Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (49)
遅すぎる悪役
トイレを済ませて教室に戻ろうとすると、扉の前に変な三人組を見つけた。てかさっきの金髪っ子を含めた女子達だ。C組のスライドドアを少しだけ開けて、こっそり中を覗き込むようにして屈んでいた。制服には全員一年生と同じ色のネクタイをしている。悪いことしてるわけじゃないんだろうけど、金髪頭でこそこそしてるってだけでもう怪しく感じる。
いやさ、ここ生徒会室前の廊下とは訳が違うんだわ。普通に人通り多いはずだから。偶然今は俺とこの三人しかいないけど。このクラスに結城先輩は居ねぇぞ。三人してストーカーみたいに屈んで──屈んで?
……ほ、ほう? よく見たらなかなか際どいようなそうでもないような……やっべぇな。俺の足が立ち去ろうとしない。いったい何故? 最近精神的に疲れてんのかなっ、本能が己の心を癒しなさいと優しく囁いているからです。
仕方ない……ここは奥の手───牛歩戦術ッ……!!
「あの女が“夏川愛華”ね……」
「夏川に何の用だお前ら」
「ひゃあああっ!!?」
「きゃあああっ!!?」
「っ……!!?」
え、この女今何つった? 夏川? ただでさえ姉貴に悪感情抱いてる時点で要注意なのに今度は夏川? チャリの後ろに括り付けてグラウンド引き摺り回してやろうか? ああ? その金髪に黒髪戻しぶっかけるぞコラ。
「ぁっふぁッ……ゲホッ……! と、突然後ろから話しかけないで頂けません!?」
「……あ」
言い返された瞬間に我に返る。あらぁ? 何で俺話しかけちゃったのぉ……? 面倒なのは分かってんじゃんか。〝夏川〟って言葉に反応し過ぎなんだよ。やだ、俺ってば夏川のこと好き過ぎ……? 好きだったなそう言えば。
ここは落ち着こう。我に返った今こそこの状況を打開するアタックチャンス。アタックしちゃダメじゃね?
そうだ、普通に。普通に行こう。生徒会室前で一度は金髪っ子と顔を合わせてるんだ。姉貴に良い感情を抱いてないみたいだから、ネームプレートは外して、ここは穏やかに、穏やかに……確かふざけて敬語使ったっけ?
「お久し振りですね、お嬢様」
「え、ええ……? あら……貴方どこかで……?」
「生徒会室前で一度お会いしてます。その時は貴女が困ったように中を覗き込ん──」
「わッ! わーッ! わーッ!」
「中を覗き込んでいたのが印象的でしたッ!!」
「何で言っちゃうんです!?」
ストーカー行為、ダメ、絶対。俺は屈しない……世界に悪人の非道を轟かせ知らしめるんだっ……!そうやって多くの美少女の恥じらう顔を日の目に晒すのさ!!ふひひひひっ!
「
茉莉花
さんが……生徒会室に?結城様に会ってたんじゃないの……?」
「うん……許嫁らしいし」
「そ、そうですわ! 許嫁たる
私
は
颯斗
様のお側に居なければなりませんから! そのっ、その時はお昼を一緒にですねっ……」
「その割には副会長の事を───」
「わーッ!わーッ!」
ピョン、ピョンと跳ねて俺の前を塞ごうとする金髪っ子。何だか怪しい奴に見えなくなって来たよ……そんな面白い感じなんだね君。
えっと、姉貴が気に食わない感じって秘匿事項なの? こういう時のライバル役って取り巻きを大勢引き連れて堂々と非難したりするんじゃねぇの?意外だったわ。
よく考えたらあのK4と姉貴の出会いって俺らが入学する一年以上前からなんだよな。ライバル役が登場するには遅過ぎかもな。てかそもそも姉貴二つも先輩だもんな。
「ぐ、ぐぬぬっ……流石は〝東〟側ですわね。〝西〟側とは違って淑女に対して配慮の一欠片もない態度……これだから社交のしゃの字も知らない一般家庭出身は嫌なのですわ!」
「は?」
一般家庭出身云々はどうでも良いとして……東側? 西側? いったい何の事? この学校にそんな差別的なのがあんの? 確かにこの学校は真ん中の中庭を挟んで本校舎が東西に分かれてるけども……足を踏み入れちゃいけないとか?
金髪っ娘の言葉に引っかかりを覚えていると、三人が覗き込んでたドアが急に開いた。
「ひゃああっ!?」
「──何やってんのよアンタ……」
「どしたのさじょっち」
「え? 夏川? アンド芦田?」
「分っかりやすいよね〜さじょっち。あぁん?」
驚く三人、呆れる夏川、笑ったままキレる芦田と時々俺。
そういや多少騒がしくしてたなと思う。扉を開けた夏川は俺と目が合うや否や胡乱げな目で見て来た。久々の目……頂きました!
