Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (196)
違う、それは
【見る? 貼ろうか? 貼ろうか?】
【やめて】
【絶対にやめろ】
【キモい】
心配の声はやがて誹謗中傷へと代わり、俺は開示請求も辞さない気持ちで無事を伝えた。そもそも顔割れてんだけどな。相変わらず女子からの罵声は攻撃力が高い。鎮痛剤の効果が一気に薄くなった気がする。
痛
ててて……。
そんな俺に追い打ちをかけるように文化祭の打ち上げを楽しむ様子の画像がスマホのトーク画面に貼られていく。楽しんでるようで何よりだ。俺のせいでみんなを萎えさせるような事が無くて良かった。ていうかちょっと寂しい、画像だけじゃくて、誰か動画送ってくんないかな……せめて雰囲気だけでも。
「………ハァ……」
ベッドの上、無音の自室は画像から伝わる賑やかさとは打って変わって静かだった。仰向けに寝転がったまま耳を澄ますと、どこか遠くから車が通り抜ける音が聞こえる。誤って左手を投げ出さないよう、スマホを握る右手もそっとベッドの上に置いた。何でこんな事になってるんだろうなぁ……。
「……ん」
トーク画面を開いたままにもかかわらず震え始めるスマホ。誰かが通話して来てる……?
妙に重力に負けそうな前腕を拾い上げ、画面に目を向ける。
「!? なつかブフッ───!?」
表示された名前にびっくりしてスマホを手からこぼす。みごと俺の鼻先に落ちて視界に星屑を散らした。そうか……これが厄日ってやつか。ようやく合点がいったぜ。お前が全ての黒幕だったんだな……。
「な、なふはわ……」
何で、と思うことも無かった。思えばしつこく付き纏っていたあの頃も、心配してわざわざ俺の家の場所を
山崎
から聞き出して訪ねてきたほどだ。俺が知る、
夏川
の当たり前の優しさだった。
鼻を押さえながら腹筋だけで何とか上体を起こし、スマホを拾って画面に指を這わせる。
「も、もしも───え!?」
通話開始して耳元に持って行こうとした瞬間に画面に映る、夏川のご尊顔。まさかのビデオ通話に大声が出てしまう。慌ててスマホを正面に構え、俺の右腕は血の通った自撮り棒と化した。画面には、不安そうな表情の夏川が映っている。
「────元気?」
『こっちのセリフよ!』
【悲報】夏川、怒る。
どう考えても言葉を間違えましたね……。ただ正解も思い浮かばない。次点で「なんか用?」が思い浮かんだけどこれも夏川が怒る光景しか思い浮かばなかった。俺たぶんいま余裕ないんだな……。
「わ、悪い、心配かけちゃった?」
『そッ……そうよ! 教室に戻ったら居ないし、知らない先輩があんたの荷物持って行くし……病院に向かってるって言うし……』
「……」
自分の眉尻が下がるのがわかった。やっぱり夏川は夏川だった。優しくて、世話焼きで、可愛い女の子。あまりに
完璧
すぎて現実を疑ってしまいそうだ。実はVRMMOにログインして三年目なんてオチなのかもしれない。そんな理想的な存在に悲しい顔をさせてしまっている。返す言葉に
躊躇
い、そしてなおさら事の経緯をそのまま語るわけにはいかないと思った。
『……大丈夫なの?』
画面に映る俺を見てるのか、夏川はカメラの位置よりやや下のあたりを見ている。凝視されていると思うと
面映
ゆいな。直接目を合わせてるわけでもないのについ顔を逸らしてしまう。
『ちょっと、よく見せてっ』
「あ、うん……?」
ちょっと怒られ慌てて元に戻す。そんなに眺めるもの? 俺の顔のどの辺をよく見てるんだろうか……確認観点を教えて欲しい。次からそこを重点的に仕上げるから。いきなりキメ顔したらどんな反応するかな……。
『きゃッ……!?』
「!」
危ない考えに胸をハラハラさせていると、画面の向こう側で夏川に誰かが後ろからガバリと抱き着いた。スマホが振られて画面の映像が乱れる。顔は見えなかったけど、
芦田
だ。芦田だよな? 少なくとも女子じゃなかったら失神する自信があるぞ。頼む……!
