Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (134)
どうしたいか
「さじょっち。愛ちと何かあったでしょ」
文化祭実行委員会の様子がおかしいと発覚してから3日目のこと。夏川と気まずい事になってんのが芦田にバレた。もう確信してる的なトーンで階段際まで引っ張られたからただ戸惑うしかなかった。教室であの近さで夏川と喋んないのが芦田にとっちゃ違和感だったらしい。何ならこの前の放課後に強引に手伝ってからちょっと避けられてる節がある。少なくとも夏川から話し掛けられる事はまず無くなった。私は貝になりたい。
「……わかる?」
「ずっと居心地悪そうな顔してるよ」
やだそんな顔に出てた? 授業中なら夏川に後頭部見つめられてるって想像してただゾクゾクしてるだけなんだけど。何なら朝は後頭部の身だしなみに一番時間かけてる。手鏡2枚とか使っちゃってる。
「てか愛ちが露骨すぎるし」
「えっ」
そう……なん? 当事者だからか全然わからん。俺の方が顔に出まくってると思ってた。席が前だからか物音でくらいしか後ろの様子がわかんねぇんだよな。とりあえずシャーペン使ってるかボールペン使ってるかは聴き分けできるようになった。今なら社名すら当てられそう。
「……改めてフッたフラれたの関係を意識したっつーか? まあ当たり前なはずの事なんだけど………今までがおかしかったのかもしんねぇな」
俺が意識する
最中
、夏川とは気まずくなるどころか前より絡む機会が増えてた。最初は何で何でと自問自答したもんだけど、夏川がその辺のところを意識してなかったからみたいな感じはする。そもそも夏川の関心って家の事とかそっちに向いてたもんな。
恋……なぁ。ちょっと前までは『これこそが恋!』って感じだったんだけどなぁ……何か変な感じになっちゃってんな。フラれた相手と何だかんだ絡むのは仕方ないにしても、結局好きなまんまだからな……やっぱり未練タラタラなんだろうな。歴然とした不釣り合いさが有んのに夏川が意識してくれてるってだけでも頑張った甲斐があったな。
「──俺、正社員になる」
「なに言ってんの」
雨降ってたらもっと感情込めてた。
こう、目標みたいな? 青春が終わった先に待ってるのは社会みたいな? 新しい自分を見つけるにはまず真っ当な自分を育てるとこから始まる感じすんじゃん?
……よく考えたら働きまくってんな俺。新しい自分どころか何らかの真っ只中な感じ半端ないんだけど。正社員にはなりたいけど生徒会とか風紀委員はやりたくねぇ。何でかって? お給金だよお給金。
「なんか……さじょっちはもう大丈夫なんだね」
や、全然大丈夫じゃねぇんだけど。ここ最近が一番傷口ジュクジュク言ってんだけど。もう痛いのなんの。何ならもう3、4回は満身創痍で飛び込みに行く覚悟してっから。正社員舐めんなよコラ。俺正社員じゃなかったわ。
「……難しいなぁ」
「あん? 何が?」
「何でもないよ、さじょっちのターンが終わったってのがハッキリしただけ」
「え?」
待って俺のターンどこ行ったの。ドローした記憶すらないんだけど。何も固めてないしガラ空きなんだけど。どこからでも攻められ放題なんだけどヤバくない?
「戻ろ」
「あ、おう」
袖を引かれて教室に連れてかれる。何だろうなこの連行されてる感じ……ここんとこ俺の身柄おかしくない? 生徒会に風紀委員会に姉貴に拘束されすぎなんだよ。色んなとこで俺でキャッチボールでもしてるのかな? 一人で歩けるよ、だって霊長類だもんっ。
◆
つらいのが席に着きに行く時だったりする。夏川は中庭側の窓際一番後ろ、で俺はその前の席。前から向かうと顔を合わせるしかないし、後ろから向かおうにも夏川の横から攻めなけりゃならない。“攻める”ってなに……自分の席なんだけど。
「…………あー……今日の古文の課題?」
「………そ、そうだけど?」
否応無しに声をかけると、ちょっとビクッとした夏川は警戒するように返事をした。『それが何か?』と言わんばかりの素っ気無さ。あんまり俺に冷たくするなよ? 興奮するじゃないか。新たな世界に
目醒
めたらどうしてくれる。
やっちまったのはお互いの席の場所で声を掛けちまったこと。つまるところ双方逃げ場無し。ハハッ、どうするこの気まずさ? もう唄う? 夏川だけじゃなくて周りも巻き込んで気まずくする作戦。肉を切らせて骨も断つ。怪我するならいっそ派手に行こうぜ!