「どういう状況なの?」
「三人が夏川に用があるって言うから絡んでみた」
「
輩
みたいな真似やめなさいよ……」
失敬な。さては因縁を付けに行ったと思ってるな? 夏川の身を守らんと本能的に関わりに行ったと言うのに……この小者感からするとその必要も無かったかもしれんけど。
「ぐっ……な、夏川愛華さん!貴女に用がありますわ?」
「えっと……何かしら」
「学年二位という優秀な成績に加え、少しばかりお
可愛
いからと言って──……本当にお可愛いらしいですわね……」
「え、あ、ありがとう……」
イイね!
よく分からん展開だけど思わずサムズアップしかけた。芦田と夏川の日常的ないちゃいちゃを見てるせいか、俺の趣味がとある方向に傾きつつある。真近くで拝見することができて大変光栄でございます。この押して押されて恥じらう感じがもうねっ……うん。
「す、少しばかり成績の良い貴女に学年1位のこのわたくし───
東雲
・クロディーヌ・
茉莉花
を応援する権利を与えますわ!」
「え、え?」
「応援してやれば?」
「え? えっと……頑張ってっ!」
「ちっがーう! そういう事ではございませんわ!!」
「いたたっ、ごめん、ごめんて」
何故か俺がぺちぺちと叩かれた。まぁ実際ふざけたしな。だがクロマ──クロマティ? お前は一つ勘違いをしている! 夏川は〝少しばかり〟可愛いんじゃない、〝めっちゃ〟可愛いんだ!! むっちゃええねんで!!
クロマティは気を取り直すように「んっん!」と喉を鳴らすと、改めて夏川に向き直って。ズビシッと指差した。逆っ側にへし折ってやりたい。
「このわたくしを! 次期生徒会長とするために応援するのですわ!!」
「え、生徒会長……? 生徒会長って一年でなれるもんなん?」
「──私が説明するわ!」
「うおっ!?」
クロマティの取り巻きの一人、黒髪どストレートの女子が前に出て来た。クロマティの言ってやんなさいと言わんばかりのふんぞり返り具合が妙にイラッとする。けど何でだろう、不思議と俺が何もせんでも自爆しそうな予感がする。
「生徒会の全ての役職は一、二学年問わず推薦・立候補できます。その自由な校風は選挙活動にも及び、とにかく多くの票を得た生徒が選出されるわけです」
「よっ、歩く学生手帳」
「ふふん」
「か、
薫子
さん……?たぶん褒め言葉じゃなくてよ?」
俺が無感情に吐き出した言葉を聴いて意外にも満更でもなさそうな顔をする薫子さん。や、でも解るぞ、こういう真面目な説明ってちゃんとレスポンスしてくれるだけで嬉しいんだよな。何となく経験ある気がするわ。
「それでも一年生は基本的に不利になります。学校の良し悪しは過ごす歳月が長ければ長いほど理解できるものだし、生徒の代表は上級生がなるものという学生間の空気もあります。その中で一年生がポストを手にする事は基本的に困難なのです」
「風潮……」
基本的に空気の読めない奴は排斥されるのが世の常……それは解るけど、生徒会長なんて面倒な役職を進んでやりたがる奴が他に居んのかね? あ、でも一人だけ思い付くかもしんない。
「甲斐先輩がなるんじゃないのか……?」
「あの方は生徒会長にならないと仰られているようです。それが本当だとすると現状、先輩の中に名実ともに目立った方はおりませんのよ」
「へぇ」
甲斐先輩、生徒会長にならないのか。そう考えると確かに、次期生徒会長に誰がなりそうかなんて全くわかんないな。そもそもそんなに二年の先輩と関わりが無いし。
「それでも二年生はおよそ240人……時期が来れば立候補者は必ず現れるでしょう。だからこそわたくしはそれまでに有志者を集めなければならない……次期生徒会長となるために」
成る程、考え方は悪くないと思う。一介の高校生が学校の事なんて真面目に考えたりしないし、即興で優れた公約を立てたところで誰も興味なんか示さないだろう。そんな中で最も得票数を稼げるとしたら──知名度か。とにかく名前を売り、皆に顔と名前を憶えてもらえば取り敢えず生徒達はその立候補者に票を入れる。
皆のアイドルになれた奴こそ勝利を手に入れられる。学生の選挙なんて普通そんなもんだもんな。