Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (50)
東と西
自分の支持者を集める。その手段として目立つ存在を自分の広告塔として起用するのは悪い手じゃない。夏川を取り込もうとする気持ちも理解できる。
「───でも、悪手だろ」
「……何ですって?」
思わず素で返してしまった。呟くように発したから何とか独り言のように受け止めてくれるはず。大丈夫、まだ取り返しは付く……がどうも俺の言葉は抑えようにも止まりそうにはなかった。
「何やら
胡乱
な言葉が聴こえたわね……理由をお訊きしても?」
「目立ち過ぎるんですよ夏川は。彼女を広告塔にすれば周囲はこう思うでしょう、『え?夏川さんじゃなくてあの人が立候補するの?』って」
「な、なんですって……!?」
「一般男子として断言します。夏川を取り込めば、寧ろ貴女は
霞
みますよ。ただ横に居るだけで」
どういう意味だと言わんばかりの視線が俺を射貫く。だけど、わざわざ説明しなくても本当は俺の言いたい事を理解してんだろ。
確かにこの子はハーフ顔で金髪も似合ってるし、可愛いっちゃ可愛いから目立つ。クロマティの目立ち方はまさにそれを売りにしている。それなのに、隣に自分以上に可愛いものを添えたら元の木阿弥になってしまう。
「夏川の方が可愛いんですよ」
「───」
そんな馬鹿な、と言わんばかりに口をパクパクとさせるクロマティ。後ろの二人もそこまで言うかと言わんばかりの目で俺を見ると、夏川の全貌を改めてマジマジと見てこめかみをピクピクさせた。どうようちの夏川は。霞むだろ。
「ま、茉莉花さんっ……! 彼女は──夏川さんは〝東〟よ! あまり干渉すべきではないわ!」
「そ、そうですっ……! 私達は〝西〟らしく華麗に有志者を集めれば良いと思います!」
「……」
ふるふると小刻みに震え、憤った様子を見せるクロマティ。予想の斜め上を行ったであろう回答に言葉を失っているようだ。甘いんだよ、その程度で夏川をダシに使おうったってそうは行かねぇ。絶対に面倒事から遠ざけてやらぁ。
「───ふっ、ふふふっ………」
「……!」
一頻り震えたクロマティは無理に貼り付けたような笑みを浮かべ、さっきまでの小物感を一変させてギラついた目になった。〝目を付けた〟と言わんばかりの眼差しで、俯いた状態から夏川を見上げる。
「───ひっ……!?」
──が、突如体を強張らせて夏川の方を見るクロマティ。一瞬身構えた俺だけど、気になってそっちを見て納得する。
全員集合。とまではいかないけど、C組のほぼ全員が入り口前に出張り、俺達の様子を窺っていた。中には分かりやすく迷惑そうにクロマティを見る奴も居る。これは太刀打ちできないですね……もう完全に悪者じゃん。いやそもそも最初から要求が理不尽なんだけど。
「ま、茉莉花さんっ……ここは」
「ひ、引いた方が良いかと……」
「うっ……」
たじろぐ三人。主に後ろ二人はクロマティを必死に説得しているように思える。事を荒立てて悪い意味で目立ちたくないんだろ。ホント、どんな経緯で取り巻きなんて位置に身を置くんだろうな。
「……んじゃ、失礼します」
こりゃ俺みたいな奴が出張っても仕方ないな。相手が悪過ぎたんだよクロマティは。たった僅差の成績を除いて見た目も人徳も勝ってる夏川に喧嘩を売ろうとしたんだから。もうね、当然の結果。そりゃ返り討ちっすわ。
「さじょっち、さじょっち」
「ん……? えっ……」
傍観を決め込んでた芦田が苦笑気味にちょいちょいと指を差す。何ぞやと思い斜め後ろを振り返ると、そこには顔を両手で覆って何やらぷるぷる震えてる夏川が居た。心なしか覆い切れていない耳が赤くなってるような……。
「え、なに、どったの」
「や、さじょっちのせいだから。照れもせずスゴいこと言ったからだよ」
「スゴいこと……?」
「ほら、〝可愛い〟って」
「は? そんなの夏川にとっちゃ耳タコなんじゃねぇの?」
「そ、そうかもだけど……そんな堂々と言われても困るんじゃないかな……」
〝可愛い〟なんて今までに口酸っぱく言ってきた言葉だし、何より俺がそう思ってるなんて周知の事実だろ。今さら夏川に可愛いだのなんだの言うのに何の恥ずかしさも無いんだけど。夏川も言われ慣れてるんじゃねぇの?