『さじょっちを独り占めしてる犯人つっかまーえたっ!』
『け、
圭
っ……! ひ、独り占めってっ……そんな』
『やっほー、さじょっち。無事……? 何で胸を撫で下ろしてんの?』
『あ、その手……』
正しい百合ップルの完成に全俺が安堵した。別に他の女子でもそれはそれで
捗
るものがあるけど、少なくとも野郎による強引なセクハラじゃなくて安心した。ほっとしたのも束の間、包帯でグルグル巻きになった左手を見られてしまう。手の甲側で良かった。
「いやほら、グループの方に送った通りだよ。文化祭の片付け中にヘマしちゃってさ」
『手に、刺さったって』
「そうそう、工具がこう、グサーって」
『うっ……』
二人は怪我の瞬間を想像したのだろう、呟いた直後に目をキュッと瞑って堪えるような顔をする。心配してくれてるのにごめん、可愛い。今なら画面にキスできるな……やめよう、新たな黒歴史を作りかねない。
『……その、本当に大丈夫なの? 後遺症とか……』
「まだ絶対とは」
『そう……』
『ちゃんと治ると良いねー』
「まぁ、そうだな……」
真面目に心配されてやっぱり照れくさくなってしまう。ひとまず大丈夫って事は伝えたし、これ以上二人の打ち上げを邪魔するわけにはいかないよな。今は俺の分まで楽しんでほしい。
「ありがとな。今カラオケなんだろ? 楽しいところに水を差してごめんな?」
『え? ちょっと』
「ずっと俺と喋ってても仕方ないだろ。芦田、夏川が歌ってる動画送って」
『えー? さっき誰が撮ってたっけ?』
『ちょ、ちょっと! 撮られてたの!? 待って!』
「くっくっく」
夏川から離れた芦田が画面の中から居なくなる。夏川の様子を見るに芦田は一足先にカラオケの部屋に戻ったようだ。追いかけられない夏川は引き留めようとして諦めると、溜め息をついてジト目で俺を睨んだ。
『随分と余裕あるみたいね』
「ごめんって」
『もうっ……』
歌ってるところを撮られてた事実を再び思い出したのか、夏川は顔を赤くして目を逸らした。そうか、歌ってたのかぁ……生歌聴きたかったなぁ……つくづくこんな怪我をしたのが悔やまれる。
『……学校は、来れるの?』
「余裕余裕。行ける行ける。たぶんな」
『楽観的なんだから……』
この呆れた顔を見るのも何度目か。きっと
愛莉
ちゃんに匹敵するか、それ以上だろう。通話開始直後の時よりだいぶ表情が和らいだ気がする。こうしてビデオ通話してようやく安心させる事ができたみたいだ。
「元気そうだったってみんなにも伝えてよ。夏川とか芦田の口から言った方が説得力あるだろ」
『うん───ま、待って……その、
渉
と通話したって……みんなに?』
「よろしく。深刻に思われても嫌だからさ」
『う、うん……そうね。深刻に────あっ、
一ノ瀬
さん……』
「うん? 一ノ瀬さん?」
突如、夏川の口から挙がった名前に思わず訊き返す。元バイト先の先輩として、精神的パパとして、実兄に代わる守護霊として気にせずにはいられなかった。一ノ瀬さんもカラオケ歌ってるのかな……聴きてぇ。
『一ノ瀬さん……打ち上げ来てなくて』
「えっ、そうなの?」
『アルバイトだって……』
白井
さんと
岡本
っちゃんから全力で誘われてたのにな……。でもカラオケみたいに騒がしいところはそもそも好きじゃないだろうし。乗り気じゃないのは想像に難くない。こういうドンチャン騒ぎの場はまだ一ノ瀬さんには早かったか…………うん? 一ノ瀬さん?
