くわ。佐々木の方は大所帯だし、広いとこに居ると思うからそっち探してくれ」
「待ってください」
「おんっ」
背を向けながら言うと、脇の隙間から伸びてきた手に鳩尾を押さえられて息が詰まった。何なのその引き止め方……命握られた感スゴいんだけど。武術の一種? 男女逆だったら下乳タッチだったよこれ。セクハラだったよ?
「なに。有希ちゃんなら本気出せば佐々木を嗅ぎ分ける事くらいワケないだろ? 俺いる?」
「私を何だと思ってるんですか。こんな混雑した場所でそんな事できるわけないじゃないですか」
さすがの有希ちゃんでも佐々木の匂いを辿るのは難しいらしい。まぁここまで人が多いとな───んん? あれ、なんかおかしくね? まるで人が
空
いてたら出来そうな感じ何なの? 俺も五十メートルくらいの距離感なら夏川を辿れる自信あるから普通に頷きそうになったわ。
「わかったわかった。どしたん」
「お兄ちゃんが私の電話に出ません。どういうことですか」
「クエスチョンマーク付けて訊いてくんない? 何で俺が尋問されてる感じなんだよ。サッカー部の連中と回ってて気付いてないだけなんじゃねぇの」
「いいえ、きっとどこかの女と一緒に回ってるんです。佐城さんと違ってお兄ちゃんイケメンですから。佐城さんでさえ女の子と回ってるのにお兄ちゃんが男の人だけと過ごすわけないじゃないですか」
「その引き合いの出し方なんなの? 悪意しか感じないんだけど。佐々木が野郎と回ってる時に俺が女子と過ごしちゃダメなのかよ。てか兄貴の事そんなに好きなら信用してやれよ」
「私のお兄ちゃんへの愛を辞書にある言葉で片付けないでください。この感情は神にだって定義付ける事はできません」
「ごめんなさい、宗教勧誘はお断りなんで。行こう一ノ瀬さん」
「は、はいっ…………あっ」
「えっ?」
こうなったら強引に吹っ切るしかないか。そう思って離脱しようとすると、一ノ瀬さんが前方を見て小さく声を上げた。つられて前を見ると、前方から女子大生が辺りを見回しながら歩いて来るのが見えた。あー……そっちから来ちゃったかー。
「えっと……───あっ! 佐城先輩に、
深那
先輩!」
「笹木さん──え、先輩?」
俺と目が合ってパァッ、と笑顔になる笹木さん。俺も呼び返そうとしたところで、いつもと呼び方が違う事に気付いてドキッとする。前から先輩呼びだったっけ……ときどき
揶揄
うように〝佐城先輩〟なんて言って来た事はあったけど。
「アルバイトの時に話すときはいつも先輩って言ってたよ……?」
「え、そうなの……?」
俺の考えを察したのか、一ノ瀬さんが教えてくれた。メッセージでやり取りはあったけど、お互いを呼び合う機会はそんなにだったからな……しばらく直接会ってなかったし、もしかすると俺が居ないところで勝手に呼び名が変わってるのかもしれない。一ノ瀬さんなんて名前の先輩呼びだし。
……ちょっと待って。
アルバイトの時
って何。一ノ瀬さん、バイト中に笹木さんと俺のこと話してんの? 何それスゴい気になるんだけど。
「お久しぶりです! 佐城先輩!」
「久しぶり、笹木さん。少し見ない間にまた大人っぽくなったんじゃない?」
「えへへ、この服、今日はお母さんから借りたんですよ!」
「そりゃ大人っぽいはずだわ」
笹木さんは
美白浜
中学の制服じゃなくて秋っぽい色合いのベルスリーブのワンピースを着ていた。さすがに中学生の女子が着る服じゃないとは思ったけど、母親から借りてるなら大人っぽいのも納得だった。
「深那先輩のおっとり姿も新鮮ですっ」
「お、おっとり……?」
「前髪! いつもはぴっちり分けてるじゃないですか!」
「! あぅぅ……」
「きゃあっ、照れる深那先輩可愛いですっ……!」
初めて前髪を下ろしてる姿を見せたのが恥ずかしかったのか、一ノ瀬さんは両手で前髪部分を隠して俺の後ろに隠れた。そんな様子が可愛かったのか笹木さんが興奮したように跳ねる。
ダメだ処理しきれないっ……まず一ノ瀬さん! 隠れる姿が可愛いのは俺も大いに同意だ! そして笹木さん! 興奮する度に中学生みたいにぴょんぴょん跳ねるのはやめなさい! 小さな子供だって居るんですよ!
よく考えたら笹木さん中学生だったわ……上下の動きが刺激的過ぎるんだよな。上下の動きが。
笹木さんと一ノ瀬さんは俺を間に鬼ごっこを始めた。くるくる回る度に至る所をボディータッチされて純粋に嬉しさを感じた。この感情を隠すのはやめよう……思春期男子として喜ばないのは逆に失礼だ。たぶんもう一周回ってそれが紳士的なんだと思う。
「もうっ、そんな逃げないでくだ──あれ?」
「……え?」
笹木さんの無邪気さを見てようやくJCと認識して父性を覚え始めた頃、笹木さんが一ノ瀬さんを追い掛けざまに俺の左腕をムギュッと抱えたところで止まった。そこで止まっちゃうか………身動き取るなよ俺………少しでも動かしたら過失は俺だぞ。
「もしかして………有希ちゃん、ですか?」
「え、もしかして風香ちゃん?」
え、この二人知り合いなん?