「……時と場所と状況が揃ってたねぇ、こりゃ」
「別の意味でタコみたいになっちゃったな」
「さじょっちそういうとこだかんね、マジで」
ええ……急に怒んなよ。怖いよ……。
視線をメンチ切るヤンキーみたいに上下させる芦田に焦ってると、これまたちょいちょいと制服の裾を引っ張られた気がした。
振り返ると、まだどこか顔を赤くしたままの夏川。
「………は、恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ……」
「かわいい」
「っ……み、見るな」
「これがいつものだね」
そんな分析いらないから。てかどう違うの……下心有るか無いかの違い? 真顔で言われた方が嬉しいとか? 任せろ、俺のキメ顔で喜んでくれるんなら何度でも言ってやる。キリッ、かわい───睨むなよ芦田………。
「───ま、待ちなさい天野!」
「……」
「ま、待てと言ってるのが聴こえませんの!?」
「え、あ、俺? え、天野……?」
俺が教室に戻ろうとすると叫ばれた名前。早く応えろよ天野……なんて思いながら振り返ると、何故だかクロマティは真っ直ぐ俺を見ていた。え、おれ天野……? すっごいナチュラルに天野になったんだけどどーゆー事? 何で俺が天野だと思ったんだろうな……天野渉……結構ハマってんじゃん……。
「良いですの!? どんなに優雅さに差があろうとも、最後に勝つのは行動を起こした者のみですわ!」
「はい? え?」
「わたくしは絶対に次期生徒会長になりますわ! その為ならたとえそこの〝お可愛い〟夏川愛華さんにだって負けませんわ!」
クロマティはそう言い捨てると、
踵
を返して他二人を連れて去って行った。次期生徒会長の件はともかく、夏川に可愛さで勝とうとする姿があまりに無謀に思え、むしろ可哀想に思えて心配になった。
「……クロマティ………」
「クロマティ? 誰それ?」
「え……?」
◆
定期試験という面倒な期間を乗り越えた途端に訪れた波乱。〝西〟とか〝東〟とか何かの代名詞みたいな言い回しをしてたけどいったいどういう意味なんだ? A〜C、D〜F組で校舎が東西で分かれてるんだな程度には思ってたけど、何か伝統的なもんでもあるの……? ランダムなクラス分けかと思ってた。
しかしどうも差別的だ。あのお嬢様的な言い回しはクロマティのアイデンティティだと思ってたけど、後ろ二人も妙にお高く留まってやがった。入学の時点で、何か特別な差配があったのかもしれないな。
「あったよ」
「あったのかよ……」
淡々と教えてくれたのは
飯星
さん。何か妙に達観してる感じがあったからもしかしたらと思ったけど本当に知ってるとは……御見逸れしました。クラス委員長としてのお勤め、これからも頑張ってください。
「ほら、この辺って有名な企業多いじゃん。住宅街を抜けて駅を挟んだらビジネス街でさ」
「ああ、そういえば」
「その上ここって私立進学校だし……偉い人から見たら子供の学歴としては家柄保てるわけ。で、この学校って結構古いじゃん?」
「ああ、聞くなそれ」
そういやこの学校の裏側にどこにもつながってない廃れたロータリーがあったっけ……入学当初は駅につながってないか期待したもんだけど。
「そうなると昭和根性と言うか……元々3クラスごとに東西を分けてた事もあって、出資者とそうでない家庭をできるだけ区別したい的な、ね?」
「『ね?』って……あぁ、だから〝西〟とか〝東〟とか言ってたわけか」
完全な差別じゃねぇか。
彼奴
らの親からしたら〝一般家庭は俗物〟みたいな認識が多少なりともあるわけだろ? まぁ、だからって教師陣から不当な扱いを受けてるっつーのは無さそうだけど。
「でも、D〜F組っつっても三クラスあんじゃん。そんなに金持ちの息子とか居んの?」
「う~ん……基本的にはE組に固まってるみたいだよ? 他は系列関係とかさ……」
「へぇ? よく分かんねぇな……」
「エレガント」
「え?」
「〝Elegant〟の〝E〟。〝上品〟とかそういう意味だかららしいよ。噂だけどね」
「え?」
ちょっと何言ってんのか解んないっすね……そんな理由ってアリ? 進学校感ゼロのアホみたいな理由なんですけど。絶対に出資者の誰かが調子に乗って発言したよね? まさか学校側の発案じゃねぇだろうな……。
「まぁ、時代的にそんなのも薄れて来てるらしいんだけどね。特にここ一、二年で」
「へぇ?金持ちも居ることだし、国に目を付けられたとか?」
「や、単純に〝東〟が強かったんだよ。人徳も結束力も、容姿も成績も」
「総合優勝じゃないっすか」
「私は風紀委員長と生徒会副会長を見て納得したよ。二人とも〝東〟だもんね」
「だな。風紀委員長を見てたら納得できるな」
「え……? うん、風紀委員長と生徒会───」
「風紀委員長ね」
そんな歴史がこの学校にあったんだな。ドラマや漫画の中だけの話だと思ってたわ。職員室と社会科資料室は南校舎、音楽室や家庭科室は北校舎だし、向かいの西校舎に行く用事が無さすぎて全然意識してなかったわ。
「取り立てて話題に上がらないだけで、〝東〟と〝西〟の生徒で同じ部活に入った人とかは知ってるんじゃないかな? 言っても小学生の頃からドアtoドアのお坊ちゃんお嬢ちゃんがスポーツ系の部活に入るなんてあんまりイメージ湧かないけど」
「そ、そうなの……」
俺が小学生の頃に送り迎えしてもらってた事は伏せておくべきだろうか。しかも部活にも入ってねぇもんだから何故か俺にもぶっ刺さる……どうも、お坊ちゃんです。