「………あっ」
『?』
「明日の代休、一ノ瀬さんとデートじゃん」
『は、はぁ!? デート!?』
「いやほら、本棚買いに行くっていう。芦田も一緒に行きたいとか言ってたやつ」
『あ……』
本棚、買いに行く、デート、うーん……ちょっとさすがにこの左手の有様じゃ難しいかもしれない。さっきの学校行けるって話も、明日の代休でガッツリ休んだ前提で話してたし。一ノ瀬さんに一日中痛々しい左手を見せてしまうのも抵抗があるな……気を遣わせる光景が目に浮かぶ。
『……そっか。だから一ノ瀬さん、あのとき渉を探して…………』
「え?」
『ねぇ……渉。一ノ瀬さんにも後で連絡してあげて。
大槻
先生からあんたのこと説明されて、ちょっと様子がおかしかったから……』
「お、おお……わかった」
『絶対よ?』
一ノ瀬さんか……確かに関わりのある俺が怪我して病院に向かったなんて知ったら必要以上に心配しそうな気がする。明日のデートが難しそうなことも含めて、ちゃんと謝らないとな……。
『て、ていうか……』
「ん?」
『な、何で……わざわざ〝デート〟って呼ぶのよ。本棚を買いに行くだけで何もないんだから、ただの〝お出かけ〟でしょ?』
「ふぐぅ」
そ、それを言われると……。い、いや、そこそこ親交のある男女がオフの日に私服で一緒に出かけるんだ。これはもうデートで間違いはないはず。断じて〝デート〟っていう度に一ノ瀬さんがポッ、と少し照れたような表情をして顔を隠して可愛いからそう呼んでるわけじゃない。断じて。
『な、何かするつもりだったわけ!?』
「な、何も言ってないだろ! 男女で遊びに行くんだからそれはもうデートだろ!」
『遊びに行くんじゃないでしょ! 一緒にお買い物するだけじゃない!』
「それはもう〝デート〟で良いだろ!」
『デートってそもそも〝そういう関係〟が前提じゃない! か、勘違いしてるんじゃないの?』
「な、なんとご
無体
なっ……」
いけませぬ……! それ以上はいけませぬぞ夏川殿! 男の純情に現実という名の鋭い薙刀を突き付ける行為! しかも自分がフッた男に言い放つなんてオーバーキルも良いところ。何で俺の告白を断る時よりこっちの方が感情的なんだよっ……。
「い、良いし、別に……どうせ怪我して昨日の今日で出かけるなんて出来ねぇし。デートだろうが何だろうが行けねぇし……」
『あっ、ちょ、ちょっと。変な
拗
ね方しないでよ』
どうもー、健気でひたむきに自立しようとしてる女の子を土下座させた事があるうえ、そんな子と出かけるのを〝デート〟なんて呼んじゃってるイタい男でーす。
罰
が当たってこれでーす。左手ジンジン丸でーす。
「芦田にも無くなるって言っといてくれ……デ、お
出
───荷物持ち」
『そこまで言ってないわよっ……』
「先延ばしにできるかわかんないけど、また今度だな。ついでにその話も一ノ瀬さんとしとくわ」
『え……? それって、また今度一緒に出かけるってこと?』
「や、こっちの都合で断るんだから埋め合わせはしないとじゃん? 『もういい』って言われりゃそれまでだけどさ」
『そ、そう……』
確か一ノ瀬さんが俺を誘った理由は『一人だと店員と話せないから』だったか……。改めて思い出すと本当にデートっぽくないっていうか……知り合いだったら俺じゃなくても誰でも良いような……ううっ……。
『その……その時は、一ノ瀬さんだけじゃなくて……』
「じゃ、そういうことだから。夏川たちは打ち上げ楽しんでな? また
明後日
、学校で」
『え、ちょっと。待っ───』
くすん。