「──あの、さ」
「!」
気が触れているとまさかの夏川からの御言葉。たった三文字。脳髄にまで染み込む声という名の空気の振動。思わず唇に目が行った俺は間違いなく重症だと思う。もうね、夏川なら何でもアリだわ。
「その……文化祭、どうなるのかな………」
「……」
スン、と浮ついた気持ちが引っ込んだ。机の上に目を落としながら放った言葉は単に気まずいからか、それとも本当に不安だからか。夏川は一年生として淡々と取り組みながら進捗の遅れを肌で感じてるはず。自分だけが意気込んだところでどうにもならない、だけど同じ一年生からは責任だけを突き付けられてしまう何とも理不尽な立場。
俺だって、こんなワケの解らん事態になんのが分かってりゃ夏川が文化祭実行委員になるの邪魔しまくってたわ。推しの不幸を喜ぶわけが無い。
「姉貴が……生徒会が動いてっから」
「……そうなの」
“姉だから”。何もかもちゃんとしなくちゃいけないわけじゃないし、年に一度のイベントを子供みたいにはしゃぎ回っちゃいけないわけじゃない。んなもんは姉貴を見ていて解る。メリハリの鬼だからな。
それでも、俺にとって今まで夏川は女神だった。それほど隙の無い完璧な存在だと思ったし、何事にも毅然な姿勢を見ていたからこそ、初めてバイトしたときに役立った記憶がある。だからこそ、頭ん中が夏川一色だった時は何が苦手で弱いのかってよく考えてた。あの時はどんだけ探しても見つかんなかったはずなのに……何で、今になってそれを垣間見る事になんだろうな。
──つい近くで、守りたくなってしまう。
「何かあったら呼んでくれて良いから」
「え……?」
「クラスの準備が始まるにしても、昼休みは別だし放課後も実行委員ほどじゃないじゃん? こっちもまた生徒会でどうとかあるかもしんないけど、どっちを優先しても良いはずだから。だから今は、色んな事は置いといてこき使ってくれて良いから。慣れてるし」
「“慣れてる”ってっ……」
姉貴と俺の話でも思い出したんだろう、夏川は不謹慎と思ったのか、
堪
えるように小さく笑った。ホントに……意外なとこにツボを持ってんだよな。そんなふうにされたら自分から姉貴に虐められに行かねぇといけなくなるじゃんか。
佐々木の事なんかどうでも良い。笑って吹き出すのに堪える必要なんか無い。見てるだけで頭の中を溶かされるような、それでいて寿命が伸びたんじゃねぇかって感じるくらいの
笑顔
をつい見たくなってしまう。
こういうとき、自分が単純すぎて笑える。
◆
「渉、今いいか」
「ひょえ」
突然の生徒会長、結城先輩。生徒会室で見るのと全然迫力が違う。周りの顔面偏差値がアレだから余計にイケメンが際立ってる。え、この人こんな身長高かったん? マジ横に立たないで欲しいんだけど。
昼になって飯買いに行こうとしたらこれ。姉貴や本人の過去の発言から昔はチャラ男説があるけど、こうやって教室の入り口に寄っかかってる姿を見たらその名残なんじゃないかと思う。何なの?NON-NOなの? 俺がスタイリストだったらオフホワイトのストール巻きに行ってた。
「ど、どうしたんすか?」
「この前の件についてだ。
喫緊
の案件だからな、家の人間も抱き込んで調べ上げた」
“抱き込んで”の辺りで後ろの方から黄色い悲鳴が聴こえた。そっちの意味じゃねぇよと頭の中でツッコミを入れようとしたけど100パーの自信が無い。………違う、よね? そっちの“抱き込む”じゃないよね?
「情報共有というか、まぁ、言葉を選ばずに話せる人間が限られる。楓に近しいお前にまず伝えようと思ってな」
「嫌な予感がするんですが……」
「来てくれ」
やんわりと“もうあまり関わりたくない宣言”をしようとしたら察してくれなかった。喫緊って言ってたし、割りとガチの問題なのかもしれない。頭の中のスイッチを何とか切り替えて結城先輩の後ろを付いて行く。
……待って? 今更だけど何で同じ制服着てんのにそんな腰がキュってなってんの? 制服ズボンなんか普通はまあまあダボってるよな? なんでそんな何もかもスタイリッシュな感じなの? 用足すときもスタイリッシュだったりすんの?