Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (90)
こんな時に限って
「ちょ、顔上げて! マジで! ホントお願い!」
え、何この罪悪感? 急に心臓破裂しそうなんだけど? てか状況がよくわからない。何で突然土下座? そんなに俺怖かったかな? そんなに威圧しちゃったかなぁ!?
ひええええっ!! お願いだから顔上げてぇえええ!!
「お、俺ただのアルバイトだから! 一ノ瀬さんを辞めさせるとか出来ないから!」
「な、何でもできるようにしますからっ……!」
「わかったわかった! やる気が有るのは
解
ったから顔を上げて! そのままで居られる方が困るんだよ!」
そこまで言ってやっと一ノ瀬さんが顔を上げた。不安げに揺れる目と視線が交わる。慌てて誤魔化すように何度も頷くと、一ノ瀬さんはホッとしたように目を細めた。もう最後の方とか怒鳴りながら顔上げろっつってたわ。
「な、何だッ!? 何があったんだ!?」
「何でも無いですから!店長大丈夫です!一ノ瀬さん続投です!明日も初登板です!」
「ほ、本当か!?」
「本当です!」
あっ………ぶねぇッ!!! あと一歩遅れてたら俺の方が首チョンパだったわ!! いや寧ろこんな内気な子に土下座させた俺何なの!? ガチでギロチンカット食らった方が良いんじゃねぇの!?リアルにコンプライアンスぶち破ってない!?
「い、一ノ瀬さん!やる気有るんだったら明日から頑張ろうな!?な!?」
「は、はいぃっ……」
怯えた目で返事される。何だろう、この死にたい気持ち。俺今日無事にお家まで帰れるかなぁ……?途中で喜んで炎天下に晒されて熱中症になってぶっ倒れそう。
「そうか……それなら良いんだ。もう時間だし、二人とも上がると良い」
「あ、いや、まだいつもの業務終わってないでしょうし、俺だけでも残りますよ」
「いやいや今日は例外だ、その分明日頑張ってくれ。
深那
ちゃんも含めて、ちゃんと来てくれよ?」
「……そ、そっすか。わかりました……」
一ノ瀬さんは泣き止んだものの目も顔も赤い。実際さっき奥さんを呼んだ時から泣いてたから疑われはしないんだけど、いっそのことみんなして俺を非難してくれた方がマシな気がしてきた。豪雨に打たれたい。
「じゃあ……今日のところは帰るか、一ノ瀬さん」
「はっ、はいっ」
うわマジかよ、「返事しないと怒られる」って目してる。俺は高校の体育教師かよ。一応同級生でしかもクラスメイトなんだけどな……何なら隣の席なんだけどな……。
自分の荷物を持って先に表に出る。一ノ瀬さんも出て来たところである事に気付く。
「い、一ノ瀬さん? 前髪まだ留めとく……?」
「───ぁ……!」
ふるふると首を横に振る一ノ瀬さん。前髪の両側に留めてるヘアピンを取ると、いつもの様に長い前髪が目元を覆った。それで前が見えるのか心配にもなったけどその反面、泣いた形跡が見えなくなってホッとする自分が居た。
証拠隠滅……あぁ……今日だけで自分がどんどん最低な奴になって行くのが
解
る。今なら死んでも天国には行けないだろう。地獄に落ちたうえ針山の上で土下座させられそう。血の風呂?鉄臭そう。
別れ際、俺と爺さんにペコリと頭を下げパタパタと去って行く背中を見てやるせない気持ちになった。何故だか爺さんは珍しく俺の背中をポン、ポンと優しく叩いてくれた。やめて、ホントマジで。
◆
いつ家に着いたかわからない。シャワーを浴びて、クーラーの効いたリビングに顔を出したところでここまで自分の意識がどっか行ってた事に気付いた。まだ昼過ぎだというのにこの疲れは一体なに……? 気疲れってやつ?
「渉、ケータイぶるぶる震えてたわよ」
「ああ……スマホな、スマホ」
「あー、そうだったわ」
自分で食ったそうめんの器を洗ってるお袋が通知を教えてくれた。ケータイをスマホに訂正する流れはほぼ毎日のようにしてる気がする。風呂上がりでどこか水の上にぷかぷか浮いてるような心地のまま、スマホのロック画面を開く。
滅入
ったテンションのせいか、何だか現実感もない。
【あれ? いま渉見てなかった?】
【ホントだね。今は見てないし、バイトの途中なんじゃない?】
【アルバイト……忙しいのかな】
【うーん……詳しく教えてくれなかったもんねー】
バイトの休憩中にチラッと見た会話の続きだった。一瞬だけ俺が既読を付けた事に触れている。それからしばらく会話が続いてるようだった。あの2人、まだ会話続いてたのか。
【渉は……午後から空いてるのかな】
【空いてるんじゃない? さじょっちだし〜】
空いてる……けど。え、なに?もしかして俺の都合次第でお誘いしてくれる感じ?なんてね、流石に女子同士の遊びに男を混ぜるなんてしないだろ。
【さじょっち! 午後から愛ちと愛ちゃんに会いに行こうよ】
うっそマジで? え、ガチのお誘いじゃん。どうすればいい……今いつものテンションで会える感じじゃないんだけど。教室の中ならともかく、女子二人を相手にするだけでも緊張するってのに。てか〝愛ちと愛ちゃん〟ってややこしいな。
落ち着け。逆に考えよう。今の気分のまま明日を迎えてもグダグダになる未来が既に見えてる。だったら気分転換も兼ねて非日常に飛び込んでみるのも有効な手なのでは……?てかもっかいシャワー浴びた方が良い? ボディーソープ強めに。
【アルバイト終わったら教えてね!】という芦田の言葉の次にはもう【今から行くよー】というメッセージが飛ばされていた。どうやら芦田はとっくに部活を終えてシャワーも浴びて夏川の家に向かってるらしい。
「俺が……芦田に遅れをとった………?」
まさか夏川の事で芦田に負ける日が来ようとは思わなかったぜ……うん、割と負けてたわ。いっつもあの二人羨ましい感じにイチャついてんもんな。仲良くて何より。もう俺の事なんか忘れて良いからこれからも俺の目を保養しておくれ?
【お疲れ。何かすごい話になってんな】
【さじょっち! 高校生同士でお疲れっておかしくない!? 職業病ってやつ?】
【アンタ、ちゃんとアルバイトしてたんだね】
【ありがとうございます】
【さじょっち。愛ちが返事に困ってるから】
話を振ってみたら突然女神が現れてコメントしてくれた。そんなの謝辞を述べるしかないじゃない。お布施、お布施持って行こうか? あ、それとも小銭投げ込むタイプのやつ?
【さじわゃ】
……ん?
【さじょーまだ?】
落ち着け俺。跳び上がりそうな自分を抑え付けるんだ。そうだコンビニのスイーツコーナー買い占めよう。そうだそれが良い。丁度俺も生クリームに溺れたいと思ってたんだよ。頭の中の糖分すっからかんな気がするし。待っててね、愛莉ちゃん。今日はその元気全部受け止めて自分をイジメ倒すから。
【もう色んなもん持ってくわ】
【愛ちゃんちょっとさじょっち忘れかけてたね(笑)】
【愛莉がぶつかってた人って言ったら飯星さんの名前が出て来たんだけど……】
【うそん】
ちょっと愛莉ちゃん……? そうか、俺のライバルは飯星さんだったのか。これは強敵だな。
【何て言って思い出したの】
【変な頭だったねって……】
【ありがとうございます】
【さじょっち。愛ちに申し訳なく思わせる余地を与えてやってくれないかな?】
俺を思い出させてくれるとかもうマジ感謝。てか芦田もう夏川ん家居んの? 完全に出遅れじゃん。寧ろ行っちゃって良いの? 完全に女子会の空気っぽいし、俺が加わったら空気感ぶち壊しちゃいそう。マジで俺邪魔なんじゃねぇかな……。気遣ってくれてるだけなら遠慮しないでほしい。
【俺行った方が良い?】
これ重要。女心とかマジで解ったつもりでも解ってないとき有るからな。実は俺が気付いてないだけで遠回しに〝私たちは私たちで楽しんでるよ〟って感じなのかもしんない。だって今んとこ女子会よ? もし勘違いして行っちゃってシラけたらどうすんの。冷静に考えて男が当たり前のように女子の家に行くとか有り得ないじゃん?
だからあえてこう訊くことで二人の本音を───
【え? 来てよ何言ってんの】
【あ、うん】
は、早っ……!
芦田の切り返しが怖くて慌てて返事をしてしまった。え? なにそんな温度感なの? すっごい当たり前のように言われたんだけど。行かないと寧ろ怒られちゃうん感じ? おじさんビックリしちゃったよ。おじさん……う、嫌なの思い出した。
【え? 来るよね?】
【あ、行く行く。今から行きまーす】
【うんオッケー】
き、気のせい……? 何かちょっとメッセージ越しに空気がピリってしてるような……大丈夫だよな? 痛い思いしないよな? ちょっと芦田さん怖いんだけど。さっきやらかしたのも有るし、もしかしたら〝同級生の女子〟って存在にトラウマ芽生えてたりしてね……はは、ははははは。
いえ、普通に好きです。